【3行要約】
・スタートアップの資金調達は企業成長の血液となる一方で、投資家選びを誤ると経営の自由度を失うリスクがあります。
・株式会社カンリー 代表取締役の秋山祐太朗氏と、株式会社ヒュープロ 代表取締役の山本玲奈氏は、安易に「お金を出す」と言ってくる人物には警戒すべきだと警鐘を鳴らしています。
・効果的な資金調達には、投資家へのアプローチ方法の工夫、説得力のあるピッチ構成、そしてVCと面談する覚悟が必要です。
ベンチャー企業にとって資金調達とは
ベンチャー企業の経営において、資金調達は企業の存続と成長を左右する極めて重要な要素です。血液がなければ生命活動を維持できないように、資金がなければ企業は事業を継続し、成長させていくことができません。特に、新しいビジネスモデルやテクノロジーで市場に挑戦するベンチャー企業にとって、資金繰りは常に経営の中心課題となります。
ベンチャー企業にとって重要なのは、現状を正確に把握し、「どのように準備し、どのような心構えで臨めば、調達の可能性を高められるか」を戦略的に考えることです。
重要度が高いものだからこそ、資金調達活動はベンチャー企業の経営者にとって、非常に大きな負担を伴うことも事実です。
ユニコーンファームCSOの清田享平氏は、自身の経験を振り返り、その大変さを指摘しています。日々の会社経営、従業員の雇用を守る責任に加え、資金調達のための準備や交渉が重なることで、経営者の思考は多岐にわたり、結果として生産性が低下してしまうことがあるのです。資金調達に臨むか否かは、企業の将来を左右する大きな決断と言えるでしょう。
さらに、資金調達のプロセスは「残酷」な側面も持ち合わせています。すべてのアプローチが成功するわけではなく、すべての投資家から良い返事がもらえる保証はどこにもありません。数多くの投資家と面談を重ねる中で、自社のビジョンや事業モデルと本当に相性の良いパートナーを見つけ出していく、長く険しい道のりになることも覚悟しておく必要があります。
このプロセスを乗り越えるためには、強固な精神力と、自社の事業に対する揺るぎない信念が不可欠なのです。
ベンチャー企業が資金調達を実現するために必要なこと
資金調達を実現するためには、まず投資家に自社の存在を知ってもらい、興味を持ってもらう必要があります。そのためのアプローチ方法は多岐にわたりますが、戦略的に進めることが成功のカギとなります。
清田氏によると、まず理解すべきは、ベンチャーキャピタル(VC)内の役職による役割の違いだと言います。一般的に、若手の「アソシエイト」や「インベストメントマネージャー」、そして決裁権を持つ「パートナー」といった役職が存在します。
アソシエイトは積極的に投資先のリサーチやアプローチ(ソーシング)を行っているため、比較的気軽に会ってもらいやすいというメリットがあります。一方でパートナーは多忙で、直接会うまでのハードルが高い傾向にあります。しかし、パートナーに直接アプローチでき、関心を持ってもらえれば、その場で出資の意思決定がなされる可能性もあり、プロセスを大幅に短縮できるメリットがあります。
ベンチャー企業の経営者は、自社のステージや状況に応じて、誰にアプローチするのが最も効果的かを考えることが重要です。
具体的なアプローチ方法としては、SNS(XやFacebook)を通じたダイレクトメッセージ(DM)、VCのウェブサイトにある問い合わせフォームの利用、ピッチイベントへの参加、そして知人経由での紹介などが挙げられます。
メッセージを送る際には、内容に工夫を凝らすことが不可欠です。まず「自分は誰で、どのような会社(事業)を運営しているのか」を明確に伝え、次に「なぜ今回資金調達をしたいのか」という目的を端的に説明します。相手が「返事をしてみよう」と思えるような、簡潔で説得力のある文章を心がけることが大切です。
さらに、面談を依頼する際の表現も重要です。例えば「お会いさせていただけないでしょうか?」と漠然と依頼するよりも、「10分、15分でもかまいませんので、一度オンラインでお話しさせていただきたいです」と具体的な短い時間を提案する方が、相手の心理的なハードルを下げ、多忙な投資家でも時間を作ってくれる可能性が高まると清田氏は言います。
もちろん、その場合は短い時間で自社の魅力を伝えられるよう、ショートバージョンのピッチを準備しておく必要があります。アプローチの仕方1つで、投資家が会ってくれる可能性は大きく変わるため、細やかな配慮と工夫が求められると言えるでしょう。
資金調達に欠かせないピッチ、その3つの核
投資家との面談機会を得た次に待っているのが、自社の事業内容や将来性を伝えるプレゼンテーション、いわゆる「ピッチ」です。ピッチの目的は明確で、投資家に「この会社に出資したい」と思わせ、資金調達を実現することです。そのために、限られた時間の中で自社の魅力を最大限に伝え、投資家の理解と納得を得る必要があります。
