プレイヤーからの卒業を目指す「ワークスイッチ戦略」
プレイングマネージャーが抱える「罰ゲーム」のような状態と、その解消方法について紹介しましたが、中にはマネージャー自身の気持ちや仕事のやり方として、なかなかプレイヤーとしての感覚が抜けない方もいることでしょう。
プレイングマネージャーが直面する最も大きな課題は、プレイヤーとしての業務から抜け出せず、マネジメント業務に十分な時間を割けないことです。この状況を打破し、管理職としての本来の価値を発揮するためには、意図的に仕事のやり方を変える「ワークスイッチ」を実践する必要があります。
これは、自らの価値(能力や経験)を、自分自身のプレイヤー業務に使うのではなく、組織全体の価値が最大化されるように使い方を切り替えていく戦略です。単に仕事を部下に丸投げするのではなく、プレイヤーとしての仕事を他者へ渡し、自身はそれまでの経験を活かして支援やサポートに回るという、役割の転換を意味します。
このワークスイッチを効果的に進めるためには、いくつかの段階的なアプローチが必要だと、記事「プレイングマネージャーからの卒業のために必要なこと 部下と組織を伸ばすためのワークスイッチ戦略」の中で株式会社アクティブアンドカンパニーの佐久間大輔氏は語っています。
最初に行うべきは、自身が抱えている業務の「棚卸し」です。冷静に自分の仕事をリストアップし、1つひとつを「価値の天秤」にかける作業を行います。ここで重要なのは、「自分が得意か不得意か」ではなく、「自分がやることと、メンバーに任せることのどちらが、組織としての成果をより高めるか」という視点で判断することです。
自分が得意で手放したくない仕事であっても、それをメンバーに任せ、空いた時間でマネジメントに注力したほうが、結果的にチーム全体の生産性が上がるのであれば、その仕事はシフトすべき対象となります。
逆に自分が苦手な仕事でも、組織戦略上、自分が担うべき重要なものであれば、安易に手放すべきではありません。この価値判断を丁寧に行うことが、ワークスイッチの第1歩です。
次に、渡すと決めた仕事については、誰でも遂行可能なレベルまで「仕組み化」することが重要です。これは単なる引継ぎ資料の作成にとどまりません。
自分の頭の中にしかないノウハウや判断基準を、誰が見ても理解・実践できるよう、具体的かつ網羅的に可視化する必要があります。業務プロセスを時間軸で整理し、各段階でのチェックポイントを明確にすることで、引き継いだ相手が自律的にPDCAサイクルを回せるような仕組みを作ることが理想です。
この仕組み作りが曖昧だと、結局は質問やトラブル対応で呼び出され、仕事がブーメランのように自分に戻ってきてしまいます。「自分がやった方が早い」という思考に陥らないためにも、この仕組み化には時間をかけて丁寧に取り組むべきです。
(スライドを示して)ここに書いてあるように、自分がやることが組織としての一番高い成果になるか。メンバーにシフトして、自分の空いた時間を総合的に勘案して、マネジメントの仕事とかに活かしていくことが必要なのか。そんなところが必要なんじゃないかなと思います。
マネジメントを行おうとすると、当然プレイヤーとしてやってきたことができなくなります。しかしそうではなくて、より価値の高いものを組織として生み出すためにはどういうような仕事の振り方をしたほうがいいかを考えていく必要があると思います。
引用:プレイングマネージャーからの卒業のために必要なこと 部下と組織を伸ばすためのワークスイッチ戦略(ログミーBusiness)
パフォーマンスを高める「対話」の重要性
プレイングマネージャーが業務過多から脱却し、チーム全体のパフォーマンスを向上させるためには、前述した「ワークスイッチ戦略」による業務の移譲が不可欠です。しかし、単に仕事を渡すだけでは、チームはうまく機能しません。むしろ、仕事を任せれば任せるほど、部下との「対話」の重要性は増していきます。
多忙なプレイングマネージャーほど、意識的に部下とのコミュニケーションの機会を設け、信頼関係を構築することが求められます。
ラーニングエージェンシー(現:ALL DIFFERENT)のデータによれば、若手社員は「上司に相談できる機会を作ってほしい」というニーズを年々高めています。彼らはキャリア形成において、上司とのコミュニケーションを強く求めているのです。
しかし、現実には多くの企業で上司と部下がじっくり話す機会は、半期に1度の評価面談程度しか設けられていません。これでは部下の状況を適切に把握し、成長を支援することは困難です。また、評価も直近の印象に左右されがちになり、部下の納得感を得ることは難しいでしょう。
そこで推奨されるのが、評価面談とは別に、育成を目的とした「定期面談」や「1on1」を導入することです。理想は週に1回、最低でも月に1回、10分から15分でも構いません。
