部下が「報告したい」と思える上司の振る舞い
部下が安心して報連相できる環境の核となるのが「心理的安全性」です。これはチーム内での対人関係においてリスクのある行動を取っても、「このチームなら馬鹿にされたり罰せられたりしない」と信じられる状態を指します。
特に、ミスやトラブルといった「悪い報告」をためらいなく共有できるかどうかは、この心理的安全性の高さを測る重要な指標となります。
多くの部下は、悪い報告をすることに恐怖や不安を感じています。上司に報告すれば叱責される、あるいは救いの手はなく、社内報告のための追加資料作成といった「宿題」が増えるだけだと考えています。現場の顧客対応に時間を割きたいのに、上司の顔色を窺うための社内対応に工数を取られるくらいなら、問題を抱え込み、期末に一度だけ叱られた方がましだと判断してしまうのです。
このような状況では、問題の発見は遅れ、組織にとってより大きな損害をもたらすことになります。
この悪循環を断ち切るために、上司は部下からの報告、特に悪い報告を受けた際の振る舞いを意識的に変える必要があります。重要なのは、報告の内容を責めるのではなく、まず報告してくれたという「行動」を承認することです。
「よく報告してくれたね、ありがとう」と感謝の意を示すことで、部下は「報告しても大丈夫なんだ」と安心し、次からの報告へのハードルが下がります。さらに、部下の意見や提案を頭ごなしに否定せず、一度受け止める姿勢も重要です。
報告や相談は、上司が部下を評価する場ではなく、問題を共に解決し、チームとして成長するための機会であるという認識を持つことが、心理的安全性の高い職場作りの第一歩となります。
報告の質を高める技術
報連相を円滑にするためには、心理的なハードルを下げるだけでなく、報告そのものの「質」を高める技術的なアプローチも不可欠です。部下からの報告の形式がバラバラであったり、必要な情報が欠落していたりすると、上司は迅速かつ的確な判断を下すことができません。
情報伝達の質に起因する齟齬をなくすためには、「報告の目的の明確化」「粒度と頻度の基準構築」「報告の型の設定」という3つのポイントが重要になります。
1つ目に、何のために報告を求めるのか、その「目的」を上司と部下で共有することです。上司が報告を受ける目的は、「現状把握」「承認判断」「部下の育成・評価」など多岐にわたります。目的が異なれば、伝えるべき情報の内容や力点も変わってきます。
例えば、「現状把握」が目的ならば、客観的な事実や進捗状況を要点をまとめて簡潔に伝えることが求められます。一方で、「部下の育成・評価」が目的ならば、業務上の工夫やチャレンジ、自己評価といった部下の思考プロセスや感情を含めた情報が重要になります。上司が「この報告は何のために必要なのか」を事前に明確にすることで、部下は何を伝えるべきかを判断しやすくなり、報告の質は格段に向上します。
2つ目に、報告の「粒度」と「頻度」に関する基準を組織として設定することです。どのような事象を、どの程度の詳細さで、どのタイミングで報告すべきか。この基準が個人の感覚に委ねられていると、人によって対応がバラバラになり、重要な情報が上がってこないリスクが生じます。基準を設定する際は、「リスク」と「重要度」のマトリクスで考えるのが有効です。
これらの基準は、個人の感覚だけではなくて、組織の目標や価値観に基づいて判断することが重要です。例えば弊社はコンサルティング会社なので、プロジェクトベースでやっております。お客さまとお話をして、資料を作成して、すり合わせてとやっていくんですけれども。「どういうふうに判断しているのか?」といった時に、お客さんからクレームが入ったとか、お金がまだ入金されていませんとか、そういうのだとけっこうリスク高いですよね。
重要度が高いものとなると、各々で目標設定をしているので、それに貢献度合いが高いものに対して、上司から意思決定の判断をしないといけないとか。(中略)
やはり組織として戦略に基づいて基準を設定することを推奨させていただいております。
引用:部下からの報告の質を向上させる3つのコツ 目標・価値観に合わせ事前に明確化したいこと(ログミーBusiness)
例えば、起こりうるリスクも重要度も高い案件は「最優先で詳細に即時報告」、リスクは低いが重要度は高い案件は「早期で簡潔に随時・定期報告」といったルールを設けます。この「リスク」や「重要度」の判断基準自体も、組織の目標や価値観に基づいて具体的に定義しておくことが、認識のズレを防ぐ上で重要です。
最後に、報告の「型」を設定することも有効です。特に若手社員は、情報を整理して伝えることに慣れていません。報告書や日報のテンプレートを用意し、「5W1H(事実のみ)」「私の意見(推測・仮説)」「なぜ決める必要があるか」といった項目を埋める形式にすることで、部下は思考を整理しやすくなり、上司も必要な情報を効率的に把握できるようになります。
リモートワークの普及における報連相の変化
働き方が多様化し、特にリモートワークが普及した現代において、報連相のあり方も大きな変革を迫られています。
