「とりあえず」を防ぐ一時保存フォルダの活用
日々の業務においては、ルール通りにファイルを保存する時間的・精神的な余裕がない場面も少なくありません。会議直前に急いで資料を作成したり、メールに添付されていたファイルをひとまず確認したりする際に、ついデスクトップやダウンロードフォルダに「とりあえず保存」してしまう経験は、誰にでもあるでしょう。
しかし、この「とりあえず」の積み重ねが、ファイル管理の秩序を乱し、デスクトップを散乱させる最大の原因となります。
この問題を解決するための有効な手段が、「一時保存フォルダ」を意図的に作成して活用することです。これは、保存場所がまだ確定していないファイルや、作業中のファイルを一時的に置いておくための専用スペースです。
デスクトップに「00_一時保存」といった名前のフォルダを1つだけ作り、「とりあえず保存」するファイルはすべてこの中に入れるというルールを徹底します。これにより、デスクトップが雑然とすることを防ぎ、重要なファイルが他のファイルに埋もれてしまうのを防ぐことができます。
ただし、この一時保存フォルダが新たな「無法地帯」とならないよう、注意が必要です。「1日の業務終了時には必ず中身を確認し、適切な場所に移動させるか、不要であれば削除する」といった追加のルールを設け、定期的に整理する習慣を付けることが不可欠です。
さらに、ファイル管理の問題は、時間管理のあり方と密接に関連しています。
「片付けパパ」の大村信夫氏は、タイムマネジメントにおいて、「締め切り時間」を意識することはもちろん重要ですが、それ以上に「仕掛かり時間(いつ仕事に着手するか)」を意識すべきだと説いています。多くの人は締め切りに追われてから仕事に取り掛かりますが、依頼を受けたらすぐに、たとえ短時間でも着手する習慣を持つことが、業務効率を大きく左右するのです。
この「まずは仕掛かる」という習慣は、ファイル管理の改善にも直接的につながります。例えば、上司から資料作成を依頼されたら、すぐに新規ファイルを作成し、ルールに従った仮のファイル名(例:「251001_〇〇提案書_v0.1.pptx」)を付けて、確定している保存場所に保存してしまうのです。
たとえ中身がまだ白紙であっても、ファイルの「置き場所」を最初に確定させることで、後から「どこに保存しようか」と悩んだり、一時保存フォルダに長期間放置したりする事態を防ぐことができます。
仕事の着手と同時にファイルの置き場所を決める。この一連の流れを習慣化することで、仕事の先延ばしを防ぎ、同時にファイル管理の秩序を維持するという、二重の効果が期待できるのです。
ファイル管理は単なる整理術ではなく、計画的に仕事を進めるための時間管理術の一部であると捉えることが重要です。
「メタ思考」でファイル管理を捉え直す
ファイル管理の具体的なテクニックを実践することは重要ですが、その効果を最大化し、継続的な習慣として定着させるためには、より高い視座からその意味を捉え直す「メタ思考」が不可欠です。
メタ思考とは、物事を1つ上の次元俯瞰的に捉える思考法を指します。ファイル管理というタスクを単なる「面倒な作業」として捉えるのではなく、自身の働き方やキャリア全体の中でどのような意味を持つのかを考えることが、本質的な改善につながります。
このメタ思考の重要性を理解するために、
澤円氏が紹介する産業革命時のエピソードは示唆に富んでいます。19世紀のイギリスで蒸気機関による紡績機械が登場した際、一部の労働者は「機械に仕事が奪われる」と恐れ、機械を破壊する「ラッダイト運動」を起こしました。彼らは、機械という新しい技術を、自分たちの仕事を脅かす「敵」として短視眼的に捉えてしまったのです。
一方で、産業革命の中心地であったマンチェスターでは、まったく異なる現象が起きていました。機械化によって労働時間が短縮され、人々に「余暇」が生まれた結果、サッカーを楽しむ人々が急増しました。そして、その中から世界的な名門サッカーチームが誕生したのです。
このエピソードは、新しい技術や仕組みをどう捉えるかで、未来が大きく変わることを教えてくれます。ファイル管理のルール化や、それを支援するAIツールの導入に対しても、同じことが言えます。
