「働きがいのある職場」は現場でしか作れない
働き方改革の推進により、多くの企業で労働時間の削減や休暇取得の促進といった「働きやすい職場」作りに向けたインフラ整備が進められてきました。
しかし、株式会社HRファーブラ 代表/組織人事コンサルタント&ファシリテータ/研修講師の山本紳也氏は、こうした動きの中で「働きがい」が置き去りにされてしまったのではないかと指摘します。人事部門が整備できるのはあくまで「働きやすい」環境、すなわちモチベーション理論における「衛生要因」までであり、そこから先の「働きがいのある職場」、つまり「動機づけ要因」を創出するのは、現場のリーダーの役割であると山本氏は明確に線引きしています。
近年、人事部門はモチベーション、エンゲージメント、ウェルビーイングといった、本来は個人の内面に深く関わる領域にまで責任を負わされ、過剰な負担を強いられている傾向があります。介護やメンタルヘルスの問題も、ルール作りやインフラ整備は人事の仕事ですが、その予防や対策は現場でしか行えません。
人事部門が現場のリーダーが担うべき領域まで手を広げようとすると、本来の役割が果たせなくなるばかりか、現場の当事者意識を削ぐことにもなりかねないでしょう。人事部門の重要な役割は、現場のリーダーが「働きがい」を創出できるような環境を整え、彼らを育成・支援することにあります。
働き方改革と言いながら、働きがいのほうがちょっと置き去りになっちゃったのはすごくある。だからもちろん、ハラスメントをやっちゃダメとか、それも大事なんですけれども。
そっちよりも、どうやったら楽しいか、どうやったらやりがいがあるかみたいなところを現場が考えなくちゃいけないのに、人事からの「あれやっちゃダメ、これやっちゃダメ」みたいなことに引っ張られているところがけっこうあるかなとは思います。
すみません、人事の方々はやることがいっぱいで大変で、もう目の前のことで手一杯なのはわかっているし、言うのは簡単だよということなんですが。
話が脱線しますけど、前向きな仕事と後ろ向きな仕事は、もっと分けなきゃダメだと思う。小さい会社でそんなことはできないんですけど。
だって、懲罰規程を書いて、懲戒をどうするかという委員会も進行している人がウェルビーイングを語れるかという話じゃないですか。組織としてはどっちも重要なんだけど、それを両方やれというのは酷だよというのは、すごく思うところはあります。
引用:「若い時に我慢しないと後で困る」がピンとこない若手社員 理想のリーダー像の変化と働きがいのある職場作りのヒント(ログミーBusiness)
真に求められる職場とは、従業員がやらされるのではなく、当事者意識を持ってポジティブな議論が絶えず、自ら働きたくなるような場所です。そのような職場は、人事制度や就業規則といったルールだけで作れるものではありません。
不満を抱える従業員を満足のいくレベルまで引き上げるのは人事の仕事ですが、そこからさらに「仕事がしたくてたまらない」という高いモチベーション状態に導くのは、現場のリーダーにしかできないのです。
リーダーが、メンバーが何を求めているのかを深く理解し、彼らが自らの能力を最大限に発揮できる場を創り出すことこそが、「働きがい」を生むための鍵となります。
働きやすい職場を構築する上で重要な「ルール」
働きやすい職場を構築する上で、福利厚生の充実やコミュニケーションの活性化といった施策と並行して重要なのが、組織としての明確な価値観や基準、すなわち「ルール」を設けることだと、株式会社識学 シニアコンサルタントの岩澤雅裕氏は言います。このルールは従業員を縛り付けるためのものではなく、組織が何を大切にし、どのような行動を是とするのかを示す羅針盤としての役割を果たします。特に誰もが守れるべき当たり前の基準を「姿勢のルール」として定めることは、組織内に一体感やコミュニティ意識を育む上で効果的です。
重要なのは、「すべての人にとって働きやすい職場はこの世に存在しない」という認識を持つことです。組織にはそれぞれ独自の価値観があり、その価値観を明確に打ち出すことで、それに共感する人材が集まり、ミスマッチによる離職を防ぐことができます。
例えば、高校野球のチームが「甲子園出場」を目指すのか、それとも「野球を楽しむこと」を目的とするのかによって、求められる選手の姿勢や練習の厳しさはまったく異なります。監督がチームの方針を明確に示すように、企業もまた、自社がどのような人材にとって働きやすい場所でありたいのかを定義し、それをルールというかたちで明示する必要があるのです。
ルールを設定する際には、その「粒度」を調整することが、個のパフォーマンスと組織の規律を両立させる鍵となります。例えば、経験の浅いメンバーには「こうしてください」というポジティブなルールを細かく設定することで、パフォーマンスの向上が期待できます。
一方で、経験豊富で能力の高いメンバーに対して同じように細かいルールを適用すると、彼らの自律性を阻害し、働く意欲を削いでしまう可能性があります。このような場合は、「これだけはしないでください」というネガティブなルールを設定し、その範囲内での自由度を高めるほうが、イノベーションの創出にもつながりやすくなります。
ルールを守らない従業員に対しては、安易に罰則を設けるのではなく、粘り強く指摘し続けることが基本です。罰則は「罰を受けたから許された」という錯覚を生む危険性があります。「できていないよ」と繰り返し伝え続けることで、ルールが組織の文化として根づいていくのです。
組織の価値観にそぐわない人材を排除しようとして、かえって他の従業員の離職を誘発してしまったという苦い経験も報告されています。感情的な関係性ではなく、明確なルールとゴール設定に基づいたマネジメントを行うことが、意図しない集団(小集団)の形成を防ぎ、組織全体の健全性を保つことにつながるのです。