【3行要約】
・ベンチャー企業のマネジメントは大企業とは異なる特有の課題と役割を担います。
・長村禎庸氏らは「トップダウン型マネジメントはベンチャーに合わない」と指摘し、イノベーションには現場の意見を取り入れる柔軟性が必要と語ります。
・マネージャーは組織の成長段階に応じて柔軟に組織の型を移行させ、個々のメンバーの特性を活かすアサインメントの技術を磨く必要があります。
スタートアップにおけるマネジメントの役割とは?
スタートアップやベンチャー企業におけるマネジメントは、大企業とは異なる特有の課題と役割を担います。組織が急成長する過程で直面するさまざまな問題に対処し、持続的な成長を牽引するためには、マネージャーが担うべき役割を体系的に理解することが不可欠です。その役割は、大きく4つのカテゴリーに分類することができます。
1つ目に「成果」です。これはマネージャーの最も基本的な役割であり、経営陣から与えられた目標を達成し、チームとして具体的な結果を残すことを指します。特にリソースが限られる初期のスタートアップにおいては、事業を存続させ、次のステージに進むための成果を出すことが最優先課題となります。
この段階では、マネージャー自身がプレイングマネージャーとして現場の先頭に立ち、チームを牽引することも少なくありません。
2つ目に「活用」です。会社から預かったメンバーという貴重なリソースを最大限に活かすことが求められます。各メンバーが持つ能力や意欲を引き出し、彼らが持続的に高いパフォーマンスを発揮できる環境を整えることが重要です。
これには、適切な業務のアサインメントやオンボーディング、日々のコミュニケーションを通じたモチベーション管理などが含まれます。メンバーが「活用されていない」と感じれば、エンゲージメントは低下し、離職につながるリスクも高まります。
3つ目に「育成」です。会社の成長に合わせて、チーム全体の能力を向上させることが求められます。具体的には、メンバーのスキルアップを支援すると同時に、将来のリーダー候補を育てる視点が必要です。自身の後任を育成することで、マネージャー自身はより戦略的な業務や新たな事業領域にリソースを投下できるようになります。
また、成長領域に人材を輩出することも、全社的な成長に貢献する重要な役割です。
4つ目に「調整」です。組織が拡大し、部署が細分化されるにつれて、部署間の連携が不可欠になります。自分のチームが他部署と円滑に連携し、会社全体の目標達成に貢献できるよう、調整役としてのスキルが求められます。自分のチームのことだけを考えるのではなく、全社的な視点から物事を捉え、必要な情報共有や協力体制を構築することが重要です。
これらの4つの役割は、企業の成長ステージによって求められる比重が変化します。例えば、社員数名のシードステージでは「成果」の比重が極めて高くなりますが、組織が拡大しIPOを目指す段階になると、「活用」や「育成」の重要性が増してきます。さらにメガベンチャーと呼ばれる規模になれば、複雑な組織内での「調整」が極めて重要な役割となります。
経営陣とマネージャーは、自社が今どのステージにあり、どの役割に重点を置くべきかを常にすり合わせ、共通認識を持つことが、組織全体の成長を加速させるカギとなるのです。
スタートアップには合わないマネジメントのスタイルとは
多くの大企業で標準とされるトップダウン型のマネジメントスタイルは、規律を重んじ、確立されたプロセスを効率的に実行する上では有効に機能します。しかしこのアプローチは、変化が激しく、常に新しい価値創造を求められるスタートアップなどの企業においては、成長の足かせとなることが少なくありません。その理由は、両者が置かれている環境と、そこで求められるマネジメントの目的が根本的に異なるからです。
大企業におけるマネジメントは、しばしば「内乱を抑えるマネジメント」と表現されます。すでに確立された事業領域と市場シェアを守り、組織の安定を維持することが主な目的となります。そのため、既存のルールや方針を遵守させ、逸脱を防ぐことが重視されます。
この環境では、マネージャーの経験や判断が絶対的な正解として扱われ、メンバーはそれに従うことが求められます。
