【3行要約】
・日本企業の「働きがい」は著しく低下し、熱意ある社員はわずか5パーセントと世界最下位レベルにある中、タレントマネジメントが変革のカギとして注目されています。
・法政大学大学院の石山恒貴氏は、タレントマネジメントを「人間の多様な個性を前提に才能を開花させる取り組み」と定義。
・企業は単にタレントマネジメントを導入するだけでなく、自社の戦略・文化に合わせてカスタマイズし、トップダウンとボトムアップの融合で行うことが必要です。
タレントマネジメントとは何か?
タレントマネジメントとは、従業員の才能を組織の資産と捉え、それを最大限に活かすための戦略的な人事管理手法です。この言葉における「マネジメント」とは、日本語の「管理」という言葉が持つ、監視や統制といった一方的なイメージとは本質的に異なります。
本来のマネジメントが意味するのは、「難しいことをいろいろやりくりしながら、何とか達成すること」であり、
タレントマネジメントにおいては「人間の多様な個性を前提とした上で、その才能を爆発的に開花させるための取り組み」と捉えられるのではないかと、法政大学大学院の石山恒貴氏は語ります。このアプローチは、従来の日本型人事管理とは一線を画します。これまでの日本では、新卒一括採用で入社した従業員に対し、明確な職務内容を定めず、会社の命令で転勤や職種変更を求める雇用形態が一般的でした。
その中で、さまざまな部署での評価を乗り越え、「結果的に生き残った人」が出世し、タレントと見なされる「適者生存」のモデルで成り立ってきました。この方法は、組織への忠誠心や同質性を高める一方で、個々の才能を計画的に開発するという視点が欠けていたのです。
タレントマネジメントは、このような「適者生存」から「適者開発」への転換を促すものであると、石山氏は指摘します。組織側から見れば、「組織の競争戦略に合わせて適者を開発していく」という能動的な観点に変わります。つまり、企業の戦略に基づいて必要な人材像を定義し、その人材を計画的に育成・配置していくことが中核となります。個人側から見ても、自身の才能を認識し、現在の環境に適合しながらそれを開花させていく努力が求められます。
タレントマネジメントとは、単なる人事システムではなく、企業と個人が共に成長するための、戦略的な「やりくり」の仕組みなのです。
タレントマネジメントが注目されている理由
現代の日本企業においてタレントマネジメントが注目を集めている背景には、深刻な「働きがい」の低下という課題が存在します。
オープンワーク株式会社が蓄積した口コミデータを分析した結果、日本の職場環境は「働きやすさ」こそ働き方改革などの影響で改善傾向にあるものの、「働きがい」は著しく減退しているという事実が明らかになりました。この傾向は特定の世代に限ったものではなく、日本全体で進行している問題です。
さらに衝撃的なデータとして、
アメリカの調査会社による熱意ある社員の割合に関する国際調査では、日本は125ヶ国中124位と、ほぼ世界最下位に位置しています。(記事掲載時点)熱意ある社員がわずか5パーセントしか存在しないという現実は、企業の持続的成長にとって極めて大きなリスクと言えます。
この働きがいの低下は、従来の日本型人事管理の限界を示唆しています。これまでの日本企業は、前述したとおり「結果的に生き残った人がタレントである」という「適者生存」モデルを採用してきました。
これは、従業員が会社の命令に従い、同質的な仲間との調和を保ちながら長く我慢し続けることを暗に求めるシステムでした。しかし、このような画一的なキャリアパスは、個々の才能や意欲を削ぎ、結果として組織全体の活力を失わせる一因となっています。
このような状況下で、タレントマネジメントは閉塞感を打破するための有効な処方箋として期待されています。従業員一人ひとりの才能や強みに光を当て、それを計画的に育成し、適材適所で活かす「適者開発」のアプローチは、働きがいを向上させる上で不可欠です。特に、キャリアの自律性を重視するミレニアル世代やZ世代にとって、個人の才能や強みを尊重し、適切なフィードバックを通じて成長を支援するタレントマネジメントは、企業を選ぶ上での重要な要素となります。
企業の競争力を維持・向上させるためにも、感覚的・属人的な人事から脱却し、データに基づいた戦略的な人材育成へと舵を切ることが急務となっているのです。
タレントマネジメントの導入メリット・デメリット
タレントマネジメントは、適切に活用されれば組織に多大な好影響をもたらしますが、その一方で導入や運用を誤ると悪影響を及ぼす可能性を秘めていることも見過ごしてはいけません。
法政大学大学院の石山恒貴氏は、まず、タレントマネジメントがうまく機能した場合のメリットとして、以下のような点が挙げられると指摘しています。・埋もれた人材の発掘従来の上司の主観的な評価だけでは見過ごされがちだった従業員の才能やスキルをデータで可視化し、発掘することが可能になります。
