オンボーディングの成功のために意識したい、採用段階の「3つのフィット」
オンボーディングを成功させるためには、採用選考の段階から入社後の活躍を見据えた多角的な視点で候補者を評価することも不可欠になります
。その際に重要な判断基準となるのが、「スキルフィット」「カルチャーフィット」「キャリアフィット」という3つのフィットだと、ジャフコグループ株式会社 HRBP兼エグゼクティブコーチ/プリンシパルの坪井一樹氏は言います。まず「スキルフィット」は、候補者が持つスキルや経験が、募集ポジションで求められる業務要件を満たしているかという視点です。これは一次選考などで見極められることが多く、会社側にとっては「現場のメンバーが一緒に働きたいと思えるか」、候補者側にとっては「実際に担当する仕事に“やりがい“を感じられるか」という、最も基本的な目線合わせの場となります。
2つ目の「カルチャーフィット」は、候補者の価値観や行動特性が、その企業の文化に合致しているかという視点です。これはさらに2つの側面に分解できます。
1つは、その企業が大切にしている価値観や行動規範(バリュー)に合うかという「バリューフィット」。これは入社後の活躍度合いを予測する上で重要な基準となります。もう1つは、企業の存在意義や目指す方向性(ミッション・ビジョン)に共感できるかという「ミッション・ビジョンフィット」です。
個々の仕事のやりがいだけでなく、会社や仲間と共に働くこと自体に喜びを感じる「働きがい」を持つためには、このフィットが欠かせません。
そして、最もエンゲージメントを高める上で重要となるのが「キャリアフィット」です。これは、候補者が自身のキャリアを通じて成し遂げたいことや情熱(パッション)と、会社がその人材に提供できる成長機会やベネフィットが、どれだけ一致しているかという視点です。
特にスタートアップのような困難が多い環境では、このフィット感がなければ乗り越えることは難しいでしょう。これは単なる仕事内容や条件の一致を超え、自分の貴重な人生や時間をこの会社に「張る」価値があるか、という「張りがい」のレベルでの合意を意味します。
人事担当者や採用に関わる者は、採用決定の際、これら3つのフィットのうち、どの点を重視して採用に至ったのかを明確に認識しておく必要があります。スキルフィットで採用した人材に、後から高いレベルのカルチャーフィットを求めるのは酷かもしれません。
どのフィットで握手をしたのかを理解しておくことで、入社後のコミュニケーションやマネジメントのあり方、さらには万が一お別れすることになった際の捉え方まで変わってくるはずです。
組織全体を巻き込むオンボーディング体制の構築
ここまで中途採用者へのオンボーディングで意識したいことについて紹介してきました。中途採用者のオンボーディングというと、人事部だけのタスクとして完結するものと認識される方も少なくありませんが、実際のところ、その成否は、現場、特に直属の上司となる管理職の関与、そして経営トップのコミットメントを含めた、組織全体の取り組みにかかっています。
現場の管理職には、中途採用者がスムーズに組織に溶け込み、能力を発揮できるような環境を整える上で、極めて重要な役割が求められます。
甲南大学 経営学部 経営学科教授の尾形真実哉氏によると、具体的には、以下の3つの力が必要とされます。1. 職場デザイン力 新しいメンバーが心理的安全性を感じ、歓迎されていると感じられるような職場の雰囲気を作り出す力。
2. なじませる力 多様なバックグラウンドを持つ人材をうまくチームに統合し、組織としてのパフォーマンスを高める力。
3. 育成力 中途採用者の経験を尊重しつつ、新しい環境でさらに成長できるよう支援する力。
しかし、多くの日本企業では、こうした能力を体系的に育成するための管理職教育、特にオンボーディングに特化した研修は不十分なのが現状です。組織として、管理職がこれらの重要なスキルを習得できるような研修の機会や、実践を通じて学べるような経験を意図的に提供していく必要があります。
そして、こうした取り組みを全社的に推進するためには、経営トップの理解と強力なリーダーシップが不可欠です。現場の抵抗や予算の制約といった障壁を一挙に乗り越える力を持つのは、トップの言葉に他なりません。
経営トップが中途オンボーディングの重要性を全社に明言し、「組織全体でサポートしていく」という方針を明確に打ち出すことで、人事部や現場は格段に動きやすくなります。
そのためには、人事担当者が早期離職による具体的な損失額といったデータを提示し、これが経営課題であることを論理的に説明して、トップの理解と協力を取り付ける努力が求められます。
オンボーディングの成果は、最終的には「組織の環境整備」と「中途採用者本人の努力」という2つの要素の「掛け算」で決まると尾形は語ります。どちらか一方がゼロであれば、成果もゼロになってしまいます。人事部、現場の管理職やメンバー、そして経営トップまで、関わる部署や人が多ければ多いほど、この掛け算の成果は大きくなります。
オンボーディングは組織全体で取り組むべき経営戦略の1つである」という共通認識を醸成することが、成功への道筋と言えるでしょう。