「任せたつもり」に陥る上司の心理と組織的要因
多くの管理職が、部下に仕事を任せているようで実は任せられていない、「任せたつもり」という状態に陥っています。
例えば「この資料、君に任せるから自分なりに作ってみて」と指示した翌日に、「この構成は弱いから、こういう流れで作り直して」と細かく介入してしまうケースです。これでは、部下は「それなら最初から指示してくれればいいのに」と感じ、主体性を発揮する機会を奪われてしまいます。
株式会社PDCAの学校の宮地尚貴氏は、このような「任せたつもり」の状態が生まれる背景には、上司側の3つの典型的な心理パターンが潜んでいると言います。1つ目は「管理しているつもり上司」です。このタイプの上司は、細かい進捗確認や指示出しこそが管理職の仕事であると捉えています。部下の行動を逐一把握し、コントロールすることで安心感を得ており、結果的に部下が自ら考える機会を奪ってしまっていることに気づいていません。
2つ目は「評価が心配な上司」です。このタイプは、部下の失敗が自らの評価に悪影響を及ぼすことを極端に恐れています。保身の意識が強く働くため、リスクを回避しようと過度に介入し、部下の挑戦を妨げてしまいます。部下の成長よりも、短期的な自己の評価を優先してしまうのです。
3つ目は「私流押し付け上司」です。このタイプは自分のやり方が唯一絶対の正解だと信じており、0から100まで自分のやり方を部下に強要します。部下なりの工夫やアプローチを「間違い」とみなし、多様な視点を認めようとしません。これにより部下は思考停止に陥り、指示されたことだけをこなすようになります。
これらの上司個人の心理的要因に加えて、組織的な要因も「任せたつもり」を助長します。例えば「失敗を恐れる組織文化」が根付いている場合、管理職は部下にリスクのある仕事を任せることをためらいます。「失敗を避ける」ことが「成果を出す」ことよりも優先される環境では、業務を部下に渡さないことが最も安全な選択となってしまうのです。
また、「短期成果主義」に偏った評価制度も問題です。部下育成といった長期的な貢献が評価対象外であったり、短期的な業績ばかりが重視されたりすると、上司は「部下に任せるよりも自分でやったほうが評価も上がるし効率的だ」という判断に傾きがちになります。
ポジウィルコーチングスクール事業責任者・マネージャーの笹内俊佑氏は、こうした状況を改善するためには、上司自身が「なぜ任せられないのか」という自らの不安や恐れ、思考の癖(マインドブロック)に目を向ける必要があると言います。任せることで短期的に成果が落ちるかもしれない、関係者に迷惑をかけるかもしれないという目前のデメリットだけでなく、任せないことで部下が成長せず、結果的にチーム全体のパフォーマンスが長期的に低下するという、より大きなデメリットにも目を向ける必要があります。
時間軸を広げ、多角的な視点から「任せないことのリスク」を捉え直すことが、この根深い問題から脱却するための第1歩となるのです。
部下に仕事を任せる5つのステップ
では、部下に仕事を任せる際には、具体的にどのような工程をとっていけばよいのでしょうか。部下が自律的に考え、行動できる人材へと成長するためには、上司による計画的かつ段階的なアプローチが不可欠です。
単に仕事を振るだけでは部下は育ちません。まず基本となるのは、仕事を任せるレベルを徐々に引き上げていくことです。
株式会社PDCAの学校の宮地尚貴氏によると、このプロセスは、一般的に以下の5つのステップに分けることができます。レベル1:情報収集プロジェクトに必要な情報収集など、限定的なタスクを任せる。
レベル2:提案作成収集した情報を元に、具体的な提案や計画の草案を作成させる。
レベル3:限定的決定定められた範囲内で、部下自身の判断で意思決定を行わせる。
レベル4:実行権限計画の実行に関する権限の大部分を委譲する。
レベル5:完全に任せるプロジェクト全体の責任者として、すべての権限を委譲する。
重要なのは、どのレベルの仕事を任せるにしても、必ず業務全体の目的や背景を共有することです。目的がわからないまま情報収集を命じられても、部下は何のためにそれをしているのか理解できず、主体性を発揮できません。会社の階層や等級に応じて、どこまでのレベルを任せるかという基準を組織として設けることも有効です。
