【3行要約】
・ボスマネジメントは上司を操作する技術ではなく、協働関係を築くためのコミュニケーションスキルの1つです。
・ボスマネジメントにおいて「合理的説得」「鼓舞訴求」「相談」が効果的な戦術である一方、「取り入れ」「圧力」「連合」「自己宣伝」は逆効果になると言われています。
・部下には、上司のタイプを見極め、期待値をコントロールしながら信頼関係を築き、組織全体のパフォーマンス向上に貢献することが求められています。
ボスマネジメントとは? その意味と目的
「ボスマネジメント」という言葉を聞くと、「上司を意のままに操る」「ごまをする」といった、どこかネガティブで策略的なイメージを抱く人も少なくないかもしれません。しかし、これはボスマネジメントの本質を誤解した捉え方です。本来のボスマネジメントは、上司を支配したり、自分の利益のためだけに行う、利己的なテクニックではありません。
ボスマネジメントの意味・目的は、上司との間に良好な協働関係を築き、「上司と一緒に動く」ことで、組織と自分自身の目標達成を円滑に進めることです。
上司は、部下よりも多くの権限や情報、そして広い人脈を持っています。その力を借りることで、仕事は格段に進めやすくなります。ボスマネジメントとは、上司を敵対視するのではなく、目標達成のための最も強力な「味方」として、その協力を最大限に引き出すためのコミュニケーションスキルなのです。
会社の代表であれ、部長であれ、新入社員であれ、1日は24時間しかありません。そのかけがえのない時間は、対立や誤解で浪費するのではなく、互いに協力し、より良い成果を生み出すために使うべきであり、そのための潤滑油となるのが、ボスマネジメントなのです。
株式会社職場風土づくり代表の中村英泰氏は、ボスマネジメントを「お互いに良い関係を作るための1つのツール」と捉えるべきだと述べています。
最近の言葉で言えば、マネジメントというよりはエンゲージの考え方のほうがよりマッチするのかもしれません。経済学の観点、社会学の観点、労働の観点から考えて会社というものが「誰のものなのか」という議論は他に預けますけれども、みんなのためでもあると思うのです。
そこで働いている人たちが、将来どうあるのかというところに向けて、今過ごしているこの1時間、1週間、1ヶ月、1年、2年という時間はかけがえのないものです。会社の代表であっても、同じ24時間の大切な時間を投じているわけですし、部長であっても、役員であっても、課長であっても、そして私たちであっても、それは同じです。
そこを良くしていこうと思った時に、マネジメントという言葉に対して、操作するとか管理するといった印象を強く持つのは拭えません。ただ、お互いに良い関係を作るための1つのツールという見方をしてもらえるといいのではないかなと思います。
引用:“上司ガチャ失敗”で退職を選ぶ前に知っておきたいこと どんな上司の下でも成果を出せる人の共通点(ログミーBusiness)
ボスマネジメントにおいては、「どうやって上司を動かすか」ではなく、「どうすれば上司に一緒に動いてもらえるか」という視点を持つことが、成功のカギとなります。
なぜ「ボスマネジメント」が現代のビジネスパーソンに必要なのか
現代のビジネス環境は、かつてないスピードで変化し続けています。物が不足していた時代には、企業は品質の良い製品を安定的に供給することが重要事項でした。このような環境下では、市場を長く見てきた経験豊富な上司の指示に従い、組織として一糸乱れぬ動きをすることが成功への近道であり、そのため、マネジメントは「上司が部下に指示し、部下はそれに従う」という、いわゆる上意下達のスタイルが主流でした。
しかし、現代は物が溢れ、消費者は無数の選択肢の中から最適なものを選び出す時代です。例えば、自社が新製品をある価格で発売したとしても、消費者はすぐにスマートフォンで競合製品の機能や価格を比較検討します。このような状況では、上司から「取引先に100個納めてこい」という指示をただ実行するだけでは、成果を上げることは困難です。
取引先との関係性をいかに構築し、製品の価値を伝え、上司を納得させて取引を成立させるかといった主体的な動きが求められます。もはや、上司に言われたことだけをこなす時代は終わりを告げました。
こうした変化に伴い、働き手にも「受け身」ではなく「主体的」な姿勢が求められるようになっています。「指示してくれなかった」「評価してくれない」と嘆いている間に時間は過ぎ、自身のキャリアアップの機会を逸してしまいます。自ら考え、組織に働きかけ、成果を引き出す能力が不可欠となっているのです。
また、職場における人間関係、特に上司との関係は、多くのビジネスパーソンにとって深刻な悩みです。
実際に、離職理由の上位には常に上司との関係性が挙げられます。しかし、転職すれば必ずしも理想の上司に出会えるとは限りません。次の職場で同じ悩みを繰り返さないためにも、まずは現在の環境で状況を改善する努力が重要なのです。
その最も有効な手段の1つが「ボスマネジメント」です。このようなことから、ボスマネジメントは、変化の激しい現代において、自らのキャリアを切り拓き、組織で成果を出すために必須のスキルと言えるでしょう。
ボスマネジメントにおいて有効とされる3つの戦術
では、部下はどのようにしてボスマネジメントを行っていけば良いのでしょうか。さまざまな研究から、ボスマネジメントにおいて特に有効とされる3つの戦術が明らかになっています。
