【3行要約】
・新規事業は企業価値向上の手段として注目されますが、特に大企業では成功率が極めて低い状況です。
・田所雅之氏は「学習にフォーカスしないスタートアップは失敗する」と断言し、顧客インサイトの重要性を強調します。
・成功への道は「小さな失敗」を許容する組織文化の醸成と、PMF達成前の過剰な投資を避けるスモールスタート戦略にあります。
失敗する新規事業に共通する間違い
新規事業の成功確率が低いことは広く知られていますが、特に大企業における失敗には、驚くほど共通したパターンが存在します。
30年以上にわたり数多くの新規事業に携わってきた守屋実氏は、その経験から「99パーセントが同じ間違い方を繰り返している」と指摘します。この「同じ間違い」の根源にあるのが、「本業の汚染」という構造的な課題です。
企業が存在するということは、何らかの本業が成功し、その事業を継続・拡大させるための組織、制度、文化が最適化されていることを意味します。評価制度、予算配分、意思決定プロセス、人材育成など、組織のあらゆる要素が本業の効率的な遂行のために設計されています。この最適化された環境は、本業にとっては強みである一方、新規事業にとっては強力な「汚染源」となり得るのです。
本業では決められたプロセスを正確に実行することが求められ、「なぜこの事業をやるのか」「顧客は本当にこれを求めているのか」といった根源的な問いを立てる機会はほとんどありません。むしろそのような問いは、既存の秩序を乱すものとして、敬遠されることさえあります。
このような環境で長年キャリアを積んできた人材が、いざ「新規事業をやれ」と命じられても、何から手をつけて良いかわからなくなるのは当然です。どの市場を攻めるのか、誰を顧客とし、どのような価値を提供するのか、といった事業の根幹となる問いを立てる思考の訓練ができていないのです。
その結果、本業の成功体験や評価基準を、無意識のうちに新規事業に持ち込んでしまいます。例えば、完璧な事業計画や詳細な市場予測を求め、リスクを極端に嫌い、短期的な収益性を重視するといった行動です。これは、不確実性を前提に仮説検証を繰り返すべき新規事業の進め方とは、まさに対極にあるものです。
さらに、組織の構造も失敗を再生産する要因となります。新規事業の担当者は、多くの場合その事業が初めての経験です。1度失敗すれば元の部署に戻されたり、2度とアサインされなかったりします。逆に運良く成功すればその事業の責任者として固定され、次の新規事業に挑戦する機会を失います。
これにより、組織内に新規事業開発の経験知、特に失敗からの学びが蓄積されず、後任の担当者がまた同じ間違いを繰り返すという負のサイクルが延々と続いてしまうのです。
社内起業が持つリソース面の圧倒的な優位性を活かせず、多くの挑戦が失敗に終わる最大の理由は、この構造的な欠陥にあると言えるでしょう。
新規事業を成功させるために必要な「学習」へのフォーカス
多くの新規事業が失敗に終わる原因は他にもあります。それは、市場や顧客について十分に学習することなく、作り手の思い込みに基づいてプロダクトを開発してしまう点にあります。
株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長の田所雅之氏は、「学習にフォーカスしないスタートアップや新規事業は失敗する」と断言します。これは、まだニーズが顕在化していない、つまりユーザー自身もまだ欲しいものが明確にわかっていない領域に挑む新規事業においては、絶対的な真理と言えるでしょう。
失敗する事業に共通する行動パターンは、自分たちのバイアスを信じ、自分たちが作りたいものを作ってしまうことです。田所氏が「プロダクトミーフィット」と呼ぶこの状態は、顧客の課題解決ではなく、作り手の自己満足を目的としています。そして、その思い込みを正当化するために、自分たちにとって都合の良いデータばかりを見てしまうのです。
このような状態から、新規事業の成功確率を高めるためには、事業のプロセス全体を「学習」と位置づける必要があります。その具体的なサイクルは、以下のようになります。
1. 仮説を立てる まず、現段階でわかっている情報から「誰の、どんな課題を、どのように解決するのか」という最も確からしい仮説を構築します。仮説を立てることで、自分たちが「何をわかっていないのか」が明確になります。