次に、部下の自律性を育む上で欠かせないのが、コミュニケーションの質です。特に「報連相(報告・連絡・相談)」の中でも、「相談」を活性化させることが重要になります。
報告や連絡は一方通行でも成立しますが、相談は双方向のやり取りを必要とする高度なコミュニケーションです。特に決まった答えがないような難しい仕事に直面した時、部下が1人で抱え込まずに「雑に相談できる」環境を作ることが求められます。
例えば新規事業を立ち上げるとして、「じゃあ、半年後までによろしく」。半年経って、「できたの? できていないのか。お前、駄目だな」という環境では、自律的に動くのはムズいじゃないですか。
「新規事業を立ち上げましょう。責任者はあなたです。だけど、いつでも相談に乗りますよ」というスタンスを取るし、予算が必要だったらどうにかして出すだろうし、人が足りないなら、「じゃあ、どうやって人を集めようか」という話を一緒にするかたちになります。
責任は渡すけれども丸投げはしない。そうしないと、自分で考えて動くようにはならないですね。自律的に動いてほしいんだったらそうするかなと思います。
引用:自律的に動く部下の育成には数年かかる “利益だけじゃない”人材育成に倉貫義人氏が取り組む理由(ログミーBusiness)
株式会社ソニックガーデンの代表取締役である倉貫義人氏の上記の言葉が示すように、部下に責任を渡すことは、決して丸投げすることではありません。
「責任者はあなただ」と明確に役割を与えつつも、「いつでも相談に乗る」「必要なリソースは確保する」という味方としてのスタンスを明確に示すことが、部下の心理的安全性を確保し、自律的な行動を促すのです。
これらのスキルを身につけるには数年単位の時間がかかることを理解し、焦らず着実に部下の成長をサポートしていく姿勢が、上司には求められます。
上司が理解しておきたい「任せる」と「丸投げ」の違い
部下に仕事を任せる際、多くの管理職が「任せる」ことと「丸投げ」することの境界線で悩みます。この2つは似て非なるものであり、その違いを理解することが、部下育成とチームの成果向上における第1歩となります。
この違いを最もシンプルに表現するならば、その行為の「動機」に集約されると、グロービス経営大学院の鳥潟幸志氏、マーケティング会社の統括ディレクターを務めている山本渉氏は言います。間違った丸投げは、上司が「自分が楽になりたいから」という自己中心的な動機から始まります。これは部下への配慮を欠き、単に面倒な業務を押し付ける行為に他なりません。結果として、部下は目的や背景を理解できないまま作業要員として扱われ、「お手伝いじゃないか」「理不尽だ」といった不満や無力感を抱くことになります。このような関わり方は、部下のモチベーションを著しく低下させ、信頼関係を損なう原因となります。
一方で「正しい任せ方」は、「この仕事を通じて相手がどう成長するのか」「どうすれば相手はやる気になるのか」といった、部下の成長を起点とした動機に基づいています。この考え方が根底にあると、仕事の依頼の仕方、任せる相手の選定、そしてフォローアップの方法まで、すべてが変わってきます。
具体的には、まず業務の目的やゴールを明確に説明します。なぜこの仕事が必要なのか、組織全体の中でどのような位置づけにあるのか。その背景を共有することで、部下は単なる作業ではなく、価値ある貢献をしていると実感できます。
さらに正しい任せ方では、部下の現在のスキルレベルや業務状況を考慮し、任せる範囲や裁量を調整します。時には少し背伸びが必要なチャレンジングな業務を任せることで、部下の成長を促すことも含まれます。これは部下の能力を信頼している証であり、適度な緊張感と共に、視野を広げ、レベルアップする絶好の機会を提供することにつながります。
重要なのは、仕事を渡して終わりにするのではなく、任せた後も責任を持つという相互認識です。上司は部下が下限のクオリティを下回らないようにリスク管理を行いつつも、プロセスには過度に口出しせず、部下の主体性を尊重します。
スタート地点にある動機の違いが、結果として部下の成長、チームのパフォーマンス向上、そして最終的には上司自身の成長と業務の効率化という、すべての関係者にとって有益な結果をもたらすのです。