【3行要約】
・社会全体の変化、価値観の多様化、人材の流動性が高まる中で、マネジメントの変革が求められ、ピープルマネジメントが重要視されています。
・ピープルマネジメントは「ヒト」にフォーカスし個々の可能性を引き出すことで、組織全体の成果最大化を目指すマネジメント手法として注目されています。
・マネージャーは「管理者」から「伴走者」へと役割を転換し、3つの対話スキルを使い分けることで、メンバーの自律性と組織の創造性を高められます。
ピープルマネジメントとは?
ピープルマネジメントとは、メンバー個々人の成功や成長にコミットし、個々の可能性を引き出すことで、組織全体の成果を最大化することを目指すマネジメント手法です。
これまでのマネジメントは、「ヒト・モノ・カネ・情報」といった経営資源を適切に管理し、ビジネス上の目標達成のためにいかに「成果」を上げるかという点を重視してきました。そのため、マネージャーの役割としては、主に管理、監督、評価が中心で、組織の成果に対して最終的な責任を負う立場でした。これは、パフォーマンスを偏重する管理型のマネジメントと言えます。
一方でピープルマネジメントでは、マネジメントの中心に「ヒト」を置きます。メンバーのエンゲージメントやモチベーションが高い状態にあるようにサポートし、伴走しながらその可能性を引き出すことがマネージャーの重要な役割となります。
トップダウンで指示・命令を下すのではなく、メンバーと対話し、一人ひとりが持つ強みやキャリア志向を理解した上で、その成功を支援するのです。
このアプローチの違いは、目標設定や評価の頻度にも表れます。従来のマネジメントでは、評価面談が年に数回に限られることが一般的でした。しかしピープルマネジメントでは、メンバーの成功に寄り添うため、より高頻度での対話が不可欠です。近年多くの企業で導入されている「1on1ミーティング」は、まさにこの考え方を体現する代表的な機会と言えるでしょう。
もちろん、両者の最終的なゴールが「組織の成果を最大化すること」である点は共通しています。しかし、そのゴールに至るまでのプロセスや考え方が大きく異なるのです。従来のマネジメントが成果から逆算して人を管理するアプローチだとすれば、ピープルマネジメントは、まず人に向き合い、その成長と成功を支援することを通じて、結果として組織の成果へと繋げていくアプローチであると言えます。
この背景には、仕事そのものや成果のみに目を向けるのではなく、対話を通じて部下の仕事へのモチベーションや、企業のために自ら貢献しようという意識の度合いである従業員エンゲージメントを高めていくことが、組織の持続的な成長に不可欠であるという認識があります。
ピープルマネジメントは、従来のマネジメントよりも「ヒト」という経営資源に、より深くフォーカスしたマネジメント手法なのです。
ピープルマネジメントが重要視される理由
近年ピープルマネジメントがより重視されるようになった背景について、もう少し詳しく見ていきましょう。
ピープルマネジメントがより重要視されてきた背景には、まず社会全体の変化が挙げられます。市場環境の変化が激しい「VUCA」と呼ばれる時代において、企業が生き残るためには、従業員が自ら考え、主体的に行動できる人材であることが不可欠です。
単純作業はテクノロジーに代替され、人間に求められる仕事はより高度で複雑なものになっています。それに伴い、マネージャーがすべての答えを持ち、指示を出すというスタイルは機能しづらくなりました。
また、働く人々の価値観や働き方も大きく多様化しています。終身雇用が当たり前ではなくなり、個人のキャリアは会社に依存するものではなく、自らデザインするものへと変化しました。
特に若い世代は、自己成長や仕事の意義を重視する傾向にあります。このような状況では、画一的なマネジメントでメンバーを動かすことはできません。一人ひとりのキャリア志向や人生の志向性まで含めて丁寧にヒアリングし、現在の仕事がその人にとってどのような意味を持つのかを共に考えるコミュニケーションが求められます。
さらに、情報化社会の進展により、人材の流動性も高まっています。従業員は常に「この会社ではない場所で働く」という選択肢を持っており、エンゲージメントが低い状態では、優秀な人材の流出は避けられません。企業はこれまで以上に、従業員を惹きつけ、定着させるための魅力的な組織づくりに注力する必要に迫られています。
このように、仕事の高度化、価値観の多様化、人材の流動化という3つの大きな変化が、マネジメントのあり方を根本から見直す必要性を生み出しているのです。
マネジメントは、もはや単一のスキルではなく、多様な要素が複雑に絡み合う「総合格闘技」のようなものになっていると、株式会社EVeM CEOの長村禎庸氏は語ります。 マネジメントは総合格闘技だと思っていまして、何か1つの問題が起こったとしても、それはピープルマネジメントが問題なのか、戦略づくりが問題なのかとか、いろんな問題が複雑に絡み合っているので、ごく一部だけじゃなくて、すべてをやることがマネジメントだと思っています。
(スライドを示し)ここに書いている「ベンチャーのマネージャーってどういう役割なんですか?」という話や、ベンチャーマネージャーの基本的な動作、どういうふうにクオーターや半期を過ごしていくのかが書いてあります。あと、マネジメントは1人でやることじゃないと思うので、基本動作をするためには人を動かさなきゃいけないので、「ピープルマネジメントの技術」というものがあります。
引用:センスや感覚に頼らずに「マネジメントの型」を学ぶメリット 人を動かし成果を出す「ピープルマネジメント」の技術(ログミーBusiness)