かつてのオフィスワーク中心の時代は、上司や先輩の働く姿を間近で見ることで、仕事の進め方やコミュニケーションの取り方を自然と学ぶことができました。「見て盗め」「背中で語る」といった非言語的なマネジメントが一定の効果を発揮していたのです。
しかし、物理的に離れた場所で働く非同期コミュニケーションが主流となった今、こうした暗黙知に頼ったやり方は通用しません。先輩が電話で顧客と話している様子を聞くことも、上司が難しい顔で資料を睨んでいる姿を見ることもない環境では、時空を超える「言葉」だけが、チームワークを成立させる唯一の手段となります。
したがって、これからのマネージャーには、これまで以上に高度な「言語化能力」が求められます。
言語化能力とは、単に指示や情報を文章にする力だけを指すのではありません。フワッとした言葉ではなく、的確で解像度の高い言葉を使い、業務の背景、目的、期待するアウトプットの具体的なイメージ、そして時には感情のニュアンスまでをも正確に伝える力です。
マネージャーは、部下が自律的に動けるように、プレイグラウンド、つまり「このフィールドで、こんなことをやるゲームなんだ」という仕事の全体像を明確に提示する必要があります。その上で、各メンバーが担う役割や裁量の範囲を言語化し、合意形成を図ることが重要です。これにより、メンバーは安心して自分の役割を遂行し、創造性を発揮することができます。
また、非同期コミュニケーションでは、文章でのやり取りが中心となるため、書き言葉の能力が直接的にマネジメントの質に影響します。あたかも対面で話しているかのような、ボディーランゲージや感情を含むニュアンスを文章で表現できるかどうかが、円滑な人間関係とチームのパフォーマンスを左右するのです。
「みなまで言わずともわかれよ」という文化はもはや過去のものです。これからの時代に活躍する上司は、コピーライターのような言葉の力を持ち、メンバーの感情を動かし、チームを一つの方向に導く能力が不可欠となるでしょう。
上司と部下、双方向のコミュニケーションへの転換
従来の報連相は、その構造上、トップダウン型の組織運営を前提として設計されていました。つまり、組織のトップや上司が常に正しい答えを持っており、部下は上司の指示に従い、その進捗や結果を報告するという一方向のコミュニケーションが基本でした。
このモデルであれば、業務プロセスが定型化され、変化の少ない時代には有効に機能したかもしれません。
しかし、現代のビジネス環境は、複雑性が増し、変化のスピードも加速しています。もはや、上司一人がすべての答えを持っているわけではありません。現場の最前線にいる若手社員が顧客の新たなニーズを掴んでいるかもしれませんし、他社から転職してきた中途社員が画期的な解決策を知っている可能性もあります。
このような時代において、旧来の一方通行の報連相は、組織の持つ潜在能力を最大限に引き出す上で、むしろ足枷となり得ます。
これからの時代に求められるのは、報告・連絡・相談といった形式的な枠組みを超えた、より柔軟で双方向のコミュニケーションです。組織開発のプロフェッショナルである沢渡あまね氏が提唱するように、報連相から「雑相(雑談・相談)」へのアップデートが必要です。
堅苦しい報告の場ではなく、日々の雑談や「ちょっと相談いいですか」といった気軽な対話の中から、新たなアイデアや問題解決のヒントが生まれます。特に、コンプライアンス上のリスクとなりうる「ヒヤリハット」のような情報は、縦割りの堅苦しいコミュニケーションフローの中では共有されにくいものです。
報連相って、いわばトップダウン型なんですね。トップがテーマを決めて、トップの心地のいいやり方にして報連相を申し上げるやり方ですから、基本的に上が正しい。上が答えを持っていることありきの設計なんですね。
ところが世の中は複雑化していますから、若手が答えを持っているかもしれないし、他社から転職してきた人が答えを持ってるかもしれない。雑談や相談や、雑な相談。対話ベース、同期・非同期の対話ベースによる相互のすり合わせが、組織にはなくてはならない。
引用:多忙な上司を気遣い、仕事を抱え込み、突然火を噴く部下 生産性向上にもつながる、メンバーとリーダーの理想の関係値(ログミーBusiness)
リーダーの役割も、指示命令を下す司令塔から、メンバー間のコラボレーションを促進するハブへと変化しています。1人ですべてを抱え込むのではなく、多様な経験や知識を持つメンバーとの連携によって、チームの成果を最大化することが求められます。
上司から部下へ相談を持ちかけることも、双方向の関係性を築く上で非常に有効です。部下は「リーダーが自分を頼ってくれた」と感じ、信頼関係が深まります。
報連相は、もはや単なるビジネスマナーや部下の義務ではありません。それは、変化の激しい時代を乗り越え、組織として成長していくための戦略的なコミュニケーションそのものです。
上司と部下がそれぞれの役割と責任を理解し、対等な立場で対話を重ねること。それこそが、これからのチームの成果を最大化する鍵となるのです。