【3行要約】
・プレゼンテーションは単なる説明ではなく、聞き手の行動を促すことが本質です。
・元マッキンゼーの田中直道氏は「聞き手の深い理解が土台となり、その上に明確なメッセージと論理的なストーリーを構築することが重要」と指摘しています。
・効果的なプレゼンのためにはうねり株式会社(旧:シリョサク株式会社)が紹介している「キメヘン」フレームワークで目的を明確にし、聞き手理解を土台に論理的なストーリーを構築し、徹底的な準備と謙虚な姿勢を持つことが求められます。
ビジネスシーンのプレゼンテーションで重要なこと
プレゼンテーションとは、単に企画や意図を説明する行為ではありません。その語源が「プレゼント(贈り物)」であるように、聞き手にとって価値のある情報を届け、最終的には具体的な行動を促すことを目的としています。
ビジネスシーンにおけるプレゼンテーションは、この「行動を促す」という点が極めて重要です。例えば、新製品の発表であれば購入やサービスの利用、社内提案であれば企画への賛同や承認といった、聞き手の具体的な意思決定を引き出すことが最大の目的となります。
この目的を達成するためには、話し手が伝えたいことを一方的に話すだけでは不十分です。聞き手の目線やニーズに沿って話を進め、彼らが抱える問題や悩みを深く理解し、共感を得た上で解決策を提示するという流れが不可欠です。
つまり、プレゼンテーションは「説明と説得」を基盤としながらも、その本質は聞き手の心を動かし、行動へと導くコミュニケーションの技術と言えるでしょう。
このゴール設定を明確にするためのフレームワークとして、うねり株式会社(旧:シリョサク株式会社)代表取締役の豊間根青地氏は「キメヘン」という考え方を紹介しています。これは「聞き手」「メインメッセージ」「起こしたい変化」の頭文字を取った造語で、プレゼンテーションの設計図となるものです。
まず「誰に(聞き手)」話すのかを定義し、その聞き手に「何を(メインメッセージ)」伝えたいのかを絞り込み、最終的に聞き手に「どのような(変化)」を起こしてほしいのかを具体的に設定します。この「キメヘン」を最初に定めることで、プレゼンテーション全体の方向性がぶれることなく、一貫性のあるメッセージを届けることが可能になります。
美しい資料を作ることや流暢に話すことは手段であり、本質は「伝えたいことを明確にし、相手に的確に伝えること」にあります。資料がなくても、口頭や簡単なメモで目的が達成できるのであれば、それでも良いのです。
重要なのは、聞き手の行動を促すという最終目的から逆算し、すべての準備と実践を行うという意識です。
すべての土台となる「聞き手の理解」
プレゼンテーションを成功に導くための最初のステップは、聞き手を深く、正確に理解することから始まります。コミュニケーション戦略の立案において、相手を知ることはすべての土台となります。どれほど優れた内容や革新的な提案であっても、聞き手の状況や関心事に合致していなければ、その価値は伝わりません。
したがって、プレゼンテーションの準備は、まず「誰に話すのか」を徹底的に分析することから始める必要があります。
この分析は、単に聞き手の役職や所属部署を確認するだけにとどまりません。より深く、多角的な視点から聞き手をプロファイリングすることが求められます。具体的には、以下のようなフレームワークで情報を整理することが有効です。
誰が聞き手か?役職や社歴、年齢や経歴といった基本的な属性に加え、その人が組織内でどのような役割を担い、誰が最終的な意思決定者で、その意思決定に影響を及ぼすのは誰なのかを把握します。
聞き手の関心は何か?今回のテーマに対してどのような前提知識を持っているか、どのような期待を寄せているか、そしてどのようなコミュニケーションスタイルを好むかを分析します。過去の言動や資料から、彼らの価値観や関心事を推し量ることも重要です。
自分は何を達成したいか?このプレゼンテーションを通じて、聞き手に何を知ってもらい、どう感じ、最終的にどのような行動を取ってもらいたいのか、自分たちのゴールを明確にします。
どうするのがベストか?上記の分析を踏まえ、聞き手にとって最も説得力のある議論の展開方法を考えます。想定される反論や懸念点にどう対処するか、建設的な議論をどう設計するか、場合によっては事前の根回しが必要かどうかも検討します。
例えば、新任の本部長への報告会というシチュエーションを考えてみましょう。本部長は着任したばかりで、事業の前提情報や現場の肌感覚はまだ限定的かもしれません。前回の報告で「情報を集めて報告するように」と指示があったことから、ファクトに基づいた客観的な分析を期待していると推測できます。
