2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
提供:日本財団パラリンピックサポートセンター
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川野良子氏(以下、川野):続いて、新田選手に聞いていってもよろしいでしょうか? 新田選手は6度目のパラリンピックということで、私の中では異次元な世界なんですけれども、2大会ぶりの金メダルということで。息子さんにはまだ、メダルはかけられていないんですよね?
新田佳浩氏(以下、新田):はい、そうです。
川野:最短ですと、いつ頃になる予定でしょうか?
新田:あと数時間後には。
(一同笑)
川野:やっと帰れるんですね。
新田:やっと、家に帰れます。
川野:もう子どもたちは、たぶんピョンピョン跳ねながら待ってるんじゃないですかね。
新田:どうですかね? うるさいので、「静かにしなさい」とまずは怒られると思います。
川野:「パパ1番!? 本当に1番獲ったの!?」というコメントもありましたが、次男の息子さんは、ちゃんと金メダルを獲っていることは、理解されてますか?
新田:理解していると思います。銀メダルは見たんですけど、金メダルは見てないので。子どもたちが一番、「金メダルを獲ってほしい」と強く思っていたので、それが1つ叶ってよかったなと思うんですけど。森井(大輝)くんは、「シルバーコレクター」と自分では言ってますけど、ずっと(メダルを)獲れてるじゃないですか。僕、2分の1なんですよ。獲れなくて獲って、獲れなくて獲ってで、今回は獲れたので。次は、たぶん獲れない。
(会場笑)
川野:いやいや、そんなことはないはずです。
新田:(そういう流れ)かなと。良くも悪くも、そういう流れできているんだなとは感じました。
田中琴乃氏(以下、田中):次回の北京では、ぜひ法則を破っていただいて。お二人とも、期待しておりますので。
新田:そうですね。がんばります。
川野:期待しています。ぜひ、息子さんがソチのときにくださった手作りのメダルを、横に並べてほしいです。
新田:はい。
川野:そして、新田選手にもう1点聞きたいことがあるんですけれども。スタートをして、序盤で転んだシーンがありました。
新田:10キロ(クロスカントリースキー・クラシカルのミドル)?
川野:10キロで、最初のターンのところですかね。コーナーのところで転倒されたのが、印象に残ってるんですけれども。転んだ瞬間は、どういった気持ちなんですか?
新田:転んだ瞬間は、スタートする前……溝を切ってあるところを、僕らは「カッター」と呼んでるんですけれども。そこから出た瞬間が、すごく柔らかい、サクサクした雪。
川野:ちょっと、盛り上がってましたよね。
新田:「そこに入ると、急に止まってしまうから気をつけなさい」と言われてたんですけど、見事に転倒してしまって。転んで、何事もなかったように滑ってはいるんですけど、まず一番最初に思ったのは、「膝痛いな」と。
田中:ケガは大丈夫だったんですか?
新田:擦り傷ぐらいだったので、大丈夫ですけど。
田中:擦り傷はあったんですね。
新田:ただ、最後の個人のレースだったので、やることを出しきらないといけないということを常に考えていたのと、あとずっと2番・3番で、最後の周まで3番手だったんですけれども。最後の周は成田(緑夢)くんと同じように、独り言のように下りで「自分ならできる、自分ならできる」と言って、奮い立たせて。
それで、どんどん前の選手がタイムが縮まってきたので、「もうここで勝負をかけないといけない」という思いでずっと滑って。ゴールしたら、電光掲示板のところに、8秒ぐらい勝った(と表示されていた)ので、もうこれは勝ったと思って。そこは、非常にうれしかったです。
田中:独り言って、意外と大事なんですね。
新田:マインドコントロール?
成田緑夢氏(以下、成田):ほぼ無意識でやってるところも、たまにはありますが。
田中:大事です。森井選手は、独り言は?