これらを「今までのやり方を変えなければならない面倒な制約」や「自分の仕事を奪うかもしれない脅威」と捉えてしまえば、それはラッダイト運動と同じ思考停止に陥ってしまいます。
そうではなく、メタ思考を用いて俯瞰的に捉えてみましょう。ファイル管理を徹底することによって、探し物という非生産的な時間から解放される。その結果生まれた時間を、より創造的で付加価値の高い仕事に使うことができる。AIツールは、そのための強力な「パートナー」である。
このように捉え直すことで、ファイル管理は「やらされ仕事」ではなく、自らの生産性を高め、キャリアの可能性を広げるための「戦略的な自己投資」へとその意味を変えるはずです。
AI時代に求められるメタ認知能力とファイル管理の共通点
生成AIの進化は、私たちの働き方に根本的な変革をもたらしつつあります。これからの時代にビジネスパーソンに求められるスキルは、単に情報を記憶したり、定型的な作業をこなしたりする能力ではなく、AIという強力なツールをいかに使いこなし、新たな価値を創造できるかという能力へとシフトしていきます。
そして、このAIを使いこなす能力の根幹にあるのが、実は日々の地道なファイル管理の中に隠されています。
生成AIとの対話において鍵となるのが、「プロンプト」と呼ばれる指示文です。質の高いアウトプットを得るためには、質の高いプロンプトが不可欠です。そして、質の高いプロンプトを書くためには、自分が今何を考えているのか、どのような情報を求めているのかを客観的に認識する「メタ認知能力」が求められます。
ソフトバンク株式会社 iPaaS事業開発本部 本部長の平岡拓氏は、「そもそも自分の思考が、今具体的なことをしゃべっているのか、抽象的なことを言っているのかを1歩引いて考える習慣がない人は、たぶんそれをプロンプトに表現することもできない」と指摘します。漠然とした思考のままでは、AIに的確な指示を出すことはできないのです。
ここで、ファイル管理という行為の本質を思い出してみましょう。ファイル管理とは、まさにこの「具体」と「抽象」の間を思考が行き来する作業です。「250925_〇〇会議議事録.pptx」という個別のファイルは「具体」の極みです。一方で、それを「議事録」というフォルダに入れ、さらにそのフォルダを「社内資料」という上位のフォルダに格納する行為は、具体的な情報を「抽象化」し、構造化する思考プロセスそのものです。
私たちは、どの情報をどの粒度でまとめ、どのような階層構造に配置すれば最も合理的かを常に考えながら、無意識のうちに具体と抽象の往復運動を行っているのです。
つまり、日々のファイル管理は、単なる整理整頓作業ではなく、AI時代に必須となるメタ認知能力を鍛えるための、極めて実践的なトレーニングであると言えます。情報を分類し、論理的な構造を組み立てる習慣は、複雑な事象を整理し、AIに対して的確な問いを立てる能力に直結します。
「ファイルを探し回る無駄な時間をなくそう」という動機で始めたファイル管理が、結果として、これからの時代を生き抜くための最も重要なスキルの1つを養うことにつながっているのです。
AIをパートナーとして捉えることの重要性について、澤円氏は次のように語っています。
AIによって、自分の自由時間ややりたいことがもっとできるようになるという発想になると、AIは絶対に敵対視するものじゃなく、パートナーになると思うので。やはりここは、メタに考えるのがめちゃくちゃ重要だなと。(中略)
じゃあAIが、自分のビジネスパーソンとしての人生、あるいはプライベートの人生を楽しむために、「こいつは何をしてくれるんだっけ?」というと、見え方がぜんぜん変わってくると思うんですよ。
先ほどのズームイン、ズームアウトの考え方を入れると、AIはいろんな場面で絶対にパートナーになるはずです。
引用:ビジネスパーソンの仕事の3割〜4割はファイルなどの「探し物」 澤円氏が語る、無駄を省き業務効率を上げるAIの技術(ログミーBusiness)
この言葉の通り、AIをパートナーとして迎え入れるためには、まず私たち自身の思考を整理し、構造化する能力が求められます。その最も身近で効果的な訓練が、日々のファイル管理とも言えます。地道な整理の先に、AIと共創する未来が拓けていると言えるのかもしれません。