新規事業の成功確率を高める3つの思考法
新規事業という不確実性の高い旅を進み続けるためには、羅針盤となる思考のフレームワークが不可欠です。
一般社団法人 i-ba 代表理事の柴田雄一郎氏は、その経験から「クリエイティブ・マネジメント」という概念を提唱しています。これは、新規事業の成功確率を高めるために、「アート思考」「デザイン思考」「ロジカル思考」という3つの異なる思考法を、状況に応じて自在に行き来しながらプロジェクトを推進していく考え方です。
まず「アート思考」は、自分起点で「これを創りたい」「こんな世界を実現したい」という内発的な動機から生まれる創造性です。事業の原点となる情熱やビジョンは、このアート思考から生まれます。
しかし、アート思考だけで突き進んでしまうと、作り手の自己満足に終わり、誰にも求められないプロダクトが生まれる危険性があります。キャリア初期の多くの失敗は、このパターンに陥りがちです。
そこで重要になるのが「デザイン思考」です。これは顧客が何を考え、何を求めているのか、その深層心理を理解し、共感しようとする想像力です。顧客へのインタビューや観察を通じて、彼らの課題やニーズを深く掘り下げ、アート思考で生まれたアイデアを顧客視点で検証し、磨き上げていきます。
そして、アイデアと顧客ニーズが結びついたら、それを現実の事業として成立させるために「ロジカル思考」が必要になります。これはビジネスモデルの構築、収益計画の策定、技術的な実現可能性の検証など、論理的な筋道を立ててアイデアを具体的なかたちにしていく力です。この思考がなければ、どんなにすばらしいアイデアも、絵に描いた餅で終わってしまいます。
「クリエイティブ・マネジメント」で最も重要なのは、これらの3つの思考をバランスよくマネジメントすることです。
これは単に、アート思考タイプの人、デザイン思考タイプの人、ロジカル思考タイプの人を集めてチームを組むという「人のマネジメント」だけを意味するのではありません。
それ以上に、プロジェクトのフェーズや直面している課題に応じて、チーム全体、あるいは担当者自身が意識的に思考のモードを切り替える「思考のマネジメント」が求められます。
今はアート思考でビジョンを語る時なのか、デザイン思考で顧客理解を深めるべきなのか、それともロジカル思考で実現性を詰めるべきなのか。1歩引いたメタ認知の視点から、常に思考のバランスを調整し続けること。この思考のマネジメントこそが、情熱と顧客価値と実現可能性を高い次元で融合させ、新規事業を成功へと導くのです。
クリエイティブ・マネジメントという概念の基礎も、まさにこの2つの力から成り立っています。まず、創造性=クリエイティビティは「アート思考」として、自分起点で「何かを作りたい」という内発的な動機から生まれます。
そして想像力=イマジネーションは「デザイン思考」として、顧客が何を考えているか、何を求めているかという深層を理解しようとする視点です。
さらに、それらを客観的に評価して実現に近づけていくためには「ロジカル思考」が必要です。これは論理的な筋道を立てて、現実の中でかたちにしていく力です。
アート思考、デザイン思考、ロジカル思考の3つを行き来しながら回していくことが、1つの体系として非常にわかりやすいのではないか。そう考えてまとめたのが、この本です。私はこの3つを融合させ、「クリエイティブ・マネジメント」と呼んでいます。
引用:キャリア初期に携わった新規事業の損失総額は200億円 何度も失敗してようやく見えた、新規事業に必要な「3つの思考」(ログミーBusiness)
新規事業の推進に欠かせない経営陣の「ワクワク」
新規事業を推進する上で、担当者チームの努力だけでは乗り越えられない大きな壁が、経営陣の承認とコミットメントです。特に大企業においては、どんなに優れたアイデアや緻密な計画であっても、最終的な投資判断を下す経営陣を巻き込めなければ、事業は1歩も前に進みません。
しかし、多くの新規事業提案は、市場規模のデータや収益予測といったロジカルな情報だけで経営陣を説得しようとし、失敗に終わります。
アスタミューゼ株式会社 代表取締役社長の永井歩氏は、データドリブンなアプローチの重要性を認めつつも、イノベーションや新規事業の成功の鍵は、最終的に経営陣の「ワクワク」にあると指摘します。人間は、数字やロジックだけで動くわけではありません。特に、未来が不確実で、誰も正解を知らない新規事業の領域においては、「この未来を実現したい」「この事業は面白そうだ」という感情的な共感や直感的な魅力が、意思決定を大きく左右します。
経営陣がその事業に対して「自分ごと」としてワクワクし、強い当事者意識を持った時、プロジェクトは強力な推進力を得ます。逆に全員が「合理的だ」と納得するような事業案は、競合も容易に思いつく陳腐なものである可能性が高く、真のイノベーションにはつながりにくいという側面もあります。
では、どうすれば経営陣の「ワクワク」を引き出すことができるのでしょうか。そのための強力な手法が、未来のビジョンやアイデアを可視化するプロトタイピングだと永井氏は言います。事業計画書やPowerPointのスライドを何十枚も積み重ねて説明するよりも、1つの動くプロトタイプや、未来のサービスを体験できる動画を見せるほうが、はるかに直感的で説得力を持ちます。