森井大輝氏(以下、森井):僕はあまりしゃべらないです。
田中:しゃべらないんですね。
新田:でもスタート前、何かルーティーンみたいなのとかない? みんな。
川野:ありますか? ルーティーン。
成田:僕は言ってます。1本1本必ず、練習でもコースのインスペクションでも、今回の目標は何々、今回の目標は何々、今回の目標は何々。それをトライすればOK。一番怒られるのは……トライしなかったときは怒られます。
川野:挑戦することが大切なんですね。
成田:そうですね。目標を掲げて実行する。それを、僕はけっこうやっています。スタート前でさえ。
川野:契約書も書かれてますもんね。
成田:あ、それは「プチ契約」みたいな感じです。遂行することが大切だと思います。
田中:ルーティーンに関して、森井選手はいかがですか?
森井:僕は、それよりもなによりも、アルペンスキーって、1本コースを下見するんです。ゆっくり。種目によっても変わるんですけど、約1時間ぐらいかけて。試走ができないんです、種目によっては。そうするとそのコースを……なにせ約50の旗門があるんですけど、覚えなきゃいけないんです。
田中:ここは右、ここは左。なるほど。
森井:そうなんです。パラリンピックとかは、基本的に写真も撮ってはいけない。基本的には頭の中、もしくはメモでしかいけないので。そうすると、ルーティーンと言うよりかは、その旗門を目をつぶってでも頭の中にイメージができるぐらい、叩き込まなきゃいけないので。ものすごくスタート前に、イメージを膨らますことはしますので、自分がしっかり滑りきったときに。
それこそ、イメージをどこまでするかというと、スタートバーを切って、滑ってゴールして、電光掲示板を見てガッツポーズするまでをイメージして、スタートバーを切るようにしています。
川野:イメージトレーニングは、もう競技を始めたときからずっとされているんですか?
森井:そうですね。イメージトレーニングはすごくやります。それこそ、自分が滑っていてもそうなんですけれど。自分が滑っているんではなくて、頭のちょっと2メートル上とか3メートル上に、カメラが付いているような感覚になって。自分がどのラインをどう滑っているのかをいつもイメージしながら、もしくは滑っている最中もですけど。そういう感じです。
川野:自分のことを、いつでも俯瞰して見ているということですね。
森井:そうですね、はい。
田中:私も新体操をやっていたので、それはすごくわかります。
川野:そして、ルーティンに関して、村岡さんはいかがでしょうか?
村岡桃佳氏(以下、村岡):ルーティンは、さっき(森井)大輝さんがおっしゃったようなことはもちろんするんですけど。私、ゴーグルを直すのが癖で。スタート前に、めっちゃゴーグル直しています(笑)。
(一同笑)
川野:何を意識して、直していらっしゃるんですか?
村岡:「なんか調子悪いな」と毎回思いながら直して。やっぱり、けっこう激しい種目なので、(自分が)転倒したり前の選手が転倒したりすると、レースも止まって。スタート・ストップって、待機の時間とかちょっとだけあるんですけれど。
そのときとかも「なんか、なんだろうな」みたいな(笑)。「良し!」という気持ちでスタートしたことは、ないです。「ゴーグル良し!」みたいな気持ちでスタートしたことがなくて(笑)。
川野:いつも、ゴーグルが不安定ということでしょうか(笑)。
(会場笑)
村岡:そうなんですかね(笑)。ゴーグル自体は調子がいいし、練習のときとかもぜんぜん問題はないんですけど、スタート前になるとなんかすごく……。
田中:気になるんですかね。
村岡:そう! そうとか言っちゃって(笑)。
川野:ほう、そうなんですね。
村岡:そうなんです。なんか、大丈夫かな?
森井:念のため言っておくんですけど、僕と彼女は同じメーカー(のゴーグルを)使っているんですけど、ゴーグルの性能自体は、まったく問題はないです(笑)。
(会場笑)
村岡:本当に! 本当にこれだけは言います。
川野:ありがとうございます。
村岡:本当に、ぜんぜんすごくいいゴーグルで。本当に練習のときはぜんぜん平気なのに、なぜか不安になるスタート前(笑)。
田中:試合の前だからこそ、なんですかね。
村岡:そうですね。緊張していて、何かをしていたい。それで気になるのが顔(笑)。顔というか、ゴーグルというか。あと、「鼻水が垂れていないかな」というと、ちょっと気になります(笑)。
川野:それがもしかしたら、北京のときに落ち着いたら……もっと良い記録が出ると思ってもよろしいんでしょうか?(笑)。
村岡:いや、ゴーグル自体は落ち着いているんで大丈夫です。
(一同笑)
川野:そうなんですね。
川野:ゴーグルをはじめとして、パラリンピックでは用具の開発が非常に重要なんだなということを、私は感じたんですけれども、用具に関して、成田選手とかいかがでしたか? ブーツを変えたという話もありますが。
成田:そうですね、常に変えていますね。(用具の写真が)出ているのかな?