それが株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏が紹介している、「合理的説得」「鼓舞訴求」「相談」です。これらは、上司を無理やり動かすのではなく、心からの「納得感」を引き出し、自発的な協力を促すためのカギとなります。
1つ目の「合理的説得」は、客観的な事実やデータ、論理的な根拠に基づいて上司を説得する手法です。感情論や根拠のない主張ではなく、「なぜこの提案が組織にとって有益なのか」「どのようなデータがその結論を裏付けているのか」を明確に示すことで、上司の理解と納得を得やすくなります。
特にリモートワークが普及し、対面のコミュニケーションが減少した現代においては、テキストベースでのやり取りが増えるため、この論理的なアプローチはより一層その重要性を増しています。雰囲気や熱意に頼ることが難しい環境だからこそ、事実と論理に基づいた説得力が大きな武器となるのです。
2つ目の「鼓舞訴求」は、上司が大切にしている価値観や、組織が掲げる理念・理想に訴えかける方法です。単に「これをやりたい」と主張するのではなく、自分の提案がより大きな目標や価値観にどう貢献するのかを示すことで、上司の共感と動機づけを引き出すことができます。これにより、上司は提案を「自分ごと」として捉え、強力な推進力となってくれる可能性が高まります。
3つ目の「相談」は、自分の意見や提案を一方的に押し通すのではなく、上司にフィードバックを求め、その意見を取り入れながら内容を修正していくアプローチです。事前に相談を持ちかけることで、上司は「自分もこの決定に関与している」という当事者意識を持つようになります。
一緒にアイデアを練り上げたという感覚は、心理的なハードルを下げ、最終的な承認を得やすくする効果があります。また、このプロセスを通じて、上司の知見や経験を活かすことができ、提案自体の質を高めることにもつながります。
これらの3つの戦術は、上司だけでなく、同僚や部下といった水平・下方への影響力行使においても有効であることが研究で示されています。論理で納得させ、価値観で共感を呼び、参加を促して協力関係を築く。この基本原則を理解し、実践することが、効果的なボスマネジメントの第1歩となるのです。
ボスマネジメントをする上で知っておきたい逆効果のアプローチ
ボスマネジメントを実践する上で有効な戦術がある一方で、かえって状況を悪化させ、自身の評価やキャリアに深刻なダメージを与えかねない「逆効果なアプローチ」も存在します。
良かれと思って取った行動が裏目に出ないよう、これらの避けるべき戦術を正しく理解しておくことは極めて重要です。特に注意が必要なのが、「取り入れ」「圧力」「連合」といった手法です。
最も陥りやすく、かつ危険なのが「取り入れ」です。これは相手を褒めたり、過度な好意を示したりすること、いわゆる「ごますり」や「おべっか」で、自分への印象を操作し、有利な状況を作り出そうとする戦術を指します。
株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏によると、興味深いことに、この「取り入れ」は同僚や部下に対しては有効な場合がありますが、上司に対して用いると逆効果になることが多くの研究で実証されていると言います。上司は、部下からのわざとらしい称賛を「自分を取り込もうとしている」と見抜き、ごますりだと感じてしまいます。その結果、「この部下は実力で勝負できないのではないか」「人間的に信頼できるだろうか」と、その適性や能力に疑問を抱くようになるのです。
しかし、今回のテーマである「ボスマネジメント」においては、取り入れ、すなわちおべっかを使うようなやり方はあまり得策ではなく、逆効果になることがわかっています。具体的なネガティブな影響として、「取り入れ」を行うと昇進可能性が下がるということがあります。
上司が「この部下は昇進するだろう」と思う気持ちに負の影響を与えるのです。取り入れを行う部下を見ると、上司は「この人は出世しないな」と思ってしまいます。これは深刻です。機嫌を取っている部下を見ると、上司は「駄目だな、出世しないだろうな」と感じてしまうわけです。
引用:上司の機嫌取りは逆効果 上司の「納得感」と「評価」を得る、ボスマネジメントのコツ(ログミーBusiness)
伊達氏によると、「圧力」や「連合」といった強制的な働きかけも避けるべきことだと言います。「圧力」は、言葉や態度でプレッシャーをかけ、半ば強制的に要求をとおそうとする戦術です。「連合」は、同僚など他のメンバーと徒党を組み、「みんなもこう言っています」と数の力で上司に迫る方法です。
これらの手法は、一見すると効果的に思えるかもしれませんが、根本的な問題を抱えています。影響力の行使とは、本来は自由裁量を持つ上司に「自発的に」動いてもらうための働きかけです。強制しようとすればするほど、相手は反発し、自発的な協力は得られなくなります。また、このような敵対的なアプローチは上司との信頼関係を著しく損ない、長期的に見て自身の立場を危うくするだけです。
これらの直接的で強引な戦術は、上司を味方につけるというボスマネジメントの本来の目的とは相容れません。リスクが高く、得られるものが少ないため、基本的には避けるべきアプローチと言えるでしょう。