【3行要約】
・起業家精神とは単なる起業のための精神ではなく、自分の人生を主体的に設計する生き方そのものです。
・ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏は日本の起業家サポート環境の不十分さを指摘しています。
・ビジネスパーソンは「完璧よりもまず実行」「今日できることは明日に延ばすな」といった起業家的マインドセットを身につけ、自らの人生を主体的に設計する姿勢が重要です。
日本のビジネスパーソンに求められる「起業家精神」とは?
現代の日本において、起業家精神、すなわちアントレプレナーシップの重要性がかつてなく高まっています。その背景には、国内の産業界が直面する深刻な課題と、個人のキャリアを取り巻く環境の劇的な変化があります。
かつての日本企業は終身雇用や年功序列といった制度に支えられ、安定した成長を遂げてきました。しかし、グローバル化の進展やテクノロジーの急速な進化により、ビジネス環境は一変しています。変化のスピードに対応できず、閉塞感が漂い、チャレンジ意欲が減退している企業は少なくありません。
このような状況を打破し、企業が持続的に成長を遂げるためには、組織の内部から新たな価値を創造し、イノベーションを牽引する人材が不可欠です。それが、起業家精神を持つ人材に他なりません。
起業家精神は、単に新しい会社を立ち上げることだけを指すのではありません。既存の組織に所属しながらも、現状に満足せず、常に新しいビジネスチャンスを探求し、リスクを恐れずに行動を起こす姿勢そのものが、起業家精神の核心です。
このような自律的なマインドを持つ人材が増えれば、組織は活性化し、変化への適応力が高まります。彼らは自ら課題を発見し、周囲を巻き込みながら解決策を実行していくため、組織全体の生産性向上にも大きく貢献するのです。
個人のキャリアという観点からも、起業家精神は極めて重要な意味を持ちます。AI技術の進歩は目覚ましく、シンギュラリティ(技術的特異点)が現実味を帯びる中で、多くの定型業務がAIに代替される未来が予測されています。このような時代を生き抜くためには、AIにはできない、人間ならではの創造性や課題解決能力を磨く必要があります。
自分自身のキャリアを会社任せにするのではなく、自らの手でデザインし、オーダーメイドの人生を築き上げていく。そのための羅針盤となるのが、起業家精神なのです。変化を恐れるのではなく、変化を機会と捉え、自らの価値を主体的に高めていく姿勢こそが、不確実な未来を切り拓くための最も強力な武器となるでしょう。
日本で起業家精神が育ちにくい背景
世界的に見ても、日本は起業家精神を持つ人材が少ないという課題を抱えているとリンダ・グラットン氏は言います。この現状は、単なる個人の資質の問題ではなく、日本の社会構造や文化、教育システムに根差した複合的な要因によって形成されてきました。
長年にわたり日本の経済を支えてきた終身雇用制度は、人々に安定をもたらす一方で、リスクを取って新たな挑戦をすることへの意欲を削いできた側面があります。1つの会社に定年まで勤めあげることが美徳とされ、組織への帰属意識が強く求められる環境下では、独立や起業という選択肢は、一般的ではありませんでした。
また、教育の現場においても、協調性が重んじられるあまり、個人の独創的なアイデアや挑戦的な姿勢が十分に評価されてこなかったという指摘もあります。失敗を許容せず、減点方式で評価する文化は、若者がリスクを取ることをためらわせる一因となっているかもしれません。
さらに、起業する際の煩雑な手続きや資金調達の難しさといった制度的な障壁も、起業へのハードルを高くしています。
こうした日本の状況について、ロンドン・ビジネス・スクール教授のリンダ・グラットン氏は、起業家をサポートする環境の不十分さを指摘しています。シンガポールのような国がスマートシティを構築し、起業家が集いイノベーションを起こすための共有スペースを提供している例を挙げ、日本が起業家を十分にサポートできていない現状に警鐘を鳴らしています。
日本の課題の1つとして、世界の国々の起業家精神を見てみると、日本はかなり下位に位置しているのではないでしょうか。アメリカのシリコンバレーなどと比べると、日本はほかの国と同じように起業家をサポートできていません。
どうすればいいのかと言うと、例えばシンガポールではスマートシティを構築し、起業家が共有スペースに集まって、一緒にイノベーションを起こせるようにしています。これはイノベーションの基本です。
引用:諸外国に比べ、日本人の「起業家精神」が低い原因とは リンダ・グラットン氏が指摘する、日本の起業環境の不十分さ(ログミーBusiness)
グラットン氏が指摘するように、起業家精神を育むためには、リスクを取りたいと考える「人」、専門的なスキルを提供する「教育機関」、そして資金を提供する「ベンチャーキャピタル」という3つの要素が集積する場が必要です。
日本が国際的な競争力を取り戻し、持続可能な経済成長を実現するためには、個人レベルでの意識改革だけでなく、社会全体として起業家を育成し、支援するエコシステムを構築していくことが急務と言えるでしょう。
起業家に共通する6つのマインドセット
起業家精神を発揮し、新たな価値を創造していく人々には、共通する思考様式、すなわちマインドセットが存在します。これらは天賦の才ではなく、意識的に実践することで誰もが身につけることができるものです。
