転職後のミスマッチを防ぐための対話
転職後に多くの人が直面する「こんなはずではなかった」という後悔、いわゆるリアリティショックは、なぜ生じるのでしょうか。
株式会社人材研究所の安藤健氏によれば、リアリティショックが大きい人には2つの特徴が見られます。1つは、入社前から「きっとこうだろう」と想像を膨らませ、実態を細かく確認しない「思い込みが激しいタイプ」。もう1つは、採用担当者の熱意ある言葉に浮かされ、「完璧な会社だ」と盲目的に入社を決めてしまう「口説きやすいタイプ」です。
これらのミスマッチは、求職者と企業の間のコミュニケーション不足、すなわち「対話」の欠如から生まれます。
ZaPASS JAPAN株式会社 代表取締役の足立愛樹氏は、人が「納得する」という感情は、一方的な説明ではなく、双方向の対話によって生まれると指摘します。会議で一方的に決定事項を伝えられても納得感は低いのと同じで、転職活動においても、企業と求職者が互いの考えや状況を共有し、理想と現実のギャップを埋めていくプロセスが不可欠です。
では、具体的にどのように対話を進めればよいのでしょうか。安藤氏は、企業を評価する際の4つの側面を提示しています。
1. どんなところで働くか?会社の規模、制度、給与、福利厚生など2. どんな仕事をするか?仕事内容そのもの、仕事の環境など3. どんな人と働くか?上司、同僚、会社の雰囲気など4. 自分にとって働きやすい職場か?休みの取り方、時間の融通などまずは自己分析を通じて、これら4つの側面において自分が何を大切にしたいのかを明確にします。その上で、選考中の企業がそれぞれの項目でどうなのか、「魅力に感じる部分」と「懸念に感じる部分」を言語化して整理します。この作業によって、確認すべき点がクリアになり、面接や面談の場で的確な質問ができるようになります。
さらに踏み込んだ対話の実践例として、8度の転職を経験したmoto(戸塚俊介)氏の方法が参考になります。moto氏は、内定承諾前のタイミングで、企業の営業資料や組織図をすべて見せてもらっていたと言います。どのような手法で営業しているのか、決裁権は誰にあるのかといった具体的な情報を得ることで、入社後に自分が成果を出せるかどうかを頭の中でシミュレーションしていたのです。
こうしたリアルな情報を得るための積極的な対話が、入社後のギャップを最小限に抑え、納得感のあるキャリア選択につながるのです。
後悔しないキャリア選択は「小さな越境」から始まる
キャリアに迷い、将来に不安を感じた時、多くの人は「転職」という大きな選択肢に目を向けがちです。しかし、すぐに環境を大きく変えることだけが解決策ではありません。
株式会社morich 代表取締役の森本千賀子氏は、まずは「小さな越境」を積み重ねることから始めるようアドバイスしています。「小さな越境」とは、現在の会社に所属しながら、外部の世界と接点を持つ活動のことです。具体的には、以下のようなものが挙げられます。
・社外のセミナーや勉強会への参加・同じ興味を持つ人々が集まるコミュニティへの所属・ボランティア活動への参加・副業を始めてみること・新しいスキルを身につけるためのリスキリングこうした活動を通じて、社内だけでは得られない異なる価値観や新しい情報に触れることができます。その結果、これまで当たり前だと思っていた自社の常識が、実は特殊なものであったと気づいたり、自分の新たな興味・関心の対象が見つかったりします。
視野が広がることで、凝り固まっていた思考がほぐれ、「次はこんなことを試してみよう」という新しいキャリアの「仮説」が生まれるのです。
森本氏は、これを「偶然を待つのではなく、偶然を迎えに行く習慣」と表現しています。キャリアの多くは、計画どおりに進むものではなく、予期せぬ出会いや出来事によって動いていくものです。だからこそ、主体的に行動を起こし、偶然の出会いが生まれる可能性を高めることが重要なのです。
まず、計画を立てて行動を起こしてみることです。今は「これが嫌だから、もうどうにかしてキャリアチェンジできないか」としか思っていなくても、「自分はこれからどういうことをしたいと思っているのか」とじっくり考えてみましょう。(中略)
2つ目は、自分の市場価値を知ることです。そのために今すぐ転職する気がなくても、転職エージェントに登録だけしておくのがお勧めです。「こんな仕事に興味があります」と登録しておくと、いくつかオファーをもらえます。
自分のスキルや経験を踏まえた、今の市場における選択肢がそのオファーになりますので、今、自分が市場でどんな人材だと見られているのかを知ることができます。
引用:「これが嫌だから」でするキャリアチェンジは悪循環のもと ポジティブな転職動機を見つける2つの方法(ログミーBusiness)
転職エージェントへの登録も、この「小さな越境」の1つと捉えることができます。すぐに転職するつもりがなくても、自分の経歴を登録する過程でキャリアの棚卸しができ、客観的な市場価値を知ることで、現在の仕事を新たな視点で見つめ直すきっかけにもなります。
キャリアは1本の線で描かれるものではありません。寄り道や迷いも、その後の景色を豊かにし、本当にやりたいことへとつながる貴重なプロセスです。焦って大きな決断を下す前に、まずは外の世界へ踏み出してみることが、後悔しないキャリアを築くための確かな1歩となるでしょう。