国家の運営もエンジニア的にアプローチすべき

司会者:さて、この会議はボアオ・アジア・フォーラムにおけるものですので、純粋にテクノロジー関連の集まりというわけではありません。政府関係者もたくさんこちらにいらしていまして、お二人も昨日は習近平主席とお会いされたかと思います。

1週間ほど前にはシンガポール建国の父であるリー・クアンユー氏が亡くなられました。とても尊敬を集めていた政治家で、習主席も彼はアジア地域の平和と発展に貢献された方だと述べてらっしゃいます。

鄧小平や習近平、それからリー・クアンユー氏もそうですが、中国の指導者には共通点があるように思います。といいますのは、3人とも技術重視の考え方に基づいて、国家や政府をエンジニアリング的なアプローチで運営していたと思うのです。

これは弁護士が支配的な立場にあるアメリカとはかなり異なるアプローチだと思いまして(笑)。この2つのシステム、お二人から見て良い点と悪い点をお話しいただけますか? まずイーロンさん。

イーロン・マスク氏(以下、イーロン):僕はエンジニアですので、エンジニアリング的なアプローチの方が好きですね。アメリカには弁護士が多すぎると思いますし。

(会場笑)

政治的側面から考えても、国が技術を持っているのは望ましい状態だと思います。だから技術重視の考え方に賛成ですね。アメリカの連邦議会にももう少し科学に明るい人がいたほうがいいですよね。

中国政府は各国の政策をよく研究している

司会者:ビルさんは中国の政府関係者ですとか、様々な世代の指導者にもお会いされていますよね。きっと何かご意見があるかと思うのですが、いかがでしょう。

ビル・ゲイツ氏(以下、ビル):リー・クアンユー氏とは何度か食事をご一緒する機会に恵まれました。とても思慮深い人でね。

それだけでなく、彼は西洋の仕組みを見て「ここはいい、でもこの部分はどこでもうまくいくとは限らないから賛成できない」と考えられる人で。世界の豊かな国はどこも西洋のシステムを取り入れていましたから、彼の考えは大胆でもあったわけです。他とは違うアプローチを取ろうと考えた彼の業績は本当に大きいと思いますよ。

シンガポールは都市国家ですから、政府からの報酬などに関しては拡大するかどうかはわかりませんが……彼は本当に意義のあることをされたと思います。

民主主義と技術の専門性、両方のバランスが取れるといいのですが、いまのところそれがうまくできた国はありません。民主主義の問題は、不適切な人が権力を握ると困ったことになるということ。その人を追放したとしても、今度はどこから新しい人材を入れるのか、ということになりますし。一方で利点も大きい。アメリカは民主主義の強みのおかげで成功できたわけですよね。

今は、例えば医療制度をどう効率的に運営するのかという難しい問題がありましてね。なぜアメリカではこんなに医療にかかるお金が高いのか。今はこの制度のあり方について説得力のある議論ができる議員がいないのが現状です。なぜ他の国とは違うのか、どうしたら変えていけるのか。政府はかなり難しい問題に直面しているわけですね。

中国政府の場合、少しずつ状況は変わってきていますが、エンジニアや科学者が政府の重要なポストについていることが多く、また他国がしていることに目を向けようという意識がありますよね。

あとは新しい政策をまず国内の一部の地域で実践して、うまく機能するかを見る。そして結果を受けて政策を調整したあと、より大きな形で展開していくというアプローチを取っています。つまり中国政府は政策を研究しようというスタンスを取っているわけですよ。それに対し例えばイギリスの議会は「正しいのは自分だ!」とやり合っている。実験に取り組んでいるような中国の姿勢とはだいぶ違いますよ。

アメリカの連邦議会でも「じゃあ、まずおたくの州でこれを試してみて、うちのところではこれをやって、いいところを合わせてみよう」なんて考え方、誰もしませんからね。まだまだ発展途中なわけです。

大学のありかたなどについては、米国のモデルを他でも取り入れたらいいと思います。一方、医療の制度や管理についてはいろいろな方法を試してみたらいいと思いますね。世界の192カ国がそれぞれ経験してきたことを、国だけでなく地方レベルでも活かしてね。

