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樋口泰行氏×林千晶氏 対談(全3記事)

2018.01.19

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日本企業は「なんと温かい世界だったのか」 辣腕経営者が外資企業で感じた“プレッシャー”の違い

提供:パナソニック株式会社

日本ヒューレット・パッカード、ダイエー、日本マイクロソフトなどで社長を歴任し、古巣のパナソニックに復帰した樋口泰行氏と、ジャーナリストを経てロフトワークを立ち上げ、現在は学びのプラットフォームの運営や森林再生などにも取り組んでいる林千晶氏。異なるキャリアを持つ2人が、100BANCH主催のイベント「企業と個人の理想的な関係」で、未来の働き方をテーマに対談を行いました。

昭和の人間とミレニアル世代の違い

林千晶氏(以下、林):ここからはお互いにどちらがボールを投げ合うかなんですけど。

樋口泰行氏(以下、樋口):(林氏の自己紹介を聞いて)すごく偉いなと思いましたよね。1つは、やはりスタートアップということで。私はその根性がたぶんなかったんですよね。ですから会社にしがみついて生きていくしかないということで。本当にそれはすごいなと思いました。

あとはマルチ。いろいろなことをパラで(並行して)やっておられますけれども、私はできないんですよね。遊びと仕事のパラもあまりできなくて、もう仕事ばかりという感じなんですよね。

だからワークライフバランスも、バランスをとりながらやるということができなくて、「人生トータルしてバランスをとったらいいや」と思って、仕事が終わってから遊ぼうかなと思っているんですけれども、同時にバランスをとるのができないんです。それがまた偉いなと。

:私、ワークライフバランスがないんですよ。ワークがライフで(笑)。だから、分けろと言われると、どこに線を引いたらいいかがわからない。

樋口:これは昭和の人間は理解できないかもしれない。ワークがライフ?

:ライフがワーク。

樋口:別の意味で「滅私奉公、それが人生だ」みたいな感じですけれども、遊びながらやっている感じでしょ?

:そう。だから、先ほど樋口さんと打ち合わせした時に、あまり本音を言うと怒られそうだなって。「お前は本当に働いているのか?」って(笑)。

樋口:いや、それもこっちがいかんのでしょうね。やはりこれからの時代は。

:でも、怒りたくなりますよね。

樋口:それを怒っていたら、ミレニアル世代の人はもうみんな会社を辞めちゃうから。

:なるほど(笑)。先に褒め殺しにあっちゃったので、私もちょっと褒め殺し返したいんですけれど、樋口さんは日本で数少ない、日本企業も外資系も知っている方。しかも単純に転職しているのではなくて、それを経営者という立場で経験し、しかもそれぞれの会社できちんと成果を出しているという。

樋口:成果はわかりませんけどね。

:稀有な存在の方だと思うんですね。なので、樋口さんがパナソニックに戻られた時に、別にパナソニックの方だけではなくて、「日本の大企業がこれから変わるぞ」「おおお!」と盛り上がった、熱量が上がった感覚を今でも覚えているんです。

日本企業は「なんと温かい世界だったのか」

:ということで、すごく憧れの経営者なんですが、おうかがいしてみたいのが、日本とアメリカを両方体験したなかで、どんな違いを感じていらっしゃいますか?

樋口:いろいろありますけれども、まずは、12年間日本企業に勤めて辞めた時に「なんと温かい世界だったのかな」と。

:辞めたあとに気づいたんですか?

樋口:辞めたあとに気づいた(笑)。本当に「辞めるのやめたろうか」と思って。

:名言ですね(笑)。

樋口:実は、あまり言っていないんですけれども、元の上司に「戻させてもらえないか?」という電話をしたんですよね。その時に、家庭内に力を持った人が1人いまして。

:それは奥様という名前ですか?(笑)。

樋口:そういう感じです(笑)。「なんとあんたは情けないことしてるの?」「留学までさせてもらって育ててもらって、それを後ろ足で砂かけて出ていったのに、『戻してください』と。なんちゅうこと言うんや。東京でがんばりなさい!」「はい、わかりました」と。

:(笑)。

樋口:ということがあったぐらい。最初に入ったのが戦略コンサルティングの会社なので、だいたい昇格するか(会社を)出るか。「up or out」と言いますけど、コンサルからマネージャーになるとき、だいたい2分の1ぐらいの人口になります。そして半分の人は出る。そこからパートナーになるときにまた半分になって、また出る。

