上司との関係性が仕事のモチベーションを左右する
社員のモチベーションに最も大きな影響を与える要因の1つが、直属の上司との関係性です。多くの企業がエンゲージメント向上のための研修や施策を導入していますが、日々の業務における上司の何気ない言動が、取り組みの効果を打ち消し、部下のやる気を根本から削いでしまうケースは少なくありません。モチベーションを高める施策を考える前に、まずは意欲を低下させないためのコミュニケーションが不可欠です。
部下のモチベーションを低下させる上司の言動には、いくつかの共通したパターンが見られます。これらは、上司本人に悪気がなかったり、「忙しいから仕方ない」という理由で無意識に行われていたりすることが多いため、特に注意が必要です。
例えば、「目を見て話さない」「理由や背景を説明せずに指示だけを出す」「部下の話を聞かずに結論を出す」といった行動は、部下に「自分は尊重されていない」「ただの駒として扱われている」という感覚を抱かせ、当事者意識を奪います。
上司と部下では、見えている景色がまったく異なります。上司にとっては自明のことでも、部下にとっては情報が不足しているため、指示の意図が理解できず、期待された成果を出せないことがあります。
その結果、上司が「なんでわからないんだ」と苛立ち、さらに一方的な指示を繰り返すという悪循環に陥ります。
松岡:「理由と背景を説明しない」も、すごく重要で。本人は説明しているつもりなんだけれども、例えば管理職、経営者、それぞれの立ち位置によって、見えている景色は違うんですね。
井上:そうですね。
松岡:だから自ずと視野とか視座は違います。それを上に立つと忘れてしまうのね。だから見えているものが違うのに、そこの詳しいことを言わずに、「これやっといて」「これわかるだろ」という前提でやる。指示した側の期待値がここなのに、部下は見ている世界が違うから、その期待値に届かないんですよ。
引用:メンバーが「やる気」を失くす上司の10の言動 「モチベ喚起」の前に必要な、社員の意欲低下を防ぐ取り組み(ログミーBusiness)
このようなコミュニケーションの齟齬は、「コントロールできる部分を与えない」「意見も提案も受け入れない」といった態度にもつながります。部下に裁量権を与えず、マイクロマネジメントを続ければ、部下は挑戦する意欲を失い、指示待ちの状態になります。
さらに、「言うことに一貫性がない」「感覚だけで評価する」「失敗を部下のせいにする」といった上司の態度は、信頼関係を根本から破壊し、部下は安心して働くことができなくなります。
特に、中間管理職が上層部の決定の背景を理解しないまま、その場しのぎで部下に指示を出す場合、組織全体としての一貫性が失われ、現場の混乱と不信感を招きます。これらの言動は、部下の自己肯定感を傷つけ、最終的には組織全体の生産性低下に直結する深刻な問題なのです。
組織文化が個人の意欲に与える影響
個人のモチベーションは、上司との関係性だけでなく、会社全体の組織文化や構造的な問題からも大きな影響を受けます。上司1人の努力だけでは解決が難しい、根深い問題がやる気の低下を招いていることも少なくありません。
例えば、「個人が仕事を抱え過ぎている」「仕事を押しつけあう」といった状況は、適切な人員配置や業務分担の仕組みが機能していないことを示唆しており、社員の疲弊と意欲低下に直結します。
特に問題となるのが、企業の「理念」が形骸化しているケースです。創業当初は社員の原動力となっていたミッションやビジョンが、時間の経過と共にただの「お題目」となり、実際の業務や評価と結びついていない会社は多く存在します。
経営者が「挑戦」「改革」といった言葉を多用する一方で、現場では前例踏襲が重んじられ、新しい試みが評価されない文化があれば、社員は挑戦することに意味を見出せなくなります。
理念と行動が乖離していると、社員は会社の方針に共感できず、仕事へのエンゲージメントは著しく低下します。
人が本気で仕事に取り組むのは、その会社の社外規範(社会に対してどのような価値を提供するか)と社内規範(その価値を実現するために社員に求められる行動様式)に心から共感・共鳴している時です。自分の仕事が社会の役に立っていると実感でき、そのための行動が社内で正当に評価される。
この2つが揃って初めて、困難な状況を乗り越えるための内発的動機づけが生まれます。しかし、理念が言葉だけになっている組織では、理念に沿った行動をしても評価されず、むしろ理念に反する行動の方が評価されるといった矛盾が生じることさえあります。
このような組織では、社員は「長期的な展望を描けない」という閉塞感に苛まれます。「よくわからない人事異動がある」「いまだに長時間労働が美徳とされている」「女性が出世しない」といった問題も、公正で透明性のあるキャリアパスが整備されていないことの表れです。
社員が「この会社で働き続けても、自分の未来は拓けない」と感じてしまえば、日々の仕事に対するモチベーションを維持することは極めて困難になります。
したがって、社員のやる気を引き出すためには、個々のマネジメントスキルの向上と並行して、組織全体の仕組みや文化を見直す視点が不可欠です。理念が日々の業務や人事評価とどう結びついているか、社員が公正な評価のもとでキャリアを展望できるかといった点検を行い、構造的な問題に真摯に取り組むことが、持続可能な組織の成長と社員のモチベーション向上の鍵となるのです。