【3行要約】
・「働きやすい職場」は注目されていますが、「ゆるい職場」との混同により、若手社員の離職を招く問題も発生しています。
・オープンワーク株式会社の大澤氏は「優秀な若手ほど単に楽なだけの職場を敬遠する傾向がある」と警鐘を鳴らします。
・働きやすい職場を企業として目指すのであれば、成長機会と切磋琢磨できる環境の提供をはじめ、人事と現場が連携して真の働きがいを創出することが必要です。
「働きやすい職場」と「ぬるくてゆるい職場」は違う
近年「働きやすい職場」という言葉が注目される一方で、「ゆるい職場」という新たな課題が浮上しています。若手社員が成長機会の乏しさを理由に離職するケースも指摘されており、企業は「働きやすい職場」の本質を問い直す必要に迫られています。
単に労働時間が短く、休暇が取りやすい環境を整えるだけでは、従業員の成長意欲を満たすことはできず、かえって組織の停滞を招きかねません。
NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の川島高之氏は、部下の私生活と仕事を共に応援し、自らもワークライフバランスを満喫しつつ、組織の目標達成に強い責任感を持つ上司を「イクボス」と定義しています。この定義で重要なのは、「仕事も応援する」という視点です。
部下の成長を後押しし、時には厳しさを持って指導することが、真の意味で仕事の応援につながります。優しいだけの上司は、部下にとっても組織にとってもマイナスになり得るのです。
川島氏は、ワークライフバランスという言葉が持つ「仕事は適当で私生活を優先していい」というイメージに警鐘を鳴らします。部下に対して「やるべきことをやるから自由が与えられる」「権利を主張する前に職責を果たそう」といった、責任感や主体性を促す厳しさを持つことが、上司には不可欠です。
現場の管理職からは、働き方改革に関する理想論やきれいごとに対し、「現場はそんな生易しいものではない」「部下を叱れない」といった悲痛な叫びも聞こえてきます。部下から嫌われたくない、パワハラで訴えられたくないという気持ちは理解できるものの、言うべきことを言わなければ組織も部下も弱体化してしまうでしょう。
部下の成長を支援するという土台があれば、厳しさをもって接しても、それがパワハラと受け取られるリスクは少ないはずです。真の「働きやすい職場」とは、部下が成長を実感できる場であり、そのためには上司による「配慮」と、時に必要となる「厳しさ」の両方が求められるのです。
「ゆるい職場」が若手に響かない理由
Z世代をはじめとする若手社員は「楽をしたい」「タイパ(タイムパフォーマンス)やコスパを重視する」といったイメージで語られがちです。しかし、このステレオタイプな見方から、「ゆるい職場」こそが彼らにとって魅力的だと考えるのは早計でしょう。
実際には成長意欲の高い優秀な若手ほど、単に楽なだけの「ゆるい職場」を敬遠する傾向が強まっているとオープンワーク株式会社 代表の大澤陽樹氏は言います。働き方改革の浸透により、「残業時間が少ない」「有給消化率が高い」といった労働条件は、もはや特別なアピールポイントにはならなくなりました。これらは当たり前の前提となり、就職活動生や若手社員の満足度に直結しにくくなっています。
彼らがそれ以上に重視しているのは、「この会社で成長できるのか」「優秀な同僚と共に働けるのか」という点です。成長機会が乏しく、切磋琢磨できる仲間もいない環境は、たとえ定時で帰れて休みが多くても、将来への大きな不安につながります。
「このままでは自分の市場価値が上がらないのではないか」「転職できるスキルが身につかないのではないか」という「キャリア不安」が、彼らを離職へと駆り立てるのです。
現代はキャリアの選択肢が増え、個人が自身の専門性を高めるための「最低必要努力量」を確保しなければならない時代です。しかし「ゆるい職場」では、本業を通じてその努力量を満たすことが難しくなっています。
その結果、若手は「待っているだけでは成長できない」「会社は好きだが、このままではまずい」と感じ、自ら行動を起こさざるを得なくなるのです。
したがって、企業がエネルギーのある優秀な若手人材を採用し、定着させたいのであれば、採用活動において「ゆるさ」をアピールするのは逆効果になりかねません。働きやすい環境が整備されていることは前提としつつ、それ以上に、挑戦的な仕事を通じて成長できる機会があること、優秀な仲間と刺激し合いながら働ける環境があることを力強く訴求するべきです。
若者は決して「楽」だけを求めているわけではありません。彼らが働きやすい職場として本当に求めているのは、将来への不安なく、自身のキャリアを切り拓いていける企業であるという確信なのです。
組織課題を四象限で分析する
「給料だけもらえればいい」「がんばるだけ損」といった空気が職場に蔓延し、組織が「ゆるく」なってしまう背景には、単に社員のモチベーションの低下といった個人の問題だけではなく、より根深い構造的な課題が存在します。
DaBaDee株式会社の髙桑由樹氏は、組織課題を多角的に捉えるためには、「働きやすさ(制度・待遇など外面的なもの)」「働きがい(モチベーションなど内面的なもの)」「事業構造・組織体制(外面的なもの)」「空気・文化(内面的なもの)」という四象限のフレームワークで分析することが有効だと言います。ある商社の事例では、穏やかな社風という長所がある一方で、変化を躊躇する文化が根づいていました。モチベーションが低下し、働きがいを求める人材ほど退職する傾向にあり、その背景には「がんばりや成果が評価にまったく反映されない」という評価制度の問題があったのです。
さらに深掘りすると、年功序列による人材登用やジョブローテーションの少なさが仕事の属人化を招き、適切な評価を困難にしてしまっていました。また、既存顧客からのリピート受注が多いという事業構造も、結果的に変化への抵抗感を強める一因となっていたのです。
このことから、内面的な「働きがい」の低下は、外面的な「働きやすさ(評価制度)」や「事業構造・組織体制」と密接に連動していることがわかります。
また、ある設計業の会社では、当初は「上司の発信が部下に伝わらない」「ルールが守られない」といった、空気・文化の問題が中心だと考えられていました。しかし議論を深める中で、「がんばってもがんばらなくても自分には影響がない」と感じる社員が多いという仮説が浮かび上がりました。
その根源には、力量や成果の違いが評価に反映されない制度的な問題、そして社員が自己完結的に仕事を進め、同僚との連携が少ないという組織体制がありました。この構造が「がんばっても意味がない」という心理を生み、組織全体のモチベーション低下につながっていたのです。
これらの事例が示すように、組織課題は特定の象限だけで完結するものではなく、四象限が複雑に影響し合って生まれます。したがって、解決策もいずれか1つに偏るのではなく、すべての象限でバランス良く講じる必要があります。
問題がないように見える象限であっても、丁寧に掘り下げることで、課題の真因が見つかり、より具体的な打ち手へとつながっていくのです。