【3行要約】
・現代において「叱るリーダー」はもはや通用せず、理想の上司像は「ビジョン型」や「コーチング型」へと大きく変化しています。
・不確実性の高いVUCA時代において、若手は精神的に脆く不安を抱えやすく、仕事の意味への納得感を強く求めています。
・これからの上司は「管理」ではなく「支援」に徹し、心理的安全性を高めながら部下の内発的動機づけを引き出す関わり方を実践しましょう。
理想の上司像の劇的な変化
現代のビジネス環境において、「理想の上司像」はかつてないほどの速度で変化しています。リーダーシップと情熱を持ち、時には厳しく叱ってくれる存在が理想とされた時代もありましたが、その価値観はもはや通用しなくなりつつあります。近年の調査結果は、この変化を明確に示しています。
エン・ジャパンが2024年に実施した調査によると、理想の上司のリーダーシップスタイルとして最も支持されたのは「ビジョン型」(リーダーの夢をチームの共通の目標にする)であり、次いで「コーチング型」(部下に考えさせ、自ら答えを出すのを支援する)だったと、株式会社らしさラボの伊庭正康氏は語ります。一方で、かつて主流であったかもしれない「強制型」(マイクロマネジメントで細かく指示する)や「先導型」(「ついてこい」と力強く引っ張る)といったスタイルは、理想とは程遠い結果となっています。強制型に至っては、わずか1パーセントの支持しか得られていません。
この傾向は、過去10年間の変化を追うことでより鮮明になります。
2009年の調査では「リーダーシップと情熱を持っていて、場合によっては叱ってくれる人」が理想の上司として挙げられていたとUnipos株式会社 代表取締役社長CEOの田中弦氏は語ります。しかし、その10年後にはこの項目は大きくランクダウンし、代わりに「労いと褒め言葉を忘れない人」が上位に浮上したのです。
この事実は、部下を強く牽引し、時には厳しさをもって指導するタイプのリーダーシップが、現代の職場では支持を失っていることを物語っています。
なぜ理想の上司像が変化したのか?
理想の上司像が大きく変化した背景には、私たちが生きる時代の特性が深く関わっています。現代社会は「VUCA」という言葉で表現されるように、変動性(Volatility)、不確実性(Uncertainty)、複雑性(Complexity)、曖昧性(Ambiguity)に満ちています。変化が激しく、未来の予測が困難なこの時代において、かつてのように上司が絶対的な「正解」を持ち、部下を導くというモデルは機能しなくなりました。
さらに、VUCAに続く概念として「BANI」というものも提唱されています。これは、脆さ(Brittle)、不安(Anxious)、非線形(Non-linear)、不可解(Incomprehensible)を意味し、現代社会がもたらす心理的な影響をより色濃く反映した言葉です。
このような環境で育ってきた若手世代は、常に変化にさらされることで確固たる信念を持ちにくく、精神的に脆くなりやすいと指摘されています。これは個人の資質の問題ではなく、時代環境がもたらした必然的な結果と言えます。
こうした時代背景は、若手社員の上司に対する期待にも大きな影響を与えています。先の見えない状況で彼らが強く求めるのは、絶対的な正解を提示してくれる強力なリーダーではなく、むしろ不安に寄り添い、共に考え、安心して進める道筋を示してくれる存在です。
昭和世代と比較しても、令和世代はこのVUCAの真っただ中で成長してきた世代です。加えて、コロナ禍により人と接する機会が少なく、コミュニケーションの経験値そのものが低いという実感も、私自身、仕事を通じて強く持っています。
こうした環境の中で人はどんな影響を受けるのか。もう1つご紹介したいのが「BANI(バニ)」という概念です。VUCAに続く新しい枠組みですが、この言葉自体を覚える必要はありません。ただ、非常にわかりやすいモデルなのでご紹介しています。
BANIモデルでは、人間の心理状態が次のように整理されています。
まず、変化が激しすぎると、個人は確固たる信念を持ちにくくなり、精神的に脆くなります。そして、絶え間ない変化の中で、常に不安を感じやすくなる。しかもその変化は直線的ではなく、非線形的に、つまり突発的に常識が覆るような変化が起きる。それによって、物事が理解しにくく、不可解に感じられるようになる。こうした心理的ストレスが、特に若手層に強くのしかかっているのです。
引用:「できないものはできない」管理職の限界 若手社員の退職防止策がうまくいかない理由(ログミーBusiness)
「失敗してもいいよ」と挑戦を支え、一緒に並走してくれるような関わり方が、今の若手にとっては理想的なのです。上司が「任せたぞ」と突き放すようなスタンスは、彼らにとっては「見放された」「はしごを外された」と受け取られかねません。
厳しさやプレッシャーをかけるタイプの指導が響きにくくなっているのは、彼らが置かれている厳しい時代環境を理解すれば、ごく自然なことだと言えるでしょう。
理想の上司に必要な「ビジョン」を語る力
ここからは理想の上司になるために、どのようなスキルや考え方が必要になるのかを細かく見ていきましょう。
現代において理想の上司像の第1位に挙げられる「ビジョン型リーダー」というスタイルの本質は、メンバーが「なぜ我々はこの仕事に取り組むのか」という問いに対して、心から納得し、共感できる「大義名分」を語る力にあります。
数字という結果だけを追い求めるのではなく、その先にある目的や社会的な意義を魅力的な物語として提示することで、メンバーの内発的な動機を引き出し、チームを1つの方向にまとめあげるのです。
では、人を本気にさせるビジョンとは、どのように構築すればよいのでしょうか。一流のリーダーたちのメッセージには、ある共通の構造が見られます。
それは「They(彼ら), Before(以前), After(以後)」というフレームワークだと株式会社らしさラボの伊庭正康氏は語ります。これは、自分たち(We)やあなた(You)といった社内の論理ではなく、顧客や社会といった社外の存在(They)を主語に置く考え方です。具体的には、以下の要素で構成されます。
They(彼ら)我々が貢献すべき対象は誰か。それは顧客であり、社会であり、まだ見ぬユーザーかもしれません。
Before(以前)その「彼ら」が抱えている問題、不満、不安、不便は何か。我々が放置できない、解決すべき課題を明確にします。
After(以後)我々の仕事を通じて、「彼ら」の状況をどのようにすばらしい状態に変えることができるのか。我々が目指す理想の世界を描きます。
例えば、求人広告の営業リーダーであれば、「営業目標を達成するぞ」と言うだけではメンバーの心は動きません。しかし、「人手不足で事業の継続に悩む中小企業の経営者(They)が、後継者が見つからず夜も眠れない状況(Before)を、我々のサービスで解決し、安心して事業に専念できる未来(After)をつくりたい。そのために、この営業目標が必要なんだ」と語れば、仕事の意味合いは大きく変わります。
この「They、Before、After」の物語を語ることは、経営層だけの役割ではありません。主任や課長といった現場のリーダーこそが、会社の大きなビジョンを自分たちのチームの文脈に落とし込み、自分自身の言葉で解釈して語ることが不可欠です。
役割として言わされているのではなく、1人の人間としての思いを乗せてビジョンを語れるかどうかが、メンバーからの信頼と共感を得るための絶対条件と言えるでしょう。