司会者:なるほど。

エネルギー分野でブレイクスルーの可能性を感じるのは中国

司会者:中国では政府の力がとても強くて、インフラに関しては非常に大きな実行力を持っています。例えば高速鉄道や幹線道路ですね。かなり大規模にわたる工事が進んでおりまして、輸送面に関しては今や世界最大の規模なのではないでしょうか。

政府が大きな権限を持っている場合、イノベーションに何か影響が出ると思われますか? 規制が強すぎてイノベーションに支障をきたすことはあるのでしょうか。

ビル:中国のイノベーションはかなりハイペースで進んでいると思います。ただ、政府は今よりもさらに科学研究に予算を投入してもいいかなと思いますね。

たとえばメディアに関して中国市場は……多少状況は変わってきていますけれども、メディア関連企業については少し遅れを取っていると言わざるを得ませんね。この原因は多少なりとも政府にあると思います。

ですが一方で、例えばエネルギーに関しては、政府の政策で何か大掛かりな発明に取り組んでいる人を抑えつけようとはしていないわけです。

例えば私はテラパワーという原子力関連の会社を持っているのですが、テラパワーにとって中国は原子力発電における一番のパートナーでしてね。今の中国は60年代のアメリカと似た状況にあると思います。

前進して、新しいことに取り組みたいという姿勢がはっきりしている。現状に満足したくないという姿勢ですね。逆に今のアメリカは現状に不満があまりない。

だから誰かが例えば新しい建物を建てたいとか、何か新しいことをしてみたいという場合、否定的な意見が出てくる。否定のプロセスが5段階ほどあって、ひとつひとつ突破していく必要があるわけですよ。それに対して新しい方向に進もうとする勢いがもたらすプラスの影響はとても大きいんです。多少マイナス面もありますけれどもね。

ですから、例えば原子力のようなエネルギー分野で大きなブレイクスルーを達成する可能性が高いのは中国だと思いますね、世界のどこよりも。大きなプロジェクトに臨もう、という勢いを持っていますから。かつて50年代や60年代はアメリカで同じことが起きていました。70年代からは日本ですね。そしてそれに続いたのは韓国。ですからこのエンジニアリングに対する勢いというのは、世界に大きな影響を及ぼすものだと思います。

自動運転の実現には産業基盤の入れ替えが必要

司会者:イーロンさんはとても未来志向的な考え方をされているわけですが、例えばこのボアオ・フォーラムのような会議は今から50年後、どのような形式になっていると思われますか? その頃も会場まで来て直接他の人と会う必要があるのか、それとも会議でのコミュニケーションは別の、もっとよい形でとられるようになるのでしょうか。

ビル:空港がもう少し近くなっているといいですよね(笑)。

(会場笑)

イーロン:やはり感覚的な面は大事ですから、会議という形式は今後も続くと思います。人の近くにいると落ち着きますし。いくら完璧なバーチャルリアリティ装置をですね……つまりヘッドギアや触覚センサスーツがあったとしても、「実際に会議に参加している」感覚を完全には再現できませんので。

それに近い感覚は人工的に作り出せたとしてもね。結局、集まって他の人と一緒に過ごす、というのが人間にとって自然なことなのだと思います。

司会者:輸送と関連して伺いたいのですが、自走車について今様々な議論が出ていますよね。アメリカや中国をはじめ、世界中で自走車が主流になるまでにどのくらい時間がかかると思われますか?

イーロン:そうですね、まず自動車のように大きな産業基盤があるものに対して大きな変化を起こすには時間がかかる、ということは言っておきたいですね。今世の中で20億台ほどの車やトラックが使用されているわけです。それに対し世界での車やトラックの生産能力は年間1億台ほど。

仮に完璧な自走車が明日には提供できるとしましょう。それでも既存の産業基盤を入れ替えるのにかなりの時間がかかるわけです。同じ台数の車やトラックを置き換えるのには20年かかりますし、自走車については多少かかる時間を減らせるかもしれませんが、いずれにしろすぐにできることではありません。

