リモートワークにおける雑談機会創出のステップ
オフィスという物理的な空間では、コーヒーサーバーなどの何らかの仕掛けで雑談を誘発することができます。しかし、メンバーが地理的に分散しているリモートワーク環境において、この「雑談が生まれる環境」をいかにして再現するかは、非常に難しい課題です。
オンライン上で「適度な距離」「適度な暇」「自然な理由」をどのように設計すればよいのでしょうか。
この課題に取り組む前に、まず「誰が雑談を必要としているのか」を明確にする必要があります。リモートワークにおけるコミュニケーション課題として頻繁に指摘されるのが「サイロ化」です。
このサイロ化という問題は、すべての従業員にとって等しく重要なわけではありません。経営陣や人事といった会社全体を見る立場の人、他部門との折衝が必要なマネージャー、あるいは新規事業開発のように他部署との協働が不可欠な職務の人にとっては、サイロ化は深刻な問題です。
しかし、自チームだけで仕事が完結する現場のスタッフにとっては、他部署とのコミュニケーションは必ずしも必要不可欠ではありません。株式会社遭遇設計の広瀬眞之介氏は、この点を踏まえずに、必要性を感じていない従業員に無理やり部署横断的なコミュニケーションを強いることは逆効果だと警鐘を鳴らします。
ですが自チームだけで仕事が完結する人で、常時、他部署や他チームとコミュニケーションを取る必要がない人たちも存在していて、この人たちに無理に(コミュニケーションの取り組みを)やらせると逆効果になります。
河合さんの先ほどの調査と一部被るなと思いまして。いくら他部署の人とコミュニケーションを取っても、ぶっちゃけ仕事で関わったこともないし、今後も関わらなさそうと思っている人からすると、「今この場でこいつらと話しても、俺は別にこの後なんともないしな」「彼らは楽しそうに話しているけど、私には関係ないしな」みたいな感じになっちゃうと。
引用:「命令・依頼」される雑談は、もはや雑談ではなくなっている リモートワークのサイロ化を防ぐ、コミュニケーションの2ステップ(ログミーBusiness)
このことから、リモートワークにおけるコミュニケーション施策は、2つの段階に分けて考えるべきことがわかります。
第1段階は「チーム内のメンバー同士が雑談できているか」。これは組織の土台となる「強い紐帯」を育む上で不可欠です。
そして第2段階が「チーム外のメンバー同士が雑談できているか」。これはイノベーションの源泉となる「弱い紐帯」を築くためのものです。
最終的に目指すべきは、単なる仲良しグループではなく、タスクに関して健全な衝突ができる「心理的安全性の高いチーム」です。そのためには、まず足元であるチーム内のコミュニケーション基盤を固め、その上で必要性のある従業員に対して、いかにしてチーム外との接点を持つ動機付けを与えるかという、段階的なアプローチが求められるのです。
オンラインで雑談を促進する具体的なコンテンツ活用術
リモートワーク環境下で雑談を生み出すには、飲食やたばこに代わる、オンラインならではの「媒介」が必要になります。その有力な候補となるのが、ゲームやクイズといったエンターテイメント性のあるコンテンツです。
さらに、バーチャルオフィスツールを活用した「リモート社内イベント」も効果的な手法です。大人数が1つの仮想空間に集まり、○×クイズや格付けクイズなどを実施します。この手法の優れた点は、単にクイズを楽しむだけでなく、参加者の回答プロセスそのものをコミュニケーションのきっかけにできることです。
例えば、一連の○×クイズを出題し、その回答によって参加者を徐々にグループ分けしていく設計が可能です。「自分はリモートワークでもうまくやれている。○か×か?」「チームメンバーと雑談ができている。○か×か?」「チーム外とも雑談ができている。○か×か?」といった質問を重ねていくと、最終的に同じような課題意識や状況にある人々が、同じグループに集まることになります。
これは、意図的に編成されたチームではなく、「偶然同じ回答をした」という共通点だけで結ばれたグループです。この「偶然性」が、まさにリアルなオフィスにおける「コーヒーマシン効果」をオンライン上で再現します。
