【3行要約】
・ファシリテーションは単なる司会進行ではなく、学びを生み出し、心理的安全性を確保して集合知を引き出す技術です。
・優れたファシリテーターは会議前の準備と場のデザインを重視し、参加者の関係性を考慮した周到なシミュレーションを行います。
・「見える化」と「問い」のデザインを駆使し、全員が納得できる合意形成へと導くことで、会議の成果を最大化することができます。
ファシリテーションの本質
ファシリテーションとは、一般的に「会議などをスムーズに進める技法のこと」と理解されています。しかし、その本質は単なる司会進行や時間管理に留まるものではありません。ファシリテーションの語源は「簡単にすること」であり、ビジネスの文脈においては、複数人が関わる仕事や議論をより簡単にし、実行に移しやすいように支援する一連の働きかけを指します。
優れたファシリテーターは、司会進行役としての役割以上に、「学びを生み出す人」であることが求められます。会議やミーティングの場は、単に情報を共有したり意思決定をしたりするだけでなく、参加者同士の対話を通じて新たな気づきや学びが生まれる貴重な機会です。
ファシリテーターは、その学びの創出者として、議論の土壌を耕し、参加者のポテンシャルを最大限に引き出す役割を担います。具体的には、参加者の発言を促し、多様な意見を整理し、議論を深め、最終的にはチームとしての結論、すなわち合意形成へと導いていくプロセス全体をデザインし、舵取りを行います。
この役割は、特に変化が激しく、イノベーションが求められる現代のビジネス環境において極めて重要です。イノベーションは、異なる知見を持つ多様な人々が集まり、それぞれの意見をぶつけ合う中で生まれます。多様な意見が出るということは、当然、意見の対立も発生しやすくなります。
そのような状況でも建設的な議論を進め、参加者全員が言いたいことを言い合える場を創出するためには、心理的安全性の確保が不可欠です。ファシリテーションとは、まさにこの心理的安全性を担保し、誰もが安心して発言できる環境を整え、チームの集合知を最大限に引き出すための中心的な技術であると言えるでしょう。
したがって、ファシリテーターは単なる進行役ではなく、チームの成果を最大化し、組織の成長を促進する上で欠かせない存在なのです。
会議の成果を最大化する「場作り」の技術
ファシリテーションの成否は、会議が始まる前の「準備」段階でその大部分が決まると言っても過言ではありません。優れたファシリテーターは、会議の進行スキルだけでなく、その会議が最高の場となるように周到な準備と設計を行います。
このプロセスは、単にアジェンダを作成したり、資料を準備したりするだけではありません。参加者の特性や関係性を深く洞察し、議論の流れをシミュレーションすることまで含まれます。
特に重要なのは、参加者同士の関係性を考慮した場のデザインです。誰がどのような立場で、どのような意見を持ちそうか、誰と誰が対立する可能性があるかといった人間関係の力学を予測しておくことで、当日の議論をより円滑に、そしてより深く導くことが可能になります。このシミュレーションに基づき、どのような問いを投げかけるかを事前に考えておくことも、議論の質を高める上で有効です。
しかし、ここで注意すべきは、準備したシナリオに固執し、場をコントロールしようとしないことです。あくまで準備は議論を促進するための土台であり、当日はその場の流れや参加者の反応に柔軟に対応し、成り行きに任せながら最適な方向へ導いていく姿勢が求められます。株式会社Funleash CEO兼代表取締役の志水静香氏は、この準備の重要性について次のように語っています。
志水静香氏(以下、志水):やはり私が気をつけているのは、中立であるということと、実はファシリテーションは準備が大事なんですよ。「この人とこの人の関係性はどうなんだろう?」というのを、あらかじめちょっとシミュレーションしておくんですよね。
入山章栄氏(以下、入山):へぇ!
