【3行要約】
・仕事へのモチベーションが安定しない問題は、多くのビジネスパーソンが経験する普遍的な課題となっています。
・社会心理学者エドワード・デシの理論によれば、内発的動機づけには「有能感」と「自己決定感」が不可欠であり、目標の「Why」の共有が重要です。
・「10秒アクション」で小さく始め、WILL・CAN・MUSTの分析で現在地を把握し、多様なモチベーション源を持つことで、やる気の浮き沈みに対処できます。
なぜ「やる気」は生まれないのか?
仕事に対する「やる気」、すなわちモチベーションは、人が行動を起こす際の原動力となるものです。この動機づけには、大きく分けて2種類が存在します。社会心理学者エドワード・デシが提唱した「内発的動機づけ」と「外発的動機づけ」です。
この2つの構造を理解することは、自身のやる気がどこから来ているのか、あるいはなぜ湧いてこないのかを客観的に把握する上で非常に重要です。
まず「外発的動機づけ」とは、金銭、名誉、他者からの評価といった、外部からの報酬によって引き起こされるやる気を指します。例えば、「この目標を達成すればインセンティブがもらえる」「昇進できる」といった状況がこれにあたります。
旧来型の指示管理型のマネジメントでは、この外発的動機づけが中心でした。経営層から具体的な目標が下ろされ、現場の管理職はそれを部下に割り振り、「これを達成すれば評価される」というかたちで行動を促します。この方法は短期的には効果を発揮することがありますが、常に外部からの「アメとムチ」が必要となり、それがなくなると途端に行動の理由が失われてしまいます。
部下にとっては、自分の興味や関心とは無関係に目標が設定されるため、「やらされ感」が生まれやすく、仕事そのものへの喜びや達成感には結びつきにくいという側面があります。
一方で「内発的動機づけ」は、個人の内面から湧き起こる興味・関心、好奇心、探求心、あるいは「できるようになりたい」という意欲に基づいています。外部からの報酬が目的ではなく、その行動自体が目的となり、喜びや満足感をもたらします。
この内発的動機づけが生まれるためには、「有能感」と「自己決定感(自己統制)」という2つの要素が不可欠であるとエドワード・デシは述べています。「有能感」とは、自分の能力を発揮できている、成長していると感じられる感覚です。そして「自己決定感」とは、他者からコントロールされるのではなく、自分自身で目的を定め、計画を立て、実行しているという感覚を指します。
上司の役割が、部下を管理する「管理職」から、部下の主体性を引き出し、その成長を支える「支援職」へと変化することで、この内発的動機づけは醸成されやすくなります。単に業務目標を伝えるだけでなく、その仕事が持つ意味や目的(Why)を共有し、納得感を得てもらうこと。そして、「あなただからこの仕事を任せたい」という信頼を示し、本人が裁量を持って取り組める環境を整えることが、持続的なやる気を引き出す鍵となるのです。
「やらされ感」が意欲を奪うメカニズム
仕事における「やらされ感」は、内発的動機づけを著しく低下させる大きな要因です。同じ業務を担当していても、ある人は主体的に前向きに取り組む一方で、別の人はただのノルマとしてこなし、意欲が湧かないという状況は多くの職場で見られます。
この違いは、目標設定のプロセス、特にその目標の背景や理由、重要性が本人にどれだけ理解され、納得されているか(腹落ちしているか)に大きく起因します。
目標設定を行う際に重要なポイントは、「What(何を目標にするか)」「When(いつまでに達成するか)」そして「Why(なぜその目標なのか)」の3つです。特に「Why」の共有は、モチベーションを維持する上で決定的な役割を果たします。
目標が単なる数値やタスクとして与えられるだけでは、それは個人の感情や価値観から切り離された「他人事」になってしまいます。なぜこの目標を達成する必要があるのか、それがチームや会社、ひいては社会にとってどのような価値を持つのか。そのつながりが見えない限り、仕事は意味のない作業の繰り返しに感じられ、「やらされ感」が強まってしまうのです。
この「Why」の重要性を説く上で、しばしばイソップ童話の『3人のレンガ職人』が引き合いに出されます。この物語は、仕事に対する意味づけがいかに人の姿勢を変えるかを象徴的に示しています。
イソップ童話で『3人のレンガ職人』という話があります。旅人が旅の途中で3人のレンガ積みに励む職人に出会い、それぞれに「何をしているのか」と尋ねると、3人からバラバラの答えが返ってきます。
1人目は辛そうに「レンガを積んでいるんです」と答え、2人目は必死な様子で「壁を作っているんです」と答え、そして3人目は生き生きとした表情で「歴史に残る偉大な大聖堂を作っているんです」と答えました。
