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日本記者クラブ - トマ・ピケティ 仏経済学者 『21世紀の資本』 2015.1.31(全2記事)

トマ・ピケティ教授が語る"正当化できる格差・できない格差"

フランスの経済学者であり、『21世紀の資本』著者トマ・ピケティ教授が、社会格差と経済について日本記者クラブにて会見。過度な格差がもたらす2つの弊害や、正当化できる格差とそうでない格差の違いなどについて語った。

世界中でベストセラー、『21世紀の資本』とは

会田弘継氏(以下、会田):皆さんおはようござます。今日はここにフランス経済学者、トマ・ピケティさんをお迎えしての記者会見となりました。皆さんよくご存知の通り、ピケティさんは『21世紀の資本』という本を出されて、今や世界的に話題を呼んでおり、100万部以上が全世界で売れています。アメリカ、フランスを始め、中国でも出ています。日本版はみすず書房からつい先日出たばかりですが、すごく面白いと思いました。

皆さん私の話よりもピケティさんの話を聞きたいでしょうから(笑)。ピケティさんの話に移ります。ピケティさんは1971年生まれ、大変お若いです。学歴はパリ経済学校の教授、社会科学高等研究員を務められています。アメリカではマサチューセッツ工科大学で一時教鞭を取られていました。お若くして名前を確立されています。

今日ここにお集まりの皆さんはおよそ300人。これはフランスからのゲストとしては1982年のミッテラン大統領、あるいは98年のシラク大統領が来た時、それぞれ332人、310人と。それに相当する聴衆を集めたということになります。

前置きはこのくらいにして、早速ピケティさんにお話をしていただきます。

トマ・ピケティ氏(以下、ピケティ): 今日はお集りいただきありがとうございます。まず初めに、私の英語は英語というよりフランス語に近いことをお詫びします。私の著書が日本語にも翻訳されてとても嬉しく思っています。日本は世界でも重要な位置を占める国ですし、日本の皆さんは他の国の人に比べて、より本を読み、新聞を読む方々ですので、そのような国でも私の著書が広く読まれていると聞いて光栄です。

今日のプレゼンは短くまとめてあります。数枚のグラフを含むスライドを用い、長期的に見た日本、ヨーロッパ、アメリカの不平等の進展についての研究結果を発表したいと思います。

私共の研究は、分布、統計がメインです。私の著作が注目を浴びたのは、世界中の国々の多くの研究者と協力し、幅広く所得と富の分布の歴史的データを収集、分析したことが理由でしょう。私達は、過去の研究者達に比べてより多くのデータを収集することが出来ました。しかし、私達が集めたこのデータが完全なわけではなく、研究結果が出た今でもまだわからないことだらけです。

それでも少しずつ進歩していると思います。今日はその中からひとつ、ふたつに絞ってお話をします。すべての統計データをご覧になりたい方はこのウェブサイトにアクセスしてください。私のデータはオンラインにアップしてありますので。

所得に関する豊富な情報がこちらのページでも入手することが出来ます。

本を出して良かったと思うのは、この地図でも色がついていないメキシコ、韓国、台湾のような今でも政府の規制が厳しい国に、収入や資産の進化の分布の透明性がより高くあるべきであるということを啓蒙することが出来たことでしょう。

不景気が格差を生む

研究結果の一例をお見せしましょう。

こちらはアメリカ、ヨーロッパ、日本、それぞれの国の全所得において、上位10%の層が占めるシェアを比較したものです。このデータからわかるように、全ての国の所得の不平等が20世紀の初めに、特に第一次世界大戦、世界大恐慌、第二次世界大戦の頃に減少しています。これは戦争やインフラによる資本の崩壊のショック、そして日本の場合は特に戦争後の新たな社会規制に起因します。

1970年、 1980年代頃から、特にアメリカで所得格差が始まりました。ヨーロッパの所得格差はこれに比べて緩やかです。日本はヨーロッパとアメリカの中間程度ですが、ヨーロッパに近いです。日本における所得不平等はアメリカほど極端に進んでいませんが、だからと言って所得不平等が進んでいるという事実に目を背けることは出来ません。

1980年、 1990年代には全所得の30-35%を上位10%の富裕層が占めていたのが、現在では40%近くとなっています。このように所得の不平等が進んでいるのは、この期間に経済があまり成長しなかったからです。ほぼゼロです。

経済が成長しないことで、上位10%の富裕層の富のシェアだけが拡大しています。私の著書の中でのひとつの結論は、日本、ヨーロッパ、アメリカの経済成長の停滞において、所得不平等問題が深刻になりつつあるということです。私達は所得不平等を食い止める為の政策や機関を設ける必要があります。

格差社会と国際化の関係

不平等が社会に広まった原因のひとつに、グローバリゼーションがあります。世界経済において、中国のように新たに力を得る国が出現し始め、先進国内の低所得、中所得層内での競争に繋がっています。それぞれの国に特化したそれぞれの原因がありますので、グローバリゼーションはあくまで原因のひとつと考えます。

新たな政策や機関の設立がこの状況を変えられるはずです。特にアメリカは教育、労働市場における不平等問題があります。日本でも同じように教育格差、労働格差が進みつつあります。このデータ、そしてデータから導いた考察に関して質問があればお答えします。

その前に、私の結論はグローバリゼーション、資本主義を今とは違った形で受け止めることで、所得不平等を食い止めることが出来るはずだということです。グローバリゼーションが悪いと言っているわけではなく、各国でそれに対する新しい政策や機関を設ける必要があるということです。