効果的なピッチを構成するためには、大きく分けて3つの重要な要素を押さえることが求められると清田氏は言います。それは「実現したいこと」「実現する意義」「実現の可能性」です。
1つ目の「実現したいこと」は、自社がどのような社会課題や顧客の課題を解決しようとしているのか、そしてそのための具体的な解決策(プロダクトやサービス)は何かを明確に示すパートです。
サービス概要だけでなく、どのように収益を上げるのかというビジネスモデル(マネタイズ方法)、ターゲットとする市場の規模(TAM, SAM, SOM)、そして今後どのように事業を成長させていくのかという将来の展望(成長戦略)までを論理的に説明します。
例えば、Airbnbの初期のピッチ資料では、「ホストと旅行者がスペースを貸し借りできるウェブプラットフォーム」というシンプルなソリューションを提示していました。2つ目の「実現する意義」は、なぜ「自分たちのチームが」その事業を成し遂げることができるのかを説得力をもって語る部分です。経営陣をはじめとするチームメンバーの経歴や専門性、この事業にかける情熱などを伝え、「この社会課題を解決するのに、我々のチームこそが最もふさわしい」と自信を持ってアピールします。
特に実績がまだ少ないシードやアーリーステージのベンチャー企業においては、経営チームの質が投資判断の大きな決め手となります。
3つ目の「実現の可能性」は、事業計画が絵に描いた餅ではないことを証明するパートです。最も重要なのは、顧客が実際にそのプロダクトやサービスを求めているという事実、つまり実績(トラクション)を示すことです。
「事前登録の段階でこれだけの申し込みがあった」「β版のユーザーから高い満足度を得ている」といった具体的なデータは、事業の実現可能性を裏付ける強力な根拠となります。これは憶測や解釈ではなく、客観的な事実であることが極めて重要です。
これらの3つの要素を構造的に組み合わせ、情熱を持って語ることで、投資家の心を動かすピッチが完成します。
企業価値(バリュエーション)と投資家の期待リターンを理解する
資金調達の交渉を進める上で起業家が必ず向き合うことになるのが、自社の企業価値(バリュエーション)の算定です。そしてその価値を理解するためには、投資家、特にベンチャーキャピタルがどのような視点で投資を行い、どの程度のリターンを期待しているのかを知ることが不可欠です。
VCは慈善事業ではなく、投資家から預かった資金を運用し、高いリターンを生み出すことを目的としたビジネスです。彼らのビジネスモデルは、一般的に「超ハイリスク・ハイリターン」と表現されます。
Coral Capitalのパートナーである澤山陽平氏によると、50社に出資して成功するのはそのうちの1社程度という世界だと言います。そのため、成功した1社には、他の49社の失敗を補って余りある、非常に大きなリターンが求められます。
澤山によると、具体的にVCが期待するリターンの水準として、内部収益率(IRR)で15%以上、投資期間である10年で投資額の3〜5倍といった数値が挙げられます。この期待リターンは、企業の成長ステージによっても変動します。事業がまだ確立されていない「シード」や「アーリー」ステージではリスクが高いため、より高いリターン倍率が期待され、事業がある程度軌道に乗った「ミドル」ステージでは、リスクが低下する分、期待されるリターン倍率も相対的に低くなります。
ベンチャー企業の経営者は、自社がどのステージにあり、VCがどの程度のリターンを求めているのかを念頭に置いて交渉に臨む必要があると言えるでしょう。
企業価値の算定方法には、大きく分けて「インカムアプローチ」「マーケットアプローチ」「コストアプローチ」の3つがあります。
インカムアプローチは将来の収益やキャッシュフローを予測して価値を算出する方法、マーケットアプローチは類似の上場企業やM&A事例と比較して価値を算出する方法、コストアプローチは企業の純資産を基に価値を算出する方法です。
ベンチャー企業の場合、まだ十分な利益や資産がないことが多いため、将来の成長性を見込むインカムアプローチや、市場での相対的な位置づけを示すマーケットアプローチが重視される傾向にあります。
自社のバリュエーションを考えることは、単に資金調達額を決めるためだけではありません。それは、自社の事業計画の妥当性を検証し、投資家に対して将来の成長ストーリーを説得力をもって語るための論理的な基盤となります。
投資家が求めるリターンと、自社が提示する成長可能性が合致して初めて、双方にとって納得のいく資金調達が実現するのです。