【3行要約】
・現代のビジネス環境では部下への適切な注意が難しく、パワハラへの懸念から必要な指導をためらう上司が増加しています。
・効果的な注意には「行動に焦点を当てる」「客観的事実を示す」「相手の感情に配慮する」といった技術が不可欠です。
・上司は「嫌われる覚悟」「適切な期待」「感情的にならない」などのマインドセットを持ち、部下の成長を支援する伴走者としての役割を担いましょう。
部下の成長に必要な注意とパワハラへの不安
世代間で価値観が大きく異なる昨今、「部下にパワハラだと思われそうで指導・注意がしづらい」と感じている管理職は少なくありません。株式会社アスマークの
奥津直樹氏が紹介した調査によれば、30代男性の52パーセントが注意のしづらさを感じており、他の年代でも一定数以上が同様の悩みを抱えています。
一方で、部下・メンバー側も、20代から30代の男女ともに50パーセント以上が「自分の成長のためには、叱られることも必要だ」と考えているというデータもあります。このように、注意する側とされる側の双方に、「叱ること」の必要性に対する認識は存在していながら、
20代の部下を対象とした調査では、約3分の2にあたる65パーセントが「あまり叱られたことはない」と回答しており、実際の指導が伴っていない現状が浮き彫りになっています。
部下の成長を願うからこそ、管理職はパワハラのリスクを恐れることなく、適切に注意・指導を行う方法を模索する必要があります。そのためには、まずパワハラと注意の境界線を正しく理解し、自信を持って部下と向き合うための知識とスキルを身につけることが不可欠です。
部下にパワハラと誤解されない効果的な注意の技術
部下への注意がパワハラと受け取られないためには、伝え方に細心の注意を払う必要があります。
マンパワーグループ株式会社の難波猛氏によると、重要なのは「相手を変えよう」とするのではなく、「発生しているギャップを埋める」という視点を持つことだと言います。個人を名指しして「この人を変えたい」と考えると、それは人格への攻撃と受け取られかねません。そうではなく、理想の状態と現状との間に生じている問題やギャップに焦点を当て、それをどうすれば解消できるかを話し合うことが建設的なアプローチです。
フィードバックを行う際は、相手の性格といった抽象的なものではなく、具体的な「行動」について言及することが不可欠です。例えば、服装の乱れが問題であればその服装について、業務上の言動に問題があればその具体的な言動について、「その行動は困る」とはっきりと伝えます。
さらに、客観的な事実や第三者の意見を添えることで、フィードバックの説得力は増します。「お客さまがこうおっしゃっていたよ」や「結果として目標の7割しか達成できていないよね」といったファクトに基づいた指摘は、感情的な叱責とは一線を画し、部下も受け入れやすくなります。感情的に「君のやり方は気に食わない」と伝えるのは、パワハラと見なされるリスクが高い行為です。
また、フィードバックは論理的であると同時に、相手の感情面にも配慮する必要があると難波氏は指摘します。相手を論破することが目的ではなく、納得してもらうことがゴールです。人は論破されることを嫌うため、ロジカルに事実を説明しつつも、相手の気持ちがどう動いているかを常に意識しましょう。
この両軸を意識することで、相手は「自分のことを考えてくれている」と感じ、注意を受け入れやすくなります。
パワハラと捉えられない、部下の心を動かす言葉の力
部下に注意をする時には、言葉選びも大切です。
アカラ・クリエイト株式会社の井上健一郎氏によると、心に響く言葉とは、いくつかの要素から成り立っていると言います。1つ目に、「本質に触れている言葉」であることです。表面的な事象だけでなく、その奥にある要点や物事の核心を突いた言葉は、「確かにそうだ」という納得感を生み出します。
このような言葉を生み出すには、日頃から物事を広く、高く、深く見る訓練が必要です。例えば、部下がミスを報告してこなかったという出来事に対して、「なぜそれが起きたのか」を深く考え、「不安は沈黙を生む」といったように、事象の因果関係を短い言葉で表現するトレーニングは、本質を捉える力を養います。
2つ目に、「聞き手の感情や価値観に触れる言葉」であることです。部下が感じているであろう悔しさや喜びといった感情に寄り添い、「その悔しさの先には、必ず気づきがあるよ」というような、相手の感情に触れながら希望を示す言葉は、相手の心を動かします。
また、「あなたって、本当に丁寧な仕事をする人だよね」というように、相手の価値観や長所を具体的に言葉にして伝えることも有効です。これは「あなたは〇〇な人」というラベリング効果とも言え、言われた側は「自分はそう見られているんだ」と意識し、その長所をさらに伸ばそうとするきっかけになります。
3つ目に、「語り手の人柄が伝わる言葉」であることです。言葉の裏側にある真剣さ、誠実さ、そして愛情が相手に伝わった時、たとえ厳しい内容の苦言であっても、相手はそれを受け入れやすくなります。「この人は自分のことを本気で考えてくれている」と感じられれば、信頼関係が生まれ、言葉が心に届くのです。
これらの言葉の力も踏まえ、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の川島高之氏は、安易な「褒めて育てる」という風潮に警鐘を鳴らしています。
よく「褒めて育てる」と言いますよね。私はそれを聞くと、いつも「どうだろうな。3割しか当たっていないな」と反応しています。
だって、褒めるべきじゃない時に褒めたら、むしろ逆効果ですよね。部下のやる気が下がっちゃう可能性があるとかね。
