【3行要約】
・会議で意見を言えない、感情的になりすぎるなど、ビジネスコミュニケーションの悩みを解決する「アサーション」が職場で注目されています。
・グロービス経営大学院の田久保氏は「多様な価値観を持つ人々との協働が増える現代社会では、このスキルが不可欠になっている」と説明。
・「DESC法」を活用し相手の心を開く言葉選びを実践しながら、日頃から信頼関係を築くことで、難しい対話も乗り越えられます。
仕事で感情を伝える時に意識したい「アサーティブコミュニケーション」
会議で意見を言いたいけれど、場の空気を壊しそうで黙ってしまう。感情が高ぶってしまい、相手に強く言いすぎて後に自己嫌悪に陥る。こうした悩みは多くの人が経験するものでしょう。
グロービス経営大学院の鬼頭巧実氏は、この悩みを解消する、感情を伝えるための心理学的スキルとして、「アサーション」が注目されていると語ります。アサーションとは、相手を尊重しながら、自分の気持ちや意見をその場に合った適切な方法で率直に伝えるコミュニケーションスキルです。
語源である「アサート」には「断言」「自己主張」といった意味がありますが、重要なのは一方的に主張するのではなく、相手への尊重を伴う点です。
鬼頭氏によると、アサーションの歴史は、1950年代に心理学者ジョセフ・ウォルピが開発した「アサーショントレーニング」に遡ります。当初は、自己主張が苦手な人向けの心理療法として用いられていました。その後、1960年代のアメリカで人種差別撤廃や男女平等を求める公民権運動が広がる中で、人々が平等な権利を認め合い、適切に主張し合うためのコミュニケーションスキルとして発展したのです。
日本にアサーションが導入されたのは1980年代ですが、当時は「阿吽の呼吸」や「空気を読む」といった日本特有の文化が障壁となり、広くは普及しませんでした。しかし、2000年代以降、働き方の多様化やグローバル化に伴い、異なる価値観を持つ人々との協働が増加。そこで、相互理解を前提とした対話の重要性が認識され、アサーションの必要性が再び注目されるようになりました。
さらに、パワハラ防止法の施行や育児・介護休業法の改正など、個人のセンシティブな問題への配慮が求められる社会的環境の変化や、リモートワークの普及もその追い風となっています。
現在では、学校教育の生徒指導提要にもアサーショントレーニングが採り入れられ、子どもたちの意思を尊重しつつ大人が意見を伝える手法としても推奨されていると言います。このように、アサーションは、多様な背景を持つ人々が健全な人間関係を築きながら協働していく現代社会において、不可欠なスキルとなっているのです。
感情をスムーズに伝える「DESC法」
相手を尊重しながら自己主張を行うアサーティブコミュニケーションを実践する上で、非常に効果的なフレームワークが心理学の「DESC法(デスク法)」だと鬼頭氏は紹介しています。これは「事実(Describe)」「感情(Explain)」「提案(Specify)」「選択(Choose)」という4つのステップで構成されており、この順番に沿って伝えることで、相手を傷つけずに必要なことをスムーズに伝えることができるというものです。
具体的な活用例として、チームメンバーのAさんが期限を守らず、プロジェクト全体に遅れが生じそうな状況を考えてみましょう。感情的になりがちな場面ですが、DESC法を用いることで建設的な対話が可能になります。
D:Describe(事実を説明する)まずは客観的な事実のみを伝えます。ここでは「最近、進捗の遅れが出ていて、納期がぎりぎりになることが増えています」といったかたちで、評価や感情を交えずに描写します。
E:Explain(感情を伝える)次に、その事実に対して自分がどう感じているかを伝えます。主語を「私」にする「Iメッセージ」を意識すると、相手に攻撃的な印象を与えにくくなります。「プロジェクト全体がスケジュールどおり進むためには、Aさんの協力は欠かせません。現状では、他のメンバーの負担が増えてしまうことが心配です」のように、自分の懸念や気持ちを率直に表現します。
S:Specify(提案する)続いて、具体的な解決策や要望を提案します。「次回から『報告期限の2日前に進捗を共有する』というルールを設けるのはどうでしょうか?」など、相手が行動に移しやすい具体的な提案をすることがポイントです。
C:Choose(相手の選択と応答を促す)最後に、提案に対する相手の意思を確認し、選択を促します。相手が提案を受け入れた場合は、「ありがとうございます。これでみんなが気持ち良く仕事を進められそうです」と感謝を伝えます。
