【3行要約】
・部下を褒めることはモチベーション向上に効果的ですが、ただ漠然と褒めるだけでは意図した成果を得られないことがあります。
・株式会社ビジネスリサーチラボの研究によると、内発的動機づけを高めるには有能感や自律性を満たす褒め方が効果的で、固定マインドセットを避ける工夫が必要です。
・管理職は能力では具体的に褒めることや、ポジティブとネガティブのバランスを意識することで、部下の成長と信頼関係を深められます。
そもそも部下を褒めることは必要なのか?
部下育成について考える時、「なぜ褒めることを意識する必要があるのか」と疑問に思う方も少なくないことでしょう。現代のビジネス環境において、部下の育成や組織の活性化を目指す上で「褒める」という行為は重要な要素の1つです。「部下を褒めること」は専門的には「ポジティブ・フィードバック」と呼ばれ、相手の行動や結果に対して肯定的な情報を提供することで、望ましい行動を促し、強化する働きを持つコミュニケーション手法を指します。
では、褒めること、すなわちポジティブ・フィードバックはなぜこれほどまでに強力な効果を持つのでしょうか。
その理由の1つに「内発的動機づけ」の高まりが挙げられると、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏は指摘します。内発的動機づけとは、金銭や他者からの評価といった外的な報酬(外発的動機づけ)とは異なり、活動そのものから得られる楽しさや興味、達成感といった、内面から湧き出る意欲のことです。ポジティブ・フィードバックは、この自発的な意欲を高める効果があるとされています。
一方で、「叱る」といったネガティブ・フィードバックは、多くの場合、内発的動機づけを低下させる要因となります。叱責によって「自分は能力がない」「やり方を否定された」と感じ、仕事への関心や楽しさが失われてしまうことは少なくありません。
それに対して褒めるという行為は、相手が達成したことを認め、「自分はうまくやれている」という有能感を高めます。さらに、自分の進め方が認められることで、「自分で選んで行動している」という自律性の感覚も強まるのです。
有能感や自律性は、人間が本来的に持つ基本的な心理的欲求であり、これらが満たされることで、活動への意欲が自然と高まり、結果としてパフォーマンスの向上につながります。つまり、誠実な褒め言葉は、直接的な報酬を与えなくとも、人の脳を刺激し、行動を促す強力な動機づけとして機能するのです。
部下の褒め方の基本原則
ポジティブ・フィードバックが多くの効果を持つことは明らかですが、ただ闇雲に褒めればいいというわけではありません。効果を最大化し、意図しない副作用を避けるためには、いくつかの重要な原則を押さえる必要があります。その中でも特に重要なのが、「褒める対象に関する原則」と「伝え方の原則」です。
1つ目の原則は「能力ではなく、努力やプロセスを褒める」ことです。
「君は才能があるね」「センスがいい」「頭がいい」といった、個人の能力そのものを対象とした褒め言葉は、一見すると相手を喜ばせるように思えますが、長期的には望ましくない影響を与える可能性があると、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏は指摘します。なぜなら、このような褒め方は、相手に「能力は生まれつきのもので、変えることはできない」という考え方、すなわち「固定マインドセット」を植え付けてしまう恐れがあるからです。固定マインドセットが強まると、失敗を経験した際に「自分には才能がなかった」と結論づけてしまい、新たな挑戦を避ける傾向が強くなります。
これに対し、努力や取り組みのプロセスに焦点を当てて褒めることで、「能力は努力次第で伸ばすことができる」という「成長マインドセット」を育むことができます。例えば、「粘り強くデータ分析に取り組んだプロセスがすばらしかった」「新しいアプローチを試したその姿勢が成果につながったね」といった言葉です。
