スタートアップのマネジメントで知っておきたい強いチームを作る組織構造の型
強いチームを構築するためには、その時々の状況に適した組織構造を選択するという「型」を理解することも、マネージャーには必要なことになります。特にスタートアップの成長過程においては、組織構造を柔軟に変化させていくことが極めて重要です。
事業の立ち上げ期において有効なのが「文鎮型組織」です。これは、マネージャーがチームのメンバー全員を直接的にマネジメントするフラットな構造を指します。この体制の最大の利点は、意思決定のスピードです。マネージャーとメンバーの間に階層が存在しないため、情報伝達が迅速に行われ、トライアンドエラーを高速で繰り返すことができます。
市場の反応を見ながら素早く方針を転換する必要がある立ち上げ期には、このスピード感が事業の成否を分けます。5人程度のチームであれば、マネージャーが全員を直轄する文鎮型が最も効率的と言えるでしょう。
しかし、事業が成長して、メンバーが10人、20人と増えてくると、文鎮型組織は機能不全に陥ります。マネージャー1人が見ることができるメンバーの数には限界があり、それを超えると、メンバーはマネージャーの意思決定を待つ「出待ち」状態になってしまいます。承認が滞り、業務のスピードが著しく低下するのです。
この段階で必要となるのが、「構造型組織」への移行です。これは、チームをいくつかのユニットに分割し、それぞれにチームリーダーを配置することで、マネジメントの階層を作るアプローチです。これによりマネージャーはリーダーのマネジメントに集中でき、組織全体としてスケールすることが可能になります。
問題は、多くのスタートアップをはじめとするベンチャー企業が、「文鎮型」から「構造型」への移行に苦労する点にあります。その原因は大きく2つ考えられます。1つは、中間リーダーを任せられる人材が育っていないという、育成の問題です。日々の業務に追われ、次世代のリーダー育成を怠ってきた結果、権限を委譲したくてもできる相手がいないという状況に陥ります。
そしてもう1つの、より根深く、しかし見過ごされがちな原因が、「マネージャー自身が文鎮型組織の心地よさから抜け出せない」という心理的な罠です。文鎮型の組織では、すべての意思決定がマネージャーに集中します。メンバーは常に「〇〇さん、どうしましょうか?」と相談を持ちかけ、マネージャーのスケジュールはミーティングで埋め尽くされます。これは客観的に見ればボトルネックですが、マネージャー本人にとっては「自分はチームに必要とされている」「頼りにされている」という強い自己肯定感や充実感をもたらします。
長村禎庸氏はこの状態を、まるで人気者になったかのような「モテてる感」と表現しています。この心地よさが、構造型への移行、すなわち権限委譲への無意識の抵抗を生み出してしまうのです。
口では「リーダーを育てなければ」と言いながら、深層心理では、自分の存在意義が奪われることを恐れ、現状維持を望んでしまう。この心理的な罠こそが、組織の成長を妨げる最大の障壁となり得るのです。
権限委譲を阻む壁を乗り越えるための具体的なステップ
組織の成長段階に応じて「文鎮型」から「構造型」へと移行するためには、マネージャーによる「権限委譲」が不可欠です。しかし前述の通り、多くのマネージャーが心理的な罠や能力不足から、この権限委譲に踏み出せずにいます。この壁を乗り越えるためには、いくつかの具体的なステップとアプローチが必要です。
まず、文鎮型の心地よさに浸り、ボトルネックとなっているマネージャーに対しては、客観的な事実を突きつけることが有効です。本人は多忙であることに充実感があるのかもしれませんが、その裏で起きている弊害を具体的に示すのです。
例えば「あなたの決裁を待つために、Aさんのプロジェクトは3日間も停滞した」「Bさんとの1on1は、これで3回連続のリスケジュールだ」「他部署からは、あなたとの連携が進まないため現場が混乱しているという声が上がっている」といった具合です。本人が感じている充実感とは裏腹に、その行動がメンバーや他部署の成果をいかに下げているかを直視させることで、変化への動機付けを行います。
もう1つのアプローチは、そのマネージャーに、現状の業務を手放さざるを得ないような、より大きくて重要なミッションを与えることです。例えば「君には来期から新規事業の立ち上げを任せたい。だから、今担当しているチームのマネジメントは、後任のリーダーに引き継いでほしい」といったかたちです。より上位の役割や責任を与えることで、視座を高めさせ、マイクロマネジメントから自然と手を引かせるのです。
一方で、マネージャー自身は権限委譲の意思があるにもかかわらず、「どの業務を、誰に、どこまで任せていいかわからない」という理由で躊躇している場合もあります。この場合は、思考を整理するためのフレームワークを提供することが助けになります。効果的なのは、自身が抱える業務を4象限のマトリクスにプロットする方法です。