川野:はい、今写真が出てきましたが。
成田:左足と前足が違うブーツを使っていて。僕は左足に障がいがあるので、足首を上げられないんです。なので、体重を乗っけたりすると、ぐねっとなったりとか、変な方向に曲がっちゃうので。
もうそうであったら、「いっそのこと、固めてしまおう」という考えで、左足を……見た目で、ちょっとわかるかどうかわからないんですけど、スキーブーツのようなすごい固いシェルでギブスのように固定してあるんです。
川野:手前の黒い方ですね。
成田:そうですね、はい。左足です。
川野:このスタイルに行き着くまでに、どのくらいいろいろ試行錯誤はされたんでしょうか?
成田:僕がパラスノーボード始めて、今2年くらいかな。(このスタイルは)もうこの間です。
川野:あ、この間(笑)。
成田:はい。数ヶ月前だと思います。
川野:本当最後の最後で、じゃあこれで行こうと。
成田:はい。
田中:最初に片方だけブーツを変えたときは、来たと思ったんですか? 「これだ!」と思ったんですか?
成田:そうですね。いろいろ、エラーもあったんです。前に曲がりにくいとか、フレキシブルというかなんというか、融通が利かないみたいなところもあって。
田中:デメリットもありつつ。
成田:本当にバックルを外したり、変な布を詰めてみたりだとか。いろいろとすることによって、平昌のときにはフィーリングがいいなという状態で臨めたので、良かったのかなと思います。
田中:なんか「もっともっと上に」「もっとどうしたらいいんだろう」「うまくなるためにどうやったらいいんだろう」というその向上心が、すごくエネルギーにあふれているなと思うんですが。その向上心やエネルギー・パワーは、どこからくるんでしょう?
成田:そうですね。「安定って楽しくない」というのが、僕の考え方というか、フィーリングです。安定や守りというのは、あまりワクワクしないというか。
ちょっと恐怖……守って身体が収縮する感じが、僕のフィーリングではあまり好きじゃなくて。そのフィーリングを感じるんであれば、「挑戦して笑っている方がいいじゃん」という考えがあったので。平昌パラリンピックでさえも、常に挑戦して。
たとえ失敗しても、笑顔でゴールラインを切れるような、そんなアスリートになりたいなと思ったので、今回はその目標を達成できて良かったんじゃないかなと思います。
田中:すごく楽しそうに滑っていましたよね。みなさんもたぶんテレビの向こう側、そして現地に行かれた方もいらっしゃるかと思うんですけれども、すごく楽しそうに滑っているなという印象でした。
川野:さあ、そして用具に関しては、森井選手もチーム森井があるということで。
森井:そうですね。はい。僕の所属している会社で、チェアスキー開発をしてくださって。チーム森井って約40名ほどなんですけれども、僕のチェアスキーに関わってくださって、本当に心強く。
川野:40名ですか。
田中:けっこう多いですね。
森井:そうですね。もともと自動車を作っている会社なんですれども、そこで自動車開発のエンジニアの方たちが、僕のチェアスキーを改造してくれたんですけれども。
田中:どれくらいの期間で、今回の(チェアスキーを)?
