【3行要約】
・プレイングマネージャーは現代組織の標準的な働き方ですが、マネジメント不全による管理職の疲弊が深刻な問題となっています。
・変化の激しい環境への適応が求められる中、「マネジメントは管理職の仕事」という固定観念が、上司の過重負担と部下の受け身姿勢を生んでいます。
・管理職には「ワークスイッチ戦略」による業務移譲と定期的な対話の実践が必要であり、部下には主体的なマネジメント参画が期待されています。
なぜマネージャーはマネジメントに専念できなくなったのか
現代の組織において、管理職、特にマネージャーの役割は大きな変革期を迎えています。かつてはマネージャーといえば、部下の管理や組織運営といったマネジメント業務に専念するのが一般的でした。しかし、今やその多くが、現場のプレイヤーとしての役割も同時に担う「プレイングマネージャー」となっています。
株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏によると、統計データによれば、日本のマネージャーの9割以上がプレイングマネージャーであるという実態も報告されているとのことで、プレイングマネージャーはもはや特殊な存在ではなく、標準的な働き方となりつつあります。
では、なぜこれほどまでにマネージャーはマネジメントに専念できなくなったのでしょうか。その背景には、約100年前にさかのぼる歴史的な組織構造の変化と、現代の予測困難な事業環境が深く関わっています。
その起源は、1910年代から1920年代にかけて、工場の生産管理などを効率化するために生まれた「計画と実行の分離」という考え方にあると、株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏は、記事
「なぜ今の企業ではマネージャーが育たないのか? マネジメント不全が生む、管理職の疲弊という悪循環」の中で語っています。物事を計画する専門職として「マネージャー」が誕生し、実行部隊であるプレイヤーを管理するという階層構造が、組織の成長とともに世界的に定着していきました。
この仕組みは、ある程度、事業環境が予測可能で、決められた計画を効率的に実行することが成果に直結する時代においては、非常に有効に機能しました。
しかし、現代のように環境が複雑化し、「何が正解か」がわかりにくくなると、この構造は機能不全を起こし始めます。
現場で働くメンバーは、日々顧客の反応や市場の変化を直接感じ取っています。しかし、彼らに意思決定の権限がなければ、その情報を上司に報告し、承認を得るというプロセスが必要となり、対応が遅れてしまいます。結果として、ビジネスチャンスを逃したり、問題が深刻化したりする事態が発生します。
このような環境変化に対応するためには、マネージャー自身が現場の情報を直接掴み、迅速に意思決定を下す必要が出てきました。マネージャーがプレイヤーとしての役割を担うのは、マネジメントだけを行っていては、顧客の反応や市場の変化といった重要な情報が手に入らず、適切な意思決定ができなくなってしまうからです。
つまり、プレイングマネージャーの増加は、単なる人件費削減の結果という側面だけでなく、変化の激しい環境に適応するための必然的な進化と捉えることができるのです。
管理職の疲弊を招く「マネジメント不全」の構造
プレイングマネージャーという働き方が一般化する一方で、多くの管理職が疲弊し、組織全体が「マネジメント不全」に陥るという深刻な問題が顕在化しています。
この問題の根源には、「マネジメントは管理職の仕事である」という、私たちの間に深く根付いた伝統的な認識が存在します。この認識は、前述した「計画と実行の分離」という歴史的経緯と、責任の所在を明確にするための階層型組織の構造によって、長年にわたり強化されてきました。課の目標達成責任は課長が、部の目標達成責任は部長が担うというように、マネジメントという営みと役職が固く結びついているのです。
この認識自体が、安定した環境下では効率的に機能したかもしれません。しかし、管理職のほとんどがプレイングマネージャーである現代において、マネジメントの全責任を管理職のみに負わせるという構造は、もはや限界に達しています。
プレイヤーとしての個人の目標達成と、マネージャーとしてのチームの目標達成。この2つの役割を同時に担うプレイングマネージャーは、必然的に業務過多に陥り、長時間労働を強いられることになります。
その結果、本来注力すべきマネジメント業務が手薄になり、メンバーの育成が停滞したり、チーム全体のパフォーマンスが低下したりする「マネジメント不全」を引き起こします。
メンバー側も、「マネジメントは上司の仕事」と捉えているため、指示待ちの受け身な姿勢になりがちです。主体的にチームの課題解決に関わろうとする意識が生まれにくく、結果として成長の機会を失ってしまいます。
このような状況は、管理職の疲弊をさらに加速させ、部下からは「あんな風にはなりたくない」と思われてしまう悪循環を生み出します。将来の管理職候補が育たず、「管理職にはなりたくない」という風潮が蔓延する構造は、まさにこの旧来のマネジメント観から生まれているのです。
このような状況の中では、プレイングマネージャーであること自体を否定するのではなく、その前提に立った上で、マネジメントのあり方そのものを問い直す必要があります。
プレイングマネージャーは本当に「罰ゲーム」なのか?
