【3行要約】
・ビジネス環境の変化によりEQ(心の知能指数)が注目されています。
・世界経済フォーラムでは2016年以降、EQが未来に必要なスキルとして繰り返し言及されています。
・ビジネスパーソンは感情の認識・言語化から始め、日常の小さな工夫で継続的にEQを高めていきましょう。
EQ(心の知能指数)とは?
EQ(Emotional Intelligence Quotient)とは、日本語で「心の知能指数」や「感情知性」と訳され、「自分の感情や思考をマネジメントするとともに、他人や周囲の感情を適切に理解して働きかける能力」と定義されます。
この概念は1990年にアメリカの心理学者ピーター・サロベイ博士とジョン・D・メイヤー博士によって提唱され、その後ジャーナリストのダニエル・ゴールマン氏の著書によって世界中に広まりました。
EQが注目されるようになった背景には、従来ビジネスの成功と強く結びつけられてきた「IQ(Intelligence Quotient、知能指数)」だけでは、人の成功を説明できないという認識があったからです。
IQは論理的思考力や記憶力、計算能力といった知的な能力を測る指標であり、一般的に、その高さとビジネスでの成功は必ずしも比例しないことが明らかになっています。IQが高い人が必ずしも社会で成功するわけではないという事実は、多くのビジネスパーソンが経験的に感じてきたことでしょう。
EQとIQの最も大きな違いは、EQが後天的に開発可能である点です。IQが先天的な要素に大きく左右されるのに対し、EQは意識的なトレーニングや経験を通じて誰もが向上させることができます。
これは、年齢や役職にかかわらず、すべての人が自己成長できる可能性を秘めていることを意味します。EQは生まれ持った能力ではなく、磨くことのできる「スキル」なのです。
ビジネスシーンにおいて、EQは単に「優しい」「思いやりがある」といった性格的な側面を指すのではありません。あくまで目的を達成するための技術として捉えることが重要です。
髙山:EQは、ある目的を達成するために、必要であれば使わなきゃいけない技術なんですよ。だから「『この人には使いたくない』と言うけど、それはビジネスの成果に対して影響があるの? ないの?」って聞きます。(中略)
やっぱり一番は「目的を達成するかどうか」なんですよ。別に、その人と仲良くなることが目的ではないんですね。目的を達成するために必要な人材であれば、EQ使わなきゃ。
引用:嫌いな部下に“心の知能指数”を使いたくないという心理… 上司の“抵抗感”が減る、ビジネススキルとしてのEQの価値(ログミーBusiness)
EQExecutiveMaster/株式会社EQ 取締役会長の髙山直氏が上記のとおり話すように、EQとはビジネスの成果という明確なゴールを達成するために、自分の感情や他者の感情を戦略的に活用する能力です。
感情を無視したり抑圧したりするのではなく、知性として認識してマネジメントしていく。この点が、単なる知的能力を測るIQとの根本的な違いと言えるでしょう。
なぜ「EQ」がビジネススキルとして世界的に注目されるのか
近年、ビジネスの世界において「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」、すなわち「心の知能指数」の重要性が急速に高まっています。その背景には、AIやDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展といった技術的な変化と、それに伴う働き方や求められるスキルの変容があります。
世界のリーダーたちが集う世界経済フォーラムでも、EQは未来のビジネスに不可欠なスキルとして繰り返し言及されてきました。
2016年の世界経済フォーラムでは、「2020年までに必要なビジネススキル」のトップ10が発表され、その第6位に「情緒的知性(Emotional Intelligence)」、つまりEQが初めてランクインしました。これは、AIの台頭により、問題解決能力やクリティカルシンキングといった従来のスキルに加え、人間ならではの情緒的な能力が重要視され始めたことを示す象徴的な出来事でした。このランキングは、EQが世界的に注目される大きなきっかけとなったのです。
さらに2020年には、同フォーラムのレポート「仕事の未来」の中で「2025年に求められるスキル」が発表され、EQが再びリスト入りしています。このレポートが特徴的なのは、テクノロジーに関するスキル以上に、人間に関するスキルに重きが置かれている点です。
例えば「リーダーシップと社会的影響力」「柔軟な判断力(レジリエンス)」「サービス志向(ホスピタリティ)」、そして「説得力と交渉力」といった項目が並びます。