森井:約2年半くらいですね。
田中:2年半。かなりかかっているんですね。
田中:前回大会からどのような点にこだわって開発をされたのか、性能を追求してきたのかみたいなところを教えてください。
森井:従来のフレームを……やっぱり日本製のフレームは、すごく性能が良かったんですけれども。それをやっぱり、より変えていかなければいけないということで、まずこだわったのが軽量化です。軽くすることによって、操作性が上がるので。ただ軽くしてしまうと、必ずトレードオフになってしまうのが、やっぱり剛性なんです。
軽くすると、どうしても強度もそうですし、剛性感が弱くなってしまうので。それを軽くしながら高剛性・強度を上げていくというところは、すごく難しいところでした。
あと、もう1つ大きなパーツがあって。(写真を見て)今写真を見ると、ちょっと白と黒と赤の足が隠れている、カバーみたいなのがあるじゃないですか。これが「カウル」と言って、空気の抵抗を限りなく減らしたパーツになるんです。これを付けることによって……。
川野:「パウル」ですか?
森井:「カウル」です。
川野:カウル。カウル、新幹線の。
田中:お顔みたいですね。
森井:そうですね。本当に海外の選手から、「これ、新幹線のデザインをしたのか?」と言われるような場面もあったんですけれども(笑)。それで空気の抵抗を小さくして、とくに高速系……今回僕がメダルを取った種目(滑降)には、すごくそれが活きてくれたのかなと思っているので。
それこそ僕は、このメダルが取れたのも僕の力ではなくて。こういう僕を支えてくれるチーム森井とか、そういったみなさんの力のおかげで、取れたのかなと思っています。
川野:同じような用具ということで、村岡選手はいかがですか? 用具のこだわりと言うんでしょうか。
村岡:こだわり、そうですね。私自身、身体の左右差がすごく大きくて。スキーって交互に右と左にターンをしていくので、やっぱり左右差があるのって、すごく不利なんです。そういったところをカバーするのに、私が座っている部分、シートの部分であったりとかは、すごく重要だなと思います。
田中:その左右のバランスをそろえるために、ソチから努力をされたという体幹トレーニングなどは、けっこうつらかったですか?
村岡:そうですね。もともと、トレーニングとかをほとんどやっていなくて……というか、ドクターストップをされてしまっていたので、できていなかったんですけれど。大学進学などを機に、トレーニングも始めて。かつ用具も一緒に調整をしていって、徐々に左右差の少ないターンがちょっとずつですけれども、できるようになってきてはいるかなと思います。
川野:さあ、そして新田選手は、最後にスキー板にキスをする写真がけっこう配信されているんですけれども。やはり、板さまさまですか?
新田:そうですね。平昌自体に、僕は3年前からその時期に行くようにして、雪質がどういう雪なのかというのを、すごく。
川野:平昌にじゃあ3年連続で通って。
新田:はい、3年連続。それで、ちょうど雪がふだん降らない場所で……風が非常に強いので、風でやっぱり砂が飛んで、雪が非常に汚れる状況だったので。そこらへんは、「ワックスマン」と言ってワックスを塗ってくれる専門の人が、「じゃあ、どうやってそういう汚れがつかないようにするのか?」という部分を、一生懸命やってくれたのと。あと僕は、実はこの大会に入る前に、大事な板が2本折れまして。
川野:折れてしまったんですか?
