【3行要約】
・不機嫌な上司は「ツール」として不機嫌を使い、部下を萎縮させコントロールしています。
・対処法としては、まず自分の「ごきげん」を大切にし、上司のタイプを分析した上で「合理的説得」を試みることがおすすめです。
・それでも改善しない環境からは「逃げる」という選択も、長期的キャリアを守る賢明な戦略です。
なぜ上司は「不機嫌」を武器にするのか
職場で常に機嫌が悪い上司、あるいは些細なことで怒鳴ったり、不満を態度で示したりする上司は、残念ながら少なくありません。このような上司のもとで働く部下は、常に萎縮し、精神的なストレスを抱えることになります。
では、なぜ彼らは「不機嫌」であることを選択するのでしょうか。その行動の裏には、本人が意識しているかどうかにかかわらず、明確な目的が存在する場合があります。
プログラミング言語Rubyの開発者である、まつもとゆきひろ氏は、機嫌が悪いことを「ツール」として利用する人がいると指摘しています。機嫌が悪い態度を示すことで、周囲の人間が「リーダーが怒るのではないか」「機嫌を損ねないようにしよう」と過剰に配慮し、萎縮する状況が生まれます。
この状況を不機嫌な当事者の視点から見ると、非常に都合が良いものとして映ります。自分が不機嫌でいるだけで周りが自分の意向を忖度し、気を遣い、指示に従ってくれるようになるからです。
この「成功体験」は、彼らにとって強力な学習効果を持ちます。つまり、「不機嫌でいるほうが、チームを円滑にコントロールできる」という誤った認識を強化してしまうのです。
人間は成功体験に固執する傾向があるため、1度この方法で物事がうまく進んだと感じると、繰り返しその手段を用いるようになります。短期的には、その上司は自分がチームを掌握できているという満足感を得られるかもしれません。
しかし、この方法は長期的に見れば、当然チームや組織全体に深刻なダメージを与えます。部下は萎縮し、自由な意見交換ができなくなります。心理的安全性が欠如した環境では、都合の悪い情報の報告が遅れたり、隠蔽されたりするリスクが高まります。
また、創造性や自発性が失われ、イノベーションが生まれにくくなるでしょう。さらに、このような職場環境に耐えられなくなった優秀な人材から離職していく可能性も高まります。部下は上司の機嫌をうかがうことに多大なエネルギーを費やし、本来集中すべき業務から意識が逸れてしまうのです。これは、計り知れないほどの損失と言えるでしょう。
上司の機嫌取りが逆効果である理由
不機嫌な上司を前にした時、多くの部下は「なんとかして機嫌を直してもらおう」と考え、過剰に気を遣ったり、褒めたりすることがあります。しかし、こうした機嫌取りは問題解決どころか、かえって状況を悪化させ、自身のキャリアにとってもマイナスの影響を及ぼす可能性が高いことが、研究によって示されています。
ビジネスリサーチラボ代表の伊達洋駆氏は、上司への影響力行使の戦術について解説しています。その中で特に注意すべきものとして挙げられているのが「取り入れ」です。
これは、相手を褒めたり好意を示したりして、自分への印象を高めようとする行為、いわゆる「ごますり」や「おべっか」に相当します。興味深いことにこの「取り入れ」は、同僚や部下に対しては有効な場合があるものの、上司に対して行うと逆効果になることが実証されています。
上司は、部下からの「取り入れ」行為を「自分を操作しようとしている」とごますり的に感じ取り、その部下の適性や能力に疑問を抱いてしまうのです。
上司が「この部下は昇進するだろう」と思う気持ちに負の影響を与えるのです。取り入れを行う部下を見ると、上司は「この人は出世しないな」と思ってしまいます。これは深刻です。機嫌を取っている部下を見ると、上司は「駄目だな、出世しないだろうな」と感じてしまうわけです。
なぜかというと、上司にとって「取り入れ」の戦術は「自分を取り入れようとしている」行動に見え、ごますり的に感じてしまうからです。その結果、「この人は大丈夫かな?」と適性を疑われてしまいます。したがって、部下から上司に対して「取り入れ」の戦術を取ると、キャリアにネガティブな影響が及ぶことがわかっています。
引用:上司の機嫌取りは逆効果 上司の「納得感」と「評価」を得る、ボスマネジメントのコツ(ログミーBusiness)
部下が機嫌を取ることで、上司は「不機嫌は有効なツールだ」という誤った成功体験をさらに強化してしまいます。これは、不機嫌な態度を助長する悪循環を生み出すことに他なりません。