一方、スタートアップやベンチャー企業に求められるのは、いわば「勝利にこだわるマネジメント」です。未開拓の市場や強力な競合がひしめく中で、生き残りをかけて勝利を掴まなければなりません。そこには確立された「正解」の勝ちパターンは存在せず、日々試行錯誤を繰り返しながら、自分たちで正解を創り出していく必要があります。
このような状況では、マネージャー1人の経験や知識だけでは限界があります。むしろ顧客に最も近い現場のメンバーが持つ生の情報や斬新なアイデアこそが、イノベーションの源泉となり得るのです。
したがって、スタートアップやベンチャー企業では、メンバーの意見に耳を傾け積極的に議論を取り入れる、マネジメントのボトムアップの要素が極めて重要になります。マネージャーが絶対的な指示者として君臨するのではなく、チーム全体の知恵を結集し、より良い方針を共に見つけ出すファシリテーターとしての役割が求められるのです。
当初立てた方針がうまくいかないと判断すれば、それを固守するのではなく、現場からのフィードバックを元に迅速に方針転換する柔軟性も不可欠です。
この点について、株式会社EVeMの代表取締役の長村禎庸氏は次のように述べています。
例えば、ベンチャーではないところでマネジメント経験があった人だと、方針は変えないほうが正しいという感じになってしまうので、僕の考え方とフィットしません。
あとは、メンバーの意見はそんなに聞かずに、「マネージャーのほうが身分として上だ」ぐらいの、トップダウンでいくようなスタイル。(中略)
そういうのはベンチャーに合わないんですよ。合わないですし、どっちかと言うと正解がないので現場の意見とかを取り入れたほうが、イノベーションが生まれる。ベンチャーで勝とうと思ったらそっちのほうがいいんですけど、イノベーションの必要がない会社さんとかでマネジメントをしていると、基本的には規律とか、命令とか、言うことを聞かせるという方向にいってしまう。それは違うんだよな、というのがありました。
引用:トップダウン型のマネジメントが、ベンチャーに合わない理由 マネージャー経験者が、スタートアップに転職して直面する壁(ログミーBusiness)
大企業でのマネジメント経験が豊富な人材がスタートアップに転職した際に、このスタイルの違いに適応できず、苦戦するケースは少なくありません。彼らが無意識に持ち込んでしまうトップダウン的なアプローチは、メンバーの自律性や創造性を削ぎ、結果として組織の活力を失わせてしまう危険性をはらんでいます。
スタートアップで成功するためには、過去の成功体験に固執せず、環境の変化に合わせてマネジメントスタイルそのものを変革していく姿勢が求められるのです。
マネージャーが意識したいスタートアップからの成長過程
多くの組織は、活力と自由度に満ちたスタートアップとしてその歴史をスタートさせます。創業期は、事業の存続をかけた明確な目的に向かって、メンバー全員が1つになって突き進みます。確立された製品やルール、プロセスが存在しないため、日々の業務は試行錯誤の連続です。このカオスとも言える環境は、一方で創造性と高いエネルギーを生み出す源泉となります。
しかし、事業が軌道に乗り、組織が拡大フェーズに入ると、この状況は一変します。事業をスケールさせるためには、品質を安定させ、効率的なオペレーションを構築する必要が出てくるのです。その結果、これまで存在しなかったルールや業務プロセス、指揮命令系統が整備され、組織には規律と統制が求められるようになります。中間管理職であるミドルマネージャーが登場するのもこの時期です。
この変化は事業拡大のためには不可欠なプロセスですが、同時に創業期に組織を特徴づけていた「活力」と「自由度」を少しずつ失わせていくことにもつながります。創業メンバーの中には、この窮屈さに耐えられず、会社を去る者も現れます。
組織がさらに成熟し、大企業へと変貌を遂げる頃には、この傾向はより顕著になります。計画やルールにない新しい試みは認められにくくなり、何事においても過去の実績やデータといった「エビデンス」が求められるようになります。仕事の原則は、創業期の「試行錯誤(トライアンドエラー)」から、完全に「計画・実行・改善(PDCA)」へと移行します。