株式会社tsam代表取締役の池森裕毅氏は、特に重要とされるマインドセットとして6つを紹介しています。1. とりあえずやろう起業において最も重要なのはフットワークの軽さです。多くの人は、行動を起こす前に不安や恐怖を感じ、実行を先延ばしにしてしまいます。しかし実際には、行動せずただ考えている時間が最も不安を感じる時であり、一度実行に移してしまえば、目の前の課題に集中するため不安を感じる暇はなくなります。完璧な計画を待つのではなく、「まずはやってみる」という姿勢が、物事を前に進める原動力となります。
2. 準備をしすぎないことビジネスに、受験勉強のような絶対的な正解は存在しません。市場や顧客の反応を見ながら、トライアンドエラーを繰り返して最適解を探し続けるプロセスが不可欠です。そのため、事前に完璧な準備を整えようとすることは、かえって行動を遅らせる原因になりかねません。
Meta社のマーク・ザッカーバーグが掲げる「Done is better than Perfect(完璧を目指すよりまず終わらせろ)」という言葉が示すように、まずは不完全でもかたちにし、そこから改善を重ねていくアプローチが有効です。知識は重要ですが、ある一定量を超えると、かえってそれが行動の足かせになることもあります。
3. 折れない心事業を継続する上では、数え切れないほどの困難に直面します。その度に諦めていては、成功にたどり着くことはできません。最終的に成功を収めるのは、諦めなかった人間です。そのためには、「この事業のためなら人生をかけられる」と思えるほどの強い意志や情熱を持てる分野を選ぶことが重要です。他人に勧められた「儲かりそうなビジネス」では、困難な局面を乗り越えるための内発的な動機は生まれにくいでしょう。
4. 良い意味で周りを巻き込んでいくこと1人で成し遂げられることには限界があります。大きな目標を達成するためには、自分のビジョンに共感し、協力してくれる「応援団」を作ることが不可欠です。そのためには、自分のアイデアを他人に話す勇気が必要です。
「アイデアを盗まれるかもしれない」と恐れる人もいますが、アイデアそのものに価値があるわけではなく、それを誰が実行し、やり遂げられるかが重要です。積極的に発信することで有益なフィードバックを得られたり、思わぬ協力者と出会えたりする可能性が広がります。
5. 素直が一番信頼できるメンターや専門家からのアドバイスは、一度自分の中で咀嚼してから取捨選択するのではなく、まずは素直に実行してみることが成長への近道です。自分の考えや経験に固執せず、先人の知恵を謙虚に受け入れる姿勢が、成長曲線を大きく押し上げます。
もちろん誰のアドバイスでも鵜呑みにするべきではありませんが、自分が信頼すると決めた相手からの助言は、まず試してみる価値があります。
6. 今日できることは明日に延ばすな「来週には時間があるから」と思っていても、その時に本当に時間が空いている保証はどこにもありません。ビジネスの世界では、予期せぬトラブルが次々と発生します。時間がある「今」、できることを最大限やっておくという姿勢が、将来のリスクを軽減するのです。
「今日できることは明日に延ばすな」が起業家に大事な理由
起業を志す人々が頻繁にする質問の1つに、「何か儲かるビジネスはないですか?」というものがあります。一見、合理的で現実的な問いのように思えますが、実はこの問いを発する人の中から成功者が現れることは稀です。なぜなら、この発想の根底には、ビジネスを単なる金儲けの手段として捉える姿勢があり、起業家精神の最も重要な核となる要素が欠落しているからです。
ビジネスの道のりは、決して平坦ではありません。むしろ、予測不能なトラブルや困難な局面の連続です。資金繰りの悪化、競合の出現、顧客からのクレーム、メンバーの離反など、心が折れそうになる瞬間は幾度となく訪れます。そのような逆境を乗り越え、事業を前進させ続けるためには、損得勘定を超えた強烈な内発的動機、すなわち「自分はこの事業に人生をかける価値がある」と信じられるほどの情熱が不可欠です。
それは、自分の中から湧き出る、光り輝くダイヤモンドのような強固な意志でなければなりません。他人に勧められた「儲かりそうな事業」では、この土壇場での踏ん張りを支える精神的なエネルギーは生まれてこないのです。
起業家としての成功を左右するのは、アイデアの斬新さや市場の大きさだけではありません。それをやり遂げる人間の「覚悟」がすべてを決めると言っても過言ではないでしょう。そして、その覚悟は、自らを律し、時間を最大限に活用する姿勢に現れます。
特に、前述した「今日できることは明日に延ばすな」というマインドセットは、起業家にとって生命線とも言えるものです。
サラリーマンだったら、ほかの社員がカバーしてくれることもあるじゃないですか。でも起業家はカバーしてくれる人がいない。その代わり誰かに怒られることもないんですよ。
「それはいいじゃん」と思うかもしれませんが、そうじゃないんです。誰にも怒られないけど、責任は自分で取るしかない。あなたの事業が伸びなくても誰も怒らない。うまくいかなくて誰もとがめない。でもうまくいかなかったら責任を取るのは、あなたですよ。うまくいかなかったら、あなたが後悔する。あなたの人生がうまくいかないだけですからね。
引用:アドバイスを受けて「やる理由」に納得してから動く人はNG 起業家に必要なマインドセット6選(ログミーBusiness)
この言葉が示すように、起業家は誰からも管理されることなく、自らの裁量ですべてを決定できる自由を持っています。しかしその自由は、すべての結果に対する全責任を負うという厳しい現実と表裏一体です。事業が停滞しても誰も叱ってはくれませんが、そのツケはすべて自分自身に返ってきます。
その恐怖を原動力に変え、時間がある「今」という瞬間に、やれるだけのことをやり尽くす。その地道な積み重ねこそが、不確実な未来を切り拓き、大きな成功を掴むための唯一の道なのです。