【3行要約】
・ワークライフバランスは「緩い働き方」ではなく、私生活を充実させながら仕事の成果も維持する高度な自己管理が求められるものです。
・デンマークやフランスでは「休むことは生産性向上の源」という考えが浸透し、短時間労働で高い成果を実現しています。
・真のワークライフバランスを実現するには、仕事と生活を対立させるのではなく、人生という大きな器の中で両方を高め合う「ワーク・イン・ザ・ライフ」の発想が重要です。
ワークライフバランスは「緩い働き方」ではない
「ワークライフバランス」という言葉は、多くの企業で働き方改革の理念として掲げられています。内閣府も「仕事と生活の調和」を推進しており、その定義は「働く人が仕事上の責任を果たそうとすると、仕事以外の生活でやりたいことや、やらなければならないことに取り組めなくなるのではなく、両者を実現できる状態」とされています。この考え方は、仕事と私生活の両立を目指す上で重要な指針となるものです。
ワークライフバランスという言葉を推進すると、組織に「緩み」が生まれるのではないかという懸念が聞かれることがあります。権利を主張するだけの社員が増え、全体の生産性が低下するのではないか、という不安です。
しかし本来のワークライフバランスとは、決して「緩い働き方」を許容するものではありません。
むしろ、私生活を充実させながら仕事での成果も維持するという、より高いレベルの自己管理と責任感が求められる「厳しいもの」であると、NPO法人ファザーリング・ジャパン理事の川島高之氏は言います。私生活を守るという権利を行使するためには、まず仕事における責任を果たすという義務が伴います。この2つは表裏一体であり、どちらかだけを切り離して考えることはできません。
受け身の姿勢で仕事に取り組んでいては、真のワークライフバランスは実現できません。上司から与えられた仕事をこなすだけでは、突発的な業務に対応できず、結果的に私生活の予定をキャンセルせざるを得ない状況に陥りがちです。そうではなく、自ら能動的に仕事の裁量権を取りにいく姿勢が不可欠です。
例えば、与えられた締切よりも前に自分の中での締切を設定する、日々のタスクを逆算して計画を立てる、明日の予定を前日に予習しておくといった主体的な行動が、仕事のコントロールを可能にし、結果として私生活の時間を確保することにつながるのです。
ワークライフバランスとは、与えられるものではなく、自らの厳しい規律と能動的な働きかけによって勝ち取っていくものなのです。
仕事は人生の目的を達成するための手段
「ワークライフバランス」という言葉は、仕事(ワーク)と私生活(ライフ)を天秤にかけ、その均衡を取るべきだという考え方を前提としています。しかし、この考え方自体に違和感を抱く声もあります。
なぜなら、もし「ワーク」がつらく苦しいもので、「ライフ」だけが楽しいものだとしたら、その2つのバランスを取ること自体が本質的な解決にはならないからです。人生の多くの時間を占める仕事が苦痛であるならば、残りの時間でどれだけ楽しいことをしても、人生全体の幸福度は決して高くはならないでしょう。
この問題の本質は、「つらい仕事は楽しいライフを蝕む」という点にあります。例えば、学生時代のアルバイトで、成果が出ずに精神的につらい飛び込み営業をしていた経験を持つある株式会社トライバルメディアハウス代表取締役社長の池田紀行氏は、「仕事の前日から気分が落ち込み、働いている最中は当然つらく、仕事が終わった後でさえ『また明後日に仕事か』と考えて気分が晴れなかった」と語っています。
これではワークが終わった後にライフが待っていても、心から楽しむことはできません。仕事のストレスが、プライベートの時間にまで侵食してくるのです。
何が言いたいかというと、つらい仕事っていうのは楽しいライフを蝕む、邪悪な力を持っていて。仕事がつまらなかったら人生がつまらないなということを、すごく強く感じた原体験でした。