その仕組みをわからずに入社したんですけど、それを知った時に「あれ? なんと厳しい世界かな」と。ずっとそこにいる人には当たり前なんですけれども、雇用が保証された世界から入った瞬間、やはり震え上がるような感じになりました。

しかも、別に東大に行っている人が偉いわけでもないんですけど、社員のうち70パーセントぐらい東大卒で、「頭で勝負」みたいな世界のなかで、それだけでもう日和ってしまって。

なので、(それまで勤めていた企業は)まずは「なんと温かい会社だったんだろう」と。その次は「なんと頭を使わなくなっていたんだろう」と。なにも考えない。

:なるほど。

樋口:それまでは「自分の能力が発揮できない」という悩みだったんですよね。そこから今度は「自分の能力はなんて足りないんだろう」という、180度違う内容になっちゃったんですよね。

「考えろ、考えろ」と言われて。「あなたはなにが言いたいんだ。あなたの分析はどんなメッセージなんだ?」「このスライドのメッセージはなんなんだ?」と言われた時に、「あれ、なんだったかな?」ぐらいに考えていないということなんですね。ですから、そこから考えられるようになるまでに相当かかりました。

:どのぐらいかかりましたか?

樋口:3~4年かかりました。コンサルってものすごいプレッシャーのなかでやりますけど、そのプレッシャーのなかでやって、やっと戻ったというか、考えるようになりました。そのぐらい思考停止になっていたなというのがありますね。

日本と海外の“評価”の差

:でも、そういう体験をされていると、すごい苦しいプレッシャーだけど、結果を振り返ってみると、それが考える力を伸ばしたことにもなるわけですよね。

樋口:そうですね。今から振り返ってみると、一つひとつの経験が全部活きているなと思います。

パナソニックに育てていただいて、経営哲学みたいなものと、日本の文化文脈の中でマネジメントするにはどういう作法、やり方、メンタリティが大事なのだということを学びました。かたや、アメリカ流のシャープな戦略の作り方やエグゼキューションの仕方、まったく正反対の文化を学んだので、これはこれで両方よかったかなと思います。

:私もMITメディアラボの日本のリエゾン(連絡員)もやっているんですけど、やはり教授にかかるプレッシャーも半端ないですよね。日本の大学の先生と話していると「基礎研究も大切だよね」「これが好きだから」ですけど、メディアラボになると、半年単位で「あなたのリサーチアップデートはなんなのですか?」ということを全員の前でやる。

そうすると、上司の評価ではなくて、それを世界中から聞きに来ている新規事業の人たちに「半年の間にどれだけ進んだの?」と問われる。それを半年単位で出していかなければいけないんですよ。

樋口:あと、生徒からも評価されますよね。

:生徒からもそうです。生徒からも、政府からも、クライアントからも、同僚からも、本当に厳しい評価があるので、テニュア(大学教授の終身在職権)に行くか、出ていくかということで、相当入れ替わってきますよね。

樋口:最近でこそ360度評価ということで、「部下が上司を評価して点数が低かったらアウト」という会社も出てきているけど、学校ですらそんな感じなんですよ。だから、生徒に対しておべっかを使うとまで言ったら言い過ぎなんだけども、学生満足度みたいなものをものすごく意識しますよね。

:そこで、ボスコンのあとにHP、マイクロソフトに行って、ダイエー、パナソニック。順番はあれですけど、(日本と海外の)両方を見たときにどちらが強いとか弱いというのはありますか? そんな単純な問題ではないんですかね。日本企業は日本企業の強さがあるのか……。

樋口:今の中国という国がなかった時代は日本が中国だったわけで、良いものを安く作っていろいろなものがどんどんコモディティ化していった。欧米の企業もテレビなんかを作っていましたけど、「たまったもんじゃない」ということで、BtoBにシフトしたり、家電から撤退したり、という感じでした。今、同じことを日本のメーカーが強いられているような状況です。

アメリカのマイクロソフトにいましたけど、そういうものすごいプレッシャーのなかで、ものすごいスピード感で大きくなった会社ですらそうですから、GoogleやAmazonはもっと早いですよね。かたや中国は、めちゃくちゃハングリーですよね。これはやはり絶対に勝てないなと思いますね。

人工知能で人間の成長スピードが変わる時代に

:よく大企業とベンチャーでスピードが違うという話があるんですけど、具体的にどんな場面でスピードの違いを感じますか?