田中:そうだったんですか。
新田:はい。それで、急遽新しい板が手に入ったので、その板で臨んだので。そういう意味ではけっこう、「出会い」と言ったらおかしいですけど。僕は、この大会が始まる前に、やっぱりいろんな人に助けられたんだなというのを(感じました)。そういう思いにさせてくれる大会でした。
田中:なんか、天気予報のスペシャリストの方もついてくださっていたというお話も聞いたんですが。
新田:平昌のプレ大会の時に、どのくらいの風で、気温と雪温・雪の固さも含めて、どういう状況になるのかという予想を、ウェザーニューズさんに立てていただいていたので。そういった意味では、まあ、想像できると。
例えば、「この時間に雪が降る」と(ウェザーニューズさんが)言ったら、ほぼ10〜15分のうちに「あ、本当に降ってきたな」という、そのくらい精度が高い気象予報だったので。そういった意味では、この僕が一番最後にメダルを獲った時も、当初の予定よりもちょっと気温の上昇が上がらなかったので……。
川野:上がらなかったんですね。
新田:はい。すぐトランシーバーで「ちょっと修正します」ということを、ワックスマンとコミュニケーションを取ったりしていたので。
どっちかというと、僕は道具の開発というのは、ほぼ僕らクロスカントリーはできないんですけれども。できる部分……そのワックスであったり、日本チームだからこそできるものだったりをどんどん見つけていっているところが、このクロスカントリーのちょっと特殊なところかなと思います。
田中:もうご自身1人で戦うというわけではなくて、たくさんの方の支えがあって、みなさんが活躍されているんだなということで。なんか、競技場のパートナーである用具の大切さであったり、調整・メンテナンスの大切さなんかもわかりますね。
川野:ねえ。そうなんですね。
川野:さあ、そして続いてなんですが、ぜひ裏話をですね。「パラリンピック裏話あるある」を、ちょっとうかがいたいと思うんですが。先ほどですね、閉会式のあと「夜23時のできごと」というのを、ちらっと聞いたんですけど、村岡さん(笑)。
成田:ごめんなさい。
川野:先に謝られる感じで。
田中:先に?(笑)。
川野:成田さんが謝ったということは、なにがあったんですか? いいんですか。若い人の話を聞いちゃって。
村岡:あの……私、閉会式の日、18日が最後のレースだったんですよ。閉会式の旗手も務めさせていただいていたので、ちょっと集合時間とかも早くて、ゲレンデから帰ってきてから1時間しか時間なかったんですね。帰りの荷物の準備をするのに。
川野:閉会式が終わって、1時間?
村岡:あ、違います。ええと……。
川野:試合が終わってから?
村岡:競技が終わって選手村に帰ってきてから、閉会式まで1時間しかなくて。
川野:バタバタですね。
村岡:めっちゃ急いで準備したんですよ。チェアスキーとかも全部バラして梱包するので、けっこう時間がかかるんですけど、ぜんぜん終わらなくて。めっちゃ必死で終わらせて、「よし、閉会式!」って。
終わって帰ってきてごはんも食べて……ってやってたら、なんだかんだ気がついたら、もう11時を過ぎてて。まだぜんぜん、パッキングも終わっていなくて。
そしたら、ぜんぜんそれまでご挨拶程度しかして(いなかった)……なんだろう、あんまりお話もしたことがなかった、成田緑夢さんという選手がいらっしゃるんですけど。
川野:こちらにいらっしゃいますが(笑)。
村岡:と、新田さんという人と……。
川野:隣に?
新田:僕、どっちかというと被害者だからね。
(一同笑)
村岡:と、山本(篤)さんが部屋の前にいて。「桃佳、呼んでるよ」ってスタッフの方に言われて、「えっ……私、なに言われるんだろう?」みたいな。
田中:呼び出しですね。
川野:夜23時に。
村岡:呼び出しです、夜23時過ぎに。「なんだろう、なんだろう?」と思って、もう恐る恐る、こう扉があって、影から「……なんでしょう?」みたいな(笑)。そしたら……。
新田:すごい警戒してたよね。
村岡:めっちゃ怖かったですもん。だって。
村岡:そしたら「ちょっとメダルを持って来てもらっていいですか?」って言われて。そのまま、私は裸足のまま代表のジャージだけ着て、メダルを持ってお部屋にお邪魔して、そのまま。そしたら、ここのメンバーがいました。
川野:4人勢揃いで? それは成田選手のお部屋だったんですか?
成田:そうですね。僕、一緒の部屋だったんです。
新田:はい。一緒なんですよ。
川野:あ、一緒の部屋だったんですか!?
新田:僕、(パラリンピックに)何回も出てますけど、ほかのチームというか違う競技の人と、部屋が一緒になるということがなかったので、それはそれですごく新鮮で。で、ね? すぐ「じゃあ、一緒に写真撮りますか」ぐらいの勢いで、携帯を出したんですよ。そしたらもう……。
成田:僕……。
新田:ね。どうぞ。どうぞ!
