初めて売り場に立ったときは、ずっと下を向いていた

─平山さんが、販売の仕事をすることになった経緯を教えてください

私がアパレル企業に入社したのは、もともと「服が好き」という単純な理由からでした。販売の仕事が好きだったからというわけではありません。服をデザインしたりつくったりするのはいまからでは難しいけれど、売ることだったらできるかもしれないと大学生のときに考えたのがきっかけでした。

─初めて売り場に立ったときのことを覚えていますか?

売り場に立った初日のことはいまでも覚えています。どんなふうにお客様に声をかけていいか見当もつかず、商品をたたみながらずっと下を向いていました。結局、お客様と会話をして接客ができたのは、売り場に初めて立ってから3週間ぐらい経ってからのことでした。

─ほかの人よりも時間がかかった?

私は“落ちこぼれ”だったんですよ。お店に立つのが恐くて、この仕事を私は続けられるのか不安になりましたね。当時は、お客様に最初の「お声がけ」をして、断られたらどうしようとか、いまはゆっくり商品を見たいのかななどと、いろいろ考えすぎてしまっていました。考えれば考えるほど声がかけられない、でも自分以外の販売員はどんどん声をかけている。そういうことが、とても不安で怖く、苦しい毎日でした。

先輩を観察することでたくさんのヒントをもらった

─その不安を払拭するきっかけのようなものはあったのですか?

落ちこぼれだった私は、「なぜ同じ店で同じ服を売っているのに、売上にこんなに差が出るんだろう」と考えて、まず、同じお店にいる先輩の真似をすることから始めてみることにしました。それと、先輩がどんなふうに接客しているのかを、時間を見つけてはメモ帳に書き残すようにしたのです。私が今の講師やアドバイザーの仕事ができているのも、その時の先輩たちのおかげだと思います。

当時は、うまく声をかけられなくて困っていたので、まずは「最初のアプローチ」に注目して先輩の動きや言葉を観察するようにしました。すぐに真似しやすいのは、やはり言葉です。先輩を観察していると、「ああ、そんな風に言えば、お客様の反応がいいんだ!」など、たくさんのヒントがありました。いざ自分も実践してみると、たしかにお客様の反応が全然違うことに気づいたんです。

そうした経験を重ねるうちに、「接客は“ちょっとしたひと言”を変えるだけで売上があがる」ことを実感しました。それを意識すると、一気に変りましたね。お客様とも自然な会話ができるようになりましたし、いつのまにか会社のなかでもトップの売上をあげていました。

誰が使っても効果がある黄金フレーズは少ない

─やはり売上トップクラスの人が使っている特別な言葉があるのですか?

前提として、接客の技術などは、人によるところが大きいんですね。いわゆる「キャラ」ですね。例えば、先輩が言うとお買い上げにつながる言葉を、私がそのまま言ってもうまくいかないということも少なくありません。「その人のキャラだから許される」こともあるんですね。

ですから「売上を上げられる人は、みんなこんな言葉を使っている」という黄金フレーズのようなものは、実はあるようであんまりないと私は感じています。キャラの違う人を真似してみても、うまくいかないこともよくありました。

私が研修などでオススメしているのは、「販売員の“あるある言葉”は避ける」ということです。つまり、「ふつうの人がよく言いがちで、売れる販売員がほとんど言わない言葉を避ける」という方法です。まずはこれを意識するだけで、うまく接客できるようになります。

─おもしろいですね。“あるある言葉”は例えばどういうものですか?

最近、売り場でよく耳にする言葉が「私も持っています」という言葉です。これは売れる販売員はほぼ言わない言葉ですね。

と言いつつ私も、「私も持っています」と以前はよく言っていました。それは、「自分も持っている」と伝えれば、親近感を持ってもらって、お買い上げいただけると思っていたからです。実際には、「私も持っています」と言うと、お客様は大抵興味を持たないですね。結局、お買い上げに結びつくことはほとんどありませんでした。

私が超有名モデルであれば話は違うかもしれませんが、お客様から見れば一人の店員です。「その人が持っているなら私が買おう」という決め手にはなかなかなりにくいですよね。

「持ってます」「売れてます」には、ひと言足そう

─では売れる販売員の人はどう言うのでしょうか?

売れる販売員であれば「私も持っています」と伝えたとしても、それだけで終わらせることはまずありません。持っている人だから話せること、つまり「自分が使ってみた感想」を伝えるんですよね。

例えば、「私もブルーライトメガネを持っています。パソコンの画面を見るときにも目が疲れることがなくなりました」「私も、この炊飯器を使っていますが、お米の甘みを以前よりも感じられるようになりました」などと伝えると、もう少しこの人の話を聞いてみようかと思ってもらえます。

こうして自分の経験をもとに使用した感想を伝えると、お客様の反応が変わることが多いですね。

─「売れています」という言葉もよくないというのはどういうことですか?

「売れています」という言葉は、お客様によって受け入れ方が大きく違います。そのため、使い過ぎには気をつけたほうがいいでしょう。私の経験上、「売れています」とお客様に言うと、「あらそう」と言ったあとで「やっぱりやめとくわ」という返事があることが多いですね。

その理由は様々ですが、「かぶりたくないから」というものが多いようです。売れているということは、多くの人が持っているということでもあります。同じ服を着ている人や、同じモノを持っている人と鉢合わせて、気まずい思いをして以来、人気商品を避けているというお客様もいました。ほかにも、人とは少し違うものをもっていたいというお客様も少なくありません。

こうしたお客様の気持ちを考えることなく、「売れています」という言葉で一押ししようとするのは、あまりおすすめできません。

ただしこれも、売れている理由や、他のお客様が購入の決め手となったことを、ひと言を加えるとより具体的になります。「このランニングシューズは、初心者の方によくご購入いただいています」「お客様と同じようにパソコンをバッグに入れたい方に人気があります。バッグそのものが軽いのが決め手のようですよ」など話すと反応が変わってきます。

接客に慣れてきた人が気をつけたい言葉とは?

─接客に慣れてきた人が気をつけたい言葉はありますか?

接客の経験を重ねていくと、お客様のニーズなどをある程度推測できるようになってきます。すると、「外見だけで判断してしまう」ことが増えてしまいます。例えば、かわいい印象の服を着ているお客様に、「お客様ならこちらがおすすめです」などと女性らしいかわいいデザインや色の商品をすすめます。

こうした外見からニーズを汲み取って提案することは、うまくいけば、お客様に「なんで私のほしいものがわかるの?」と喜んでもらえることもあります。一方で「あれ、なんか誤解されているなと思われてしまう」可能性もあります。

たまたま、いつもと違う服──例えば、スーツを着た会社帰りだとか、プレゼントされた相手とのデートだから、その服を着たりすることもありますよね。売れる販売員は、「ふだんから黒いものを着ることが多いですか?」と聞いて、いつも来ている服なのか、そのときたまたま着ている服なのかを確認することを怠りません。これをしっかり確認しておけば、お客様のニーズとのミスマッチを防ぐことができます。

─最後に、読者のみなさまへメッセージをお願いします

私の初めての本の『売れる販売員が絶対言わない接客の言葉』には、ここで紹介した言葉以外にも、NGワードとOKワードを対比して、売り場ですぐに使える言葉が満載です。その言葉を一つずつでも実践してもらえば、いま接客につまづいているひとでも、お客様と接するのが楽しくなります。そして、売上もきっとついてきます。

販売の仕事はお客様の喜びをつくるクリエイティブな仕事です。そんなクリエイティブな仕事に誇りをもちながら、接客を楽しんでいただければうれしいです。