社会の格差は政治と経済、両方の課題

会田:ここまでイントロダクションを伺いました。この後質疑応答に入ります。ここに企画員の一人である、時事通信の軽部さんをお迎えしています。まさにアメリカの金権政治のことを書かれたりして、プルトクラシ-の問題について造詣の深い方です。彼からいくつかまとめて質問をしてもらい、切り出したいと思います。

軽部謙介氏(以下、軽部):ありがとうございます。私は経済理論を全く理解していない一人のジャーナリストとして、ひとつ、ふたつ質問をしたいと思います。

ひとつは、今このグラフでも出ていますが、ピケティさんはどれくらいのレベルまでこのトップ10のインカムのレシオが改善すれば、それが良しとされとお考えなのか? それは経済学の課題なのか、あるいは政策の課題なのか、そのあたりの仕分けについてもお伺い出来れば幸いです。

ピケティ:極端な格差は経済と政治、両方の問題だと思います。そして極端な格差は経済成長にとっても有益ではありません。60年代、70年代にも比べても、今日格差が拡大し、成長が滞っています。

格差が広がると経済成長にとっても良くないことは明確です。二十世紀初期、または十九世紀を考えてみてください。社会は極端に不平等で、経済成長はあまり見られなかった時代です。社会格差が起きると、権力が一部に集中することに繋がります。

つまり極端な格差は、政治的問題でもあります。格差が広まれば、民主主義が脅かされることにもなりますから。格差が広まった社会においては、人々の間に政治に関与する平等がなくなる傾向があります。これが格差社会の恐ろしいところです。近年のアメリカの大統領選挙では民間において巨大な額が動きます。極端に格差が広がることは経済的問題であり、政治的問題でもあります。

軽部:今の話ですと、適正な不平等は経済学としては定めることが出来ないということでしょうか?

ピケティ:インセンティブや成長比によって、ある程度の不平等は正当化できると思います。しかし、正当な不平等化を決定する数式はありません。私達は、歴史的な統計データを集めて分析し、多くの人に情報として研究結果を提供出来るようにしただけです。これを読んだ人々が不平等について彼ら自身で考えることが出来るように。

適正な不平等のレベルというのは、民主的に行われる議論により決定されればよいと思います。数値によって解決策を提案することは、経済学者の仕事でも社会学者の仕事でもないと思います。

民間の資本の行方が今後の鍵

軽部:ありがとうございました。今日はそのグラフは出ていないですが、資本と所得の比率、キャピタルインカムレシオですね。その比率について、今後ずっと増えていくのかもしれないという予測を立てていらっしゃいます。その前提が、貯蓄率が10%で安定していくことです。

例えば日本は、家計の貯蓄率が非常に減ってきて、確か先月発表されたものによるとマイナスになっているはずです。このような家計の貯蓄率の減少はピケティさんの予想に影響を与えるものなのでしょうか?

ピケティ:貯蓄率の変化というのはとても重要な要因となり得ます。そして日本の成長率はとても低い、マイナスであるとも言えます。更に人口が減少がしているという要因がありますが、これだけ大きな資本・所得比率が状況が続いていくことになるでしょう。しかし資本・所得比率を予測することはとても難しいということは言っておきましょう。

こちらをご覧ください。これは民間の資本・所得比率の推移です。日本は90年まで著しく上昇しています。そしてその後の落ち込みは、不動産価格、株株価の下落に影響を受けています。しかし長期的に見ると、右肩上がりです。そして日本もまた他の先進国によく見られるパターンのように、民間が保持する富が、1970年と比べると非常に高くなっています。

このデータから推測するに、おそらく資本・所得比率は引き続き高いままで推移を続けるでしょう。永遠に右肩上がりか、と言われればそうではないと思いますが、1970年と比較するとそれよりも高くあり続けるだろうと予測します。

そしてこれにより、富が果たす役割が日本や他の先進国においても大きくなるでしょう。1970年代に比べると、家が不動産や財産を持っている若い世代とそうでない世代の間の格差はより広がっていると考えます。

相続をすることで、富がどのように移転するかという役割が非常に大きくなっていくはずです。日本は1970年に比べれば、民間の所得比率が高くなっているというという状況は変わらないと考えます。

極端な格差は正当化されるべきではない

会田:ありがとうございました。今の話で、まず最初に出てきたことですが、適正な差別または格差、不平等というのは、まさにこの本の最初に書かれているフランス人権宣言の言葉が引用されていますが、共同の利益に基づくものでなければそれはいけない、と。差別はあるんだ、というか。

これはまさにロールズが言っていることで、恐らくロールズよりも先に人権宣言が言っているのだと思いますが、ロールズは平等と正義の問題を論じています。その時彼が言っているのは、もし差別が必要だとすればそれは全体の利益に基づく時だと言っている。

ピケティさんと先ほど話していたらロールズから受けた影響について語っていました。これはなかなか難しい政治的問題ですが、ある程度差別はあり得るということですね。ロールズ型ですよね。

ピケティ:ロールズの社会正義の考え方は、確かに彼がそれを議論する前から存在していた考え方であります。私の本の中で1789年のフランスの人権宣言第一章について言及しています。差別ではなく不平等はあり得るが、それは全体の利益になる為のものでなければならない。社会的に何らかの区別が必要とされるのであれば、それは社会全体の共通の公用に基づくものでなければならないと書いてあります。

差別とまでは言いませんが、社会的な不平等と言うのはもしそれが社会全体の公用の為に存在するのであれば、それは正当化されるのではないかと考えます。これが私の考え方の基盤であります。それが全体の利益となるのであれば、不平等は問題にはならないでしょう。しかし、その不平等が極端である時、それが全体の利益となるからと言って正当化されるべきであるとは思いません。

会田:ありがとうございます。

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