だから僕は今、「ワークライフミックスだぞ」と全社員に言ってるんです。日本には「サザエさん症候群」という言葉があるぐらいで、一番元気なのは金曜日の夜で「明日から週末だ!」みたいな。土曜日の遊んでいるうちはすごい元気で、「明日も休みだ」みたいな感じなんですけど。
日曜日になると、「日曜か。明日は月曜日だな」みたいな。夕方ぐらいから気分が沈んでいって、サザエさんの歌を聞いた瞬間に「もう俺の人生は終わりだ。明日は仕事だ、死にたい」みたいな感じになる。これが「サザエさん症候群」なんですけど。
引用:「つらいワーク」と「楽しいライフ」でバランスは絶対取れない マーケティングのプロがすすめる、「楽しく働く」マインドセット(ログミーBusiness)
この「サザエさん症候群」に象徴されるように、週の後半は解放感に満たされ、週の始まりが近づくにつれて憂鬱になるというサイクルを繰り返す人生は、決して豊かとは言えません。
そこで、池田氏が提唱しているのが前述にある「ワークライフミックス」という考え方。これは、仕事と生活を対立するものとして切り離すのではなく、どちらも人生を構成する大切な要素として統合し、すべてを丸ごと楽しむというアプローチです。
仕事は人生の目的を達成するための手段であり、それ自体が苦行であってはなりません。何よりもまず「楽しく働く」こと。このマインドセットこそが、仕事と生活の真の調和を生み出す鍵となるのです。
デンマークのワークライフバランス観が生む好循環
日本の働き方を考える上で、海外の事例は多くの示唆を与えてくれます。
特にデンマークは、IMD(国際経営開発研究所)の世界競争力ランキングにおいて、「ビジネス効率性」の項目で6年連続1位(2025年時点)を獲得している国です。驚くべきは、彼らがその高い生産性を短い労働時間で実現している点です。多くのデンマーク人は午後4時には退社し、家族と夕食を囲み、プライベートな時間を大切にするライフスタイルを確立しています。
なぜデンマークでは短い労働時間で高い成果を出すことが可能なのでしょうか。その答えは、彼らが持つ独自のワークライフバランス観にあります。デンマーク人の頭の中には、「プライベートを犠牲にして働き続けると、いずれエネルギー切れを起こし、仕事の成果も落ちる」という考え方が深く根付いています。
働きすぎは心身を消耗させ、長期的には生産性を低下させるだけでなく、プライベートな生活にも悪影響を及ぼす「悪循環」に陥ると理解しているのです。だからこそ、彼らは意識的に「好循環」を生み出すことを目指します。それは「プライベートを充実させてこそ、仕事に集中できる」という考え方です。
家族や友人と過ごす時間、自然の中でリラックスする時間などを大切にし、心身を十分に休ませてエネルギーを充電する。その充実した状態で仕事に向かうからこそ、高い集中力と創造性を発揮できるのです。そして、仕事で成果を出せば、それがさらなるプライベートの充実につながる。このポジティブな循環を回し続けることが、彼らの生産性の源泉となっています。
興味深いことに、デンマークもかつては男性中心の長時間労働が主流だったと、デンマーク文化研究家の針貝有佳氏は語ります。しかし、1960年代以降、徐々に労働時間を短縮し、女性の社会進出を促進することで、現在のような男女ともに短時間労働を実現する社会へと変革を遂げてきました。
この働き方を支える制度として、以下のようなものが挙げられます。・フレックスタイム制ほぼすべての職場で導入されており、週37時間を基本としながら、出社・退社時間は各自が柔軟に決められます。
・在宅ワーク職種によりますが、可能な仕事であれば広く導入されています。
・長期休暇年間5〜6週間の有給休暇があり、特に夏には3週間の連続休暇を取得するのが一般的です。
・育児休暇夫婦合わせて52週間(約1年)の育児休暇が取得でき、男性が数ヶ月単位で取得することも当たり前になっています。
これらの制度によって、性別に関係なく誰もが家族との時間を確保しながらキャリアを追求できる環境が整っており、社会全体の生産性を高める原動力となっているのです。