例えば、「3Dプリンターで寿司を提供するレストラン」という事業構想は、言葉だけでは奇抜に聞こえるかもしれません。しかし、実際に3Dプリンターで作られた和菓子を試食したり、未来のレストランの様子をビジュアル化した映像を見たりすれば、その事業が持つ可能性や世界観をリアルに感じることができます。
このようなプロトタイピングは、かつては多大なコストと時間を要しましたが、技術の進歩により、5年、10年前に比べて1桁から2桁も安価かつ迅速に制作できるようになりました。
社内で延々と議論を重ねるよりも、まずはプロトタイプを作って経営陣に見せ、フィードバックを得るほうが、結果的に意思決定のスピードと質を高めることにつながります。
数字やデータによる左脳的な説得と、ビジュアルや体験による右脳的な共感。この両輪を組み合わせることで、経営陣の「やりたい」という強いコミットメントを引き出し、新規事業の成功確率を飛躍的に高めることができるのです。
実際に経営陣の方々がワクワクして「やりたい」と思った事業のほうが、はるかに未来を実現したり新規事業が成功したりする率が高い。
お客さまに「この未来に対して経営陣はコミットしているんですか」「この新基準に対してどれだけ社内の人たちは許可しているんですか」と聞くだけではなく、それが実現できるようにしています。(中略)
事業計画やデータで可視化しても、なかなかイメージできない方も多い。多くの方が「数字としてはすごくわかる、データとしてあるのはわかる。ただ自分がこれが欲しいかというとそうじゃない」となりかねないんですね。
本当にワクワクするビジュアルやプロトタイピングがあれば、多くの方々が「その未来を実現したい」と思える。推定結果ではなく、自分で「やりたいな」と思っていただくことが非常に重要です。
引用:イノベーションや新規事業の成功の鍵は経営陣の「ワクワク」 新たに起こす事業で経営陣のコミットメントを高める方法(ログミーBusiness)
PMF(プロダクトマーケットフィット)達成への道のりと見極め方
新規事業開発のプロセスにおいて最も重要なマイルストーンの1つが「PMF(プロダクトマーケットフィット)」の達成です。PMFとは、自社のプロダクト(製品やサービス)が適切なマーケット(市場)において、顧客の課題を十分に満たしていると証明された状態を指します。
このPMFを達成する前に営業活動の強化や大規模な広告宣伝といったプロモーションに多額の投資をすることは、極めて危険な行為です。なぜなら、市場に受け入れられていない製品をどれだけ必死に売ろうとしても、労多くして功少なしとなるだけでなく、貴重な経営資源を無駄に消耗してしまうからです。
アビームコンサルティングの調査によれば、最終的に黒字化する新規事業は全体のわずか7パーセントに過ぎず、スタートアップの撤退要因を調査した結果では、「市場が存在しなかった」という理由が最多となっています。これは、多くの事業がPMFを達成できないまま、市場から撤退を余儀なくされている現実を示しています。
売れない原因を営業力やマーケティング力の不足に求めがちですが、本質的な問題は、プロダクトとマーケットが「フィット」していないことにあるのです。
では、自社の事業がPMFを達成しているかどうかは、どのように見極めればよいのでしょうか。PMFを達成していない事業には、以下のような兆候が見られます。
・商談から受注までの期間が異常に長い、あるいは商談の手応えが感じられない。・受注は取れても顧客満足度が低く、解約率が高い。・広告宣伝費を投下しても、なかなか受注につながらない。・顧客獲得コストが非常に高い。一方でPMFを達成している事業は、まるで追い風を受けているかのように成長します。顧客獲得に苦労することはなく、むしろ提供が追いつかないほどの需要が生まれます。商談はスムーズに進み、顧客は熱心なファンとなって口コミを広げてくれるでしょう。
PMFを達成するためには、思いつきでプロダクトを作るのではなく、段階的な検証プロセスを踏むことが重要です。
株式会社才流 コンサルタントの小島瑶兵氏によると、以下のようなステップを経てPMFの達成を目指すのが良いと言います。1.顧客の課題が存在するかの検証2.課題を解決できるソリューションの検証3.プロダクトとして実現可能かの検証この地道な検証プロセスを飛ばしていきなりプロモーションを強化してしまうことが、多くの新規事業が陥る罠なのです。
さらにPMFの検証過程で注意すべきは、「虚栄に騙されない」ことです。特に、事業立ち上げ初期に陥りがちなのが、知り合いや既存の取引先に製品を販売してしまうことです。
彼らは善意から購入してくれるかもしれませんが、それは本当の市場の評価を反映したものではありません。リピーターになりにくく、本来のターゲット顧客とは異なるため、彼らのフィードバックを基に改善を進めると、かえって市場からずれてしまう危険性があります。
本当のPMFを達成するためには、知り合いに頼るのではなく、最初から正規の価格で、見ず知らずのターゲット顧客にアプローチし、お金を払ってでも使いたいと思ってもらえるかという厳しい現実に向き合う勇気が求められるのです。