トライアンドエラーが低い成功率を前提とするのに対し、PDCAサイクルで回されるオペレーション業務では、100%に近い成功率が求められます。意思決定の基準も、「志と仮説」から「エビデンス」へと変わります。
この一連のプロセスを、ナレッジ・アソシエイツ・ジャパン代表の荻原直紀氏は「組織の官僚化」と呼んでいます。これは、いわば組織が年を重ねる上で避けられない宿命とも言えます。問題なのは、この官僚化が静かに進行し、組織の誰もがその変化に気づかないうちに、イノベーションを生み出す土壌が失われてしまうことです。
大企業になってから入社した社員は、オペレーションとPDCAが仕事のすべてであると学び、それを疑うことはありません。そうした環境で育った人材がマネージャーや経営者になると、「イノベーションの進め方がわからない経営者」が誕生してしまいます。彼らは、不確実性の高い新しい挑戦に対して、オペレーションと同じ基準、つまりエビデンスや完璧な計画を求めてしまい、結果として新しい価値創造の芽を摘んでしまうのです。
このように組織の官僚化は、事業の成功と安定の裏側で静かに進行し、やがては企業の持続的な成長を阻む大きな要因となります。スタートアップの経営者やマネージャーは、この組織の宿命を正しく理解し、官僚化の兆候に常に注意を払いながら、意識的に組織の活力を維持し、イノベーションを促すための仕組みを構築していく必要があるのです。
スタートアップ的なカルチャーを維持するための「チェンジマネジメント」
組織が成長する過程で避けられない「官僚化」という課題に対し、意識的に対抗し、ポジティブで活力あるカルチャーを維持するために不可欠なスキルが、荻原氏の言う「チェンジマネジメント」です。この概念は日本ではまだ一般的ではありませんが、欧米の企業、特に上級管理職の間では広く認知されている重要な経営ノウハウです。
チェンジマネジメントとは、複雑で長期間にわたる組織変革の目的とプロセスを戦略的にデザインし、それを効果的に実行・推進していくための一連の知識体系やスキルを指します。単なる制度変更やツールの導入に留まらず、人々の意識や行動、組織文化といった根深い部分に働きかけ、変革を成功に導くことを目的とします。
例えば、海外でナレッジマネジメントのような新しい取り組みを導入しようとすると、必ず「チェンジマネジメントの計画はどうなっているのか?」と問われるほど、変革とセットで語られる概念です。
このチェンジマネジメントがなぜ難しいスキルとされるのか。それは、変革をリードするために、極めて広範で総合的な視点が求められるからです。戦略、組織論、人事、財務、マーケティング、外部連携など、いわばMBAで学ぶような経営に関するあらゆる知識を総動員し、複雑に絡み合った組織の力学を理解しなければなりません。そのため、一夜にして習得できるような単純なスキルではないのです。
しかし、現代のように変化が常態化し、市場環境が目まぐるしく変わる時代において、このチェンジマネジメントのスキルを持たずに組織を率いることは、ますます困難になっています。かつて成功したビジネスモデルが、明日には陳腐化してしまうかもしれない。そのような不確実性の高い環境で組織を存続させ、成長させていくためには、常に自己変革を続け、新しい価値を生み出し続ける能力が不可欠です。
スタートアップが直面する官僚化の問題も、まさにこのチェンジマネジメントが求められる典型的な場面です。組織が拡大し安定を求める力が強まる中で、いかにして創業期の活力やイノベーションの精神を失わずに、次のステージへと移行するか。これは、自然に任せていては決して解決できない、意図的かつ戦略的な「変革」の課題です。
経営者やマネージャーは、組織の成長段階に応じて発生する変化の兆候を敏感に察知し、それがネガティブな官僚化へと向かわないよう、チェンジマネジメントの手法を用いて介入していく必要があります。
例えば、新たなルールを導入する際には、その目的を丁寧に説明し、メンバーの納得感を得るプロセスを重視する。あるいは、意図的に「試行錯誤」が許される領域(新規事業部門など)を設け、組織内に多様な仕事の原則が共存する環境を作るといったアプローチが考えられます。ポジティブなカルチャーとは放置して維持されるものではなく、リーダーがチェンジマネジメントの視点を持って能動的に創り上げていくものなのです。