この中で最もモチベーション高く良い仕事をするのはどの職人かと考えると、3人目の職人だろうと容易に想像できます。レンガを積んだ先の世界に納得感を持って、それを見据えることでやらされ感なく、目の前の作業に全力で取り組もうという姿勢が生まれます。
引用:同じ作業を担当しても、「やらされ」と「前向き」に分かれる理由 メンバー各人からポジティブな姿勢を引き出すポイント(ログミーBusiness)
この童話が示すように、自分の仕事がより大きな目的の一部であると認識できた時、人は目の前の作業に意味を見出し、内発的な動機を持って取り組むことができます。
したがって、マネジメントする立場にある者は、目標を設定する際にその背景にあるストーリーやビジョンを丁寧に語り、一人ひとりが「自分も歴史に残る大聖堂を作っている一員なのだ」と感じられるよう働きかけることが不可欠です。
目標は、トップダウンで押しつけるものではなく、対話を通じて共に創り上げていくものと捉えることで、「やらされ感」は「当事者意識」へと変わり、チーム全体のパフォーマンス向上につながっていくのです。
「10秒アクション」という第一歩
「やる気が出ない」「面倒くさい」と感じて、やるべきことを先延ばしにしてしまうのは、決して意志が弱いからではありません。
これは、人間の脳に備わった「防衛本能」による自然な反応です。脳は変化を嫌い、現状を維持しようとする性質を持っています。
いつもと違う新しい行動を始めようとすると、「いつも通りが安全だ」という信号を発し、行動にブレーキをかけるのです。新年の抱負が三日坊主で終わってしまうのも、この脳の防衛本能が働くためです。
この強力な防衛本能を乗り越え、行動を開始するための極めて効果的な方法が「10秒アクション」です。これは、取り掛かろうとしているタスクの最初の10秒でできる、ごく簡単な行動にまで分解して、まずはそれだけを実行するという考え方です。
例えば、「30分ジョギングする」という目標を立てると、脳は「疲れる」「時間がない」「雨が降っている」など、やらない言い訳を瞬時に探し始めます。しかし、目標を「ジョギングシューズを履く」という10秒アクションに設定すると、心理的なハードルは劇的に下がります。「靴を履くくらいなら」と、脳は抵抗なくその行動を受け入れるのです。
この「10秒アクション」が重要なのは、単に始めるきっかけを作るだけでなく、脳の「側坐核」という部位を刺激し、やる気のスイッチを入れる効果があるからです。やる気は、待っていても天から降ってくるものではありません。自ら小さく動くことによって、後からついてくるものなのです。
実際に「ジョギングシューズを履く」という行動を起こすと、その勢いで「玄関のドアを開ける」「外に出てみる」と、次の行動へと自然につながっていきます。10秒アクションから始まった行動が、結果的に3分、5分、10分と続いていくケースは非常に多いのです。
このメカニズムは、脳のもう一つの性質である「可塑性」に基づいています。脳は大きな変化には強く抵抗しますが、小さな変化であれば「見逃してくれる」という特性があります。10秒アクションというごくわずかな変化は、脳の防衛本能のレーダーに引っかかりにくいため、スムーズに行動へと移行できるのです。
仕事や勉強、運動など、なかなか一歩を踏み出せないと感じる時は、「まずは10秒だけ」と自分に言い聞かせ、具体的な10秒アクションを文字に書き出してみることをお勧めします。
「企画書を作成する」であれば「企画書のファイルを開く」、「読書をする」であれば「本を開いて1行だけ読む」。この小さな一歩が、脳の抵抗をかわし、面倒な作業を乗り越えるための最もシンプルかつパワフルなコツとなるでしょう。
気持ちの浮き沈みとどう付き合うか
仕事に対するモチベーションは、常に高いレベルで維持できるものではありません。体調、人間関係、仕事の繁閑など、さまざまな要因によって日々変動するのが自然です。
重要なのは、この浮き沈みを完全になくそうとするのではなく、変動するものとして受け入れ、うまく付き合っていく方法を見つけることです。
そのための有効なアプローチの一つが、「モチベーションポートフォリオ」という考え方です。これは、自分の中にある多様な種類のモチベーションを認識し、状況に応じてそれらを使い分けるというものです。
私たちは、単一の動機だけで動いているわけではありません。多様なモチベーションを原動力として行動を起こすことができます。この多様性を自覚し、活用することが、モチベーションを安定させる鍵となります。
例えば、我々の中には「知的好奇心を満たしたい」という自分のためのモチベーションもあれば、「社会をより良く変えたい」という、他者や社会に向いたモチベーションもあります。