同じグループになった人とは、初対面であっても「リモートワークのこの点で同じように感じているんですね」という自然な会話の糸口が生まれます。
このように、チーム外の従業員同士のコミュニケーションを促すためには、仕事とは直接関係のない、強い動機づけが必要です。それは、会社の「エンタメ化」と言い換えることもできるでしょう。
クイズやゲームといった楽しい体験を通じて、部署や役職の垣根を越えた繋がりを創出する。それが、サイロ化しがちなリモート組織において、新たな雑談を生み出すための有効なアプローチとなるのです。
雑談を「やって終わり」にしないための効果検証と心構え
ここまで雑談を促進するためのさまざまな手法を見てきましたが、重要なのは、これらの取り組みを「やって終わり」にしないことです。なんとなく始めて、なんとなく終わるのではなく、PDCAサイクルを回していく意識が不可欠です。
そのためには、まず施策を運営する側、つまり経営者や人事部が明確な「目標」を持つ必要があります。これは、雑談する従業員に目的を課すという意味ではありません。むしろ、参加者に目的を意識させた瞬間に、雑談の本質は失われます。
ここでの目標とは、あくまで運営側が「何のためにこの雑談施策を行うのか」を明確にすることです。例えば、「チーム内のコミュニケーションを活性化するため」「他部門との交流を深めるため」「生産性を向上させるため」「イノベーション創出のため」といった目的を事前に設定します。
その上で、実施した施策が狙い通りの効果を上げているのかを検証します。もし効果が上がっていないのであれば、何がボトルネックになっているのかを分析し、改善策を講じる。このサイクルを回すことで、施策は形骸化せず、組織の実態に合ったものへと磨かれていきます。
また、雑談に対する根本的な考え方を変えることも、効果を高める上で役立ちます。株式会社営業ハック 代表取締役の笹田裕嗣氏は、雑談で心を開いてもらうための方法について、非常に示唆に富んだアドバイスをしています。
多くの人は雑談を「こちらがおもしろい話をして、会話を盛り上げなければいけない」と考えがちですが、それは大きな誤解だというのです。
これはシンプルで、「雑談の考え方を変えましょう」ということです。雑談というと、「こちらがおもしろい話をして、会話を盛り上げなければいけない」と思われがちですが、相手が何をおもしろいと感じるかはわかりません。だから難しいんです。
そうではなく、私が意識しているのは、「相手に相手のことを話してもらう」ことです。そのためには、自分自身の類似する事例や、自分の考えを先に伝えてあげる。そうすると、相手も「こんな感じで話せばいいんだな」とイメージしやすくなります。
このように、自分が話すよりも相手に話してもらうことを意識した雑談が、心を開いてもらうためには効果的だと思います。
引用:初対面で好印象を残すには「会う前」のやりとりが肝心 営業のプロが教える、相手の心をつかむテクニック(ログミーBusiness)
雑談の主役は、話し手ではなく聞き手であり、相手です。いかに相手が話しやすい状況を作り出すか。そのための自己開示であり、質問です。この視点は、雑談が苦手だと感じている多くの人にとって、肩の荷を下ろすきっかけになるでしょう。
最後に、なぜここまでして雑談を考える必要があるのか、その根本的な理由に触れておきます。株式会社Enbirth CEOの河合優香理氏によると、
株式会社Enbirthが実施した現在の仕事の満足度調査で、「どちらともいえない」と答えた会社員が最も多いという結果が出ています。
これは「消極的定着」と呼ばれる状態で、「今すぐ辞める理由はないが、このままで良いのだろうか」というモヤモヤを抱えたまま働き続けている人々が多数存在することを示しています。
このような状態は、個人にとっても、人材を活用しきれていない組織にとっても、大きな損失です。日々の雑談を通じて生まれる小さな繋がりや一体感は、こうしたモヤモヤを解消し、一人ひとりが「仕事が楽しい」と心から言える環境を作るための、ささやかで、しかし極めて重要な1歩なのです。