ベンチャーやスタートアップで働くということ
キャリアを考える上で、個人の成長と組織の成長の関係性を理解することは非常に重要です。この関係性は、企業のフェーズによってダイナミックに変化していきます。
まだプロダクトも組織も未完成のベンチャーやスタートアップでは、個々のメンバーの能力や熱意が、会社の成長を直接的に牽引します。採用のために豊富な資金を投入する余裕はないため、「創業者のビジョンに共感した」「このサービスを世に出したい」「この仲間と働きたい」といった想いを持ったメンバーが自然と集まりやすくなります。ここで集まった一人ひとりの成長が、そのまま会社の成長に直結するのです。
しかし、プロダクトが市場に受け入れられ、売上が立ち始めると、状況は変化します。事業の成長に伴い、徐々により専門性の高い人材を採用できるようになります。例えばフロントエンド開発に特化したエンジニアや、インフラ構築のプロフェッショナルなど、特定の分野で高いスキルを持つ人材が加わることで、組織としての開発力は飛躍的に向上します。
このフェーズに入ると、個人の成長スピードを、組織全体の成長スピードが追い越していくという現象が起こります。これまで1人で何でもこなしてきた初期メンバーは、新たに参加した専門家たちのスキルレベルの高さに圧倒されたり、自分の役割の変化に戸惑ったりすることがあるかもしれません。これは会社が順調に成長している証拠ではありますが、個人にとっては1つの試練の時でもあります。
重要なのは、他者との比較で自分を評価するのではなく、変化する組織の中で新たな価値を発揮し、刺激を受けながら自分自身も成長し続けることです。ベンチャーやスタートアップは、エンジニアを育てる環境が整っている場所ではありません。むしろ、エンジニアが会社を作っていく場所です。
そこには決まった正解はなく、自分たちで試行錯誤しながら正解を作り上げていくプロセスそのものに、他では得られない成長の機会があります。
OneSmallStep社の代表取締役CTOの西武史氏は、スタートアップで働くことについて次のように表現しています。
スタートアップは資金体力がありません。そのため、短い期間で「最高」なアウトプットではなくて「最適」なアウトプットが求められます。またエンジニアを育てるような環境がありません。エンジニアが会社を作っていくような場所で、自分で考えて行動する人が必要です。
社内に相談する人もいません。私が前にいた会社とかでは、外部の技術顧問みたいな人に相談することをやったりしていました。正解がないので、自分たちで正解を作っていく感じです。
こういう感じでやっていくので、じゃあ成長できないのかというと、いろいろなことに挑戦できます。さまざまな経験が積めるので、気づけばすごく成長していることを感じれるかなと思います。
引用:スタートアップは“楽園”ではなく“荒野” 福岡のベンチャー企業CTOが教えるスタートアップで働くということ(ログミーBusiness)
ベンチャーやスタートアップのような「荒野」でさまざまなな経験を積むことは、決して楽な道ではありませんが、気づいた時には技術力だけでなく、ビジネスを創造し、推進していくための複合的な力が身についているはずです。
大企業で働くか、スタートアップで働くか
キャリアを考える上で、「大企業で安定的に働くか」「ベンチャーやスタートアップのような環境に挑戦するか」という選択で悩む人は少なくありません。しかし、本質的な違いは、安定性やリスクの大きさだけではありません。
例えば大企業の中で新規事業を立ち上げる場合、どんなに優れたアイデアであっても、既存事業とのシナジーや、短期的な収益性といった「大企業の論理」に縛られます。会社の承認プロセスを経なければならず、投資の意思決定者も自分で選ぶことはできません。
また、プロジェクトのメンバーも、基本的には社内人事によって配置されます。もちろん、社内人事の結果でも成功する事業は生まれますが、そこには個人の意思が入り込む余地は限られています。
一方で、ベンチャーやスタートアップを立ち上げる場合、特に創業初期に近ければ近いほど、創業者がすべての最終意思決定者となります。どのような事業領域に、どれくらいの時間軸で、どれだけの資源を投下するのかを、創業者の責任で決めることができます。大企業では承認されないような長期的な視点が必要な事業や、既存事業とはまったくシナジーのない領域にも比較的挑戦しやすいのが、ベンチャーやスタートアップの特徴です。