樋口:とにかくまずは、会社全体としてステークホルダーのプレッシャーが強いですよね。株主プレッシャーも競合のプレッシャーも強くて、非常にそのプレッシャーが直に来ますので、もうとにかく勝つためには速く走らせなければいけないし、スピードアップしなければいけない。

それが個人のプレッシャーに落ちて、なおかつ、そこでパフォーマンスが悪ければ雇用が保証されないというところまで来ていますから、それは目の色が違いますよね。

:例えばマイクロソフトだと、どれぐらいの単位でそういう評価をするんですか?

樋口:単位というのは、期間ですか?

:期間だったり。要は、(海外は)常にプレッシャーがかかるというのは、日本は半年に1回だし、上がるか上がらないかは1年に1回という、学びやプレッシャーもすごく遅いなと。

樋口:期間はそれほど変わらないかもしれないんですけれども、まず評価がフォーストカーブですよね。通信簿で5段階評価だったら、その母集団の中で必ず「1」が何パーセントつかないといけない、というようなことで。「1を2回連続とったらアウト」とか、そういう相対評価ですよね。

それから、悪い点は容赦なくダイレクトにフィードバックするということになっていますから。もう「きっつー」みたいになるんですよね。「そんなにきついこと言わないで」みたいな(笑)。

:なるほど(笑)。メディアで毎日のようにスピードが重要だと書かれているんですけど、実際に私たちがいろいろな企業と仕事をさせてもらうときに、平気で「2年先の……」という話がすぐ出てきてしまうんですよね。

もちろん日本はものづくりをやっていて、アメリカは比較的ソフトが中心だということはあるんですけど、1日単位、時間単位で物事が動いていたりする。「テストは朝にやって、夕方には反映させて」と1日単位でやるのと、「2年に1回出して学ぶ」というと、やはり成長スピードがぜんぜん違うのではないかと。

1ヶ月前にMITメディアラボに行った時に、「人工知能が出てくるとなにが一番変わると思いますか?」と聞いたら、「人間の成長スピードが変わる」とサンディ・ペントランドが言っていて。「それはなんですか」と聞くと、「今まで人間は組織において2つのことができなかった。accuracyとfrequencyが足りてなかった」と言っていたんです。

正しいのも難しい。つまり「パシャってコーヒーかけたやつは嫌い」じゃないけど、バイアスがかかっちゃうのもあるし。

がんばっても半年に1回の頻度だったのが、人工知能やデータをうまく使っていくと、変な話、別に半年というタイミングではなくて、今がんばっているときにそこでモチベーションを上げさせるとか、落ちているときにそこでなにかを変えていく。人間の動いているパフォーマンスの状態に合わせてフィードバックをかけるべきであって、1月と7月である必然性がまったくない。

そういうところが変わってくると、別に組織だけではなくてコミュニティの中でもそうですし、あとは子どもの学びも変わってくる。だから人間の成長スピードがすごく変わってくるということを言っていたんです。

それがまさに、日本の企業とアメリカ・中国といったときに、中国がフィードバックを100回やっているところで日本は「ルンルンルン」って1周りしていたら、勝てないのか。でも3周遅れで先頭というような、実は勝てる必殺技が樋口さんには見えていたりするのかな。どうですか?(笑)。

樋口:(笑)。

:今は「速さが勝負」となっているんですけど。あえてそこを「なにを言う。人間1,000年経っても変わらないでしょ。むしろじっくりゆっくりが勝負だよ」「こっちの土俵に持っていける戦略が実はあるんだよ」ということがあったら聞いてみたいなと思います。

樋口:分野によっていろいろ違うんでしょうね。例えば今、パナソニックでも植物工場をやっているんですけれども、やはり育てると1サイクルが長くなるじゃないですか。逆立ちしてもそのサイクルは短くできないので。1サイクルを回すのにどうしても時間がかかってしまうものはありますよね。それは薬にしても再生医療にしても、なににしても長くかかるものがあるので、そういう分野もあるかと思います。

ただ「もうぐちゃぐちゃ言わんとやってみようや」というサイクルを早くしたほうがラーニングしていくという世界が確実にあるのであれば、そこはスピード感がないと絶対にダメですよね。AIのエンジンでもやはり速く回していくほうが賢くなっていくので。

ただ、同じ失敗を何回もやっている人はいますよね。そういう人はもう少しじっくり考えてやったほうがいいかもしれないし、失敗が確実に次のステップになる人は早く回したほうがいいかもしれない、とは思います。

日本人は完璧になってからサイクルを回すということがあるので、全般的にいうと遅れてしまうというのがありますし、いろいろ規制とかガイドラインとか……。英語の勉強もそうですよね。もうなんでもいいからとにかく口に出してしゃべる人のほうが早くうまくなりますけれども、完璧に英作文して、完璧なことが確認されてから言葉を発するということをやっていると、あまりうまくなりにくいのはありますよね。