一方で、こちらとしては、新製品の企画から市場投入までのリードタイムを考慮し、打ち手の方向性についてもある程度の合意を得ておきたいという狙いがあります。しかし、本部長の好むコミュニケーションスタイルはまだ不明です。
このような状況では、奇をてらわず、結論から先に述べる「王道スタイル」で臨むのが最も安全かつ効果的でしょう。
元マッキンゼーの田中直道氏は、聞き手理解のプロセスについて次のように解説しています。
まず、左端の「誰が聞き手か?」という点ですが、今回の聞き手は新任の本部長です。前回の報告は3ヶ月前に行われており、今回が2回目の報告となります。このようなシチュエーションで本部長を対象にしたコミュニケーションを設計していきます。
次に、本部長がどのような関心を持っているのかを考えます。これは左から2番目の要素にあたります。着任したばかりの本部長は、事業全体の前提情報や現場の肌感覚について、まだ十分に把握できていない可能性が高いです。
また、前回の報告時に「ひとしきりの情報を確認して次回報告してほしい」との指示があったことから、新製品の企画に必要な市場調査や顧客データといったファクトの分析を期待していることがうかがえます。したがって、基本的な内容を復習的に含めつつ、情報をやや厚めに提示することで、本部長の期待に応えることができるでしょう。
引用:資料は3日前に完成 「伝え方」で差がつく、マッキンゼー流プレゼン準備術(ログミーBusiness)
このように、相手を深く知ることからコミュニケーション戦略を構築することで、プレゼンテーションの成功確率は格段に高まるのです。
メッセージを明確にするストーリー構築術
聞き手の理解という土台が固まったら、次にその上で展開するメッセージを明確にし、説得力のあるストーリーを構築する段階に入ります。ここでの核心は、プレゼンテーション全体を貫くキーメッセージを定め、それを支える論理的な構造を作り上げることです。
プレゼンテーションを終えた後に、聞き手の記憶に「結局、何が言いたかったのか」が明確に残るようでなければなりません。
このストーリー構築において非常に有効なのが、ピラミッドストラクチャーという考え方です。これは、頂点に最も伝えたい結論(キーメッセージ)を置き、その下に結論を支える複数の根拠を配置し、さらにその下に各根拠を裏付ける具体的な事実やデータを並べるという構造です。
この構造により、話の全体像と各部分の関係性が明確になり、聞き手は論理の流れを追いやすくなります。
特に、プレゼンテーションのアウトプットの根幹となるのが「エグゼクティブサマリー」です。これはプレゼンテーション全体の要約であり、ピラミッドストラクチャーそのものを凝縮したものです。
何が言いたいのか(結論)、そしてその主張を支える情報は何か(根拠)を整理した上で、それに沿って資料全体を構築していく必要があります。このプロセスを経ることで、伝えたいメッセージを軸とした一貫性のあるプレゼンテーションが完成します。
論理的な構成を組み立てるための具体的なフレームワークとしては、「PREP法」が広く知られています。これは「Point(結論)」「Reason(理由)」「Example(具体例)」「Point(結論)」の頭文字を取ったもので、最初に結論を述べ、聞き手の関心を引きつけます。
次に、その結論に至った理由を説明し、説得力を高めます。そして具体的な事例やデータを挙げることで理解を深め、最後に再び結論を繰り返すことでメッセージを記憶に定着させます。
この方法は、特に時間が限られたビジネスシーンにおいて、要点を簡潔かつ強力に伝えるのに適しています。ビジネスコミュニケーションでは、結論に至るまでのプロセスが長い「起承転結」よりも、聞き手の集中力を維持しやすいPREP法が有効な場面が多くあります。
重要なキーメッセージは、表現を少しずつ変えながら何度も反復して伝えることで、聞き手の記憶に深く刻み込むことができるでしょう。
伝わる資料作成の6つの原則
説得力のあるストーリーが固まったら、次はその内容を視覚的に表現する資料作成のステップに移ります。コンサルティングファームなどでは、PowerPoint資料が成果物として極めて重要な役割を果たしますが、その本質は美しさではなく、メッセージを効果的に伝えるためのツールであるという点を忘れてはなりません。
元マッキンゼーの田中直道氏が解説する、資料作成における6つの重要なポイントは、質の高い資料を作るための普遍的な指針となります。
1つ目に、パッケージ全体がエグゼクティブサマリーのピラミッド構造に倣っていることです。前述の通り、エグゼクティブサマリーはアウトプットの根幹です。資料の各ページはこの骨子に沿って構築され、全体として一貫したメッセージを補強するものでなければなりません。
