【3行要約】
・セルフマネジメントは単なる自己管理ではなく、心身の状態を整え最高のパフォーマンスを発揮するための技術です。
・世界経済フォーラムのレポートでも、情緒的知性や自己統制力など、セルフマネジメントに直結するスキルが未来のビジネススキルとして注目されています。
・セルフマネジメント能力を高めるには、自分の役割を明確にし、目標を小さなタスクに分解、定期的な振り返りを行い、誘惑に負けない仕組みを作ることが大切です。
なぜ「セルフマネジメント」がビジネスに不可欠なのか
現代のビジネス環境は、リモートワークやハイブリッドワークの普及、働き方改革の推進、そして先行きが不透明なVUCAワールドの到来など、大きな変革の渦中にあります。このような状況下で、個々のビジネスパーソンに求められるスキルも大きく変化しています。その中でも特に重要性が高まっているのが「セルフマネジメント能力」です。
かつてのように、オフィスで上司や同僚の監視下で働く環境であれば、ある程度の規律は外部から与えられていました。しかし在宅勤務が常態化すると、仕事の進捗管理やモチベーション維持、オンとオフの切り替えなどをすべて自分自身で行う必要があります。
これは、
経営学者の山口周氏が指摘する「セルフ・ディシプリン(自己規律)」がなければ成り立ちません。誰かに見られているから仕事をするのではなく、自らの意思で質の高い仕事を追求する姿勢が、これからの働き方の基盤となります。
また、働き方改革により長時間労働が是正され、限られた時間の中でいかに高い成果を出すかという、生産性の向上が強く求められるようになりました。一人ひとりの生産性が組織全体の成果に直結するため、個々のパフォーマンスを最大化するセルフマネジメントは、企業にとっても不可欠な要素となっています。
こうした潮流は世界的なものであり、スイスのダボスで開催される世界経済フォーラムのレポートでも、その重要性が示されています。
2016年のレポートでは、「2020年までに必要なビジネススキル」の第6位に「情緒的知性(Emotional Intelligence)」、すなわちEQが初めてランクインしました。これは、AIの台頭により、人間ならではの情緒的なスキルが重要になるという認識の表れです。
テクノロジーの進化が叫ばれる一方で、未来のビジネススキルとして「人」に関する能力にスポットが当たっているのです。このように、セルフマネジメントは個人の課題であると同時に、変化の激しい時代を乗り越えるための普遍的なビジネススキルとして、世界的にその重要性が認識されています。
「自分自身を律する」だけではない深い意味
セルフマネジメントという言葉は、日本語では「自己管理」と訳されることが多く、タスクや時間を管理し、自分自身を厳しく律する、といったストイックなイメージを持つ人も少なくありません。しかしその本質は、単に自分をコントロールすることだけにあるのではありません。
セルフマネジメントの真の目的は、自分自身の精神状態や健康状態を良好に保ち、安定させることで、自らの能力を最大限に発揮し、継続的に高いパフォーマンスを上げることにあるのです。
私たちのパフォーマンスは、大きく2つの要素で構成されていると考えることができます。1つは「内容」、つまり「何をするか」という行動そのものです。そしてもう1つが「質」、すなわち「どんな心でそれを行うか」という心の状態です。
私たちは日々の業務において、ToDoリストを作成し、「何をすべきか」という「内容」の部分には多大な注意を払います。しかし、それを「どんな心の状態で実行するのか」という「質」の部分はしばしば見過ごされがちです。
スポーツドクターの辻秀一氏は、このパフォーマンスの「質」を決定づけるのが「心の状態」、すなわち「機嫌」であると指摘しています。
心が揺らいだり、何かに囚われたりしている「不機嫌」な状態では、思考や対話、行動の質は著しく低下します。一方で心が揺らがず、囚われず、自然体でいられる「機嫌の良い」状態、心理学でいう「フロー」な状態にあれば、パフォーマンスの質は向上します。