成田:僕あの……僕の目標は、その、僕のストーリーを伝えたかったり、パラリンピックというものを伝えたいなという意図があって、なんとかして情報共有できないかなと思って、なんかYouTubeの動画を作ってたんですよ。そう。で、「もう開会式終わったし、このチャンスはもう二度と訪れないかも!」と思って。
川野:YouTubeチャンスだったわけですね(笑)。
成田:そうそう(笑)。みなさんに「いやー、メダルの感動をちょっとみなさんに伝えられないかな?」って言って部屋に呼んで、メダリスト全員と10個のメダルをテーブルの上に置いて、YouTubeチャンネルを撮らせてもらったんですよね。
川野:すごいですね。
成田:しかし、そのお願いの仕方が、稲妻のように「お願いします!!」というような感じで、雑だったという(笑)。
川野:突然、部屋を訪ねるという。
田中:ちょっと不審に思いましたね。夜でしたし。
村岡:本当に「マジでなに言われるんだろう?」「なに言われるんだろう? えっ、なにこの……リンチかな?」みたいに思って、本当に怖かったんですけど。
成田:この場を借りて謝らせてください。ごめんなさい。
村岡:逆にこの場をお借りして、本当によい交流というか、それ以降けっこうお話もさせていただけるようになったので、すごくよい機会を作っていただきました。
森井:でも、すごくいいことだと思うんですよね。やっぱり僕たちは、情報発信というのはなかなかできない環境の中で、緑夢みたいにこうやってYouTubeを使って、たくさんの人にパラスポーツを知ってもらうというのは、すごくいいことだなと、僕自身は思っています。
成田:ありがとうございます。
森井:ただ、ちょっとあと誘い方のね。
新田:そうだね。
(一同笑)
新田:だって、ちょっとね。僕が一番最初の時は、「コンコン、新田さん? ちょっと来てください」って言われて。部屋が4部屋あって、3部屋しか使ってないんですよ。
リビングの中にちょっと大きいテーブルがあるんですけど、そこでなんか携帯をセットしていたので、「ああ、写真撮るんだ」と思って、「ここ座ってください」って言われて座って。「写真を撮るんだな」と思って座ってたら、もうさっきのYouTubeが始まっちゃって。
(会場笑)
川野:スタジオセッティングが、もうバッチリだったわけですね。
成田:こんなに迷惑みたいな言い方してるじゃないですか。でも、一番しゃべってましたよ。
(会場笑)
成田:一番楽しそうにしゃべってました(笑)。
新田:ありがとうございます!(笑)。
川野:先ほどもこの4人の中で、おしゃべり番長は誰なのだっていう話になって。みんなで一斉に、成田選手を指差したんですけど、成田選手だけ新田選手を指差すという(笑)。おしゃべり番長ランクづけがあったんですけれども、そうなんですね。同じ部屋で、いびきとか大丈夫でした?
新田:僕は1人だったんですけど。ただ成田君は、本当は1人1部屋使えばいいんですけど、さみしがり屋なので、山本篤君が一緒に。
川野:山本篤さん、夏のパラリンピックに出てらっしゃいますね。
新田:そんなスキンヘッドの方が来たらさ、怖いよね。
(会場笑)
川野:すごいコメント(笑)。
村岡:なにそれー(笑)。
川野:そうなんですか。3人部屋だったということで。
新田:4人です。
川野:4人部屋、そうなんですね。たくさんの交流があった、平昌だったんですかね?
新田:そうですね。そういう意味では、いい交流だったと思います。
田中:みなさんも成田選手のYouTubeを見逃した方は、ぜひチェックしていただければと思います!(笑)。
川野:今も上がっているんですよね? 動画は。
成田:4人で話したやつと、3人で話したやつも上がってます。
川野:この楽しい話も、そろそろ終わりに近づいてまいりましたが。それでは最後に、会場にいらっしゃるみなさまと、ライブ配信をご覧のみなさまへのメッセージ。それから、今後の活動への抱負・ご予定などを、一言お願いしたいと思います。
まず、成田選手お願いいたします。
成田:今後の予定、抱負。とりあえず、今はパラリンピックが終わって、この喜びに少しの間浸りたいなと思います。
田中:浸ってください!
成田:体を休めたあとにまた、体をリフレッシュしたのち、新たな挑戦の一歩に全力を尽くして、これからもがんばっていきたいなと思います。よろしくお願いします!