また、伊達氏の研究解説によれば、「自己主張」や「交渉」といった戦術も、強すぎると上司に不快感を抱かせ、評価を下げる傾向があることがわかっています。特に調和を重視する日本の組織文化においては、この傾向はより顕著かもしれません。
したがって、単純な機嫌取りも過度な自己主張も、有効な解決策とは言えないのです。
上司の不機嫌はあなたのせいではない
上司が不機嫌な態度を示すと、真面目で責任感の強い人ほど「自分が何かミスをしたのではないか」「自分の報告の仕方が悪かったのだろうか」と、原因を自分の中に探してしまいがちです。しかし、上司の不機嫌の原因は、必ずしもあなたの行動に起因するものではありません。むしろあなたには直接関係のない、多様な要因が背景にある可能性のほうが高いのです。
まず考えられるのは、仕事上のストレスやプレッシャーです。特に管理職は、多くの責任を負い、複数の業務を同時に管理し、重要な意思決定を迫られます。上層部からの圧力や厳しい納期、チームの成果に対する責任などが精神的な余裕を奪い、不機嫌さとして表出することがあります。
また、管理職特有の孤独感も原因の1つとなり得ます。部下とは一定の距離を保たなければならず、経営陣との間でも孤立感を深めることがあり、そのストレスが部下への態度に影響することもあるでしょう。
次に、プライベートな問題も大きく影響します。上司も1人の人間であり、家庭内のトラブル、家族の健康問題、経済的な不安など、職場に持ち込みたくてもコントロールしきれないストレスを抱えている場合があります。これらの問題は、部下からは見えにくいため、部下は理由のわからない不機嫌さに戸惑うことになります。
さらに、単純な体調不良が原因であることも少なくありません。睡眠不足や疲労の蓄積、頭痛やアレルギー症状など、身体的な不調は人の気分を苛立たせ、他者に対して冷たい態度を取らせる原因になります。
このように、上司の不機嫌には、業務上のプレッシャー、組織への不満、プライベートの問題、体調不良など、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。
したがって、上司の不機嫌に直面した際は、まず「自分のせいではないかもしれない」と1歩引いて状況を客観視することが重要です。自分の中に原因を探し続けて疲弊するのではなく、「それは相手の問題である」と健全な境界線を引く意識が、あなたの心を守る上で不可欠なのです。
不機嫌な上司に振り回される前に自分の「ごきげん」の価値を高める
不機嫌な上司という外部の要因に振り回され、心を消耗させてしまう状況から脱却するためには、まず意識のベクトルを外側から内側へ、つまり自分自身の心へと向けることが不可欠です。
スポーツドクターの辻秀一氏は、これからの時代を生き抜くための「ライフスキル」として、自分自身の心を整えることの重要性を説いています。その核となるのが、自らの「ごきげん」の価値を認識し、高めるという考え方です。
多くの人は、上司の機嫌という「外側の問題」を解決しようとしますが、それはコントロール不可能な領域にエネルギーを注ぐことであり、ストレスを溜め込む原因となります。そうではなく、まず自分自身が「ごきげんでいること」にどれほどの価値があるのかを深く理解することが重要です。
辻氏は、「人は価値のあるものはなくしにくい」と説明します。例えば、私たちはスマートフォンを滅多になくしません。それは常にその存在を意識し、大切に扱っているからです。同様に、「ごきげんでいること」を自分にとってスマートフォン以上に価値のあるものだと位置づけることができれば、嫌なことや理不尽な出来事があったとしても、簡単にその状態を手放さなくなるのです。
これは、嫌な出来事を無理にポジティブに捉えようとする「ポジティブシンキング」とは異なります。
例えば、理不尽な上司に対して「あの人にも良いところがあるはずだ」と考えるのは、思考が相手に執着している状態です。ライフスキル的なアプローチでは、まず「今、自分はむかついているな」と自身の感情に気づくことから始めます。そして、その上で「自分がごきげんであれば、仕事のパフォーマンスが上がる」「良いアイデアが浮かぶ」といったように、ごきげんでいることの価値を自分自身に問いかけ、意識を自分に戻すのです。
このプロセスは、甲子園のツーアウト満塁という極度のプレッシャー下でも実践可能だと辻氏は言います。まず自分の心をフローな状態に整えることに集中する。そうして心が整っている人ほど、結果的に他者に対して優しくなれるのです。
上司の不機嫌という課題に「どう対処するか」を考える前に、まず自分の心を整える。この順番こそが、ストレスフルな環境で自分を守り、最高のパフォーマンスを発揮するための鍵となります。