【3行要約】
・中堅社員の退職問題は、評価制度の不透明さやキャリアの停滞感が大きな要因となっています。
・企業の調査によると、中堅以降の社員に研修を実施している企業は全体の約22パーセントに過ぎず、多くの社員が成長の機会を失っています。
・企業は社員との質の高いコミュニケーションを通じて早期に不満を察知し、個々人のキャリアビジョンに寄り添った成長支援を行うことが、人材流出を防ぐ本質的な対策です。
中堅社員が退職する理由の1つ「放置」
多くの企業で中堅社員の退職が経営課題として認識されています。特に、入社から数年が経過し、まさに組織の中核として活躍が期待されるタイミングでの退職は、企業にとって大きな痛手となります。
この問題の根底には中堅社員が置かれている特有の状況、すなわち「放置」という構造的な課題が存在します。
新入社員の時期には研修やOJTリーダーによるサポートが提供されるのが一般的です。しかし一定の年次を迎え、「一人で仕事ができる」と見なされるようになると、これらの教育機会は急激に減少します。
大企業を含めても、中堅層以降の研修を実施している企業は全体の約22パーセントに過ぎないというデータもあり、中小企業に限定すればその割合はさらに低くなると考えられます。この教育機会の不在は、中堅社員にとって「長い放置プレイ」とも言える状況を生み出します。日々の業務は次第にルーティン化し、新たなスキル習得や挑戦の機会がなければ、成長実感を得ることは難しくなります。
かつては目の前の仕事をこなすだけで得られた達成感も、業務に慣れるにつれて薄れていき、仕事に対するマンネリ感や閉塞感を抱くようになります。企業側からはメッセージもフィードバックも特にないまま時間が過ぎていく中で、社員は自身のキャリアの先行きに不安を感じ始めます。このような刺激のない環境は、社員の働く意欲を徐々に削いでしまうのです。
さらに現代は転職市場が活性化しており、テレビCMやWeb広告などを通じて、日常的に転職という選択肢が提示されます。日々の業務に物足りなさや将来への不安を感じている中堅社員が、より魅力的な機会を求めて外部に目を向けるのは自然な流れと言えるでしょう。
企業側が、中堅社員に対して成長の道筋や新たな期待役割を明確に示し、継続的な関与と支援を行わなければ、彼らは自身の価値を試せる新しい環境を求めて離職を決断してしまうのです。
したがって、中堅社員の離職を防ぐためには、この「放置」という状態を解消し、彼らが常に成長を実感できる仕組みを組織的に構築することが不可欠となります。
評価制度へ不満も中堅社員が退職する理由
中堅社員の退職理由を考える時、給与や労働時間といった、いわゆる「衛生要因」にばかり目が向きがちですが、実際には「評価に対する不満」が根深い問題として横たわっています。特に、豊富な経験とスキルを持ち、組織への貢献度が高い優秀な人材ほど、自身の働きが正当に評価されているかを非常に重要視します。彼らにとって評価とは、単なる金銭的な報酬の決定基準にとどまらず、自らの市場価値を測り、仕事へのモチベーションを維持するための重要な指標だからです。
しかし、多くの組織では、この評価制度が適切に機能しておらず、優秀な人材の離職を引き起こす大きな要因となっています。
問題の1つは、社員自身の自己評価と会社からの評価との間に生じるギャップです。特に年功序列の風土が根強く残っている組織では、実績や能力よりも年齢や勤続年数が評価を左右することが少なくありません。
「自分のほうが明らかに成果を出しているのに、なぜあの先輩社員よりも評価が低いのか」という不満は、当人のやる気を著しく削いでしまうだけでなく、。組織への不信感へとつながり、より正当な評価をしてくれるであろう外部の環境へと目を向けさせるきっかけとなります。
実際に、年収600万円以上の層では「やりがいや自己成長」を理由に退職するケースが多いというデータがあります。これは裏を返せば、現在の職場で自身の成長や貢献に見合った評価(承認)が得られていないことへの不満の表れとも解釈できます。
また、評価基準そのものが曖昧であったり、評価プロセスの透明性が欠けていたりすることも問題です。上司の主観に大きく依存する評価では、社員は納得感を得ることができません。目標設定やフィードバックの機会が不十分であれば、社員は何を基準に努力すれば評価されるのかが分からず、キャリアの方向性を見失ってしまいます。
このような状況では、社員は「この会社にいても、自分の頑張りは報われない」と感じ、エンゲージメントは低下の一途をたどります。企業は、給与水準の引き上げといった対症療法的な施策だけでなく、評価制度の根本的な見直しに取り組む必要があります。
評価基準を明確にし、誰もが納得できる公平で透明性の高い制度を構築すること、そして評価者である管理職に対して適切なトレーニングを行い、質の高いフィードバックを提供できるようにすることが、優秀な中堅社員をつなぎとめる上で不可欠な要素となるのです。
キャリアの停滞感と不透明さからの不安