ありきたりに、いわゆる「褒めるバブル」になっちゃうのでぜんぜん効果がなかったり、もっと言えば、そんなことまで「すごかったね」なんて言われると、「バカにされている」と思っちゃいます。
「褒める」はフィードバックのごく一部ですからね。褒めるべきことをやったら「褒める」というフィードバックをする。
逆に叱るべきことだったら、「叱る」というフィードバックをする。結果について、あるいはプロセスについて。これもできる限り、事実、あるいは第三者の意見を添えてフィードバックすることが好ましいです。
引用:上司は部下に「配慮」はするが「遠慮」はしない 若手が離職する“ゆるい職場”からの脱却法(ログミーBusiness)
言葉は単なる情報の伝達手段ではなく、人の心を動かし、行動を促す力を持っています。だからこそ、上司はその力を理解し、日々のトレーニングを通じて言葉を磨き続けることが求められているのです。
部下への注意の前提となる上司のマインドセット
ここまで部下への注意の伝え方について紹介してきましたが、部下に適切な注意を行うためには、具体的なテクニックの前に、上司自身のマインドセットを整えることが極めて重要です。
上司がイライラした状態で話をすれば、それは攻撃的なメッセージとして伝わり、部下との関係を悪化させ、ハラスメントにつながる可能性があります。逆に部下が感情的になっている時に無理に話をしようとすれば、対話は泥沼化します。
したがって、お互いが落ち着いた心理状態で対話の場を持つことが、建設的なフィードバックの大前提となります。相手の様子を見て、「少し耳の痛い話をしたいのだけど、今時間は大丈夫?」と確認し、相手が受け入れられない状態であれば無理強いしない選択も必要です。
マンパワーグループ株式会社の難波猛氏は、このマインドセットを支える5つの重要な考え方を紹介しています。1. 嫌われることを覚悟する耳の痛いことを言われて喜ぶ人はいません。好かれようと思って注意するのは間違いであり、ある程度は嫌な顔をされることを前提として受け入れる覚悟が必要です。
2. 期待するが、期待しすぎない部下が改善できると信じ、期待を込めて伝えることは大切です。「どうせ言っても無駄だ」という態度は、非言語的な部分で相手に伝わってしまいます。しかし、自分の思いどおりに100パーセント行動してくれることを期待してはいけません。「こうあるべきだ」という自分の価値観を相手に押し付けると、怒りの感情が生まれやすくなります。
3. 感情を込めるが、感情的にならない 「あなたに期待している」というポジティブな感情は込めるべきですが、自分本位のネガティブな感情は排除すべきです。「嫌われたら嫌だな(私が)」「面倒くさいな(私が)」といった感情は、相手のためではなく自分のためのものです。相手にどうなってほしいかという「相手軸」の感情でコミュニケーションを取ることが求められます。
4. 真剣に職務に取り組む 注意する側が言行不一致では、どんな言葉も響きません。「お前が言うな」と思われないよう、少なくとも自らが変革しようともがいたり、挑戦したりする姿勢を見せることが重要です。完璧である必要はなく、「自分もできていない部分はあるが、一緒に頑張ろう」というスタンスが、部下の信頼を得ます。
5. 自分で決める 「上から言われたから」といった他責の言い訳をしながらの注意は、相手に伝わりません。部下への注意は、上司自身が「必要だ」と判断し、その責任において行うというコミットメントが必要です。
これらのマインドセットを持つことで、注意は単なる叱責ではなく、部下の成長を促すための真摯な関わりへと昇華します。
部下の成長を促す「伴走者」としての上司の役割
現代の上司には、上から指示を出すだけの管理者ではなく、部下一人ひとりの成長を支援する「伴走者」としての役割が求められています。組織の生産性を高める上で最も重要なのは、ICT化や業務効率化だけでなく、社員のやる気を引き出すことです。
やる気に満ちた部下が多い組織は、自然と生産性が向上し、業績も上がります。
そのやる気を引き出すカギは、上司が部下の成長に寄り添う姿勢を示すことにあると、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の川島高之氏は指摘します。具体的には、部下の私生活や価値観をできる限り把握し、配慮することが第1歩です。そのためには、日頃からの雑談や上司自身の自己開示を通じて、部下が相談しやすい雰囲気を作ることが欠かせません。
その上で、部下の仕事が「三方良し」の状態になるよう支援します。これは、「組織としてやるべきこと(Must)」「部下の得意なこと(Can)」「部下がやりたいこと(Will)」の3つの円が大きく重なる状態を指します。この重なりが大きいほど、部下はやりがいを感じ、会社も成果を得られます。上司は、部下との対話を通じて、この三方良しを一緒に探し続ける役割を担います。
部下の成長意欲を刺激するためには、現在の仕事が将来のキャリアにどう結びつくかを具体的に示してあげることが有効です。将来像を持つ部下に対しては、そこから逆算してどのような経験を積むべきかを一緒に考え、チャレンジの機会を与え、後押しします。
「今の職場は自分を成長させてくれる場所だ」と部下が認識できるかどうかは、上司の関わり方次第です。また、部下の成長を記録するために「部下ノート」を作成するのも1つの方法です。1人あたり1ページを設け、日々の業務での気づきや成長の様子を記録しておくことで、より具体的でパーソナライズされたフィードバックが可能になります。
部下に仕事を任せる際も、やり方や決定権を委譲することで、部下のやる気と成長を促し、上司自身はマネジメントに集中する時間を確保できます。このような伴走者としての関わりが、部下の能力を最大限に引き出し、組織全体の力を強化することにつながるのです。