【3行要約】
・多くの上司が「部下に仕事を任せたい」と思いながらも、「自分でやった方が早い」という不安から手放せないジレンマに陥っています。
・経営学者の中川功一氏によると、上司がすべての責任を抱え込む姿勢は組織の持続可能性を脅かす危険な状態だと指摘。
・部下の成長を促すには目的を明確に伝え、レベルに応じた権限委譲と適切なフォローアップが重要です。
部下に仕事を任せられない上司に必要な覚悟
部下の成長を真に願うならば、上司は「尻拭いをしない」という覚悟を持つ必要があります。これは、部下を突き放すことや無責任になることとはまったく異なります。むしろ部下の可能性を最後まで信じ抜き、本人の力でやり遂げさせるという、深い信頼に基づいたマネジメントの実践です。
多くの上司は、部下が困難に直面したり、失敗しそうになったりすると、良かれと思ってすぐに手を出してしまいます。しかしその「尻拭い」こそが、部下から貴重な学びの機会を奪い、成長を阻害する最大の要因となり得るのです。
上司が常に先回りして問題を解決してしまうと、部下は「自分は信頼されていない」と感じ、挑戦する意欲を失います。また、上司が常に忙しく尻拭いに追われている姿は、「あんなふうにはなりたくない」というネガティブなメッセージとなり、部下の昇進意欲をも削いでしまうのです。
経営学者の中川功一氏も、上司がすべての責任を抱え込み、誰よりも働く姿を見せることは必ずしも正しいとは言えないと言います。むしろそれは組織の持続可能性を脅かす危険な状態です。
上司が心身ともに余裕のない状態で働いていると、そのストレスは職場全体に伝播し、笑顔が消えていきます。理想的な上司とは、重い職責を担いながらも、それを下に任せることで余裕を持ち、笑顔でいられる人です。そのような姿こそが、部下にとって「あのポジションを目指したい」という健全な目標となるのです。
中川氏は、部下に任せ切ることの重要性について次のように語っています。
どこまでいっても最後まで本人を信頼し切って、最後までやらせ切る。どこまでいっても上司は、助言とやり方と、そしてやる気、モチベーションを与えて、やらせ切らせるというのを最大限徹底していく。自分が手を出してしまえば、工数5分の1で終わって明日には提出できると思っても、がんばって任せ切る。
「本当、子育てと一緒ですね」と(コメントに)書いてくださいましたが、タスクと人間というのが2つあって、タスクの達成のほうを重視してヒューマンな側面を捨ててしまうから、逆にタスクが達成できなくなる。
引用:「尻拭いしない」上司が部下の能力を育てる 経営学者が語る、“任せて見守る”マネジメント実践術(ログミーBusiness)
この言葉が示すように、短期的なタスク達成を優先して上司が手を出してしまうことは、長期的には部下の自律性を損ない、結果として組織全体のパフォーマンスを低下させるという逆説的な事態を招きます。
最終的な責任は上司が負うべきですが、その責任の果たし方は、自らが手を動かすことだけではありません。部下がタスクを完遂できるように、その仕事の意味を伝え、必要な支援を行い、モチベーションを高め、そして最後まで信じて見守る。たとえ遠回りに見えても、このヒューマンなアプローチこそが、部下を育て、タスクを真に達成させるための王道なのです。
仕事を任せられない上司がやりがちなマネジメント
部下に仕事を任せられない上司がやりがちなのが、マイクロマネジメントです。マイクロマネジメントとは、上司が部下の仕事を過度に細かく監視・監督し、業務のプロセス一つひとつに干渉するマネジメント手法を指します。
一見すると丁寧な指導や品質管理のように思えるかもしれませんが、「過度な」介入は、部下の成長を阻害し、組織に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
マイクロマネジメントには、典型的な4つの問題パターンが存在すると、株式会社PDCAの学校の宮地尚貴氏は言います。1つ目が「過度な指示・介入」。これは業務の進め方を細かく指定し、「このやり方じゃないと駄目だ」と自分のやり方を押し付ける行為です。これにより部下は自ら考えることをやめ、指示待ちの「作業者」になってしまいます。
2つ目が「過剰な報告要求」。「あれどうなった?」と頻繁に進捗を確認し、細かな報告を何度も求めることで、部下の業務を中断させ、集中力を削ぎます。
3つ目が「部下の判断を許さない」。「勝手に進めないで」「まずは自分に確認するようにして」と部下の意思決定を一切認めず、すべての判断を上司が行おうとします。
4つ目が「過度な失敗防止」。ミスを極端に恐れるあまり、常に先回りして口や手を出し、部下から挑戦の機会を奪ってしまいます。
これらの行動が常態化すると、組織にはさまざまな弊害が生じます。
