【3行要約】
・DE&Iは単なるCSR活動ではなく、労働人口減少に直面する日本企業の経営戦略の中心課題に位置づけられています。
・デロイト トーマツの栗原健輔氏は「マジョリティ側からの歩み寄り」が真のインクルージョン実現のカギだと指摘。
・企業はトップのコミットメントを軸に、全従業員が自分らしく活躍できる組織文化の構築を目指すべきです。
DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)とは?
DE&Iとは、従来のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)に「E」、すなわちEquity(公平性)という概念が加わったものです。多様な人材を集め(Diversity)、組織に受け入れる(Inclusion)だけでは、真の意味ですべての人が活躍できる環境を実現するには不十分であるという認識が広がりました。
そのカギを握るのが「Equity」であり、この概念を正しく理解することが、DE&Iの意味を本当に理解するという点では不可欠です。
Equity(公平性)は、しばしばEquality(平等)と混同されがちですが、両者は似て非なるものです。Equalityがすべての人に同じ機会やリソースを「平等に」提供することを指すのに対し、Equityは一人ひとりの異なる状況や背景を考慮し、それぞれが必要とする支援を「公平に」提供することを目指します。つまり、そもそも人々が同じスタートラインに立っていないという現実を前提とし、その差を埋めるための調整を行うのがEquityの考え方です。
組織における真のゴールは、制度や文化に存在するあらゆる障壁を取り除くこと(Liberation)です。しかし、そこに到達するための過渡期においては、まず個々の状況の違いを認識し、機会の不均衡を是正するための「Equity」という視点が極めて重要になるのです。
アファーマティブアクション(積極的格差是正措置)のような施策も、このEquityの考え方に基づいています。単に機会を平等に与えるだけでなく、誰もがその機会を活かせるよう、公平な支援を行うことこそが、DE&Iを推進する上での核心と言えるでしょう。
DE&Iが話題になっている背景
近年、DE&Iは、企業の社会的責任(CSR)活動の一環として語られるだけでなく、経営戦略そのものの中心的な課題として位置づけられるようになりました。
その背景には、日本が直面する深刻な社会構造の変化があります。最大の課題の1つが、将来的な労働人口の減少です。この人口動態の変化は、もはや避けることのできない現実であり、企業が持続的に成長を続けるためには、従来の画一的な人材活用モデルからの脱却が不可欠となっています。
限られた人材の中で組織のパフォーマンスを最大化するには、性別、年齢、国籍、価値観、ライフスタイルといった多様な背景を持つ一人ひとりが、その能力を最大限に発揮できる環境を構築することが絶対条件となるのです。
この経営課題に対し、DE&Iは極めて有効なアプローチを提供します。DE&Iの推進は、これまで十分に活用されてこなかった人材層の活躍を促し、組織全体の活力を向上させます。
実際に、株式会社NTTデータの浜口麻里氏は、「将来的な労働人口の減少は日本の最大の課題の1つ」であると述べ、多様な人材が活躍できる環境の重要性を指摘しています。企業がサステナブルに成長を続けるためには、DE&Iを経営の根幹に据え、多様な従業員が働きがいを感じられる組織を作ることが求められるのです。
学術的な観点からも、DE&Iの経営への貢献は明らかになっています。
例えば、アイデンティティー・パートナーズ株式会社の頼木康弘氏によると、多様性の高い企業はそうでない企業に比べて高い利益率を記録したという調査結果や、心理的安全性の高いチームはイノベーションの創出率が2倍になったという研究報告が存在すると言います。これらは、DE&Iが単なる理念ではなく、具体的な経営成果に結びつくことを示しています。