上司が話すのではなく、部下が主体的に話す場として設定し、日々の業務の進捗、悩み、キャリアに関する考えなどをヒアリングします。このような定期的な対話には、多くのメリットがあります。
・信頼関係の構築定期的に接点を持つことで、部下は「上司は自分のことを見てくれている」という安心感を得ます。これにより心理的安全性が確保され、問題が発生した際の報告・連絡・相談がしやすい環境が生まれます。
・適切な状況把握現場で何が起きているのか、目標達成に向けた進捗はどうかといった情報を、タイムリーに把握できます。問題の早期発見と迅速な軌道修正が可能となり、半年後に「なぜ達成できていないんだ」と叱責するような事態を防げます。
・自己成長の支援経験の浅い若手は、1人でPDCAサイクルを回すのが難しい場合があります。定期的な面談を通じて、上司が適切なフィードバックやアドバイスを与えることで、部下は新たな気づきを得て、行動を改善し、成長を加速させることができます。
・定着改善上司が親身に自分のキャリアを支援してくれるという実感は、部下のエンゲージメントを高め、「この会社でもっと頑張ろう」という意欲につながります。
プレイングマネージャーは自分の業務で手一杯になり、部下との対話を後回しにしがちです。しかし、会社と従業員の考えにズレが生じたまま放置すれば、ほぼ必ず問題が発生します。
そのズレを埋め、チームとしての力を最大化するためには、たとえ忙しくても部下との対話の時間を確保することが、最も効果的な投資となるのです。
なぜ「ミーティングの司会進行」を部下に任せるべきなのか
プレイングマネージャーが「仕事を任せる」という行為を実践する上で、非常に象徴的かつ効果的な1歩となるのが、「チームミーティングの司会進行役を部下に任せる」ことです。これは、単に管理職の負担を1つ減らすという以上の、重要な意味を持っています。
株式会社らしさラボの伊庭正康氏は、「課長が課のミーティングの司会進行をすることは最悪だ」とまで断言します。なぜならその行為自体が、その上司が「仕事を任せるのが下手である」ことの何よりの証拠だからだそうです。
だからうまくいっている組織の情報を管理職は仕入れておいて部下に示し「えっ、そんなやり方があるんですか?」「(そう)みたいだよ。俺たちでも何かできることはないかな?」と部下に考えさせるんです。そしてどんどん仕事は任せていきましょう。
任せる仕事は2つです。(まず)自分のプレイング業務の(中で)あたかも自分にしかできないと思っているが、でもよくよく考えると中堅の方であれば十分できるなと思う仕事です。それがあれば、どんどん任せていきましょう。
そして、チームの業務です。何でもかんでも管理職がやればいいというもんじゃありません。間違えてもやってはいけないことがあります。それは何かというと、課長が課のミーティングの司会進行をすることです。最悪でございます。
引用:リーダーは「ミーティングの司会進行」をしてはいけない プレイングマネージャーの負担を減らす部下への任せ方(ログミーBusiness)
本来、司会進行やプロジェクトの進捗管理といった業務は、必ずしも管理職でなければできない仕事ではありません。むしろ中堅社員や若手社員にとって、チームを動かし、議論をまとめる経験は、リーダーシップを養う絶好の機会となります。
多くの若手社員が管理職になりたがらない理由の1つに、「人を動かせるかどうかの自信がない」ことが挙げられています。だとすれば管理職は、日常業務の中で部下が「人を動かす」経験を積めるような練習の場を意図的に提供すべきなのです。ミーティングの進行役を任せることは、そのための最も手軽で実践的なトレーニングと言えるでしょう。
もちろん、仕事を任せる際には「部下も忙しいのではないか」という懸念が頭をよぎるかもしれません。しかしここで必要なのは、部下の既存の業務にメスを入れる勇気です。
成果に直結しない「仕事のための仕事」に時間を費やしているのであれば、それを見直し、チームの成果向上に直接貢献するミーティングの進行といった、より成長につながる役割を担ってもらうほうが、本人にとっても組織にとっても有益です。
この考え方の根底には、管理職の究極の役割は「自分がいなくても回る組織を作ること」であるという哲学があります。パナソニック創業者の松下幸之助氏は、自身が病弱であったことから、権限委譲を進め、各事業部が自律的に動ける「事業部制」を構築したと言われています。
管理職は自らがスーパープレイヤーとして手足を動かし続けるのではなく、チームメンバーそれぞれが自ら判断し、前に進んでいけるような「場」をデザインする存在であるべきなのです。
「本当は自分でやったほうが早いのに」という気持ちを抑え、勇気を持って仕事を任せていく。そのプロセスを通じて部下は成長し、やがて自分を追い越していくかもしれません。そして、部下が自分より優秀になることこそ、マネージャーだからこそ味わえる最高の喜びであり、組織が持続的に成長していくための鍵なのです。