(会場拍手)
川野:ありがとうございます。それでは、お部屋を訪ねられた村岡選手、お願いいたします。
村岡:今大会が私にとって2度目のパラリンピックで、とても緊張しました。ただ本当に、ずっと今回は追い続けているというか。上の選手を追い続けているだけだったので。だけというか、ちょっと気持ちも楽というか。ただの挑戦者という状況だったので、追われるよりも楽だなとは、思っていたんですけど。
今回、ちょっと成績を残しすぎてしまったところもあり(笑)。次回への自分へのプレッシャーであったりとか、ほかの方々からもたくさん応援していただけるのかなと思っているので、それをプレッシャーに感じずに、逆に力に変えていけるように。気持ちをつくるところから始めたいと思います。
(会場拍手)
川野:今度は本当に、追われる身ですね。
村岡:でも。まだまだ私自身の金メダルは、1つだけですし。まだ残り5種目出場しているので、まだまだ上はあるので。ずっと挑戦者という気持ちで、上を目指し続けたいと思います。
川野:ありがとうございます。
(会場拍手)
川野:そして、チーム森井を率いている森井さん。いかがでしょうか?
森井:今回、アルペンチームの男子としては、僕1人しかメダルを獲得できませんでした。ただ、みなさんご存じの方もいると思うんですけど、本当はすごく強いチームなんです。その中でメダルを獲れなかったのは、すごく残念なことで。
次に北京を目指すときには、強い日本チームだったではなく、また強い日本チームとして北京に臨めるようにがんばりたいなと。チーム一丸となって、また強化していきたいと思います。
そして個人的には、また新たなチャレンジとして、モータースポーツにチャレンジしてみたいなという思いもあります。
川野:モータースポーツですか!
森井:そうですね。いろいろ、チャレンジしてみたいなと思います。
川野:新しい展開も楽しみです。
(会場拍手)
川野:新田選手、お願いいたします。
新田:みんな、北京を見据えている発言をして、すごいなと思うんですけど。あ、辞めないですけど。まだ。
(会場笑)
新田:辞めないんですけど、平昌に入る前に、本当に何回も倒れるくらいのトレーニングを10日間続けてやって。「もう嫌だな」と。このところに行きたくないなと思って、気持ちよく平昌に臨めたので。これをまた、例えば4年間続けるのかと思うと、僕は嫌で嫌で仕方ないので。
僕は、自分が本当に「このスキーが楽しくて、仕方ないと」思う、このエネルギーが湧き出てきたときは、たぶんもっと強くなってると思うんですけど。今はちょっと冷静に、メダルの余韻を楽しみながら。
ただ、子どもたちは「金メダルをまた獲ってほしい」と言うと思うので。そのときに、自分が本当にやりたいなって思ったらやってると思いますし、どういう状況になるかはわかってはいないんですけれども。スキー自体はすごく楽しいので、それはずっと続けていきたいなと思っています。
川野:いったん、休憩ということですか?
新田:はい。
川野:一休みしてください。
(会場拍手)
川野:田中さん、いかがでしたか? みなさんのお話を聞いて。
田中:貴重な時間になったなと思いますし、なかなか聞けない話まで聞けて、私自身もすごく楽しい時間になりました。すごく思ったのが、やはりみなさん、向上心に満ち溢れているなというところと。
あとは、滑っている最中や競技をしていらっしゃるときは、もしかしたらその場にいるのはお1人なのかもしれないですけれども、たくさんの方がそこで支えているということ。
あとは、用具ですね。用具を自分の体の1つとして戦っていることをおうかがいできたのが、本当に印象的でしたし、すごくよかったなと思います。みなさんが胸から提げられているメダルは、今後2020年の東京オリンピック・パラリンピックへの、いいバトンにつながったんじゃないかなと思います。
川野:そうですよね。大きな布石になりましたよね。
田中:私も東京オリンピック・パラリンピックをその場で見ながら、たくさんの感動を得たいなと思っているんですけれども。みなさんも、ぜひ注目していただければな……なんて、思っております。
川野:みなさんには、2022年の北京でもご活躍をお祈りしています。本日はどうもありがとうございました。
田中:ありがとうございました。
(会場拍手)
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