パーソル総合研究所の「中間管理職の就業負担に関する定量調査」によると、マイクロマネジメント型の管理下にある部下は、そうでない部下に比べて離職率が高く、個人および組織のパフォーマンスも低いという結果が示されています。表面上は統制が取れているように見えても、内実では部下の不満やストレスが蓄積し、本来不要な社内調整に時間が費やされるなど、生産性は著しく低下します。
そして最も深刻な問題は、その管理職がいなければ組織が機能しないという属人的な状態を作り出してしまうことです。これでは次世代のリーダーは育たず、組織は長期的に弱体化していく一方です。
しかし、マイクロマネジメントが常に悪であるとは限りません。重要なのは、状況に応じた「使い分け」です。例えば業務経験の浅い新入社員や未経験者に対しては、作業手順を一つひとつ確認し、定期的なチェックを行うマイクロマネジメント的なアプローチが有効です。また、ミスが許されない高精度の業務や、クレーム対応などの緊急時においても、明確な指示と頻繁な状況確認は不可欠です。
一方で、経験豊富な社員に対する指導や、本人のアイデアや創造性が求められる業務、そして部下やチームの長期的な成長を促したい場面においては、マイクロマネジメントは機能不全に陥ります。
上司は部下の経験や業務の性質を見極め、「どこまでの失敗は許容できるか」「自分のやり方と違うことをどこまで認めるか」という基準を自らの中に持つ必要があります。この使い分けの意識こそが、部下の自主性を引き出し、強い組織を築くための鍵となるのです。
仕事を効率的に任せるために必要な上司のコミュニケーション
仕事を効果的に任せ、部下の成長を促すためには、上司のコミュニケーション技術が極めて重要になります。特に部下の納得感をいかに高めるかが成功の鍵を握ります。
そのためにまず意識すべきは指示の出し方です。
一般的にビジネスコミュニケーションのフレームワークとして知られる「6W2H」の中でも、仕事を任せる際には特に「Why(なぜ)」「When(いつまでに)」「What(何を)」の3つを明確に伝えることが不可欠だと、株式会社アクティブ アンド カンパニーの佐久間大輔氏は言います。なぜこの仕事が必要なのかという目的や背景(Why)を共有することで、部下は仕事の意義を理解し、モチベーションを高めることができます。そして明確な期日(When)と具体的な業務内容(What)を伝えることで、部下は行動計画を立てやすくなります。
さらに、部下のスキルレベルや習熟度に応じて、コミュニケーションのスタイルを使い分ける柔軟性も求められます。部下のレベルがまだ低い段階では、上司が決定権を持ち、具体的な指示を出す「命令」に近いかたちが有効な場合もあります。部下が成長するにつれて、徐々に権限を委譲し、最終的には「この間の件、進めておいて」といった抽象的な指示で自律的に動ける状態を目指すべきです。
ここで注意すべきは、部下のレベルを見誤らないようにすることです。能力の高い部下に対して過度に細かい指示を出すと、「そんなことはわかっている」とやる気を削いでしまいます。逆にまだ能力が追いついていない部下に丸投げしてしまうと混乱させてしまい、結果的に質の低いアウトプットにつながります。相手のレベルを的確に見極め、それに合わせたアプローチを選択することが肝要です。
より高度なコミュニケーション技術としては、3つの対話スキルを使い分ける「コーチング型マネジメント」が有効だと、ポジウィルコーチングスクール事業責任者・マネージャーの笹内俊佑氏は言います。これは、単に教える(ティーチング)だけでなく、状況に応じてスキルを使い分けるアプローチです。
なので私たちは、キャリアカウンセリングとコーチングとコンサルティング、いわゆるティーチングやフィードバック。この対人支援のスキルを3つに分けて、使い分けることが重要だと思っています。(中略)
カウンセリングのスキルというのは、相手と信頼関係を築くためのスキルです。「笹内さんだったら本音を話してもいいな、悩み話をしていいな」と思ってもらうことがファーストステップかなと思います。(中略)
2つ目、コーチング。質問をして相手の中にある答えを引き出す、相手の気づいていない本音を引き出す。気づいていない部分を、問いによって引き出すという関わりが、コーチングだと捉えています。(中略)
3つ目、コンサルティング(ティーチング)というのは、言葉のとおり、相手の課題や相手に対しての評価、フィードバック、教えるなど、こういった関わりのことを指します。
引用:「教えるだけ」では部下は育たない ピープルマネジメントを成功に導く、3つの対話スキル(ログミーBusiness)
これらのスキルを組み合わせ、部下一人ひとりの状況に合わせた最適なコミュニケーションを設計することが、納得感を高め、主体的な成長を促す上で不可欠なのです。