実際に、日本企業を対象とした調査では、約7割がDE&Iの重要度・緊急度を「高い」または「どちらかといえば高い」と回答していると頼木氏は言います。この結果からも、多くの企業がDE&Iを重要な経営テーマとして認識していることがわかります。このように、社会的な要請と経営的なメリットの両面から、DE&Iは現代企業にとって避けては通れない中心課題となっているのです。
DE&I推進で成果を生むために重要なこと
DE&I施策が組織に浸透し、具体的な成果を生むためには何が最も重要か。
頼木氏が実施したアンケートで多くの調査や企業の事例が共通して示す答えは、「経営層の強いコミットメント」でした。DE&Iは、人事部門だけが担当する個別施策ではなく、全社的な文化変革を伴う経営課題です。そのため、トップがその重要性を深く理解し、明確なビジョンと揺るぎない姿勢を組織全体に示し続けることが、推進の成否を大きく左右します。
なぜトップのコミットメントがそれほどまでに重要なのでしょうか。第一に、DE&Iの推進は、時に組織内に摩擦やコンフリクトを生じさせる可能性があるからです。
既存の価値観や慣習を変える過程では、必ずしもすべての従業員が賛同するとは限りません。特に、これまでマジョリティとして無自覚の特権を享受してきた層からは、変化に対する抵抗や反発が生まれることもあります。このような状況において、経営トップが「DE&Iは会社の成長に不可欠である」という一貫したメッセージを発信し続けることで、組織が進むべき方向性が明確になり、現場の推進担当者も自信を持って施策を進めることができます。
この好例が、株式会社イトーキにおける女性活躍推進コミュニティ「SPLi(サプリ)」の取り組みです。同社の一階裕美子氏は、このコミュニティの成功要因について、トップの強いコミットメントがあったことを挙げています。
イトーキのトップは、女性活躍を単なる社会貢献や努力目標としてではなく、「非常に優秀な女性がたくさん現場にいるにもかかわらず管理職比率が低いということは、何らかの差別があり、企業として女性の力を活かせていない。これは会社にとっての損失である」という明確な経営課題として捉えました。このシンプルかつ強力な問題意識が、コミュニティ活動の強力な推進力となりました。
トップがDE&Iを経営戦略の根幹に据えることで、施策は単なるスローガンで終わらなくなります。組織の成長と直結した具体的なアクションへと昇華され、従業員のエンゲージメントを高め、持続的な企業価値の向上へとつながっていくのです。
DE&I推進のカギはマジョリティ側の「歩み寄り」にある
DE&Iの推進活動において、しばしば直面する大きな壁の1つが、マジョリティ層、特に男性従業員の当事者意識の欠如です。DE&Iが「女性やマイノリティを支援するための施策」と誤解され、「自分たちには関係ない」「男性だから特に何もしなくていい」といった受け身の姿勢を生んでしまうことがあると言います。
しかし組織全体の変革を目指す上で、マジョリティ側の積極的な関与と行動変容は不可欠です。真のインクルージョンを実現するためには、マジョリティ側からの「歩み寄り」が決定的なカギを握ります。
この「マジョリティが動く必要性」を直感的に理解させる上で非常に有効なのが、シーソーのイラストを用いた説明です。デロイト トーマツ グループの栗原健輔氏は、このイラストを使って多くの男性社員の共感を得た経験を語っています。
見ていただいてわかるとおり、マジョリティとマイノリティでは重さが違います。メンバーがバランスをとろうとしてる時に、左側の男性は、「私は中立でいるポジションです」とシーソーの真ん中に立つんですね。
「べつに反対もしないし賛成もしないよ、どうぞやってください」と、何もしない状態なので、マジョリティの方が重いので、見ての通りシーソーの均衡はとれません。
一方で右の図のように、重いマジョリティ側の我々男性が、マイノリティ側に1歩踏み込むアクションをとると、均衡がとれるんです。
だから「我々は散々今までいい思いさせてもらったんだから、これからマイノリティ側に1歩歩み寄る、このアクションを会社の中で一緒にやっていきませんか?」っていう話をするんです。そうすると「あ、そうだよね」「じゃぁ、やっぱ男性もやらなきゃいけないよね」って、ものすごい数の男性に共感をいただくことができました。
