燃え尽き症候群から自分を取り戻すための「4つのL」
ここからは、燃え尽き症候群に陥ってしまった、心身が消耗しきった状態からの具体的な回復方法を紹介します。消耗しきった状態から回復するためには、まず凝り固まった価値観から距離を置き、人生をより広い視野で捉え直すことが不可欠です。
そのための有効なフレームワークとして、キャリアカウンセリングの分野で知られるサニー・ハンセン氏のキャリア理論「4つのL」が挙げられます。この理論では、キャリアが単に仕事(Labor)だけでなく、愛(Love)、学び(Learning)、余暇(Leisure)という4つの要素がパッチワークのように複雑に絡み合って構成されるものだと考えます。
Labor(仕事):職業や業務内容Love(愛):家族、友人、パートナーとの関わりLearning(学び):勉強や自己投資、スキルアップLeisure(余暇):1人の時間、趣味、仕事以外の活動この4つのLを用いて自分自身の人生を客観的に見つめ直すことで、回復への大きな1歩となります。
まず、現状の自分が、それぞれのLにどれくらいの時間とエネルギーを費やしているかを書き出し、可視化してみましょう。そしてその配分が、「自分が本当に求めている状態なのか?」と心に問いかけます。
POSIWILL CAREER カウンセラー/トレーナーの岡千尋氏によると、特に燃え尽き症候群に陥っている人、燃え尽き症候群気味で疲れている人は「未来をどうしたいか」を考えるのが困難な場合が多いため、まずは「現状はどうなっているのか」を整理することから始めるのが効果的だと言います。現状を把握した上で、次に「本当はどんな状態にしていきたいか」という未来の理想像を描き出します。そして、4つのLの合計を100%とした時に、それぞれの要素にどれくらいの割合を振り分けたいかをパーセンテージで示します。
この作業を通じて、頭で考えていることと実際の行動とのギャップが明確になり、自分が何を大切にしたいのかが具体的に見えてきます。このワークは、仕事一辺倒の生活から抜け出し、自分自身の人生を主体的にデザインしていくための羅針盤となるのです。
自己肯定感の低下を回復させる、過去の体験の振り返り
燃え尽き症候群の深刻な症状の1つに、自己肯定感の著しい低下があります。過度な疲労とストレスは、自分の価値そのものを疑わせ、何をしても無意味だと感じる無力感につながります。
このような状態から抜け出し、失われた自信を取り戻すためには、「自分の過去ベストの体験を振り返る」というワークが非常に効果的だと、POSIWILL CAREER カウンセラー/トレーナーの岡千尋氏は言います。「何をがんばったか」を思い出すのがつらい場合は、「何を行動したか」という客観的な事実に焦点を当てて書き出すことから始めます。
具体的な行動をリストアップしたら、次にその行動の中に、自分のどのような「持ち味」が発揮されていたかを考えます。「自分のいいところ」を漠然と考えると「何もない」と感じてしまいがちですが、あらかじめ用意された選択肢から選ぶ形式にすると、自己分析が進めやすくなります。
例えば、瞬発力、チャレンジ精神、忍耐力、計画性のような14の「持ち味」の中から、自分の行動に該当するものを選んでいきます。このプロセスを行うことで、自分がこれまで無意識に行ってきた行動の背景にある強みや特性を再認識し、客観的に受け止めることができます。
さらに、その過去体験において、「なぜ自分はあれほど行動できたのか」「なぜうまくいったのか」という動機を探ることで、「モチベーションの源泉」を明らかにします。モチベーションの源泉は、以下の7つのスイッチに分類できます。
1. 達成感2. 貢献感3. 成長感4. 自尊感5. 一体感6. 所属感7. 没頭感自分がどのスイッチによってやる気が引き出されるのかを理解することは、自分自身の「取扱説明書」を作成するようなものです。自分の持ち味やモチベーションの源泉が明確になれば、現在の仕事や環境とのギャップがどこにあるのかを具体的に認識できるようになります。
そのギャップを理解することで、「次に何をすればいいのか」「どのような目標に向かえば自分は再び輝けるのか」という未来への道筋を描きやすくなるのです。
燃え尽き症候群を防ぐセルフコンパッション
燃え尽き症候群を防ぎ、真の意味で自分を動機づけるために必要なのは、自己批判ではなく「セルフコンパッション(自分への思いやり)」です。
テキサス大学オースティン校で教育心理学の准教授を務めるのクリスティン・ネフ氏によれば、セルフコンパッションを実践するには3つの重要なポイントがあります。1. マインドフルネス「今、自分はつらいと感じている」「とても疲れている」といった自分の感情や状態を、評価や判断をせずにありのまま認識することから始めます。
2. 共通の人間性の認識「失敗したり困難に圧倒されたりするのは、自分だけではない」という事実を思い出します。これは人間であれば誰にでも起こりうる、ごく自然なことなのだと理解します。
3. 自分への優しさ「今の自分を助けるにはどうすればいいか?」「今の私には何が必要か?」と自問します。もし同じ問題で苦しんでいる親友が目の前にいたら、どのような言葉をかけるでしょうか。その友人に対するのと同じように、優しく、好奇心を持って自分自身に語りかけるのです。
最後の「自分に友人のように話しかける」というアプローチは、単なる自己満足とは異なります。
それは、問題解決に向けた思いやりのある姿勢であり、研究によってその効果が証明されていると、イェール大学教授のローリー・サントス氏は言います。セルフコンパッションを実践する人は、より健康的な生活を送り、将来のための行動を起こしやすくなるだけでなく、他人に対しても思いやりを持って接することができるようになります。
実践的な方法として、ネフ氏は「思いやりのあるセルフタッチ」を推奨しています。例えば、自分自身を優しく抱きしめる(セルフハグ)といった行動です。少し気恥ずかしく感じるかもしれませんが、脳は誰に触れられているかを厳密に区別しないため、このような身体的な接触は心を落ち着かせる効果があります。
人によっては自分に優しくすることに抵抗がある人もいるかもしれません。しかし、セルフコンパッションこそが、自己批判よりもはるかに効果的に私たちを動機づけ、燃え尽き症候群から守ってくれる、強力なツールなのです。