2. 一次情報を取りに行くその仮説を検証するために、顧客へのインタビューなどで一次情報を取りに行きます。Googleで検索して得られる二次情報ではなく、生身の顧客の頭の中、心の中にある情報に触れることが重要です。
3. 仮説を検証・学習する インタビューなどを通じて得られた一次情報と当初の仮説を照らし合わせ、仮説が正しかったのか、間違っていたのかを検証します。このプロセスで得られた気づきや学びこそが、事業を成功に導く最も価値のある資産となります。
数々のスタートアップを比較分析した米国のリサーチ団体Startup Genomeの調査によれば、学習にフォーカスのあたったスタートアップは、そうでない企業に比べて7倍の資金調達に成功し、3.5倍速く成長するという驚くべきデータもあります。この事実は、新規事業の成否が、いかに顧客から深く学ぶ姿勢にかかっているかを雄弁に物語っています。
学習にフォーカスしないスタートアップや新規事業の行動パターンというのは、こんな感じなんですね。「自分たちの思い込みを信じる」。人間にはそれぞれバイアスがありますが、自分の見ている世界がすべてだというバイアスを信じて、自分たちが作りたいものを作る。僕はこれをプロダクトマーケットフィットならぬ“プロダクトミーフィット”と呼んでいますが、自分たちが欲しいものでもなく、作りたいものを作るんです。
そういう方々が「こんなドリルが欲しいよね」「あ、そうか」となる。そして「俺もそんなドリルを作ってみたいわ」「じゃあ作ってみよう」となって、会社も作ってみようと。「これは今流行りのスタートアップじゃないか」「LEAN STARTUPだ」ということで、なんのユーザーのインサイトも学習せずに、とりあえず作ろうとなる。
引用:90%以上のスタートアップや新規事業で、できていないこと 成功を遠ざける、残念なベンチャーの「行動パターン」(ログミーBusiness)
学習の中核をなす「問い」と「観察」
新規事業における学習の中核をなすのが、顧客の「インサイト」をつかむことです。インサイトとは単なる意見や要望ではなく、顧客自身もまだ明確に言語化できていない、行動の裏にある深い欲求や動機を指します。
多くの失敗する事業は、このインサイトを欠いたまま、「どのように(How)」、つまりソリューションやプロダクトの開発ばかりに焦点を当ててしまいます。しかし事業の本質は、常に「誰の(Who)」「何を(What)」、すなわち「誰のどんな困りごとを解決するのか」という問いから始まります。
この根源的な問いに答えるためには、顧客を深く理解する必要があります。そのための有効な手法が、前述したインタビューと観察です。
まずインタビューでは、顧客が何を考え、どのような価値観で行動しているのか、その手触り感を得ることが重要です。特にペルソナ(顧客像)を具体的に設定することで、チーム内での顧客理解の解像度を高め、議論の主語が「自分たちの技術」や「自分たちの利益」になることを防ぎます。
ユーザーは自分たちのことを深く考えてくれ、自分たちも気づかなかった「孫の手」のような解決策を提示してくれるからこそ、そのサービスを使い続けるのです。
しかし、インタビューだけで顧客のすべてを理解することはできません。
“メラビアンの法則”によれば、人間が意識下で言語化できることは全体の5パーセント以下であると言われていると、株式会社ユニコーンファーム 代表取締役社長の田所雅之氏は言います。つまり、インタビューで得られるのは、顧客が認識し、言葉にできる範囲の情報に過ぎません。
残りの95パーセント、つまり顧客自身も習慣化していて疑問に思わない非効率な行動や、言葉にならない不満といったインサイトは、現場での「観察」によってしか発見できないのです。
「ジョブシャドウイング」と呼ばれるこの手法は、顧客の仕事や生活の場に文字通り影(シャドウ)のように寄り添い、その行動を観察することで、言語化されない課題を発見するものです。
インタビューで言語化された5パーセントの情報をしっかりと聞き出し、同時に、観察によって言語化されない95パーセントのインサイトを掘り起こす。この両輪を回していくことこそが、顧客以上に顧客の課題の専門家となり、真に価値のある新規事業を生み出すための鍵となります。