パフォーマンスはたった2つ。内容と質でできています。今この瞬間もみなさん40人の方の2時間のパフォーマンスがありますが、内容と質ですよね。「何をするか」と、それを「どんな心で聞いているのか」。私もそうですよね。「何を話すのか」とそれを「どんな心で話すのか」。内容と質の、この2つでできています。
私たちは何をしないといけないのか、何をやっていないのか、何をするべきなのか。To Doリストを明確にして、Do Itしていくことにはむちゃくちゃ注力しますが、それをどんな心の状態でやるのかがおなざりになっていると、30歳の時にパッチ・アダムスの話を聞いて初めて理解しました。
引用:イノベーションの最大の阻害因子は社員・役員の「心の状態」 経営者が関心を寄せる、社員の「ご機嫌マネジメント」とは(ログミーBusiness)
つまり、セルフマネジメントとは、自分を無理やり動かすための鞭ではなく、自分の心と身体を最適な状態に整え、最高のパフォーマンスを発揮するための技術なのです。
それは、ストレスを溜めないように工夫したり、モチベーションを維持したり、時には適切に休息を取ったりすることも含みます。自分自身の「ご機嫌」をマネジメントし、常に質の高い仕事ができる状態を自ら作り出すことこそが、セルフマネジメントの真髄と言えるでしょう。
心と身体の安定が土台となる「メンタルヘルス」と「レジリエンス」
セルフマネジメントを実践する上で最も基本的な土台となるのが、心と身体の健康です。どんなに優れたタスク管理術や時間管理術を身につけても、心身が不調であれば安定したパフォーマンスを発揮することはできません。この心身の健康を維持するために重要な要素が、「メンタルヘルスケア(セルフケア)」と「レジリエンス」です。
メンタルヘルスケア、特にセルフケアは、自分自身のストレスに気づき、それを軽減したり、適切に休息を取ったりして、心の健康を自ら守ることを指します。
ビジネスシーンでは、プレッシャーや予期せぬトラブルなど、ストレスの原因となる出来事が絶え間なく発生します。こうしたストレスを放置すれば、モチベーションの低下や集中力の散漫を招き、パフォーマンスの質を大きく損なうことになります。
自分なりのストレス解消法を見つけたり、意識的に休息時間を設けたりすることで、心の安定を保ち、常に健全な状態で仕事に取り組むことが可能になります。
もう1つの重要な要素である「レジリエンス」は、「精神的な回復力」や「復元力」と訳されます。これは逆境や困難な状況、強いプレッシャーに直面した際に、それによって受けるストレスをしなやかに受け流し、速やかに立ち直る能力のことです。
仕事でミスをしてしまったり、厳しい批判を受けたりした時に、過度に落ち込むことなく、「次に活かそう」と前向きに捉え、精神的なダメージを引きずらない力がレジリエンスです。この能力が高い人は、失敗を恐れずに新たなチャレンジができ、困難な状況下でもパフォーマンスを維持することができます。
面白法人カヤックの事例は、こうした心身のケアの重要性を示唆しています。同社では、社員が自分の趣味に没頭することを推奨しており、事業部長が寿司を握れるようになったり、プランナーがサウナブランドを立ち上げたりといったユニークな活動が見られます。
これは、仕事から完全に離れて無心になれる時間を持つこと、いわゆる「アクティブレスト(積極的休養)」が、結果的に仕事への集中力や創造性を高めるという考えに基づいています。
セルフマネジメントとは、仕事の時間だけを管理することではなく、休息や趣味の時間も含めて、自分自身の心と身体をトータルで健やかに保つための総合的な取り組みなのです。
感情の波を乗りこなす「アンガーマネジメント」と「マインドフルネス」
心身の健康という土台の上に、次に必要となるのが日々の感情を適切にコントロールするスキルです。特にビジネス環境でパフォーマンスを安定させるためには、「怒り」や「不安」といったネガティブな感情に振り回されないことが重要になります。
そのための具体的な手法として、「アンガーマネジメント」と「マインドフルネス」が注目されています。
