1on1を形骸化させないためのポイント
ピープルマネジメントでは高頻度での対話が不可欠で、近年多くの企業で導入されている「1on1ミーティング」は、まさにこの考え方を体現する代表的な機会だと前述しました。
ピープルマネジメントを実践する上で1on1ミーティングは中心的な役割を果たしますが、その運用を誤ると単なる進捗確認の場となり、形骸化してしまう危険性があります。1on1をメンバーの成長を支援する有意義な時間にするためには、その目的を正しく理解し、効果的な「型」に沿って実践することが重要です。
1on1の本来の目的は、マネージャーがレビューをすることではなく、メンバー個人のパフォーマンス向上を支援することです。この時間を価値あるものにするためには、メンバー自身が「この対話によって自分の仕事が前に進む」と実感できる状態を作ることが重要です。
そのためには、1on1で話すべきテーマを適切に設定することが求められます。日常の業務連絡や緊急性の高い課題ばかりを扱っていると、どうしてもマネージャーが答えを出す展開になりがちで、メンバーが自ら考える機会を奪ってしまいます。
話すべき領域について緊急・重要のマトリクスでいうと、左下は雑談とかですね。緊急だけど重要じゃないという右の領域というのは、いわゆる報連相ですね。右上の緊急かつ重要な課題もタイミングが合えば話すといいと思うんですけど、メインは左上のところですね。ちょっと気にかかるんだけど今でなくてもいいような、重要だけど緊急じゃないといったものですね。いろいろな切り口がありますが、こういった類のものを話してもらうといいんです。
なんでいいのかというと、この左上の領域って、ゆっくり考えても問題ない領域なので、メンバーに考えてもらう会話ができます。今答えを出さなくてもいいので、「なんだったら次回の1on1の時までに考えてもらったらいいからね」ということができるんですよね。
引用:1on1でいきなりプライベートな話をしてはいけない 信頼関係強化のために意識したい「タスクプロセス」と「メンテナンスプロセス」(ログミーBusiness)
「重要だが緊急ではない」テーマ、例えば「日頃仕事をしていて、もう少し改善できると感じること」や「自身の成長課題」などを扱うことで、メンバーにじっくりと考えてもらう対話が可能になります。こうした本質的な課題の解決は、日常業務の生産性向上に直結し、メンバーのモチベーションを高めることにもつながります。
対話を通じてメンバー自身が考え、次に何をすべきかが明確になるという成功体験を積み重ねることで、1on1は形骸化することなく、組織の成長を支える重要な仕組みとして機能していくでしょう。
マネージャーの「聴く力」がピープルマネジメントを成功に導く
1on1に限らず、ピープルマネジメントにおける対話の根幹をなすのは、マネージャーの「聴く力」です。このスキルは単にメンバーとの良好な関係を築くだけでなく、組織全体の創造性を高め、潜在的なリスクを管理する上でも極めて重要な役割を果たします。
Google社が実施した「プロジェクト・アリストテレス」という調査では、高いパフォーマンスを上げるチームの最も重要な特徴として、「メンバー間の発言量が均等である」「非言語的なサインへの感受性が高い」という2つの傾向が見られたのです。これは、チームのメンバーがお互いの話を真剣に「聴き合っている」状態を示しています。
例えば会議の場面で、参加者が自分の提案を通すことばかりに意識を向けていると、他者の意見に対して批判的な姿勢になりがちです。議論は「どちらの案が優れているか」という競争になり、新しいアイデアは生まれにくくなります。
一方、参加者全員が「聴く」ことに意識を向ければ、他者の提案の背景にある意図を理解しようと努めます。それぞれの視点が共有されることで、物事の捉え方が広がり、「複数の案を組み合わせて新しいものを生み出そう」という創造的な対話に発展しやすくなります。このように、組織に「聴き合う」文化が根付くことで、日常的に新たな発見や変革が生まれる土壌が育まれます。
さらに、「聴く力」はリスク管理の観点からも不可欠です。
ハーバード大学のエイミー・C・エドモンドソン教授の研究によると、治療成績が高い医療チームほど、実はミスの報告数が多いという結果が出ています。これは、チーム内で心理的安全性が確保されており、些細なミスでも気兼ねなく報告・共有できる文化があることを意味します。報告されたミスはチーム全体で分析され、再発防止策が講じられるため、結果的に治療成績が向上するのです。
