上司の役割の再定義
従来のマネジメントは、経営層から下ろされた目標を部下に割り振り、その進捗を管理・監督する「指示管理型」が主流でした。しかし、このスタイルは部下に「やらされ感」を生み出しやすく、日本企業のワークエンゲージメントが世界的に見ても低い水準にある一因とされています。
部下自身のキャリアや意欲、持ち味を考慮せずにトップダウンで業務が下ろされることで、彼らは無力感を抱き、会社のコントロール下に置かれていると感じてしまうのです。
この課題を乗り越え、部下の主体性とやる気を引き出すためには、上司の役割そのものを根本から捉え直す必要があります。これからのリーダーに求められるのは、部下の上に立って管理する「管理職」ではなく、部下の横に立ち、その成功を支える「支援職」への意識転換です。
このパラダイムシフトの中心にあるのが、心理学者エドワード・デシが提唱した「内発的動機づけ」の理論です。人が自らの意思で意欲的に物事に取り組むためには、「有能感(自分ならできるという感覚)」と「自己統制(自分でコントロールしているという感覚)」の2つが不可欠だとされています。
これを内発的動機づけにシフトする。エドワード・デシは、内発的動機づけには「有能感」と「自己統制」の2つが条件として欠かせないって言ったわけですね。
これを上司力の概念にセットして僕が考えたのがこれなんです。業務目標。売上とか収益とか納期とか品質とかいろいろあるんですけど、この「目標」はもちろん伝えないといけない。
その上位概念にある、「何のためにこの仕事をやるんだっけ」ということを、対話の中で納得してもらうことが、まずスタートなんです。その上で、「あなただからこの仕事を任せるよ」っていうことで本人も納得して、「よし、自分だからやれる仕事だ」と思うと、有能感が持てて、「よし、できる」という感じになれるんです。
作業ではなくて仕事を任せましょう。すなわち自己裁量、自己コントロールできる状態で任せてあげれば、その仕事の主体者は部下になるわけですね。
となると、上司の役割は管理職じゃなくて支援職に変わるはずなんですよ。だから、僕は上司は管理職から支援職に変わりましょうって言っています。そうするとやる気が高まっていくと思うんですね。
引用:理想の上司の役割は「管理職」ではなく「支援職」 部下のやる気を高めるマネジメントの極意(ログミーBusiness)
支援職としての上司は、まず業務目標を伝えるだけでなく、その上位概念である「何のためにこの仕事をするのか」を対話の中で丁寧に伝え、納得感を引き出します。その上で、「この仕事は、あなたのこういう強みを活かせるから任せたい」と伝えることで、部下の「有能感」を育みます。
そして、仕事の進め方について細かく指示するのではなく、ある程度の裁量権を与え、「作業」ではなく「仕事」そのものを任せることで、部下は「自己統制」の感覚を持つことができるのです。
仕事の主体者が部下自身に変わった時、上司の役割はマイクロマネジメントではなく、部下が必要とするサポートを提供すること、すなわち「支援」へと自然に変化します。上司は「偉い」立場ではなく、あくまでチームの成果を最大化するための役割であると割り切ることが、この変革の第1歩となるでしょう。
信頼されるリーダーになるためのコミュニケーション習慣
理想の上司として信頼を勝ち得るためには、ビジョンを語り、支援職としての役割を理解するだけでなく、それを日々の具体的なコミュニケーションに落とし込むことが不可欠です。
「いざという時に部下を守る」「的確な指示・指導ができる」「相談のしやすさ」といった要素は、すべて日々の地道なコミュニケーションの積み重ねによって育まれます。
まず、「的確な指示・指導」は、コーチングの姿勢を基本とすることで実現できます。上司が一方的に答えを与えるのではなく、部下自身に考えさせるための質問を投げかけることが重要です。
「今、何に困っている?」「解決のためにどんな選択肢があると思う?」「その中で、まず試してみたいことは?」といった問いかけを通じて、部下の主体的な問題解決能力を育んでいきます。上司は答えを持っていたとしても、それをぐっとこらえ、部下の気づきを促す伴走者としての役割に徹することが、部下の成長につながります。
また、「相談のしやすさ」を担保するためには、1on1面談のような定期的な対話の場を設けることに加え、日頃からの「声かけ」が極めて重要です。
特に、現代の若手が上司に強く求めているのが「労いと褒め言葉」です。かつての「叱るリーダー」が支持されなくなった今、部下の努力や成果を承認し、感謝を伝えるコミュニケーションが、モチベーションと信頼関係の源泉となります。
ところが今は、災害や戦争など「世の中の不安定さ」がより増してきました。正解のない時代になった今、上司は「答え」を持っていません。そんな中で企業が成長するには、多様な価値観を持った一人ひとりの力を集結させて乗り越えることが大切です。そのためにも、上司は声かけなどを通じてや心理的安全性のある環境づくりを行った方が“お得”な時代に変わったんだと思うんですよ。
引用:理想の上司は「叱ってくれる人」から「労いと褒め言葉を忘れない人」に 人的資本経営の土台となる「心理的安全性」のつくり方(ログミーBusiness)
理想の上司として必要なスキルは、生まれ持った才能ではなく、学習可能なスキルです。しかし、本で読んだ知識を受け売りするだけでは、部下の心には響きません。重要なのは、さまざまな知識をインプットした上で、それを自分なりに解釈し、「自分はどう考えているのか」という軸を持つことです。
会社のビジョンや経営理念、あるいは歴史上のリーダーの哲学など、拠り所となる考え方を持ち、それを自分の言葉で語れるようになること。そのために学び続ける姿勢こそが、変化の時代において、部下から真に信頼される、理想の上司であり続けるためのカギとなるでしょう。