このようなフィードバックは、たとえ結果が伴わなかったとしても、その経験を「能力の限界」ではなく「次につながる学びの機会」として捉えることを促します。結果として、失敗を恐れずに挑戦し続ける力が養われ、継続的なパフォーマンスの向上と学習意欲につながるのです。
2つ目の原則は「具体的に褒める」ということです。これは当たり前のように聞こえますが、実際には多くの場面で見過ごされがちなポイントです。「すばらしい仕事だった」「よく頑張った」といった抽象的な言葉だけでは、相手は何を評価されたのかを正確に理解することができず、次の行動に活かすことが難しくなります。
そのため、
フィードバックにおいては「どの行動が、どのように良かったのか」を具体的に特定して伝えることが極めて重要だと、グロービス経営大学院の若杉忠弘氏は語ります。例えば、「今回の提案書は、顧客の課題を3つの視点から深く分析し、それぞれに具体的な解決策をデータと共に提示していた点が非常に説得力がありました」のように伝えることで、相手は自身の行動の何が評価されたのかを明確に理解できます。
このような具体的なフィードバックにより受け手は自身の強みを認識し、「次もデータを活用しよう」「複数の視点から分析する手法を続けよう」と、望ましい行動を自覚的に再現・強化することができるようになります。
日々の業務の中で部下の行動を注意深く観察し、具体的な事実に基づいて褒める習慣を持つことが、部下の成長を促すカギとなるのです。
部下への効果的な褒め方の実践パターン1:「自己調整」に着目する
褒める際には、その内容を意識することが効果を高める上で重要です。褒める対象となる要素は多岐にわたりますが、
株式会社ビジネスリサーチラボの黒住嶺氏によると、中でも特に「自己調整」のプロセスに着目して褒めることは、効果が得やすい方法として推奨されていると言います。自己調整とは、設定された「目標」に向かって、その下位目標である「課題」をこなし、その「進め方(プロセス)」を自ら確認し、改善していく一連の活動を指します。この自己調整のプロセス、つまり「目標達成のために、どのように考え、行動し、改善したか」という部分を具体的に褒めることで、部下のモチベーションや行動に良い影響を与えることができます。
この方法が効果的である理由として、まず「目標の継続」につながる点が挙げられます。例えば、進行中のプロジェクトにおいて、部下がどのように課題を分解し、スケジュールを管理し、予期せぬ問題にどう対処したかといった自己調整のプロセスを評価することで、部下はその仕事への取り組みを粘り強く続けてくれるようになります。
さらにこの効果は、本人がその目標に対してやりがいを感じているほど高まるという研究結果も得られています。例えば、若手社員が初めて大きなプロジェクトに参画する場合、そのやりがいは非常に高いと考えられます。そのような状況で、彼らが試行錯誤しながらプロジェクトを進める自己調整のプロセスを上司が認め、褒めることで、「このプロジェクトのためにもっと頑張ろう」という意欲を強力に引き出すことができるのです。
では、なぜ他の要素よりも「自己調整」を褒めることが推奨されるのでしょうか。それは、他の要素を褒める場合には、より個別性の高い配慮が必要になるためです。例えば、新しい業務スキルの獲得や知識の習得といった「目標自体の特徴」によっては、褒めることよりも訂正、つまりネガティブ・フィードバックの方が効果的な場合があります。
さらに、フィードバックを提供する際の「情報量」も重要な要素となります。スキル獲得を目指す部下に対して、単に「ここが良くなかった」と指摘するだけでは効果は薄く、「次はこういう方法を試してみるといい」といった具体的な次のアクションプランを併せて示す、つまり情報量を増やして伝えることが重要になります。
このように、自己調整以外の要素に触れる場合は、目標の性質を考慮したり、伝えるべき情報量を増やしたりと、個別の状況に応じた高度な判断が求められます。
したがって、これから職場に褒める文化を醸成していきたい、あるいは自身の褒めるスキルを高めていきたいと考える上司は、まずは「自己調整」のプロセスに注目して褒めることを習慣化し、それが自然にできるようになった段階で、他の要素にも範囲を広げていくのが効果的なステップと言えるでしょう。