縦軸に「インパクトの大小」、横軸に「不可逆性の高低(一度失敗すると取り返しがつくか、つかないか)」を設定します。このマトリクスを使えば、「インパクトは大きいが、失敗してもリカバリーが効く(不可逆性が低い)業務」や「不可逆性は高いが、インパクトが小さい業務」など、権限委譲しやすい業務が可視化されます。これにより、闇雲に不安がるのではなく、リスクをコントロールしながら段階的に権限を委譲していくことが可能になります。
そして、権限を委譲する上で最も重要なのが、誰が何を決定するのかを明確にする「権限設計」です。これを曖昧にしたまま業務を任せると、責任の所在が不明確になり、かえって混乱を招きます。この権限設計の重要性について、次のような指摘があります。
誰が何を決めるかを、パパッと1時間ぐらいで作っちゃってください。これを作ってもらうと、パターンとして多いのが、例えばこのスライドの値引き10パーセント超の欄で、マネージャーとチームリーダーの両方に黒丸がついていたりするんですよね。それだと誰がやるかがわからない状態です。なので、ここを1つにしてくださいということです。
1つにできないとすれば、業務のくくり方がまだ中途半端なんですよね。最後に決めるのは誰か1人なので、もっと細分化します。合議みたいにすると責任のなすりつけ合いになったり、スピードが落ちちゃうので。縦軸が誰かがはっきりするまで、この項目を磨きこむというのが大事ですね。
引用:自分のスケジュールの取り合いという“モテてる感”は罠 抱えている業務の「権限委譲」を可能にする4象限(ログミーBusiness)
このように、業務項目ごとに最終決定権者を1人に定める「権限設計表」を作成することで、責任のなすりつけ合いや意思決定の遅延を防ぎ、スムーズな権限委譲を実現することができます。これらのステップを実践することで、マネージャーは権限委譲への壁を乗り越え、組織を次の成長ステージへと導くことができるのです。
メンバーの強みを最大限に活かすアサインメントの技術
強いチームを構築するためには、適切な組織構造と明確な権限設計に加え、個々のメンバーの特性を最大限に活かす「アサインメント」が不可欠です。すべてのメンバーを画一的に扱うのではなく、一人ひとりのタイプや強み、志向性を見極め、最適な役割を与えることが、チーム全体のパフォーマンスを最大化するカギとなります。
メンバーのタイプを理解するための1つの有効なフレームワークとして、2つの軸を用いた4象限マトリクスが挙げられます。
1つ目の軸は「評価の基準」で、「自立(自分で自分を客観的に評価できる)」か「他人評価依存(他者からの評価を重視する)」か。2つ目の軸は「目的意識」で、「チーム目的志向(チームの成功を自分の喜びと捉える)」か「自分目的志向(自身の専門性ややりたいことの実現を重視する)」かです。
このマトリクスで分類すると、メンバーのタイプは大きく4つに分けられます。例えば、「自分目的志向」で「自立」しているタイプは、「一匹狼」や「マイスター(匠)」と言えるでしょう。彼らは「この専門性を追求するためにこの会社にいる」という明確な目的を持っており、チームプレイよりも個の強みを発揮できる環境で輝きます。
このようなタイプにチーム全体のマネジメントや協調性を過度に求めると、かえってモチベーションを下げてしまいます。彼らの専門性を尊重し、その領域に集中できるような役割を与えることが最適なアサインメントとなります。
一方で、「チーム目的志向」で「他人評価依存」のタイプは、「コントリビューター(貢献者)」と言えます。彼らはチームのために貢献したいという強い意欲を持っていますが、他者からの承認や感謝をエネルギーにします。彼らにはチーム内での役割を明確に与え、その貢献をこまめにフィードバックし、承認することがパフォーマンスを引き出す上で重要です。
このように、メンバーの「タイプ」を把握すること。それに加えて、そのメンバーが「何がしたいか(Will)」と「何ができるか(Can)」を深く理解すること。この「タイプ」「Will」「Can」の3つの要素を掛け合わせてアサインメントを考えることで、メンバーの能力と意欲を最大限に引き出すことができます。
スタートアップのマネージャーは、多忙な中でもメンバー一人ひとりと向き合う時間を確保し、日々のコミュニケーションや1on1を通じて、これらの要素を丁寧に把握する努力が求められます。
画一的なマネジメントは、メンバーの多様な才能を埋もれさせてしまいます。個々の特性に光を当て、それぞれが最も輝ける場所を提供する。それこそが、少数精鋭で大きな成果を出すための、高度なアサインメントの技術なのです。