引用:男性が「中立」の立ち位置を取ると、DE&I推進は何も進まない マジョリティ側からの「歩み寄り」を組織の中に仕掛ける方法(ログミーBusiness)
この説明が示すように、マジョリティが「中立」や「無関心」の立場を取るだけでは、構造的な不均衡は決して解消されません。マジョリティ側が自らの優位性を自覚し、意識的にマイノリティ側に歩み寄るアクションを起こして初めて、組織全体のバランスがとれ、公平な環境が実現に近づきます。
さらに、このメッセージを「誰が伝えるか」も極めて重要です。栗原氏は、自身が伝えている内容は、これまでダイバーシティ推進室の担当者が何度も言ってきたことと同じであるにもかかわらず、男性である自分が語ることで、男性社員の受け取り方がまったく違ったと指摘しています。マジョリティに属するメンバーが自らの言葉でDE&Iの重要性を語り、仲間に行動を促すことは、非常に大きな説得力を持ちます。
DE&Iは、誰か特定の人たちのためだけのものではありません。多様性が認められる組織は、結果的に男性を含むすべての従業員にとって、より柔軟で多様な働き方が認められる、働きやすい環境となるのです。
DE&I推進を阻む「古い価値観」との向き合い方
DE&Iを組織全体で推進しようとする際、最も手強い障壁となるのが、一部の管理職などが抱える旧態依然とした価値観です。「時間外労働ができない女性は管理職になるな」「男が子育てするなんて聞いたことがない」といった、凝り固まったアンコンシャスバイアスに基づく言動は、DE&Iの理念と真っ向から対立し、組織の変革を著しく妨げます。
このような「聞く耳を持たない」人々に対して、正面から正論をぶつけても、反発を招くだけで効果は薄いかもしれません。しかし、この問題の本質を深く捉えることで、有効なアプローチの糸口が見えてきます。
重要な視点の1つは、もはやそのような旧来の価値観を持つ人々自身が、組織の中で「マイノリティ」になりつつあるという現実を認識することです。多くの企業において、トップマネジメント層は経営戦略としてDE&Iの重要性を理解しており、現場の若手社員は多様性のある働き方を当たり前のものとして捉えています。
その結果、旧来の価値観に固執する中間管理職などが、上と下の世代の意識とのギャップに挟まれ、孤立していく構造が生まれています。したがって、問題は彼らをどう変えるかだけでなく、組織全体としてそのような価値観を許容しないという明確な姿勢を示すことにもあります。
さらに、この問題は個人の資質だけに帰結するものではありません。より本質的な課題は、組織の体質そのものにある可能性が高いのです。
僕は、これだけ情報があふれている社会で、働き方の改革についてもいろんな議論がある中で、管理職レベルの方が価値観をアップデートできてない状態が本質的な課題かなという気はしてますね。
たこつぼ的な、異質が外から入ってこないようなそんな企業体質だとすると「この50代の方だけじゃなくみんなそうなのかな?」って心配になりました。人事目線で言うと、外から中途採用も含めいろんな新しい風を取り入れるっていうのは、本当に成長のために本当に必要なことだなと、このような議論を見ていても日々思うことですね。
引用:“オールドボーイズネットワーク育ちの人”の問題から見る、組織の本質的な課題 ダイバーシティ推進の「モヤモヤ」を解消するヒント(ログミーBusiness)
株式会社NTTドコモの栗原健輔氏が指摘するように、外部からの異質な人材や価値観が入ってこない、いわば「たこつぼ的」な企業体質こそが、価値観のアップデートを妨げる根本原因です。同質性の高い組織では、内部の論理が優先され、社会の変化から取り残されてしまいます。したがって、DE&Iを本気で推進するためには、個人の意識改革を促す研修などと並行して、中途採用の積極化や他社との交流促進など、組織に新しい風を吹き込むための構造的なアプローチが不可欠です。
異質なものとの出会いこそが、凝り固まった価値観という「見えない壁」を打ち破る最も有効な手段となるでしょう。