志水:「きっとこういう質問を投げかけたら……」とシミュレーションをした上で、ある程度問いも考えていくんです。ただ、先ほど言ったように場をコントロールしてはいけないんですよね。だから、成り行きに任せながら、間合いを見ながら質問を引き出していく。
引用:ファシリテーターは「しゃべらないほうがいい」理由 入山章栄氏が語る、心理的安全性の高い場を作るポイント(ログミーBusiness)
また、効果的な場作りには、物理的な環境整備も含まれます。オンライン会議であれば、使用するツールの事前確認や、参加者が発言しやすいようなルールの設定が重要です。対面の会議であれば、座席のレイアウト一つで議論の雰囲気が大きく変わることもあります。
例えば、対立が予想される議論では、参加者がより近い距離で話し合えるような島型(アイランド型)の配置が有効な場合があります。
このように、議論の目的に合わせて物理的・心理的な環境を整えること、そして参加者の関係性を踏まえた緻密なシミュレーションを行うことこそが、会議の成果を最大化するための「場作り」の技術なのです。
参加者の迷いをなくす会議のゴール設定
多くの会議が非生産的に終わる原因の1つに、会議の目的、すなわちゴールが曖昧であることが挙げられます。会議の冒頭で「今日の目的は、課題について議論することです」といった始め方をしてしまうと、参加者は「この会議は、どうなったら終わるのだろうか」という迷いを抱えたまま議論に参加することになります。
意見を出した後にどのような展開が待っているのか、どこまで決めることが求められているのかが不明確なため、参加者は自律的に動くことができず、受け身の姿勢にならざるを得ません。
この問題を解決するためには、会議の目的を「すること」ではなく「状態」で設定し、参加者全員で共有することが極めて重要です。例えば、「課題を議論する」は「すること」であり、目的ではありません。これを「状態」で表現すると、「解決すべき課題がリストアップされ、優先順位について合意できた状態」となります。
このように、会議終了時にチームがどのような「状態」になっているべきかを具体的に言語化し、それを「終了条件」として提示することで、参加者はゴールに向かって何をすべきかを明確に理解できます。
この「終了条件」の設定は、議論の質そのものを大きく左右します。例えば、同じ課題抽出の会議でも、ゴールが「大小問わず参加者が感じている課題が出きった状態」なのか、それとも「部をあげて解決すべきだと思う課題が出きった状態」なのかによって、参加者が考えるべきこと、発言すべき内容はまったく異なります。
前者の場合、些細な問題点でも挙げるべきですが、後者の場合で同じ発言をすれば「論点がずれている」と指摘されるでしょう。ゴール設定が曖昧な会議では、何が本筋で何が脱線なのかの判断基準がなく、参加者は発言することに迷いを感じてしまいます。
明確な終了条件を会議の冒頭で共有することで、参加者は自律的に思考し、行動できるようになります。ファシリテーターの指示を待つのではなく、「そのゴールに到達するためには、まずこの点について議論すべきではないか」といった提案が参加者から生まれるようになります。
たとえ自分が会議の主催者でなくても、このアプローチは実践可能です。会議の冒得に主催者に対して「今日はどのような状態になることを目指していますか?」と質問する「隠れファシリテーション」を行うことで、不明確なゴールを明確化し、会議の生産性を高めることに貢献できるのです。
議論を活性化させる「問い」と意見の引き出し方
ファシリテーションの中核をなす活動の1つが、参加者から多様な意見を引き出し、議論を活性化させることです。そのために最も強力な武器となるのが「問い」です。優れたファシリテーターは、場の状況や目的に応じて効果的な問いを投げかけることで、参加者の思考を刺激し、議論を深め、新たな視点を生み出します。
議論を活性化させる問いには、大きく分けて「広げる」「深める」「展開する」という3つの機能があります。まず「広げる」問いは、1つのテーマに対して多様な意見やアイデアを求める際に用います。「他にはどんな意見がありますか?」といったシンプルな問いかけがこれにあたります。
次に「深める」問いは、出された意見の背景にある理由や根拠を探るために使います。「なぜそのように考えたのですか?」「もう少し具体的に説明していただけますか?」といった問いかけで、1つの意見を掘り下げていきます。
そして「展開する」問いは、議論の視点を変えたり、次のステップに進めたりする際に有効です。「そのアイデアを実現するためには、どのような課題があるでしょうか?」といった問いがこれに該当します。
ファシリテーターは、参加者から出された意見の裏にある「問い」そのものに注目するスキルも求められます。例えば、「ファシリテーション力は重要だ」という意見が出た場合、その裏には「ファシリテーション力は重要か?」という隠れた問いが存在します。ファシリテーターは、意見そのものに反応する前に、まずこの裏にある問いの価値を判断する必要があります。
もしその問いが議論の本質からずれていると感じたならば、「なるほど、その視点も重要ですね。その前に、まず〇〇という論点についてはいかがでしょうか?」といったかたちで、自然に問いを修正し、議論を軌道に戻すことが求められます。
さらに高度な技術として、一見バラバラに見える意見を統合し、議論の方向性を示す「抽象化」のスキルがあります。例えば、「犬」「猫」「ロボット」という意見が出た際に、「なるほど、これらはすべて『動くもの』という点で共通していますね」と抽象化することで、バラバラだった意見につながりが生まれ、議論に一体感が生まれます。
そして、「では、その『動くもの』が動かなくなった時、私たちは何をすべきでしょうか?」と新たな問いを展開することで、議論をさらに次のステージへと進めることができるのです。このように、問いを巧みにデザインし、参加者の思考を導いていくことが、生産的で創造的な議論を生み出す鍵となります。