前述したような状況から、近年では「管理職は罰ゲームだ」という言葉を耳にする機会が増えました。特に、プレイヤーとしての業務とマネジメント業務を両立させるプレイングマネージャーは、その象徴として語られがちです。
長時間労働や板挟みのストレスなど、その大変さばかりがクローズアップされ、ネガティブなイメージが先行しています。
しかし、プレイングマネージャーという役割を、単なる「罰ゲーム」として片付けてしまうのは早計です。視点を変えれば、そこには個人の成長とキャリアにおける大きな可能性が秘められています。
まず、スキルとキャリアの観点から見ると、管理職、特にプレイングマネージャーの経験は、非常に価値のある「投資」となります。プレイヤーとして現場の最前線に立ち続けることで専門性を磨きつつ、同時にチームを率い、人を動かし、成果を出すというマネジメントスキルを実践的に学ぶことができます。
これは、35歳以降のキャリアを考えた際に、選択肢を大きく広げることにつながります。経営層に近い視点と現場感覚の両方を併せ持つ人材は、組織にとって極めて貴重な存在です。
次に、収入面でのメリットも無視できません。管理職になることで得られる昇給は、単なる給与アップ以上の意味を持ちます。
例えば、年収が100万円増加したとします。これを金融投資で得ようと考えた場合、年利5%で運用しても2,000万円の元手が必要です。つまり、管理職になることは、数千万円規模の金融投資を行っているのと同等の経済的インパクトをもたらす可能性があるのです。
スキルアップ、キャリアの選択肢拡大、そして経済的な安定。これらを総合的に考えたとき、本当に「罰ゲーム」と言い切れるでしょうか。
さらに、マネジメントという仕事そのものが、人間の根源的な欲求を満たし、エンゲージメントを高める効果があることも指摘されています。株式会社ビジネスリサーチラボの伊達洋駆氏によると、
ある実証分析によれば、マネジメントには以下の3つの要素があることがわかっているとのことです。1. 自律性メンバーに比べて仕事の進め方や方針、リソース配分などを自分で判断できる場面が多く、「自分で決められる範囲」が広い。
2. 有能感チームを率いて困難な目標を達成したり、部下の成長を支援したりすることで、周囲にポジティブな影響を与えている実感、つまり「できなかったことができるようになった」という喜びを得やすい。
3. 関係性メンバーだけでなく、他部署や経営層といった多様な人々との関わりの中で、信頼関係を築く機会が豊富にある。
「自律的でありたい」「有能でありたい」「人とつながっていたい」という欲求は、誰もが持つ基本的なものです。マネジメントは、これらの欲求を満たしやすい、本質的にやりがいのある仕事なのです。
もちろん、プレイングマネージャーが困難な役割であることは事実でしょう。しかし、その苦労の先にある成長やメリットを正しく理解し、長期的な視点でキャリアを捉えることが重要です。
目の前の上司が疲弊している姿だけを見て判断するのではなく、その役割が持つ本質的な価値を見出すことで、管理職は「罰ゲーム」から「価値ある挑戦」へと変わるはずです。
課題解決の鍵となる「全員マネジメント」という発想
このようなメリットはあったとしても、プレイングマネージャーが抱える「罰ゲーム」のような状態は、きちんと解決をしなければいけません。
プレイングマネージャーが抱える業務過多やマネジメント不全といった課題を根本的に解決するためには、個人の努力や能力に依存するのではなく、チーム運営のあり方そのものを変革する必要があります。
その鍵となるのが、「全員マネジメント」という発想です。これは「マネジメントは管理職の仕事である」という従来の固定観念から脱却し、チームの成果を最大化するためのあらゆる営みに、役職に関わらずチームの全員が参画し、貢献するという考え方です。
経営学におけるマネジメントの本来の定義は、「組織の目標を達成するために、人・物・金・情報といった資源を有効に活用する機能や活動」を指します。重要なのは、この定義の中に「誰がそれを担うのか」という規定は存在しないという点です。つまり、マネジメントは本質的に、マネージャーだけのものではないのです。
全員マネジメントとは、この原点に立ち返り、マネジメントを特定の役職の「仕事」から、チーム全員で取り組む「営み」へと捉え直す試みと言えます。
ここで重要なのは、全員マネジメントが組織の階層構造そのものを否定するものではない点です。