評価に対する不満の他に中堅社員が離職を決意する強力な動機の1つとしてに、「キャリアの停滞感」が挙げられます。若手の頃は新しい仕事を覚えること自体が成長であり、上司からの指示を着実に実行することで達成感を得られました。しかし中堅という立場になると、単に業務をこなすだけでは満足できなくなり、より高度なスキルや専門性を身につけ、自身のキャリアをステップアップさせていきたいという欲求が高まります。
しかし、多くの企業では、中堅社員に対する明確なキャリアパスが提示されていません。どのようなスキルを身につければ次のステージに進めるのか、将来的にどのような役割を担うことが期待されているのか、その道筋が見えないままでは、社員は努力の方向性を見失ってしまいます。
上司にキャリアの相談をしても、「まずは目の前の仕事をがんばれ」といった精神論で返されたり、具体的なアドバイスが得られなかったりすると、社員は「この会社は自分の将来を真剣に考えてくれていない」と感じ、孤独感と失望を深めることになります。
特に、組織のポストが詰まっており、昇進の機会が限られているような状況では、キャリアアップへの望みは絶たれ、社外に活路を求めようと考えるのは自然な帰結と言えるでしょう。
企業側は、単に目の前の業務を割り振るだけでなく、社員一人ひとりと向き合い、彼らのキャリアビジョンに耳を傾ける必要があります。そして、スキルマップやキャリアラダーを整備して成長のステップを可視化し、目標達成に向けた具体的なプランを共に考えることが求められます。
また、研修制度を充実させたり、挑戦的なプロジェクトや責任あるポジションを任せたりすることで、成長の機会を意図的に提供することも重要です。
社員が「この会社にいれば、なりたい自分に近づける」という確信を持つことができれば、キャリアへの不安は期待へと変わり、組織へのエンゲージメントは確固たるものになるでしょう。
逆効果になりかねない企業の試み
中堅社員の退職を防ぐために企業へのエンゲージメントを高めようと考える方もいるかもしれませんが、社員のエンゲージメントを高めようとする企業の試みは、時に意図とは逆の効果を生んでしまうことがあります。特に、旧来の価値観に基づいた画一的な施策は、多様化する現代の働き手には受け入れられにくく、かえって組織への失望感を招きかねません。
例えば「エンゲージメントが低いなら飲み会や懇親会を増やせば良い」という発想は、その典型的なアンチパターンです。かつては同じ価値観を共有するメンバーが集まり、対面でのコミュニケーションを深めることが一体感の醸成につながった時代もありました。
しかし、働き方やライフスタイルが多様化した現在では、このような施策はもはや万能ではありません。時短勤務やリモートワークで働く社員、あるいは業務時間外に自己投資の時間を持ちたい社員にとって、飲み会への参加は大きな負担となり得ます。
参加できないことで孤独を感じたり、参加者だけで重要な物事が決まってしまうような状況が生まれれば、エンゲージメントは向上するどころか著しく低下するでしょう。
エンゲージメントを「愛社精神」という言葉で捉え、それをトップダウンで社員に植え付けようとするアプローチもまた、危険な罠をはらんでいます。企業が一方的に「会社を愛せ」と押し付けることは、社員の自律性を奪い、反発心を生む原因となります。結果として、育つのは愛社精神ではなく「退社精神」になってしまうという皮肉な現実があります。
真のエンゲージメントとは、組織と個人が対等な関係性の中で、共通の目標やビジョンに向かって協力し合う状態を指します。それは会社への忠誠心という一方的なものではなく、仕事そのものや、共に働くチームメンバー、あるいは取り組んでいるプロジェクトへの熱意や貢献意欲といった、多面的なつながりの強さによって構成されるものです。
沢渡:そこで最初に、そもそもエンゲージメントって何か? という景色をみなさんと合わせたいと思います。私の定義なんですが、原語の英語に忠実に考えてみると、「エンゲージ」は複数の物事の関係性やつながりの強さを言います。
転じて、組織とそこで働く個人のつながりの強さ。それは組織や仕事に対する帰属意識、熱量、愛着、ロイヤリティだったりします。
組織や仕事と申し上げたんですが、ワークエンゲージメントを考えた時に、一昔前は「愛社精神だ!」(という考え方)だったと思うんですが、エンゲージメントの対象は「社」とは限らないわけですね。その時に向き合っている仕事のテーマやプロジェクトとか、もっと言ってしまえばチームのメンバーも対象になってきます。
引用:「退社精神」を育むのは、会社からの「愛社精神」の押し付け 悪気なく行いがちな、エンゲージメントを低下させるNG例(ログミーBusiness)
したがって、企業はエンゲージメントの常識をアップデートする必要があります。「みんなが公平でなければならない」という画一的な考え方を捨て、職種や個人の状況に応じて最適な働き方や支援策を考えるべきです。
人事部だけががんばるのではなく、現場のマネージャーやリーダーが、半径5メートル以内のチーム単位で良好な関係性を築き、一人ひとりの貢献を認め、やりがいを引き出すことが重要になります。
過去の勝ちパターンに固執するのではなく、多様な価値観を持つ個人が、それぞれのかたちで組織に貢献できる環境を整えることこそが、本質的なエンゲージメント向上への道筋と言えるでしょう。