ここで注目すべきは、これらのスキルの多くがEQと深く関連していることです。レポートでは15のスキルを4つの大項目に分類していますが、そのうちの「セルフマネジメント」と「ワーキング・ウィズ・ピープル(人と働く力)」は、EQそのものと言っても過言ではありません。
アリババグループの創業者であるジャック・マー氏が、2018年の基調講演で「もし成功したいのなら、高い心の知能指数、EQを持つべきだ」と語ったように、世界のトップリーダーたちもビジネスの成功に、EQが不可欠であると認識しています。IT化やDXが叫ばれる一方で、未来のビジネススキルとして人に焦点が当たっているこの潮流は、EQがこれからの時代を生き抜くための普遍的なビジネススキルであることを示唆しているのです。
EQが高い人材が持つ「代替困難性」
では、高いEQを持つ人にはどのような特徴があるのでしょうか。
それは組織にとっての「代替困難性」、つまり「組織にとって、取り替えがきかない人間である傾向が強い」ことだと、株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長の池田紀行氏は語ります。EQが高い人たちは、単に与えられた仕事をこなすだけではありません。その人がいるだけで職場の雰囲気が明るくなる、膠着した会議がスムーズに進む、部下たちが「この人の下で働きたい」と心から思い、モチベーション高く仕事に取り組む。こうした価値は、職務遂行能力という尺度だけでは測ることができません。
その人が持つオーラやキャラクター、作り出す空気感といった、人間的な魅力が組織に与える影響は計り知れないのです。
極端な例を考えてみましょう。仕事は非常にできるものの、顧客や同僚から好かれていないIQの高い人材と、仕事の能力は標準的でも、その人がいるだけでチームがポジティブになり、みんなが前向きになれるEQの高い人材。どちらが組織にとって価値が高く、代替が困難かと言えば、答えは明白です。
頭の良い人材は探せば見つかりますが、EQが高く、組織に良い化学反応をもたらす人材は極めて稀有な存在なのです。
したがって、これからのキャリアを築いていく上で、IQを磨くことと同様、あるいはそれ以上に「EQ」を意識することが、自身の市場価値、特に組織内における代替不可能な価値を高めるためのカギとなると言えます。
リーダーに求められる「IQ」と「EQ」の違い
リーダーに求められる最も重要な能力の1つが、意思決定です。しかし、一口に意思決定と言っても、その性質は一様ではありません。ここでカギとなるのが、「判断」と「決断」という2つの言葉の違いであり、この違いを理解することは、EQがリーダーシップにおいて果たす役割の本質を捉える上で非常に重要です。
EQExecutiveMaster/株式会社EQ 取締役会長の髙山直氏によると、「判断はIQ」であると整理できると言います。判断とは、メリット・デメリット、リスクなどを分析し、データや論理に基づいて「成功確率の高いほうを選ぶ」行為です。これは客観的な情報を処理し、最適な答えを導き出す知的な作業であり、IQが司る領域と言えるでしょう。
一方、「決断はEQ」です。決断とは、単に成功確率の高い選択肢を選ぶことではありません。そこには「覚悟」が伴います。「決断」は文字どおり「退路を断ち切る」という意味合いを持ち、不確実性を受け入れた上で前に進むことを選択する行為です。
特に、決断には「時間軸」という概念が深く関わってきます。「我が社が将来的に成長するために、あえて今はリスクを取ろう。たとえ失敗したとしても、その経験は社員の成長や会社の強化につながるはずだ」といったように、未来を見据えた意思決定が「決断」なのです。
現代はVUCAの時代と呼ばれ、過去のデータや成功体験が通用せず、未来の成功確率を正確に予測することは極めて困難です。このような環境下では、論理的な「判断」だけでは限界があります。むしろ、不確実な未来に対して覚悟を決め、組織を導いていく「決断」の力がリーダーには求められます。そして、この決断の根底にあるのは、感情や信念といったEQ的な要素です。
経営者に求められる力を「構想力」「決断力」「遂行力」という骨格で捉えた場合、EQはこれらすべての力を下支えするオペレーティングシステムのような役割を果たします。
例えば「諦めないで最後までやり切る」という遂行力は、まさに感情、つまり気持ちの問題です。「踏ん張ってやり切る」という行為も、感情の力なくしては成り立ちません。また、「学び続ける力」も、気持ちを持続させるEQの働きが不可欠です。
「人は理屈で納得して、感情で動く」という言葉があります。リーダーは論理的な「判断」によって周囲を納得させることも必要ですが、最終的に人々を動かし、困難な目標に向かって組織を1つにするのは、未来への希望や強い信念といった感情に訴えかける「決断」の力なのです。
したがって、これからのリーダーはIQによる「判断」能力を磨くと同時に、EQを駆使した「決断」の質を高めていくことが不可欠と言えるでしょう。