アブダクション思考を鍛える実践的なエクササイズ
アブダクション思考は、意識的に練習することで鍛えることができます。ここでは、日常生活やビジネスの場面で実践できる、アブダクション思考を鍛えるためのエクササイズを紹介します。
1. 観察力を高めるエクササイズ
アブダクションの出発点は、事実の観察です。観察力を高めることで、より質の高い仮説を立てることができるようになります。
実践例: - 日常の風景や人々の行動を5分間じっくり観察し、気づいた点をメモする
- 同じ場所を異なる時間帯に観察し、変化を記録する
- ふだん気にしない小さな事象(人の表情、物の配置など)に意識的に注目する
大阪大学 共創機構の特任教授の松波晴人氏は観察力を高めるヒントとして、次のように述べています。
松波:違和感を感じる気付きを集めに、自分でいろんなところに行ってみたらどうですかね。
竹林:一次情報と言われていましたけど。
松波:場で観察されるのが一次情報です。コロナで難しかったりするんですけれども、例えば飲食店に行って、100個気付きを出すことにトライしてみてください。気付きを得るのは思っているより難しいので。レストランに行っても、別に普通に食べるだけだと何も気づかないです。
竹林:普通に食べていたらね。
松波:みなさんよく知っているところなので、10個くらい出したらもう出て来ないんですけど、それでも無理やり出す。そこから始まると思いますね。
引用元:どちらも一理ある「AかBの議論」の決着の付け方は? 論破でも落としどころ探しでもない、着眼点(ログミーBusiness)
2. 複数の仮説を立てるエクササイズ
一つの現象に対して、複数の説明可能性を考えることで、思考の柔軟性を高めることができます。
実践例: - 日常の出来事(例:電車の遅延、友人の行動変化など)に対して、少なくとも3つの異なる説明を考える
- ニュースの見出しを見て、その背後にある可能性のある原因を5つ以上考える
- 職場の課題に対して、従来とはまったく異なる角度からの解決策を考える
3. 「問い」を立てるエクササイズ
良い「問い」を立てることは、アブダクション思考の核心部分です。問いの質が、得られる答えの質を決定します。
実践例:・当たり前と思っている事象に対して「なぜ?」を5回繰り返す・「〜はどうすれば可能か?」という形式の問いを10個考える・既存の問題定義を意図的に変えてみる(例:「売上を上げるには?」→「顧客の満足度を高めるには?」)
4. 異分野からのインスピレーションを得るエクササイズ
アブダクションでは、異なる領域の知識を組み合わせることで、新しい発想が生まれることがあります。
実践例: - ふだん読まないジャンルの本や記事を読む
- 異なる業界のビジネスモデルを研究し、自分の領域に応用できる要素を探す
- 自然現象からビジネスや日常の問題解決のヒントを得る
5. 「リフレーム」するエクササイズ
問題や状況を別の角度から捉え直す「リフレーム」は、アブダクション思考の重要な要素です。
実践例: - 困っている状況を「実はチャンスかもしれない」という視点で考え直す
- 「問題」を「課題」に言い換え、ポジティブな側面を探す
- 相反する意見や立場を理解し、両方を活かした第三の道を探る
これらのエクササイズを継続的に実践することで、アブダクション思考は徐々に強化されていきます。重要なのは単発的な取り組みではなく、日常的な思考習慣として定着させることです。
また、これらのエクササイズは個人だけでなく、チームやグループで実践することも効果的です。多様な視点が集まることで、より質の高いアブダクションが可能になります。
アブダクション思考は、技術や知識のように一度身につければ終わりというものではなく、常に磨き続けるべき能力です。日々の小さな実践の積み重ねが、やがて大きなイノベーションや創造的な問題解決につながっていくのです。
組織でアブダクションを促進するための方法
アブダクション思考は個人の能力として重要ですが、組織全体でこの思考法を促進することで、さらに大きな創造性とイノベーションを生み出すことができます。ここでは、組織内でアブダクション思考を促進するための方法について考えてみましょう。
心理的安全性の確保
アブダクション思考を組織で促進するためには、まず「心理的安全性」が確保されていることが重要です。心理的安全性とは、自分の意見や考え、アイデアを恐れることなく表明できる環境のことです。新しい仮説を立てるには、時に常識を疑ったり、従来の方法に疑問を投げかけたりする必要がありますが、そのためには失敗を恐れない文化が不可欠です。
具体的な施策としては、以下のようなものが考えられます。
- 失敗を「学びの機会」として捉え直す文化を育てる
- アイデアの質ではなく、アイデアの量を評価する
- 「早く失敗し、早く学ぶ」というマインドセットを奨励する
- 上司や先輩が自らの失敗談を共有する
多様性の確保と促進
アブダクション思考は、異なる視点や知識が交わることで生まれることが多いです。そのため、組織内の多様性を確保し、異なるバックグラウンドや専門性を持つメンバーが協働できる環境を作ることが重要です。
具体的な施策としては、以下があげられます。
- 異なる部署や専門性を持つメンバーによるプロジェクトチームの編成
- 社外の専門家や異業種との交流機会の創出
- 社内ローテーションや副業の奨励
- 年齢や性別、文化的背景などさまざまな面での多様性の確保
「問い」を重視する文化の醸成