もし相手が受け入れられない場合でも、対話は終わりではありません。「難しい場合は、どのタイミングで対応が可能か教えてください。その上で、一緒に調整していきましょう」と代替案を共に考える姿勢を示すことで、相手を尊重しつつ、問題解決に向けて協力関係を築くことができます。
このように、DESC法は「相手を思いやる」という抽象的な概念を具体的なステップに落とし込んだもので、意識すれば誰でも実行できるスキルです。このスキルを身につけることで、仕事の場はもちろん、家族との対話など、さまざまな感情を伝える場面で活用できるでしょう。
相手の心を開かせる言葉の選び方
コミュニケーションの中では、良かれと思って発した言葉が、意図せず相手の心を閉ざしてしまうことがあります。
閉ざされてしまった心を再度開くためには、相手の世界観や自尊心を大切にし、「心が開く言葉」を選ぶことが重要です。心が拒絶する言葉の代表例として、無理解な言葉や自尊心を傷つける言葉が挙げられます。例えば、「こんなこともできないの?」「とにかくやれ!」「しっかりやれ!」といった否定、強制、具体性のない感情的な言葉は、たとえ口には出さなくても、そうした気持ちが表情や態度に表れれば相手に伝わってしまいます。
これらの言葉は、相手の状況を理解しようとせず、一方的に自分の考えを押し付けるものです。
では、どのように言い換えればよいのでしょうか。例えば、「こんなこともできないの?」は「どこがやりづらいの?」と相手の状況を尋ねる言葉に、「とにかくやれ」は「まず1歩を踏み出さないか?」と行動を促す言葉に変換できます。重要なのは、自分が感じたことをそのままぶつける前に、ひと呼吸おいて「なぜその事象が起きたのか?」と相手の状況を知ろうとする姿勢です。
さらに、相手の心を閉ざさないようにするためには、「俯瞰させる」言葉も有効です。これは、問題となっている事象を、当事者としてではなく、少し離れた場所から2人で一緒に眺めているようなスタンスを取る話し方です。
例えば「もうちょっと工夫しなさい!」と直接的に指示するのではなく、「もう少し工夫する必要があるかもしれないね」と感想のように伝えたり、「他にやり方あるのかなぁ?」と疑問形で問いかけたりすることで、相手は否定されたと感じにくくなり、落ち着いて話を聞くことができます。
「〜してみようよ」「〜だね」「〜かな?」といった柔らかい語尾を意識するだけでも、相手の受け取り方は大きく変わります。こうした工夫によって相手の心の扉が少しでも開けば、本当に伝えたいことが届きやすくなり、相手の行動変容へとつなげることができるのです。
感情の伝え方の技術よりも重要な「信頼関係」
仕事において自分の感情を伝えるのは難しいことですが、その場面が避けられないこともあるでしょう。しかし、多くの人は「誰からも嫌われたくない」という気持ちを持っており、できることなら厳しい話はしたくないと考えています。その結果、伝えるべきことを伝えないでいると、問題が徐々に大きくなり、最終的に取り返しのつかない事態に陥ることも少なくありません。
こうした事態を避けるためには、伝え方のテクニックもさることながら、それ以前に「この人に言われたのなら仕方ない」と相手に受け止めてもらえるような、日頃からの信頼関係を築いておくことが何よりも重要です。
グロービス経営大学院の田久保善彦氏は、人間関係がある程度の期間があって初めて、厳しいことを言わなければならない状況が生まれると指摘し、日々のコミュニケーションを通じて信頼関係を構築することに注力すべきだと述べています。また、コミュニケーションは言語情報だけで成り立つものではありません。
ビジネス・ブレークスルー大学経営学部教授の斉藤徹氏は、コミュニケーションにおいて表情や目の輝き、相槌といった非言語情報が非常に重要であると説いています。いくら言葉巧みに伝えても、思っていることと異なれば、その本心は態度や表情から相手に伝わってしまいます。
言いにくいことを伝える際は、まず気がついた早いタイミングで的確に伝えることが基本です。問題を放置して良くなることは基本的にありません。しかし、思い立って感情的に伝えてしまうと、「売り言葉に買い言葉」となり、相手も感情的になってしまいます。
そうならないためにも、なぜこのタイミングで、この方法で伝えなければならないのかを事前にしっかり考え、頭を整理しておくことが、言わなくてもいいことまで言ってしまうような「事故」を避けることにつながります。日頃からの信頼関係の構築と、早期かつ冷静な伝達。この2つが、難しいコミュニケーションを乗り越えるための土台となるのです。