これらの課題に対応するためには、センスや感覚に頼るのではなく、体系的な知識とスキルに基づいたマネジメントの実践が不可欠です。ピープルマネジメントは、こうした時代の要請に応えるための、新しいマネジメントの指針と言えるでしょう。
ピープルマネジメントで必要になるマネージャーの役割
ピープルマネジメントを実践する上でマネージャーに求められる最も大きな変化は、従来の「管理者」からメンバーの成長を支援する「伴走者」への役割転換です。この転換は、単なる心構えの問題ではなく、組織の生産性を最大化するための具体的な方法論に基づいています。
組織の生産性を考える上で、「スタイナーの公式」という考え方があります。これは「実際の生産性=潜在的な生産性-プロセスロス+プロセスゲイン」という式で表されます。
潜在的な生産性とは、例えば3人のチームであれば3人分の力のことです。しかし、人間が集まった場合、その力が必ずしも単純に3倍になるとは限りません。関係性の悪さなどによる「プロセスロス(損失)」と、知恵を出し合うことなどによる「プロセスゲイン(相乗効果)」が発生してしまうこともあるのです。
このプロセスには2つの側面があります。1つは「タスクプロセス」で、仕事の目的や手順、役割分担といった目に見えやすい仕組みの部分です。もう1つは「メンテナンスプロセス」で、信頼関係や雰囲気、満足度といった目に見えない人間関係の部分です。
ピープルマネジメントでは、特にこのメンテナンスプロセスを強化することが、プロセスロスを減らし、プロセスゲインを最大化するカギであると考えると、株式会社オフィス・アニバーサリー 代表取締役社長の北方伸樹氏は言います。マネージャーが伴走者としてメンバーと向き合い、信頼関係を構築することは、このメンテナンスプロセスを良好に保つための中心的な活動です。
例えば1on1ミーティングで仕事の課題について対話する際、マネージャーが親身に話を聞き、さまざまなアイデアを出してくれることで、メンバーは「この人は信頼できる」「何でも話せる」と感じるようになります。この信頼関係、つまりメンテナンスプロセスの強化が、安心して仕事に取り組める心理的な土台となるのです。
心理的安全性が確保された職場では、メンバーは失敗を恐れずに挑戦したり、自分の意見を臆することなく発信したりできます。これはチーム全体の創造性を高めるだけでなく、ミスや問題が早期に共有されることにもつながり、リスク管理の観点からも非常に重要です。
つまり、マネージャーが管理者として一方的に指示・命令を下すのではなく、伴走者としてメンバーに寄り添い、対話を通じて信頼関係を築くことは、単なる精神論ではありません。それはチームの潜在能力を最大限に引き出し、組織全体の生産性を向上させるための、極めて論理的で効果的なアプローチなのです。この役割転換こそが、ピープルマネジメントの核心と言えるでしょう。
メンバーの自律性を引き出す3つの対話スキル
ピープルマネジメントを実践し、メンバーの伴走者となる上で、マネージャーには多様な対話スキルが求められます。単一のスキルに頼るのではなく、状況や相手に応じて複数のスキルを使い分けることが、メンバーの自律的な成長を促すカギとなります。
その上で特に重要とされるのが、「カウンセリング」「コーチング」「コンサルティング(ティーチング)」という3つのスキルだと、ポジウィルコーチングスクール事業責任者・マネージャーの笹内俊佑氏は語ります。1つ目が「カウンセリング」のスキルです。これはメンバーとの信頼関係を築くための土台となるスキルであり、傾聴や共感、非言語コミュニケーションを通じて、相手が安心して本音を話せる雰囲気を作り出すことを目的とします。
マネージャーがまず相手の話を真摯に受け止める姿勢を示すことで、メンバーは「この人になら話しても大丈夫だ」と感じ、心を開くことができます。これがすべての対話の出発点となります。
2つ目が「コーチング」のスキルです。これは、質問を投げかけることによって、相手の中にある答えや、まだ気づいていない本音を引き出す関わり方です。マネージャーが答えを与えるのではなく、問いを通じてメンバー自身の内省を促し、自己発見を支援します。
例えば、「どうしたい?」「どうすればいいと思う?」といったオープンクエスチョンは、相手の思考を広げ、主体的な気づきを促します。相手の中にしか答えがないキャリアの悩みなどに対して特に有効なスキルです。
3つ目が「コンサルティング(ティーチング)」のスキルです。これは、マネージャーが持つ知識や経験を基に、具体的なアドバイスやフィードバックを与え、メンバーに「教える」関わり方です。
業務に必要な知識が不足している場合や、客観的な事実を伝える必要がある場合に用いられます。ただし、このスキルに偏りすぎると、メンバーが常に答えを待つようになり、自走力が育まれにくいという側面もあります。
重要なのは、これらの3つのスキルを固定的に使うのではなく、メンバーの習熟度や自律度、そして対話の状況に応じて柔軟に使い分けることです。例えば、仕事に慣れていないジュニアメンバーにはティーチングを中心に、経験豊富なベテランメンバーにはコーチングを中心にといった具合です。
マネージャーはまずは自分自身のコミュニケーションの癖を振り返り、「どのスキルが得意で、どのスキルが苦手か」「ふだんどのスキルを多用しているか」を自覚することから始めるのが良いでしょう。
この3つのスキルを意識的に使い分けることで、マネージャーはメンバーそれぞれに最適化された支援を提供し、その自律的な成長を効果的に促すことができるようになります。