「誰もやっていないアイデア」に潜むリスク
起業のためには画期的なビジネスアイデアを追い求め続けることも必要ですが、その探求には、大きな落とし穴が潜んでいることを認識する必要があります。一見するとブルーオーシャンに見える「誰もやっていない」市場は、実際にはビジネスとして成立しない致命的な欠陥を抱えている可能性もあるのです。
ウクライナ出身の学生起業家、株式会社Flora CEOのアンナ・クレシェンコ氏は、この点について明確な警鐘を鳴らしています。彼女は、もし自分のアイデアが世界中の誰も手掛けていないものであったなら、それは逆に「怖い」ことだと指摘します。なぜなら、そのアイデアには90パーセントの確率で何らかの間違いや問題が潜んでいる可能性が高いからです。
一方で、海外、特にアメリカやヨーロッパですでに類似の事業が存在している場合は、そのビジネスモデルが市場で受け入れられ、収益を生む可能性があることの有力な証拠となると言います。
特にIT分野において、アメリカの市場は日本の約3年先を進んでいると言われています。つまり、現在のアメリカ市場のトレンドや成功しているサービスを分析することは、数年後の日本の市場を予測し、先行者優位を築くための極めて有効な戦略となり得るのです。
「日本にはまだないからチャンスだ」と安易に飛びつくのではなく、「なぜ日本ではまだ誰もやっていないのか」を深く考察し、海外の先行事例を徹底的に調査・分析すること。このプロセスこそが、アイデアの実現可能性を測り、失敗のリスクを最小限に抑えるための不可欠なマーケットリサーチと言えるでしょう。
アンナ氏は、なりわいカンパニー株式会社の湯川カナ氏との対話で、自身の経験を踏まえ、次のように語っています。
アンナ:逆に今やろうとしていることが、もうすでに世の中の誰かがやっているのであれば、それは逆に良いことかもしれません。
湯川:ビジネスとして成立するから?
アンナ:誰かもうやってるし、ビジネスにもなってるし、たぶん成功するだろうという証拠にはなります。誰もやってないのであれば、逆に怖いかもしれないですね。
湯川:相当な問題があるかもしれない。
アンナ:非常にその可能性が高いです。90パーセント、あなたのアイデアの何かが違う可能性があります。
引用:起業家が見るべきは「海外で同じような事業をやってる人」 IT起業家が考える「誰もやっていないアイデア」のリスク(ログミーBusiness)
起業のアイデアの選択に悩む時の対策
起業を考えていると、1つのアイデアに固執するのではなく、むしろ複数のアイデアが頭に浮かび、どれを選ぶべきか決められないという状況に陥ることもあります。
すべてのアイデアを同時にテストするには時間も資金も限られていることから、選択の段階で立ち往生してしまうこともあるでしょう。このような時、有効なのが「プロトタイピング」と他者との「壁打ち」です。
頭の中だけでアイデアの優劣を比較しようとしても、堂々巡りになるばかりです。まずはそのアイデアをできるだけ具体的なかたちにして「見える化」することが重要です。
一般社団法人i-ba代表理事/クリエイティブ・マネージャーの柴田雄一郎氏が勧めるのは、お金をかけないプロトタイピングです。例えば、まだ存在しないサービスの紹介動画をプレゼン資料で作ってみたり、アプリの画面イメージを紙に描いてみたりするのです。これらは完璧なものである必要はありません。アイデアのコンセプトが伝わる最低限のかたちで可視化し、それを元に、多くの人の意見を聞くことが目的です。
意見を聞く相手は、起業に詳しい専門家である必要はありません。むしろ友人や家族、あるいはまったくの第三者など、先入観のない人々からの率直なフィードバックが、思わぬ気づきを与えてくれます。
起業相談のような場では、どうしても「儲かるかどうか」という経済合理性が評価の主軸になりがちですが、一般のユーザーからは「おもしろいか」「使ってみたいか」「どんな不便を解決してくれるのか」といった、より本質的な視点での意見が得られます。
さらに効果的な手法として、集まった人々に賛成派と反対派に分かれてディベートをしてもらう方法もあります。これにより、自分では気づけなかったアイデアの長所や、想定していなかったリスク(落とし穴)が浮き彫りになります。このような「壁打ち」を繰り返すことで、アイデアは客観的に磨かれていきます。
アプリ「ideee」を開発したなる氏は、アイデアとは少しの不満や願望といった「原石」であり、それをメモし、型に沿ってサービスへと形成していくプロセスが重要だと語っています。壁打ちを通じて得られたフィードバックは、その原石を磨き、具体的なサービスへと昇華させるための貴重な材料となるのです。
複数の選択肢で迷った時は、1人で悩み続けないこと。そして、机上で考え続けないこと。アイデアをシンプルなかたちに落とし込み、できるだけ多くの人に見せ、語り、意見をぶつけてもらう。その対話のプロセスを通じて、それぞれのアイデアの輪郭が明確になり、自分が本当に情熱を注げる道が自ずと見えてくるはずです。