一般の方々が製品として自走車を購入できるようになるのは……技術面だけを考えれば、5年以内には人間の運転よりもはるかに安全な自走車が出てくると思う、というのがご質問への答えになるかと思います。

自動運転の安全性を証明するために最低2、3年はかかる

司会者:ただ自走車が一般的になるまでには、法律面の問題や政府の理解が必要になりますよね。

イーロン:ええ、ですからあくまで技術面に絞った場合の話です。技術面がうまく機能するようになったとしても、次は規制機関から安全だと認めてもらわないといけません。おそらく自走車をたくさん「シャドーモード」、つまり人間に運転させた状態で、走らせることになると思います。

それで人間の運転と「弱い」AIによる自走車の運転を比較して、統計的に「弱い」AIによる運転のほうが人間よりも安全だということを証明することになりますね。最低2、3年はかかると思いますよ。技術面が整ってから、規制機関の許可が降りるまでに2、3年は少なくとも必要になるでしょうから。

ビル:一枚岩的なアプローチにはならないでしょうね。例えばマイクロソフトでも「世界一先進的な街を作ろう!」なんていうことをいう人が出てくるんですが……ドローンが配達に使われて、クライアント同士の衝突もなく、自走車のおかげで駐車場もない、こういった街をつくるためには世界のいろいろな法規を活用して、うまくいく点とうまくいかない点をそれぞれ検証したらいいと思っています。

課題はどんなふうに展開していくのかを見るのに時間がかかるということですね、何百時間も何千時間も。ですが誰かがこれに取り組んで道を開かないといけないと思います。

政府がいくつもあるというのはいいことですよね。中国内でも規則がリベラルな地域もあるわけですし。とにかく、まずは試しに導入して、10年程度で強みや問題点を見てみよう、ということになってくると思いますよ。

司会者:政府以外に、自走車の導入に備えておいたほうがいい人などはいるのでしょうか? どういった準備をしておけばいいと思われますか? 普通あまり余裕がありませんよね。そのような大きな街を作るためには、どんな段階を経ていけばいいのでしょうか。

ビル:例えばUberのような企業を受け入れる規制環境を作るのもひとつの手です。Uberもある意味運転者なしで車を使うシステムですし(笑)。車を効率的に運転するためにオンデマンドで労働力を雇っているわけですから。Uberの仕組みを資本設備ですとか、いろいろなものに活用してみてもいいかもしれません。

デシタルの時代以前は、市場でのリソース配分がとても非効率でした。ですが今では資源の需要と供給が適切に対応しているので、今までになくリソースの配分もスムーズなわけです。デシタルの時代の到来で、資本設備や労働力の使用が大きく変化したと思いますよ。

自走車の登場で社会はどう変化する?

  司会者:イーロンさんはUberをどのようにご覧になっていますか? イーロンさんにとってはパートナーなのでしょうか、それとも競合なのでしょうか? 自走車が一般的になった後は、どのような状況が待ち受けているのでしょうか?

イーロン:パートナーでも競合でもないと思います。僕たちはあくまで車のメーカーですから、Uberがうちの車を買うのもよし、他の人が買うのもよし。そこにこだわりはないですね。

次第に自走車も増えていくと思いますけれども、産業基盤の入れ替えについては時間がかかることになるともう一度言っておきます。そう簡単にできることではありません。20億台ほどの車やトラックに対し新たに生産できる車は年間1億台ほどですから。ですから焦ることはないと思います。

自走車が登場したとたんに大勢の人が失業する、なんてことは起こりえませんし。そんなにたくさん自走車は出てくるわけではありませんからね、少なくともしばらくの間は。

自動化は徐々に進んでいきますけれども、その環境の中で何が起きるのかはその時になってみないとわかりません。Uberも成功するかもしれないし、うまくいかないかもしれないわけです。

司会者:なるほど。あっという間の1時間でしたが、様々なテーマについてお話しできましたね、歴史や未来を含め。歴史を学ぶことで未来を予想することができると私は思うのですが、我々の世代も過去から学んで、自分たちの努力が次の世代の人たちの助けとなるよう、貢献していきましょう。本日はお二人ともお越しいただきありがとうございました。

制作協力:VoXT