【3行要約】
・部下への注意は必要だが、一方的な指摘や詰問では萎縮させるだけで、本来の目的である行動変容や成長を促すことは難しくなってしまいます。
・上司は「Iメッセージ」を活用し、感情・背景・願望の3点セットで伝えることで、部下の行動変容を促し、心理的安全性を保ちながら成長を支援できます。
・手嶋武久氏は「信頼残高」という概念を用い、日頃からの良好な関係構築が効果的な注意の土台になると説明しています。
部下を萎縮させる注意の失敗例
部下への注意の仕方に悩む上司は、少なくないでしょう。
上司の中には、部下に「あなたはどう思うの?」と何度も聞き、どうにかして相手に「気づかせよう」とする人もいます。また、「なんで?」という問いかけや、「正論」で終わってしまうケースも問題です。例えば、資料の出来が悪い部下に対して、「この資料、もうちょっと丁寧に作ったほうがいいよ」とだけ伝えるのは、注意というオブラートに包んで自身の役割を放棄しているとも言えます。「丁寧」の定義は人それぞれであり、具体的にどうすれば良くなるのかを一緒に考える姿勢がなければ、部下は行動を改善できません。正論を言うのは簡単ですが、言われた側は傷つくだけで、成長にはつながりにくいのです。
こうした注意の仕方の失敗例に共通するのは、一方的な指摘や詰問に終始し、相手への配慮や寄り添う姿勢が欠けている点です。これでは部下を萎縮させるだけで、本来の目的である行動変容や成長を促すことは困難でしょう。
部下への注意は「成長の場」を作るための機会
部下への注意の目的は、単に事実を「伝える」ことではありません。その本質は、相手の行動変容を願い、成長の場を作ること。つまり、未来志向のコミュニケーションにあります。
株式会社co-take代表の手嶋武久氏は、言葉だけでなく、リアクションや雰囲気づくりも含めたトータルな「場づくり」が重要だと述べています。この考え方は、現代のマネジメントにおいて非常に重要です。
かつては、個人の幸せと組織の生産性は二律背反と考えられ、個人が組織の歯車となることで成長が図られてきました。しかし、多様な価値観が尊重される現代では、個人が幸せであることと、組織の生産性が高い状態をいかに両立させるかが大きなテーマとなっています。この両立を実現するカギこそが、部下一人ひとりの成長を促す、質の高い注意の仕方なのです。
注意も含む部下へのフィードバックが持つ重要な機能の1つに、他者の視点から見た自分を本人に「インストールする機会」を提供するという点があります。
「ジョハリの窓」というフレームワークで考えると、フィードバックの価値がより明確になります。
このモデルでは、人の自己認識を「開放の窓(自分も他人も知っている)」「秘密の窓(自分は知っているが他人は知らない)」「盲点の窓(自分は知らないが他人は知っている)」「未知の窓(自分も他人も知らない)」の4つに分類します。この中で、フィードバックが最も価値を発揮するのは、上司は気づいているが、メンバー本人はわかっていない「盲点の窓」に光を当てる時です。
上司からの客観的な視点を提供することで、部下は自分では気づけなかった強みや課題を認識し、新たな成長のきっかけをつかむことができます。このように、フィードバックは過去の行動を責めるためのものではなく、部下の未来の可能性を広げるためのポジティブな働きかけであると捉えることが、効果的なマネジメントの第1歩と言えるでしょう。
部下のモチベーションを奪う不適切な注意の仕方
部下の成長を願って行う注意も、そのやり方を間違えれば、逆にモチベーションを奪い、信頼関係を損なう原因となり得ます。特に、良かれと思って伝えた言葉が、部下を深く傷つけてしまうケースは後を絶ちません。
まず避けるべきは、人格や存在そのものを否定するような発言です。問題とすべきはあくまで「行動」であり、その人の人格ではありません。また、他の社員と比較するような言い方も厳禁です。「〇〇さんはできるのに」といった言葉は、部下の自己肯定感を著しく低下させ、改善意欲を削いでしまいます。
