【3行要約】
・新卒採用者へのサポートは手厚い一方で、中途採用者のオンボーディング体制は不十分なまま多くの企業が課題を抱えています。
・甲南大学の尾形教授は「中途採用者には前職での経験を適度に薄めるアンラーニングが必要」と指摘し、4つの適応段階の存在を解説します。
・中途採用者の活躍には「任せる」と「サポートする」のバランス、採用時の3つのフィット評価、そして組織全体での取り組みが不可欠です。
中途採用者にオンボーディングが必要な理由
日本企業における採用の歴史は、長らく新卒一括採用が中心でした。そのため、新卒社員に対するオンボーディングは手厚く整備されている一方で、中途採用者へのサポート体制は不十分なままという企業が少なくありません。
しかし、中途採用者が直面する組織への適応課題は、新卒社員よりもはるかに多く、複雑です。
中途採用者を組織に適用させていく過程で重要になる概念が、「アンラーニング」だと甲南大学 経営学部 経営学科教授の尾形真実哉氏は言います。新卒社員は何にも染まっていない状態で入社するため、その企業の色に染める「染色教育」だけで済みます。しかし、社会人経験を持つ中途採用者は、良くも悪くも前の職場でのやり方や価値観、つまり「色」がついています。この前職での経験が、新しい環境への適応を阻害する要因になることがあるのです。
ここで必要になるのが、アンラーニング、すなわち「脱色教育」です。これは、過去の知識や成功体験を完全に捨て去るという意味ではありません。中途採用者の強みである経験を活かしつつも、新しい環境に合わせて不要なこだわりや固定観念を一度リセットし、新たな知識やスキルを吸収できる状態にすることです。このアンラーニングのプロセスを経て初めて、新しい会社の色にも染まっていくことができるのです。
このアンラーニングを促すために、企業側ができるサポートの1つとして挙げられるのが、オンボーディングです。このアンラーニングを促すためのオンボーディングを実施するためには、人事担当者自身がアンラーニングの概念を深く理解していることが大前提となります。
甲南大学経営学部の尾形真実哉氏は、中途採用者の適応課題とアンラーニングの必要性について次のように述べています。
新卒はさっき言ったリアリティ・ショックがすごく大事で、あとは会社のルールや仕事のやり方、会社の暗黙のルールを徐々に理解していく必要があるんですけど。
中途のほうが、組織課題は圧倒的に多いのにサポートが不足しています。そこで具体的にどんなサポートをしていくかというと、まずはアンラーニングですね。新卒って何にも染まっていないので、その会社の色に染める染色教育だけで済むんですけど、中途はやはり前の職場での色がついています。
中途の良さがなくなってしまうので、真っ白にする必要はないんですけど、ちょっと薄めてもらうところは必要だと思うんですよね。それが脱色教育、つまりアンラーニングです。まずこのアンラーニングをしてから、新しい会社の色にも多少染まってもらうという段階です。
引用:中途が早期離職する原因と解決策 職場のオンボーディングのコツ(ログミーBusiness)
中途採用者へのオンボーディングを成功させるカギ
中途採用者が入社してから組織に適応し、本来の能力を発揮して価値を創出するまでには、いくつかの段階的な障壁、「4つの壁」が存在すると、ジャフコグループ株式会社 HRBP兼エグゼクティブコーチ/プリンシパルの坪井一樹氏は言います。それぞれの壁を理解し、企業側が適切なサポートを提供することが、オンボーディング成功のカギとなります。
第1の壁は「理解の壁(How to learn)」です。これは入社者がその会社の事業、仕事の進め方、そして共に働く人々について学ぶフェーズです。この段階での学習が不十分だと、その後のすべての活動の土台が揺らいでしまいます。
第2の壁は「業務の壁(How to work)」です。学んだ知識を基に、実際にどのように働くかという実践のフェーズです。引き継いだ業務の進め方や、関わるべき人々、自身の役割や権限の範囲などを把握して実行していく段階であり、多くの中途採用者が最初につまずきやすいポイントでもあります。
第3の壁は「能力の壁(How to influence)」です。企業が期待している能力をいかに発揮し、社内外に対して良い影響を与えていくかというフェーズです。活躍までを長期的な視点で見ると、この壁を越えられるかが極めて重要になります。
特に採用時の期待値が高ければ高いほど、実際の能力発揮度との間にギャップが生じ、評価の際に厳しいフィードバックが必要になるなど、新たな課題が生まれやすい段階です。
最後の壁が「価値の壁(How to value)」です。これは組織の一員として設定された目標や求められる成果に対し、いかにして価値を生み出せたかという最終的な貢献のフェーズです。この壁を乗り越え、期待された価値を創出し続けることで、真の「活躍」と「定着」が実現します。
重要なのは、これらの壁のうち「理解の壁」と「業務の壁」は、受け入れ側である企業努力によって、比較的乗り越えやすくコントロールできる領域であるという点です。
本来高い能力を持つ人材が、この初期段階の壁でつまずき、能力を発揮する前に離脱してしまうのは、組織にとって大きな損失です。まずはこの2つの壁を確実に越えられるよう、定期的なオンボーディングなどをとおして手厚くサポートする体制を整えることが不可欠でしょう。
中途採用者へのサポートで意識したい2つのこと
中途採用者へのサポートやフィードバックには、新卒社員に対するものとは異なる、繊細な配慮が求められます。受け入れ側が陥りがちな罠の1つが、「サポートのし過ぎ」です。良かれと思って手厚くサポートしたつもりが、かえって相手に過度なプレッシャーを与え、ストレスや負担感を増大させてしまうことがあります。
甲南大学 経営学部 経営学科教授の尾形真実哉氏が、アンケート調査で得られた結果を分析したところ、中途採用者はサポートされればされるほど、組織への貢献実感が下がってしまうという傾向も見られたと指摘します。これは過剰な介入が本人の自律性を奪い、「信頼されていないのではないか」という感覚につながるためと考えられます。
したがって、中途採用者のオンボーディングにおいては、「任せるところは任せる」という姿勢と、「サポートするところはサポートする」という姿勢のバランスを適切に取ることが極めて重要になります。このバランスの見極めこそが、中途採用者へのマネジメントにおける最も難しい点と言えるでしょう。
一方で、もう1つの罠が「放置」です。「社会人経験が豊富だから、わからないことがあれば自分から聞いてくるだろう」という思い込みは非常に危険です。新しい環境に入ったばかりの中途採用者は、たとえ経験豊富であっても、「こんな初歩的なことを質問していいのだろうか」「忙しそうな上司に声をかけてもいいのだろうか」といった遠慮や不安を抱えているものです。周囲が積極的に声をかけ、コミュニケーションのきっかけを作らなければ、彼らは疑問や不安を1人で抱え込み、孤立を深めてしまいます。
では、具体的にどのような声かけが有効なのでしょうか。基本的には、「何か仕事で困っていることはない?」というシンプルな問いかけで十分です。重要なのは、いつでも相談できるという心理的な安全性を提供することです。
特に管理職は、自身の多忙さが入社者の心理的な壁になっている可能性を自覚し、「自分がどんなに忙しそうに見えても、必要な時はいつでも遠慮なく声をかけてください」と明確に伝えることが求められます。この一言があるだけで、中途採用者は安心して周囲に助けを求めることができるようになり、適応のプロセスが格段にスムーズになるのです。