・ダイバーシティ&インクルージョンの推進多様なバックグラウンドを持つ人材の能力を客観的に把握し、これまで連携がなかった部門間のコラボレーションを促進するなど、組織全体の活性化につながります。
・個人のキャリア自律支援従業員が自身の強みやキャリアパスを客観的に認識し、主体的に自己成長に取り組む文化を醸成します。これにより、モチベーションやエンゲージメントの向上が期待できます。
・経営人材の早期育成経営戦略に基づいて必要なリーダー像を定義し、候補者を早期に選抜・育成する計画的なサクセッションプランが可能となります。
・組織成果の最大化適材適所の人材配置が実現し、組織全体の生産性が向上します。
しかし、これらのメリットは自動的に得られるものではありません。導入の仕方や向き合い方を間違えると、以下のようなリスクが顕在化することも、石山氏は指摘しています。
・管理志向の強化とコミュニケーションの阻害データを過度に重視するあまり、従業員を管理・監視する風潮が強まり、血の通ったコミュニケーションが失われる恐れがあります。
・画一的な評価と多様性の喪失言語化・データ化された情報のみで人材を判断するようになり、定性的な側面や個々のユニークな価値が見過ごされ、結果的に人材の多様性が損なわれる可能性があります。
・一部人材への過度な集中将来の幹部候補など、一部の「優秀」とされた人材にのみ投資が集中し、他の多くの従業員のモチベーションを低下させる可能性があります。
・プライバシーの問題従業員の詳細な個人情報を扱うため、その管理や利用方法を誤れば、プライバシー侵害につながるリスクがあります。
結局のところ、タレントマネジメントシステムは単なるツールであり、それを導入すれば必ず組織が良くなるというものではありません。自社の経営戦略や企業文化に基づき、「独自の人材像」を明確に定義し、それを実現するための仕組みとして主体的にシステムを使いこなすことこそ、成功のカギなのです。
日本企業におけるタレントマネジメントの実践モデル
タレントマネジメントを日本企業で成功させるためには、欧米で確立されたモデルをそのまま導入するのではなく、自社の戦略や文化に合わせてカスタマイズすることが不可欠です。
その具体的な実践モデルとして、法政大学大学院の石山恒貴氏は、味の素株式会社やカゴメ株式会社の取り組みを紹介しています。味の素では、欧米の戦略的タレントマネジメントでよく用いられる「キーポジション」の概念を導入していると言います。まず、組織の課題や事業戦略に基づいて、会社の成長に不可欠なキーポジションを明確に設定します。次に、そのポジションを担う人材に求められる要件を具体的に定義します。この明確な人材像に合わせて、候補者の選抜や育成計画を策定し、継続的に実行していくのです。
このアプローチの利点は、育成の目的が明確であるため、個人にとっても会社にとっても投資対効果の高い能力開発が可能になる点です。一部の幹部候補を対象とする「選別アプローチ」だけでなく、全社員を対象とする「包摂アプローチ」にも応用できます。
一方で、こうしたトップダウンの仕組みだけでは、現場の実態と乖離してしまうリスクがあります。そこで重要になるのが、現場の声を吸い上げ、人事施策に反映させる仕組みです。
カゴメの事例は、この点で非常に示唆に富んでいます。同社では「HRビジネスパートナー(HRBP)」という専門職を設置しています。HRBPは、役員の1歩手前まで経験を積んだような事業への理解が深い人材が担当し、3つの部門に1人ずつ配置されます。彼らの役割は、担当部門の社員と面談し、個々の状況や意見を緻密に吸い上げることです。
そして、カゴメの最大の特徴は、このHRBPが人事異動や昇進の意思決定プロセスに深く関与している点にあります。石山氏は、その仕組みを次のように説明しています。
この「HRBP」というのは「HRビジネスパートナー」のことですが、カゴメさんの場合は3部門に1人ずつ“役員一歩手前”だったようなバリバリの人をHRビジネスパートナーにして。その人たちが現場の社員と一人ひとり面談して、社員の状況・意見を緻密に吸い上げて。
人事異動は、社長とか人事のトップの人による数人の人材会議で決まるんですが、HRビジネスパートナーも必ずそこに参加して。「HRビジネスパートナーがOKを出さない異動・昇進」は成立しないんですね。
こういった仕組みを入れて、現場の意見・実態を吸い上げていかないと、タレントマネジメントってうまくいかない。
引用:「結果的に生き残った人」が出世する、日本型人事管理の現状 才能を爆発的に開花させる“タレントマネジメントの未来”とは(ログミーBusiness)
この事例が示すように、成功するタレントマネジメントは、経営戦略から落とし込まれた人材像(トップダウン)と、HRBPなどを通じて吸い上げられる現場の実態(ボトムアップ)を融合させることがカギとなります。
経営陣と人事部門が強固な信頼関係を築き、現場のリアルな情報を基に意思決定を行うことで、机上の空論ではない、実効性の高い人材育成と配置が実現するのです。