さらに、大勢の前で叱責する行為は、相手のプライドを傷つけるだけでなく、周囲にも不要な緊張感を与え、組織全体の心理的安全性を低下させます。部下への注意は、必ず1対1になれる場所で行うのが鉄則です。
過去の失敗を蒸し返すのも不適切です。「前にも同じミスがあったよね?」といった指摘は、部下に「また責められる」というネガティブな感情を抱かせ、対話を閉ざしてしまいます。話すべきは「今、起きている問題」に限定し、未来の改善に焦点を当てることが重要です。
指摘するポイントを絞ることも大切です。1度に多くの問題点を指摘されると、部下は何から手をつければ良いかわからず、混乱してしまいます。最も改善してほしい点を1つか2つに絞り、具体的かつ簡潔に伝えることを心がけましょう。
エール株式会社 代表の櫻井将氏は、一般的なフィードバック手法が「行動・結果」に焦点を当てすぎていることに疑問を呈しています。多様な人材が活躍する現代において、行動や結果だけを評価基準にすると、その背景にある個人の状況や意図を見過ごしてしまう可能性があります。こうした画一的なアプローチでは、部下の納得感を得られず、真の行動変容にはつながりにくいのです。
これらの不適切な注意の仕方は、部下の成長を阻害するだけでなく、上司への不信感を増大させ、最終的にはチーム全体のパフォーマンス低下を招くリスクをはらんでいます。
部下からの反発を生まない「Iメッセージ」による伝え方
部下にフィードバックを行う際、最も重要な技術の1つが「Iメッセージ」です。これは、「私」を主語にして自分の感情や考えを伝えるコミュニケーション手法であり、相手への非難と受け取られがちな「Youメッセージ」と対極にあります。
例えば、資料の提出が遅れた部下に対して、「(あなたは)資料の提出が遅いです」と伝えるのがYouメッセージです。これは相手の行動を指摘・評価するものであり、反発を招きやすい言い方です。
一方でIメッセージでは、「クライアントにご迷惑がかかっちゃうかなと思って、僕はすごく焦っちゃったんですよね」というように、「私」がどう感じたかを伝えます。自分がどう思ったかという事実は、相手には干渉できない領域です。そのため、正しい・間違いという議論が発生せず、相手は冷静に言葉を受け止めやすくなります。
株式会社co-take代表の手嶋武久氏は、Iメッセージが「相手が干渉できない自分の感情を伝える」ことであり、その場に心理的な安全性や安心感を生むと解説しています。効果的なIメッセージは、以下の3つの要素をセットで伝えることで構成されます。
1. 感情まず、相手の行動によって自分がどう感じたかを伝えます。(例:「資料の変更に戸惑いました」)
2. 背景なぜそう感じたのか、その背景を説明します。(例:「いきなり変えられたことで、うまくできるかすごく不安だったんです」)
3. 願望相手にどうしてほしいのか、具体的な要望を伝えます。(例:「事前に一言言ってもらえるとすごく安心するので、次回は言ってもらえるとうれしいです」)
この3点セットで伝えることで、自分の思いがパッケージ化され、相手に意図が正確に伝わります。手嶋氏は、Iメッセージの効果について、次のように述べています。
これの良いところでいくと、自己開示がされるんですね。自分の感情が開示されて、背景のより深いところ、どうしてほしいのかまで開示できるっていう、けっこう深い領域までしゃべれます。
「あっ、であれば、僕の意図とちょっと違ったんですよ」とか、「いや、実はこれ、直前で自分の上司から差し替えろっていうのが来てしまって、お伝えする間もなくやらざるを得なかったんですよ」みたいなこととかがポロッと出てきたりします。
引用:部下のミスにイラッとした時の伝え方 ただの叱責にならない上手な指摘のテクニック(ログミーBusiness)
このように、Iメッセージは単なる伝え方のテクニックにとどまりません。上司が自己開示をすることで、部下も本音を話しやすくなり、より深い相互理解へとつながるのです。
怒りの感情を伝える際も、「イラッとしました」で終わるのではなく、「自分のことを大切にされていないように感じて、すごく嫌だったんです」と背景をセットで伝えることで、建設的な対話が可能になるでしょう。