突然の退職の原因はコミュニケーション不足
周囲が「まさかあの人が」と驚くような突然の退職は、多くの場合、コミュニケーションの不足、あるいは質の低さに起因しています。
退職者は、辞意を表明するずっと以前から、何らかのサインを発していることがほとんどです。しかし、日々のコミュニケーションが業務連絡や進捗確認といった表層的なやり取りに終始していると、上司は部下が抱えるキャリアへの悩みや職場への不満、心身のコンディションの変化といった本質的な問題に気づくことができません。
結果として、退職という最終決断を下してから初めて問題を知る、という事態に陥ってしまうのです。
この問題を解決するためには、コミュニケーションの質的転換が不可欠です。多くの企業で導入されている1on1ミーティングや日報といった制度も、その運用方法を間違えれば形骸化してしまいます。
例えば、1on1が上司からの一方的な指示や詰問の場になっていたり、日報が単なる業務報告のツールとなり、上司からのフィードバックがなかったりすれば、社員が本音を打ち明けることはありません。重要なのは、これらの機会を、部下が安心して自身の考えや感情を話せる「心理的に安全な場」として機能させることです。
上司は部下の話を傾聴し、評価や判断を挟まずに受け止める姿勢が求められます。そして部下の課題に対して共に考え、解決に向けてサポートする伴走者としての役割を果たす必要があります。
また、退職プロセスにおける体験の質を高めることも、巡り巡って突然の退職を防ぐことにつながります。
ある社員が退職を申し出た際に、上司が冷たい態度を取ったり、裏切り者扱いしたりするような職場では、他の社員はその光景を目の当たりにし、「自分が辞める時は、ギリギリまで言わないでおこう」と考えるようになります。これでは、退職の意向を早期に把握し、引き留めや問題解決の可能性を探る機会を失ってしまいます。
逆に、退職者の新たな挑戦を応援し、気持ちよく送り出す文化が根付いていれば、社員はキャリアに関する悩みを早い段階で上司に相談しやすくなります。
たとえ最終的に退職という結論に至ったとしても、円満な関係を維持することで、将来的なビジネスパートナーとしての協業や、再雇用といった可能性も開かれます。
日々の密なコミュニケーションを通じて信頼関係を構築し、退職という選択肢も含めてキャリアについてオープンに話せる環境を作ることこそが、突然の人材流出を防ぐ最も効果的な対策なのです。
退職後も声をかけられる関係性を
終身雇用制度が実質的に終わりを告げ、個人のキャリアが流動化する現代において、企業と個人の関係性もまた、大きな変革を迫られています。
かつては、一度会社を辞めることは、その組織との関係の完全な断絶を意味していました。しかし、これからの時代に求められるのは、退職をネガティブな別れとしてではなく、新たな関係性の始まりと捉える視点です。
個人にとっては、退職後も古巣の同僚や上司から「また一緒に働こう」と声をかけられるような関係性を築くことが、キャリアの安定性を高める上で極めて重要になります。これは1つの企業に依存する終身雇用ではなく、複数の企業や個人とのつながりによって自らの雇用を守る「セルフ終身雇用」という新しいキャリア観と言えるでしょう。
この「セルフ終身雇用」を実現するためには、在職中から専門性を磨き、社内外に信頼できるネットワークを構築しておくことが不可欠です。そして退職する際には、後任への引き継ぎを丁寧に行い、最後まで責任を全うすることで、組織に「惜しまれる人材」としてポジティブな印象を残すことが重要になります。
企業側もまた、退職者を「裏切り者」として切り捨てるのではなく、貴重な人的資産と捉え直す必要があります。退職者と良好な関係を維持し続ける「リザイン・マネジメント」は、企業の持続的な成長にとって不可欠な戦略となりつつあります。
退職者は自社の文化を理解した即戦力として再雇用の対象となるだけでなく、新たなビジネスパートナーや顧客、あるいは採用候補者を紹介してくれる貴重な存在になり得るからです。
しかし、個人の自己実現のためにやりたい領域が変わったり、アンテナが高い方が急に他の「これはめちゃくちゃおもしろそうだ」と思うことに飛びついたりすることもあります。また、入社時から退職を視野に入れている方もいます。最近の新卒の方は、退職を視野に入れつつ、5年勤めてスキルや人脈を身につけ、それをベースに次のキャリアを考える方もいます。こうした背景から、大きなギャップが生まれることもあります。
そして成長環境です。優秀でパフォーマンスが高い方は、「この会社で経験を積めるか」が重要です。そのポジションがなかったりすると、他の場所に移ってしまうことがあります。必要な経験を積んだからこそ、次のステップに進むといったかたちです。
解消できるものとできないものがありますが、(スライド)右側の要因も含めて「もっと早く言ってくれればどうにかなったかもしれない」と思うのがみなさんの本音かもしれません。
引用:まさかの退職…年収600万円以上の人に多い退職理由 「辞めた優秀人材」とつながり続ける企業の取り組み(ログミーBusiness)
退職の理由は、キャリアアップや自己実現といったポジティブなものが増えています。企業側で解消できる要因もあれば、個人の価値観の変化など、引き止めが難しいケースもあります。
重要なのは、どのような理由であれ、退職という個人の決断を尊重し、応援する姿勢を示すことです。円満な退職体験は、在籍している他の社員に対しても、「この会社は個人のキャリアを尊重してくれる」というポジティブなメッセージとなり、心理的安全性を高める効果があります。
企業と個人が、雇用関係の有無にかかわらず、長期的な視点で互いの成長を支援し合うパートナーとしてつながり続ける。そのような新しい関係性を構築することこそが、人材の流動化時代における、企業と個人の双方にとっての最適な生存戦略と言えるでしょう。