2つ目に、Appendix(参考資料)を有効活用することです。本編にはキーメッセージに直接関連する重要な情報のみを掲載し、それ以外の詳細なデータや補足情報はAppendixに回します。これにより本編の論点が明確になり、議論が発散するのを防ぎます。
ただし、Appendixは単なる情報の置き場ではありません。本編で触れなかったとしても、質疑応答で突っ込まれそうなポイントを先回りして準備しておくことで、円滑な意思決定を促す戦略的な役割も果たします。
3つ目に、「1ページ1メッセージ」を徹底することです。「1チャート1メッセージ」とも言われるこの原則は、各スライドで伝えたいことを1つに絞ることで、議論の焦点を明確に保つための基本です。複数のメッセージを詰め込むと、聞き手の理解を妨げ、混乱を招く原因となります。
4つ目に、メッセージを補強する適切なビジュアルを選ぶことです。グラフであれば、比較、構成、時系列など、伝えたい内容に応じて最適な種類(棒グラフ、円グラフ、折れ線グラフなど)を選択します。イラストや図解も、メッセージを直感的に理解させる上で効果的です。
5つ目に、資料全体で見た目の一貫性を保つことです。フォントの種類やサイズ、色使い、スライドの基本フォーマットなどを統一することで、視覚的なノイズを排除し、聞き手が内容に集中できる環境を整えます。
特に色使いは、意味なく多用するとかえって混乱を招くため、強調したい箇所に限定するなど、意図を持って使用することが重要です。
そして6つ目に、PCで作業を始める前に、手書きで全体の構成(紙芝居)を構想することです。元マッキンゼーの田中直道氏は、マッキンゼーでは「マッキンペーパー」と呼ばれる方眼紙に下書きをすることが一般的だったと語っています。
これは「考える時間」と「手を動かす時間」を分離し、手戻りを減らして生産性を高めるための重要なプロセスです。まずストーリーラインを1枚ずつ設計してから作業を始めることで、質と生産性を同時に高めることができます。
これらの原則は必須ではありませんが、チェックリストとして活用することで、誰でも質の高い資料作成が可能になります。
記憶に残る話し方の3つのコツ
優れた構成とわかりやすい資料が準備できても、それが聞き手の心に響き、記憶に残らなければプレゼンテーションは成功とは言えません。
人間は驚くほど速く情報を忘れてしまう生き物です。
ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスが提唱した「忘却曲線」によれば、人間は学習してから20分後には約42%、1時間後には約56%の内容を忘れてしまうとされています。
この事実が示すのは、記憶は少しずつ薄れるのではなく、最初の短時間で急激に失われるということです。
この脳の仕組みを逆手に取れば、プレゼンテーションをより効果的にするヒントが見えてきます。記憶が最も失われやすい最初の20分間に、最も伝えたい情報を印象的にインプットすることが極めて重要なのです。
聞き手の記憶に深く刻み込むための話し方には、主に3つのコツがあります。
1つ目は、「強烈な一言で始める」ことです。聞き手の集中力が最も高いプレゼンテーションの冒頭で、「お、何か面白そうだ」と思わせるようなインパクトのある言葉を投げかけることができれば、その後の話にも引き込むことができます。
例えば、スティーブ・ジョブズがiPhoneを発表した際の「今日、Appleが電話を再発明する」という一言は伝説的です。あるいは「もしあなたが〇〇だったらどうしますか?」と問いかけて想像を促したり、「今から10分間で御社のコストを30%削減する方法をお話しします」と具体的なメリットを提示したりすることで、聞き手の関心を一気につかむことができます。
2つ目は、「ストーリーを使って感情に訴える」ことです。人間は、無味乾燥なデータや事実の羅列よりも、感情を伴う物語を記憶しやすいという性質を持っています。
自身の挑戦や失敗談、ある顧客がサービスを利用して経験した変化の物語などを語ることで、聞き手は内容を自分事として捉え、感情移入しやすくなります。個人的な体験談は、プレゼンターの人間味を伝え、信頼関係を築く上でも効果的です。
3つ目は、「繰り返し強調する」ことです。忘却曲線は、情報が何度も繰り返されるほど記憶に定着しやすいことも示しています。プレゼンテーションのコアとなるキーメッセージは、一度言っただけではすぐに忘れ去られてしまいます。
「今日一番伝えたいのは〇〇です」と宣言したならば、プレゼンの途中や最後のまとめで、表現や角度を変えながら何度もそのメッセージに触れましょう。
この3つのコツを意識することで、あなたのメッセージは聞き手の記憶に残り、行動を促す力を持つようになるでしょう。