「管理職は罰ゲーム」状態を解消するために
管理職の「罰ゲーム化」が叫ばれる中、この問題の根本的な解決のためには、個々の管理職の負担を軽減する対症療法だけでなく、「マネジメント」そのものに対する認識をアップデートする必要があります。
多くの組織で、いまだに「マネジメントは管理職の仕事である」という考え方が深く根付いています。この認識は「チームの成果に対する責任や部下の育成、業務の進捗管理といったマネジメント業務のすべてを、管理職という特定の役職者が1人で担うべきだ」という前提に基づいています。しかしこの考え方は、もはや現代の組織の実態に合わなくなっています。
そもそも「マネジメント=管理職の仕事」という図式は、計画を立てる人とそれを実行する人を分離するという、約100年前の工場における生産管理の考え方に端を発しています。組織が階層化し、上位の役職者に権限と責任が集中する過程で、この認識は強化されてきました。
しかし、経営学におけるマネジメントの本来の定義は、より普遍的なものです。それは「組織の目標を達成するために、人・物・金・情報といった資源を有効に活用する機能や活動」を指します。この定義には、「誰がそれを担うのか」という規定は含まれていません。
そこで今、注目されているのが「全員マネジメント」という新しい考え方です。これは、マネジメントを「チームの成果を最大にするために実施されるあらゆる営み」と再定義し、管理職だけでなくチームのメンバー全員がその営みに参画し、貢献するというコンセプトです。
プレイングマネージャーが当たり前となり、1人の管理職がすべてのマネジメント機能を担うことが物理的に不可能になっている現代において、この考え方は非常に重要です。
管理職に負荷が集中し、結果としてマネジメント不全に陥るという悪循環を断ち切るためには、メンバーそれぞれが主体性を発揮し、チームの成果最大化にコミットできるような仕組みと文化を醸成することが不可欠です。
これは、管理職の「罰ゲーム」のような苦役から解放し、本来の価値ある役割へと転換させるための鍵となるでしょう。
キャリア自律を促す機会提供の重要性
「管理職になりたくない」という声が広がる一方で、その選択が自身の長期的なキャリアにどのような影響を及ぼすのか、深く考察した上で判断している人はどれほどいるでしょうか。
社会の風潮や身近な上司の姿だけを見て、安易に昇進を拒否することは、将来的なリスクを伴う可能性があります。
企業は、社員が自身のキャリアを「自分ごと」として真剣に考えるための機会と情報を提供し、より主体的な意思決定を促していく責任があります。その一環として、管理職にならないという選択肢がもたらす現実についても、率直に伝える必要があるでしょう。
管理職にならないまま45歳を迎えると想像してみましょうか。年功序列色が今より薄まっていると仮定した場合。
その下の段にあるように、若い頃と同じようにプレイヤーとしてですよ、若い頃と同じように……45歳を迎えると、同じように、またそれ以上に成果を上げ続けることが要求されます。
2番目。そうなりますと、45歳ですからより高い専門性を身に付けていない限りは、給料はあまり上がらないんじゃないんですかね。ということは、自ら学んでいく、磨いていくプロ意識が相当問われると思います。
3番目。職位や給与面では、場合によっては後輩や上の職位の方々が、おそらく自分の年収を追い越していく。そういう中で文句を言わず、年下の上司にマネジメントされて働いていくって、本当に大丈夫なのかなと。
引用:「管理職になりたくない問題」の原因は上司にもある 部下の昇進意欲を削ぐ行動(ログミーBusiness)
一方で、管理職を経験することには、負担や責任だけではない大きなメリットも存在します。マネジメントの実務経験は、個人の市場価値を確実に高めます。
変化の激しい時代において、人を動かし、組織を率いて成果を出す能力は、極めてポータブルで価値の高いスキルです。将来的に転職や独立を考えた際にも、マネジメント経験はキャリアの選択肢を大きく広げる武器となり得ます。「マネジメントのプロ」としてキャリアを築いていく道も開けるのです。
こうしたメリットとデメリットの両方を提示した上で、社員一人ひとりが自律的にキャリアを選択できるよう支援することが重要です。しかし実際には、昇進の打診をする際に、なぜその人に管理職を任せたいのか、その期待や役割を丁寧に説明できている企業は多くありません。
日本能率協会マネジメントセンターが2016年に実施した調査では、昇進昇格試験の対象者に「合否の理由」や「今後の期待」が伝えられているケースは4割以下に留まるといいます。形式的な辞令を出すだけでなく、一人ひとりと向き合い、その人ならではの管理職としての可能性を共に考える対話の場を設けることが、昇進を前向きに捉える第1歩となるはずです。