起業のアイデア、「ワクワク」と「儲かる」のどちらを選ぶか
多くの起業家が直面する根源的な問い、それは「自分が心からワクワクするアイデア」と「確実に儲かる未来が見えるアイデア」のどちらを選ぶべきかというジレンマです。
本当にやりたいアイデアは、市場が小さかったり、収益化が難しそうに見えたりすることがあります。一方で市場のニーズがあり、成功モデルが確立されているアイデアには、心の底からの情熱は傾けられないかもしれません。この葛藤にどう向き合えばよいのでしょうか。
一般社団法人i-ba代表理事/クリエイティブ・マネージャーの柴田雄一郎氏は、このような悩みに直面した時こそ、「もともとは何がやりたかったんだっけ?」という根本的な目的に立ち返ることが重要だと説きます。これは、近年注目される「パーパス経営」の考え方そのものです。
パーパス、すなわち「存在意義」が核にあれば、目先の利益や市場の動向に惑わされることなく、一貫した意思決定が可能になります。
もし「儲けたい」という動機が先行してしまうと、そのアイデアや事業は方向性を見失いがちです。顧客の多様な要望に応えようとするあまり、次々と機能を追加し、結果として誰にとっても中途半端で複雑な製品になってしまう。柴田氏が例える「アーミーナイフ」のように、多くのツールを備えているものの、ナイフ本来の「よく切れる」という本質的な価値が失われてしまうのです。
アイデアや事業が複雑化し、進むべき道に迷った時は自問すべきです。自分は、多機能で便利なアーミーナイフを作りたかったのか、それともシンプルでも最高によく切れる、軽くて美しいナイフを作りたかったのか。その答えは、自分自身の「内発的動機」の中にしかありません。
つまり、何をしている時に自分は最もワクワクし、情熱を感じるのか。その感覚こそが、アイデアや事業が目指すべき北極星(ノーススター)となります。
もちろんビジネスである以上、収益を度外視することはできません。しかし、収益はあくまでパーパスを実現した「結果」としてついてくるものと捉えるべきです。ワクワクする情熱があればこそ、困難な壁に直面しても乗り越えるエネルギーが湧き、顧客を惹きつける独自の価値を創造し続けることができるのです。
「儲かるからやる」のではなく、「やりたいからやる」。そして「それをどう儲かる事業にするか知恵を絞る」。この思考の転換こそが、持続可能で、かつ自分らしいビジネスを築くためのカギとなるのです。
起業のアイデアをかたちにするための最初の1歩
起業のアイデアを頭の中でどれだけ練り上げても、それを行動に移さなければ、単なる空想で終わってしまいます。しかし起業という大きな目標を前にすると、何から手をつけていいかわからず、最初の1歩が踏み出せないという人は少なくありません。
そんな時、リスクが極めて低く、かつ大きな効果が期待できるアクションがあります。それが「情報発信」と「勉強会の主催」です。
4度のExit経験を持つ池田朋弘氏も、いきなり会社を設立したわけではありませんでした。彼が最初に行ったのは、「コンバージョンアップ勉強会」という名の小さなコミュニティを作り、Facebookグループで仲間を募って情報交換を始めることでした。参加費1,000円程度の小さな集まりでしたが、このアクションが彼の起業家人生の出発点となります。
なぜ、このようなアクションが有効なのでしょうか。
1つ目に、自分の関心事を公に発信することで、同じ興味を持つ人々が自然と集まってきます。1人で考えているだけでは得られない多様な視点や情報に触れることができ、アイデアがより洗練されていきます。実際に池田氏は、この勉強会に参加したエンジニアと意気投合し、彼を共同創業者として最初の会社を立ち上げています。
2つ目に、場を「主催する」という経験は、オーナーシップを育む絶好の機会です。参加者を集め、場の進行を管理し、価値ある時間を提供するというプロセスは、まさにビジネスの縮図です。たとえ参加者が20人程度の小さな会であっても、それをやり遂げた経験は、「自分にもできる」という自信に繋がります。
3つ目に、情報発信は、将来の顧客やパートナーに対する強力なマーケティング活動となります。池田氏は現在、YouTubeチャンネルを運営し、自身の知見を発信し続けていますが、そこから新たな事業の相談が舞い込んだり、登壇の機会が生まれたりと、ビジネスが大きく広がっていると言います。発信を続けることで、自分が何者であるかが明確になり、信頼が醸成され、人が人を呼ぶ好循環が生まれるのです。
起業したいけれど、まだ具体的なアイデアが固まっていない。あるいはリスクを取るのが怖い。そう感じている人こそ、まずは自分の好きなこと、得意なことについて記事を書いてみたり、SNSで発信したり、数人の仲間とオンラインで勉強会を開いてみたりすることから始めてみてはいかがでしょうか。
それは、コストもリスクもほとんどない、しかし未来の大きな可能性へとつながる「起業の準備運動」と言えるでしょう。