経営者に必要な2つの能力

:なるほど。樋口さんにメインで聞きたいと思っていたことがあって、それは経営者というものの可能性、あるいはインパクトというものと、そこで働く人たちのモチベーションについて少しおうかがいしてみたいなと思います。

最初に「外資系と日本系の企業の違いってどうなんですか?」「日本の企業、学びも遅いところがあるし」という話をしました。そのことも十分知っている樋口さんが今回パナソニックに戻られましたよね。

樋口:はい。

:戻って来たなかで、決して負け戦をする方ではないんじゃないかと思っていて。コネクティッドソリューションズだけで1兆という売上があって、何万人という社員がいる。1対何万だと、水の中に1滴垂らすようなもので何も変わらないようにも思うんですけど、同時に、経営者ってすごいインパクトがあるんじゃないかと思っていて。

経営者を歴任されてきたなかで、まずはその「n=1」の力をどういうふうに捉えていらっしゃるかを聞いてみたいと思っています。

樋口:一概に言えないですけど、自分の頭の中で経営を真っ二つに分けるとしたら、1つはやはり戦略があって、もう1つはオペレーション。日々の運営の効率というか良し悪しみたいなものがある。

戦略を間違ったら、もう本当にそれだけで社員みんなが不幸になる、会社がダメになる。不正を起こしてダメになるのも、それ以前の問題かもしれないけれども、意思決定が遅くてなにもしない戦略というものも1つの戦略のまずさだとしたら、その部分があります。

もう1つ、戦略が正しければ、きっちり日々のオペレーションというか、日々の経営がいかに効率的か。オペレーショナル・エクセレンスのような部分があると思うんですけれども、こちらの部分はやはり人がやることなので、人の気持ち・モチベーションによってそこは大きく変わる余地があると思うんですよね。

業種・業態によって違いますけれども。モチベーションにものすごく依存している業種・業態もあれば、あまり依存しないところもありますよね。

例えば、ブランドや製品がすごく強いだけで売れているというとあまり運営への依存度は高くないかもしれないけど、どこに行っても同じものが売っているコモディティ化したものは、やはり接客など商品以外の要素が非常に高くなる。接客が命になってくると、モチベーションが命になってくる、みたいな。

そういう意味で、経営者には戦略がきっちり作れる能力と、人のモチベーションをアップさせてオペレーションをやる能力と2つが必要なんです。これが時として二律背反の能力なので。

戦略的に長けている人は概してあまり温かくなかったり、ウェットな人は、それこそ人をちゃんと惹きつけたり、営業力があったり、お客さんとリレーションはあるんだけど、戦略を考えさせたら「そんなん考えたことないわ」みたいな。

なので、非常に難しいんですけれども、それを1人のなかで自己完結してないとやはりうまく回らないと思っています。

:2人で1人じゃダメですか?

樋口:2人でセットというのは、よほど1人のように動けるぐらいの息が合っていないと、社員もどっちを見たらいいかわからないし、表現が少し難しいけど、ワークしにくいなと思っています。

:厳しい現実を(笑)。私、しょんぼりして話を聞いているときに、「よし、戦略側をアウトソースして『2人で1人』で逃げ切ろう」と思っていました(笑)。

樋口さんはどちらがお得意ですか? 両方得意なんですか? それとも生まれながら? それかどちらか鍛えているんですか?

樋口:得意というか、わりと人に対するセンシティビティが高いほうで、ウェットなところがあるので、やはり人のマネジメントはそちらに振られやすい。もっと無慈悲に戦略を作るところを高めないといけないかもしれないという感じはしますけど(笑)。

:確かに戦略は、時に破壊的だったりイノベーションと言われるような。となると、既存の概念に寄り添っていても起こらないですもんね。逆にオペレーションのほうは、どうしても毎日の連なりの中で、ということになるのかなとお話を聞いていて思いました。

樋口:そうですね。ダイエーでも、もともとローソンはダイエーが持っていたし、金融事業も持っていました。ところが、もうこうなってしまうと、やはりお金になるところから売らないといけない状況になってくる。売ってしまうと、残ったところはもうぜんぜん。

そんな状態になれば、本当に社員が不幸になりますよね。ですから、その前に選択と集中をやる。それもわりと社員にとってはpainfulかもしれないけれども、本当に長期的に持続可能な会社にするためには、早いうちにやるのが経営者の責務だと思います。

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