役割分担と複線型キャリアパスの可能性
社員が管理職への挑戦に前向きになるためには、その役割に伴う過度な負担感を軽減し、心理的なハードルを下げていく組織的な取り組みが不可欠です。
そのための有効なアプローチの1つが、「管理職の役割の再設計と分担」です。現代の管理職に求められる役割は多岐にわたりますが、大きくは「コトの管理(業務の進捗管理や戦略立案など)」と「人の管理(職場の協働促進や人材育成など)」の2つに集約されます。
しかし、これらすべてを1人で完璧にこなせる人材は稀です。そこで、これらの役割を複数の管理職で分担したり、あるいは専門知識を持つベテラン社員に若手の育成を任せるなど、権限を委譲することが考えられます。
このような役割の分担は、管理職1人当たりの負担を軽減するだけでなく、「管理職はこうあるべきだ」という画一的な人物像を打ち破ることにも繋がります。
多様な強みを持つ人材が、それぞれの得意分野を活かしてマネジメントに関われるようになれば、「自分にもできるかもしれない」と昇進をポジティブに捉える社員を増やすことができるでしょう。
もう1つの重要なアプローチは、「柔軟な人事制度の運用」、特に「複線型キャリアパス」の整備です。これは、管理職として組織をマネジメントしていくコース(マネジメントコース)と、高度な専門性を追求して貢献するコース(専門職コース)など、複数のキャリアパスを用意する制度です。
この制度を形骸化させず、実質的に機能させることが重要です。そのためには「管理職はあくまで組織の目標達成のための一時的な役割である」という認識を組織内で共有し、事業や組織の状況に応じて、管理職と専門職との間を柔軟に行き来できる仕組みを整えることが有効です。
例えば、一度管理職に就いた人が、本人の希望や適性に応じて専門職に転換する際に、それが「降格」といったネガティブなものとして捉えられないよう、処遇やその後のキャリアパスを明確に設計します。
このような仕組みがあれば、社員は「一度管理職になったら、もう後戻りできない」というプレッシャーから解放されます。「まずは一度挑戦してみよう」という気持ちになりやすく、管理職に対する心理的なハードルを大きく下げることが期待できます。
「食わず嫌い」を乗り越え、管理職の良さの醍醐味を知る
「管理職になりたいとは思わない」という社員の多くは、実際にマネジメントを経験したことがない段階で、そのように判断しています。その気持ちの背後にあるのは、多くの場合、経験のない未知の役割に対する漠然とした不安や、周囲の疲弊している管理職の姿からくるネガティブなイメージ、すなわち「食わず嫌い」です。
人は基本的に、経験したことのないものに対して否定的に捉えがちな生き物です。しかし、実際にその役割を担ってみることで、当初のイメージとはまったく異なる感情や発見に出会うことは少なくありません。
田中:実際、リクルートマネジメントソリューションズ社が行ったによれば、半数ぐらいの管理職がもともと「管理職になりたくなかった」って答えてるんですよ。(中略)
田中:興味深いのは、その調査の中で「『気持ちの変化があるんだったら、事前に教えてくれていればよかったのに』と今になって思うことはありますか」と尋ねたら、やっぱり「管理職をやってみないとわからない」という回答が多いんですよね。いくら事前に「管理職ってこんなに魅力的な仕事でね」と伝えても、やっぱり人は経験の中からでしか学べないことがあるということです。
引用:「管理職をやりたくない人」はどうすればいい? “今日も問題だらけのチーム”を動かすためのマインドセット(ログミーBusiness)
この事実は、管理職という役割の本当の魅力や醍醐味が、外から見ているだけでは伝わりにくいことを示唆しています。チームメンバーを率いて困難な目標を達成した時の達成感、部下の成長を間近で支援し、その姿に喜びを感じる経験、より大きな裁量権を持って組織を動かしていく手応え。これらは、実際にその立場に立って初めて味わえるものです。
したがって、昇進を打診されている、あるいは将来のキャリアに迷っている社員に対しては、「まずは一度、経験してみる」という選択肢を提示することが重要です。
もちろん、その際には「もし本当に向いていないと感じたら、別のキャリアパスに戻ることも可能だ」という安心感をセットで提供することが不可欠です。嫌々ながらリーダーを務めることは、本人にとってもチームにとっても不幸な結果を招きます。
また、一度リーダーを経験して失敗したという思いから苦手意識を持っている人もいるかもしれませんが、マネジメントは本質的に難しく、失敗はつきものです。むしろ、その失敗経験を深く振り返り、そこから学ぶことこそが、真のリーダーへと成長するための糧となるのです。