アブダクション思考において、良い「問い」を立てることは非常に重要です。組織内で「答え」よりも「問い」を重視する文化を醸成することで、より創造的な発想が生まれやすくなります。
具体的な施策としては、以下があげられます。
- 会議や議論の場で「なぜ?」「どうすれば?」といった問いを積極的に投げかける
- 「正しい答え」ではなく「良い問い」を評価する仕組みの導入
- 問題定義のプロセスに十分な時間をかける
- 「知らないことを知っている」状態(無知の知)を認め、質問することを奨励する
「行動観察」の第一人者である松波晴人氏は、ピーター・ドラッカー氏の言葉を借りつつ、問いの重要性について次のように述べています。
「重要なのは、正しい問いを探すこと」とドラッカーは言っています。「正しい問い」とは、まさにインサイトです。さらに、こうも言っています。「間違った問いの正しい答えほど手に負えないものはない」、と。つまり、インサイトが間違っていたら、そこから考えたフォーサイトはうまくいきません。診断が間違っていたらどんなハイテクを駆使してもダメだ、という話と同じですね。
引用元:意思決定で重要なのは「正しい問い」を探すこと “答えを出すための議論“が陥りがちな落とし穴(ログミーBusiness)
小さな実験を奨励する仕組み
アブダクションで生まれた仮説を検証するためには、実際に試してみることが不可欠です。組織内で小さな実験を奨励し、素早くフィードバックを得られる仕組みを整えることが重要です。
具体的な施策としては、以下があげられます。
- 新しいアイデアを小規模に試せる予算や時間の確保
- 「MVP(Minimum Viable Product)」の考え方の導入
- 実験とフィードバックのサイクルを短くする工夫
- 成功だけでなく、失敗からの学びも評価する
リーダーシップの役割
組織でアブダクション思考を促進するためには、リーダーの役割が非常に重要です。リーダー自身がアブダクション思考を実践し、模範を示すことで、組織全体にその考え方が浸透していきます。
リーダーに求められる行動としては、以下があげられます。
- 自らが「なぜ?」と問い続ける姿勢を見せる
- 部下の新しいアイデアや仮説を尊重し、耳を傾ける
- 異論や反対意見を歓迎する姿勢を示す
- 短期的な成果だけでなく、学習プロセスを評価する
株式会社Learner’s Learner 代表/ミネルバ認定講師の黒川公晴氏は、600名のトップパフォーマーの共通項について、次のように述べています。
日本を代表する企業の、しかもこれから経営幹部になっていく600名のトップパフォーマーとずっと学びを共にしてきていて、学びを真の意味で行う人こそ成長するし変化を遂げるなという実感が出てきたんですよね。
それは、「そういう人たちはこのサイクルを確実に回している」と。この本の最後でも書いているんですけど、「理解」「思考」「実践」ですね。やはり少し似ています。
引用元:600名のトップパフォーマーがやっている「学び」のサイクル 圧倒的に伸びる人が持つ視点(ログミーBusiness)
組織でアブダクション思考を促進するためには、単発的な取り組みではなく、組織文化や評価制度、意思決定プロセスなど、さまざまな側面からの総合的なアプローチが必要です。しかし、そのような環境を整えることができれば、組織全体の創造性とイノベーション力は大きく向上し、不確実性の高い現代において持続的な競争優位を築くことができるでしょう。
アブダクション思考で未来を創造する
アブダクションとは、結果から原因を推測する「仮説的推論」であり、演繹法や帰納法とは異なる第三の推論形式です。その特徴は、既存の知識や事実だけでは説明できない現象に対して、最も合理的な説明を探る点にあります。
アブダクション思考は、科学的発見、芸術的創造、ビジネスイノベーションなど、さまざまな領域で活用されています。特に不確実性の高い現代社会においては、未知の状況に対応するためのアブダクション思考の重要性がますます高まっています。
また、アブダクションは人間ならではの思考能力としても注目されています。AIの発展により、演繹法や帰納法に基づく思考は自動化されつつありますが、創造的な仮説を立てるアブダクションは、依然として人間の強みとして残っています。人間とAIが共存する未来において、アブダクション思考は私たちの価値を示す重要な能力となるでしょう。
アブダクション思考は、実践を通じて鍛えることができます。観察力を高め、複数の仮説を立て、良い問いを探し、異分野からインスピレーションを得るといった練習を重ねることで、アブダクション思考はより鋭く、豊かなものになっていきます。
組織においても、心理的安全性を確保し、多様性を促進し、問いを重視する文化を醸成することで、アブダクション思考を組織全体に浸透させることができます。そうすることで、組織の創造性とイノベーション力は大きく向上するでしょう。
最後に、アブダクション思考の本質は「好奇心」と「学び続ける姿勢」にあります。目の前の現象に対して「なぜだろう?」と問い続け、仮説を立て、検証し、また新たな問いを立てる。この終わりなきサイクルこそが、私たちを成長させ、新しい価値を生み出す原動力となるのです。
アブダクション思考は、単なる思考のテクニックではなく、世界と関わり、理解し、創造するための基本的な姿勢です。この思考法を磨き、日常生活やビジネス、社会課題の解決に活用することで、私たち一人ひとりが未来を創造する主体となることができるでしょう。アブダクションの力を信じ、好奇心を持って世界と向き合い続けることが、個人としても組織としても成長し続けるための鍵なのです。