逆に、ミスを報告しづらい雰囲気の職場では、問題が隠蔽され、気づいた時には手遅れになっているという事態に陥りかねません。マネージャーがメンバーの話を真摯に「聴く」姿勢を示すことは、メンバーが安心して問題を報告できる環境を作り、組織が抱えるリスクの芽を早期に発見することに直結します。
このように、「聴く力」は、個々のマネージャーが習得すべきスキルであると同時に、組織全体のパフォーマンスを左右する重要な文化資本なのです。
「任せられない」の裏にあるマネージャーの課題と葛藤
ピープルマネジメントの重要性を理解していても、実践の現場では多くのマネージャーが困難に直面します。特に「メンバーに仕事を任せられない」という悩みは、根深い課題として存在します。
この「任せられない」という状況の裏には、マネージャー自身の不安や恐れが隠れていることが少なくありません。例えば、「メンバーに任せることで仕事のクオリティが下がり、チームの成果が出なくなるのではないか」「最終的に自分が評価されなくなるのではないか」といった恐れです。
チームで成果を出すことに強い責任感を持っている真面目なマネージャーほど、こうしたマインドブロックに陥りやすい傾向があります。
また、短期的な視点で見ると、自分でやったほうが早いという現実もあります。特に1ヶ月から3ヶ月程度のスパンで成果を求められる場合、「自分が巻き取ったほうが早い」「関係者に迷惑がかかるから自分がやるべきだ」と考えてしまうのは自然なことです。しかし、この選択を続けることで、長期的にはより大きな問題を引き起こす可能性があります。
マネージャーが仕事を抱え込み続けると、まずメンバーの成長機会を奪ってしまいます。いつまでも仕事を任せてもらえないメンバーは、当事者意識が生まれず、成長することができません。その結果、責任ある仕事は常にマネージャーに集中し、マネージャーは現場を離れられなくなります。これは長期的な視点で見ると、組織にとって大きなデメリットとなります。
上司が常に尻拭いをしてくれる環境では、部下は自分で問題を解決する力を養うことができません。困難なタスクを最後までやり遂げた時に得られる達成感や、自分事として仕事に取り組む喜びを味わうこともないでしょう。
その結果、エンゲージメントは高まらず、自律的な成長も期待できません。上司が良かれと思ってやっている行動が、結果的に部下の成長を阻害してしまうのです。
さらに上司が仕事を抱え込み、常に忙しくしている姿は、部下の昇進意欲を削ぐ原因にもなります。「あのポジションになると、あんなに大変な思いをするのか」と感じれば、キャリアアップに魅力を感じなくなるのも無理はありません。これは組織のサステナビリティ(持続可能性)にとっても大きな問題です。
中川:総じて組織にとってみると、上司やリーダーというのは、基本、常に尻拭いをするものであって、部門の中で誰よりも働くもの……いいですか、これ、宣言してもいいです。みなさんは必死に働いてその一番働いているさまを見せるのが上司なのであるという誤解をしてはいませんか?(中略)
「うちの部長はしっかり怠けられている」と(笑)。「そのステージに行くために自分は今がんばっているんだ」というほうが社会としてはサステナブルだと思いませんか? 重い役割を担っているが、その職責を果たすためにこそ下に任せることができているということ。
引用:「尻拭いしない」上司が部下の能力を育てる 経営学者が語る、“任せて見守る”マネジメント実践術(ログミーBusiness)
真に責任ある上司の仕事とは、自分が手を動かすことではなく、部下が最後まで仕事をやり遂げられるように支援することです。それは、放り出すこととはまったく異なります。助言を与え、やり方を示し、モチベーションを高め、最後まで本人を信頼し切ってやらせ切ること。たとえ自分が手を出せば5分の1の時間で終わる仕事であっても、ぐっとこらえて任せ切る。この姿勢こそが、部下の能力を最大限に引き出し、組織全体の力を底上げするのです。
もちろん、最終的な責任は上司が負います。部下のために頭を下げる場面も出てくるでしょう。しかし、それは業務そのものを肩代わりすることとは本質的に異なります。
重い職責を担っているからこそ、余裕を持って部下に任せ、育てる。この逆説的なピープルマネジメントを実践できるかどうかが、これからのリーダーに問われています。