「やりたいこと」と「できること」のバランス
「やりたいこと」を見つけようとする際、多くの人が理想や夢ばかりに目を向けがちですが、現実的なキャリアを築く上では「できること」とのバランスが極めて重要です。
公益財団法人の山田進太郎D&I財団COOの石倉秀明氏は、自身のキャリア選択において、「やりたいこと」よりも「できること」を重視してきたと語ります。石倉氏の考え方の根幹にあるのは、「自分ができることを最大に活かせる場所はどこか」という視点です。やりたいことが明確にある場合、それが実現できなかった時にメンタルが崩壊するリスクがあるのに対し、「できること」を軸にすれば、より着実に成果を出し、キャリアを構築していくことが可能です。
さらに石倉氏は「得意」を2つの軸で捉えています。1つは「自分から見て得意なこと」、もう1つは「他人から見て得意だと思われること」です。特に後者、つまり自分では息を吸うように自然にできるのに、なぜか周りの人はできないという領域にこそ最大のチャンスが眠っていると指摘します。この視点は、自分では気づきにくい強みを発見し、それをキャリアに活かすための重要なヒントとなります。
一方で、株式会社日本デザイン取締役の大坪拓摩氏は、「やりたいこと」が生まれるプロセスについて異なる角度から言及しています。大坪氏によれば、「やりたいこと」は「できた」という経験の積み重ねの先にあるものです。
多くの人は、テストで良い点数が取れた教科を好きになるように、何かが「できた」という成功体験が先にあって、その対象を「好き」になり、「やりたい」と感じるようになると分析します。
つまり「できないこと」の中から「やりたいこと」を探すのは非常に難易度が高い挑戦であり、まずは何かをやってみて「できた」という感覚を得ることが、結果的に「やりたいこと」を見つける近道になるというわけです。
この考え方は、石倉氏の「できること」を軸にするアプローチとも通底しています。まずは自分の「できること」や、少し頑張れば「できそう」なことに挑戦し、成功体験を積む。そのプロセスを通じて、他者から評価されたり、自分自身の得意な領域を認識したりすることで、それが次第に「やりたいこと」へと昇華していく。
このような現実的なステップを踏むことは、自分に合った仕事を見つけるための有効な戦略の1つと言えるでしょう。
目の前のことに全力で取り組む「展開型の生き方」
明確な夢や目標を掲げ、それに向かって突き進む生き方は確かにすばらしいものですが、すべての人がそのように生きられるわけではありません。
「今、何をやりたいかわからない」と悩む人にとって、より現実的で、かつ豊かなキャリアを築くための指針となるのが、『人は話し方が9割』著者の永松茂久氏が提唱する「展開型の生き方」です。この生き方の核となるのは、「相手がどうしたら喜んでくれるか?」という視点です。
先のことはわからなくても、目の前にいる人、目の前にある仕事に対して全力を尽くす。その積み重ねが、予期せぬかたちで次のステージへと自分を導いてくれるという考え方です。
永松氏自身のキャリアが、まさにこの「展開型の生き方」を体現しています。たこ焼き屋から始まり、お客様を喜ばせたい一心で始めたバースデー祝いが評判を呼び、ウエディング事業へ、そして参列者との出会いをきっかけに出版業へと、その活動は人からの依頼や誘いによって次々と展開していきました。
簡単に言えば、僕はたこ焼き屋になること以外、自分で決めたことはないんです。出会った人から「これをやらない?」「これを頼みたい」と言われたことをただひたすらやってきたら、今ここに辿り着けたんです。
ですからこれからの若い人たちに、「夢を持ってそのとおりに進む生き方」もいいけど、「先のことはわからないけど、今日この人が喜んでくれるように」と、目の前の人を大事にする展開型の生き方もあるよと、お伝えしたいんです。
引用:やりたいことがない人のための「展開型の生き方」のススメ 『人は話し方が9割』著者が提案するキャリアの選び方(ログミーBusiness)
ただし、この「展開型の生き方」には絶対条件があります。それは、目の前の仕事に対して「本当にこれは喜んでもらえるんだろうか?」と真摯に考え、実行する力です。仕事の質が低ければ、次の頼まれごとにはつながりません。人生がどう展開していくかは、今の自分の仕事ぶりに懸かっているのです。
その成否を測るバロメーターとして、永松氏は「頼まれごとが増えるかどうか」を挙げています。頼まれごとが増えるということは、それだけ周囲から信頼され、価値を認められている証拠です。
明確な「やりたいこと」が見つからなくても、目の前の人や仕事に誠実に向き合い、信頼を積み重ねていくことで、道は自ずと開けていく。この「展開型の生き方」は、未来への不安を抱える多くの人にとって、確かな1歩を踏み出すための勇気を与えてくれるでしょう。
組織の中で「やりたいこと」を実現するための考え方
多くの人は、「やりたいこと」の実現と、会社組織での仕事の両立が難しいと考えがちです。しかし、
『起業家のように企業で働く』著者の小杉俊哉氏は、企業に属しながらも起業家のように働くことが可能な時代になったと指摘します。そのカギとなるのが、「志」の出発点をどこに置くかです。
一般的な会社員は、自分の業績や目標達成、キャリアパスといった個人的な事柄から物事を考えがちです。
しかし、起業家のように働く人々は、「どうしたらもっと会社が良くなるのか」「どうしたら会社を使って世の中に貢献できるのか」という、より大きな視点から出発しています。これは、昨今注目される「パーパス」や「ミッション」とも言い換えられる考え方であり、自分だけでなく組織や社会にとっての目的を追求することで、社内外の共感を得て、協力者を巻き込みながら事を成し遂げることができます。
この考え方を実践する上で重要なのが、「Must(やらなければいけないこと)」と「Will(やりたいこと)」の接点を見つけることです。会社員である以上、与えられた役割や目標である「Must」の領域を疎かにはできません。しかし、そこに留まっているだけでは、受け身で「やらされ感」のある仕事から抜け出すことは困難です。
小杉氏は、自律的な働き方について次のように述べています。
「Mustの領域」でやっている限り、これは「マネジメント」と言うんですね。やらなきゃいけない仕事をやるのは、どちらかというと受け身だし、やらされ感がある。ここに留まっている限りはおもしろくないんですよ。そこから踏み出して、やらんでもいいCanやWillの領域に踏み出すと、自分に対するリーダーシップが発生するんですね。
これを日本語でいうと「自律」という言葉になるんです。自分に対してリーダーシップを発揮してない人が、他の人や組織全体や社会に対して発揮できるはずがないですよね。逆に言うと、踏み出した人しか、起業家のように、あるいは自律的には働けないということになるわけです。
引用:「やらなきゃいけないこと」をやる時間は80%に絞る 働きながら「やりたいこと」を叶える人の思考法(ログミーBusiness)
具体的には、まず「Must」の仕事を効率的にこなし、時間を捻出することが第1歩です。Googleの「20%ルール」や3Mの「15%カルチャー」のように、業務時間の1部を自分の「Will」や「Can(気づいていること)」の領域に使うのです。
そして、その活動をESGやSDGsといった、会社が中長期的に取り組まざるを得ないテーマと結びつけることで、上司や会社も止めにくくなり、むしろ推進力となる可能性があります。
上司を「黙らせる」ためには、まず「Must」で成果を出すこと。その上で、会社の未来に貢献する「Will」を提案し、実行していく。このダイナミックなアプローチこそが、組織というプラットフォームを最大限に活用しながら、自身の「やりたいこと」を実現していくための現代的な働き方と言えるでしょう。