多くの日本企業は、階層構造を機能させることで事業を成長させてきた現実があります。人数が増えれば、情報処理やコミュニケーションのコストを効率化するために階層化は必然となります。
全員マネジメントは、この階層を破壊するのではなく、階層構造を維持したままで、その中での情報の流れや連携のあり方を変えることを目指します。上から下への一方的な指示命令だけでなく、縦・横・斜めの双方向の連携を活性化させ、一つひとつのチームが自律的に機能し、成果の最大化に向けて動ける状態を作り出すのです。
この状態を実現するためには、マネージャーとプレイヤーの役割を明確に分離する考え方を見直す必要があります。
例えば、「チームの成果を定義する」という活動を考えてみましょう。従来であれば、これはマネージャーが「計画」し、メンバーに「実行」させる仕事でした。しかし全員マネジメントにおいては、成果の定義そのものに全員が参画し、「全員で握る」プロセスを重視します。これにより、メンバーは当事者意識を持ち、目標に対する腹落ち感が高まるのです。
プレイングマネージャーが単純に「忙しい人」で終わらないためにも、プレイヤー側も単なる実行者ではなく、主体的にマネジメントに関与する「マネージングプレイヤー」として動くことが求められます。
プレイングマネージャーとマネージングプレイヤーが相互に連携し、調和が取れている状態こそが、全員マネジメントが機能している姿なのです。
「全員マネジメント」を機能させるための環境設計
「全員マネジメント」というコンセプトを、単なる理想論で終わらせず、組織に根付かせるためには、管理職が主体となって、メンバーが自律的に動きやすい「環境」を意図的に設計していくことが不可欠です。
全員マネジメントが実現した組織において、マネージャーに最も求められる役割は、プレイヤーとして個々のタスクをこなすこと以上に、チーム全体のパフォーマンスが最大化されるような土壌を耕すこと、すなわち「環境デザイナー」としての機能です。
この環境設計において有効なのが、「チームレジリエンス」という考え方です。チームレジリエンスとは、チームが困難な状況から回復したり、それを乗り越えてさらに成長したりするための能力を指します。具体的には、以下の3つのステップで構成されます。
1. 課題の特定と対処困難が発生した際に、何が問題なのかをチームで整理し、解決に向けて行動する。
2. 困難からの学習経験を振り返り、チームとしての教訓を導き出す。
3. 被害の最小化次に同様の困難が起きないよう、事前に備え、リスクの芽を摘んでおく。
このプロセス、特に「困難からの学習」と「被害の最小化」をチーム全体で実践する文化を育むことが、マネージャーの負担を軽減し、全員マネジメントを促進します。問題が起きてからマネージャーが1人で対処するのではなく、チーム全員で問題の芽を事前に摘み、未然に防ぐ仕組みを作るのです。
しかし、多忙なプレイングマネージャーにとって、こうした予防的な活動のための時間を捻出するのは容易ではありません。そこでまず取り組むべきは、マネージャー自身の仕事を意図的に減らすことです。
例えば「1日の業務のうち15%(約1時間)を、チームの仕組み作りのために確保する」と決め、そのために「やらないこと」を明確にします。自分が発言しない会議への参加をやめる、部下に任せられるタスクを勇気を持って委譲するなど、意識的に時間を作り出す努力が必要です。
また、メンバーの自主性を育む風土作りも極めて重要です。多くの組織では、主体的なメンバーが上司から「反発勢力」と見なされ、その意欲を削がれてしまうケースが少なくありません。
マネージャーは、「このチームでは、事業を良くするための気づきや提案を歓迎する」というメッセージを明確に発信し、メンバーが安心して意見を言える心理的安全性を確保する必要があります。
さらに、マネージャー1人ですべてを背負うのではなく、チーム内の「インフォーマルリーダー」を育てることも有効です。育成が得意な中堅社員にメンター的な役割を依頼するなど、信頼できる部下と協力し、組織作りの役割を分担するのです。
会社の制度としてリーダーを2人体制にすることが理想的ですが、それが難しい場合でも、チーム内でリーダーシップをシェアする(シェアードリーダーシップ)意識を持つことで、マネージャーへの過度な負荷集中を防ぎ、サステナブルなチーム運営が可能になります。