また、ベンチャーやスタートアップの戦い方は、大企業とは異なります。ベンチャーやスタートアップが生き残るためには、そもそも「大企業ではできないこと」をやらなければなりません。大企業がすでに戦っている巨大なマーケットにリソースの乏しいベンチャーやスタートアップが正面から挑んでも、勝ち目はないのです。
ベンチャーやスタートアップが勝機を見出せるのは、大企業が参入するには市場が小さすぎたり、リスクが高すぎたりする「マイノリティなマーケット」です。そこで独自のポジションを築き、事業を成長させていく中で、やがてその市場自体がメジャーなマーケットへと変化していくというのが、ベンチャーやスタートアップの基本的な戦い方なのです。
したがって、大企業でできることであれば、潤沢なリソースを持つ大企業でやった方が成功の確率は高いかもしれません。しかし「自分の人生を懸けてでも成し遂げたいミッションがある」「本当に信頼できる仲間と、すべての意思決定を自分たちで行いながら事業を創り上げたい」という強い想いがあるのであれば、ベンチャーやスタートアップで働くという選択肢が、大きな意味を持ってくるでしょう。
変化の時代を生き抜くためのキャリア戦略
現代は、予測不可能な変化が次々と起こる時代です。このような環境下で生き抜くためには、変化に対応できる能力、すなわち「変化耐性」を身につけることが不可欠です。
かつては大企業に就職し、定年まで勤め上げることが安定したキャリアパスとされていました。しかし終身雇用が崩壊しつつある今、「ずっと大企業にいた」という経歴が、必ずしも転職市場で有利に働くとは限らなくなっています。むしろ採用する側の視点に立つと、厳しい環境で自ら考え、行動し、変化を乗り越えてきた経験を持つ人材、つまりベンチャーやスタートアップなどで挑戦した経験を持つ人材への需要が高まっています。
この文脈で捉えれば、一見リスクが高いように思えるベンチャーやスタートアップへの挑戦は、実は「変化の時代を生き抜くためのスキル」を身につけるための、最も効果的なトレーニングであると考えることもできます。1歩踏み出すことのリスクは、以前よりもはるかに低くなっていると言えるでしょう。
最終的にどのようなキャリアを選択するかは個人の価値観によります。しかし、変化の激しい時代だからこそ、自分の心が何を求めているのかに耳を澄ませることが、後悔のない人生を送る上で重要になるのではないでしょうか。
株式会社エンペイ代表取締役CEO/Founderの森脇潤一氏は、挑戦することの価値について、自身の経験を踏まえて次のように語っています。
「人間が毎日健康で生きていられる」って、本当に奇跡的なことだし、僕らにとっては何気ない1分1秒を、心の底から欲しがって亡くなっている人がいるんだと本当に痛感するんですね。
だからこそ無駄なことで時間を使いたくないし、やりたいなと思ったら今しかない。たぶん中長期で後悔するほうが大きいと思いますので、やっぱりやれる時に思い切ってチャレンジしてください。(中略)
ベンチャーだからといってリスクがあるわけではないと思うんですよ。うちの会社に今、いろんな方がチャレンジして入ってくれていますが、仮に会社が数年後になくなっても、絶対に今一緒に働いてくれているメンバーは、どこの会社からも引く手あまたでいろんなチャレンジができる。そういう(どこに行っても通用する)経験を積んでくれていると思っています。
なのでリスクはないですし、心の踊るほうに、ワクワクするほうにちゃんと人生を歩んでいくことが大切なんじゃないかなと私は思います。もしチャレンジするかどうか悩んだ時には、「これで本当にいいのか」と1回問い直して、大胆に行動していただくほうがいいのかなと思います。
引用:「大企業でもできること」はベンチャーでやっても勝てない 元リク起業家が語る、挑戦前に見極めたい「勝機」と「リスク」(ログミーBusiness)
スタートアップとベンチャーの違いを理解すること、そして大企業での働き方と比較することは、単なる知識の習得にとどまりません。
それはこの不確実な時代において、自分自身がどのような価値観を持ち、どのような人生を歩んでいきたいのかを問い直す、1つのきっかけとなるのです。