アンガーマネジメントは、その名のとおり「怒り」の感情と上手に向き合い、コントロールするための心理トレーニングです。
仕事をしていると、理不尽な要求や予期せぬトラブル、他者のミスなどによって、苛立ちや怒りを感じる場面は少なくありません。こうした感情に任せて行動してしまうと、人間関係を損なったり、冷静な判断ができなくなったりと、さまざまな不利益をもたらします。
アンガーマネジメントは、怒りを感じること自体を否定するのではなく、衝動的な行動を抑え、その場で適切な対応が取れるようにするための技術です。これを身につけることで、感情的な対立を避け、より円滑なコミュニケーションを築くことができ、結果として風通しの良い職場環境の実現にもつながります。
一方でマインドフルネスは、瞑想などを通じて「今、この瞬間」に意識を集中させることで、雑念を払い、心を落ち着かせるための手法です。
私たちは過去の後悔や未来への不安など、目の前のタスクとは直接関係のない思考にエネルギーを奪われがちです。特にリモートワークではプライベートとの境界が曖昧になり、集中力が途切れやすくなることもあります。マインドフルネスを実践することで、こうした雑念から意識を解放し、目の前の仕事に集中する力を高めることができます。
また、自分の感情や身体の状態を客観的に観察する習慣がつくため、ストレスの兆候に早期に気づき、対処することも可能になります。これは、不安やストレスから解放され、内省を通じて自らの感情をコントロールするという、セルフマネジメントの根幹に関わる重要なスキルです。
アンガーマネジメントとマインドフルネスは、感情の波に乗りこなし、常に冷静で安定したパフォーマンスを発揮するための両輪と言えるでしょう。
行動と思考を管理する「セルフコントロール」と「言語化力」
心と感情の状態を整えることができたら、次はそのエネルギーを具体的な行動と思考に結びつけていく段階です。ここでは、「セルフコントロール」によって目標達成に向けた行動を持続させ、「言語化力」によって思考を整理し、他者との連携を円滑にすることが重要になります。
セルフコントロールとは、目の前の誘惑や衝動的な欲望に打ち勝ち、長期的な目標の達成のために自分自身の行動や思考を律する能力です。例えば、「もう少し寝ていたい」「SNSをチェックしたい」といった短期的な欲求に流されず、本来やるべき業務に集中する力がこれにあたります。
多くの人がタスクの先延ばしに悩むのは、脳が変化を嫌い、現状を維持しようとする「防衛本能」を持っているためです。新しい行動を始めようとすると、脳は「面倒くさい」「やる気がない」といった言い訳を探し始めます。
この脳の習性に打ち勝つための有効な手段が、行動のハードルを極限まで下げることです。例えば「30分ジョギングする」という目標ではなく、「ジョギングシューズを履く」という10秒でできるアクション(10秒アクション)から始めるのです。この小さな1歩が脳の「やる気スイッチ」である側坐核を刺激し、結果として次の行動へとつながっていきます。
セルフコントロールは意志の強さの問題ではなく、こうした脳の仕組みを理解し、行動を促すための技術なのです。
そして、特にハイブリッドワークが浸透した現代において、セルフコントロールと並んで不可欠なのが「言語化力」です。対面のコミュニケーションが減少し、チャットなどのテキストコミュニケーションが主体となる環境では、自分の考えや意図を正確に、かつ、わかりやすく文章で伝える能力が、業務の効率と質を大きく左右します。報告・連絡・相談はもちろん、議論や意思決定に至るまで、書き文字によるコミュニケーションが基本となります。
「対面で話した方が早い」という考えは、短期的には効率的に見えますが、その場にいない人には情報が共有されず、後から経緯をたどることもできません。中長期的に見れば、コミュニケーションコストが増大し、組織全体の生産性を低下させる原因となります。
自分の思考を客観的に捉え、誰もが理解できる言葉に落とし込む言語化力は、個人のパフォーマンスを高めるだけでなく、チーム全体のコラボレーションを促進するための必須スキルと言えるでしょう。