ほかにも、「新しい価値を生み出したい」という内から湧き出すモチベーションもあれば、「迷惑をかけたくない」という外を意識したモチベーションもあるでしょう。
私たちは、さまざまなモチベーションを原動力に行動を起こすことができます。その時その時に役に立つモチベーションを見つけて、それを行動のエネルギーに変えることができれば、自分のモチベーションを維持、管理しやすくなるはずです。
引用:仕事のやる気が出ない…気持ちの浮き沈みに有効な対処法 モチベーションが下がる原因から考える2つのポイント(ログミーBusiness)
例えば、新しい企画を考えるような創造的な仕事では、「知的好奇心」や「新しい価値を生み出したい」という内発的なモチベーションが力になります。しかし、地味で単調な事務作業に取り組む際には、そうしたモチベーションは湧きにくいかもしれません。
そんな時は、「この作業を終わらせないとチームに迷惑がかかる」という外を意識したモチベーションや、「これを片付ければ、好きな仕事に集中できる」といった、別の動機づけをエネルギー源にすることができます。あるいは、「この作業を通じて、業務プロセスを改善できる点はないか」と探求心に転換することも可能でしょう。
このモチベーションポートフォリオを豊かにするためには、まず自分自身のモチベーションの傾向を知ることが重要です。「ライフラインチャート」などのツールを用いて、過去に自分がどのような出来事でモチベーションが上下したのかを振り返ることで、自分の「やる気のツボ」を把握できます。
常にモチベーションが高い人は、このポートフォリオの引き出しを多く持っており、その時々で最適なエネルギー源を見つけ出すのが上手な人なのです。
やる気がでないと感じた時は、一つのモチベーションに固執せず、自分の内にある多様な動機の種に目を向け、今使えるエネルギーは何かを探してみることが、気持ちの浮き沈みを乗りこなすための有効な手段となります。
WILL・CAN・MUSTのフレームワーク
仕事のやる気が出ない状態が慢性的に続く場合、それは現在の仕事と自分自身の間にミスマッチが生じているサインかもしれません。そのミスマッチの正体を解き明かし、今後のキャリアの方向性を考える上で非常に有効なのが、「WILL・CAN・MUST」というフレームワークです。
これは、自分自身のキャリアを「WILL(やりたいこと)」「CAN(できること)」「MUST(求められること・やるべきこと)」の3つの円で整理し、その重なり具合から現状を分析する手法です。
・WILL(やりたいこと)自分の興味、関心、価値観に基づき、将来的に成し遂げたいことや、情熱を注げる領域を指します。
・CAN(できること)これまでの経験や学習を通じて培ってきたスキル、知識、能力を指します。他人より秀でている必要はなく、自分が「できる」と認識していることすべてを含みます。
・MUST(求められること)会社や社会、顧客から期待されている役割や責任、やらなければならない業務を指します。
この3つの要素をそれぞれ書き出し、ベン図のように整理することで、自分の置かれている状況が客観的に見えてきます。例えば、「MUST」と「CAN」は重なっているが、「WILL」が離れている場合、それは「求められる仕事はこなせるが、やりがいを感じられていない」状態を示唆しています。
逆に、「WILL」と「CAN」は重なっていても、「MUST」とずれている場合は、「やりたいことや得意なことはあるが、それが現在の職場で求められていない」という状況かもしれません。
キャリアを考える上で最も重要なのは、まず「MUST」をしっかりと果たすことです。仕事は価値を提供し、その対価を得る行為であるため、自分に求められている役割を全うすることが大前提となります。
最初は「やりたくない」と感じるMUSTの領域であっても、それを遂行する中で新たな「CAN」が生まれ、経験を積むことで「WILL」につながっていく可能性もあります。
理想的な状態は、この3つの円が大きく重なり合った部分、つまり「やりたいことであり、自分にはそれができ、かつ会社や社会からも求められている」領域で働くことです。これは天職とも言える状態ですが、最初からこの領域にたどり着ける人は稀です。まずは、それぞれの円を意識し、バランスをとりながら、重なりを大きくしていく努力が重要になります。
例えば、「求められているが、まだできない(MUSTだがCANではない)」領域については、自己研鑽を通じて「CAN」に変えていく。「求められていて、やりたい(MUSTとWILLが重なる)」領域については、積極的に挑戦して「CAN」を増やしていく。
このように、WILL・CAN・MUSTのフレームワークを使って定期的に自己分析を行うことで、漠然としたやる気のなさがどこから来ているのかを特定し、次にとるべき具体的なアクションプランを立てることができるのです。